Match! 4

 しかし何故ここで飲まなきゃならないのか。目の前には一旦引っ込んだと思ったグラスに野々垣さんがチビチビやってる透明なウォッカがストレートで。
 ウォッカをストレートで……胃を荒らしそう。
 いやそれより2人きりでこんなとこにいるよか、気が紛れる居酒屋の方がなんぼもましだ。会話が途切れても、シーンと静まり返らない。
「あの……。ここで飲むの?どっか行かない?」
 今更ながら、言ってみた。
「どこか行くと、おれと赤城さん、絶対赤城さんの嫌がる話題にそのうち流れていくと思うんですけど、いいんですか?前、凄いいやがってましたでしょう?」
「いやまぁ……でもうるさいとこに行けば、あんまり気にならへんやろし、なんなら君の知り合いの店でも、」
「ごめんなさい、おれ今金ないんです」
と力強くきっぱりと。思わず留めを刺された気がして身をそらしたが、あえてあがく。
「あの、おれ奢るから、」
「いえいいですよ……そんなにいやですか?ここで飲むの。まぁ確かに味気ないですが、おれとしてはせっかくなんで、人に気を遣わずにすむここがいいんですけどね」
「………えーとじゃあ、何か他の飲み物ないかな?これはちょっと、きついかも……」
とおれは目の前のグラスを指す。
「よく冷えてますから、まったり美味しいですよ。でも早く飲んでくれないと、美味しくなくなるかな。あ、さっきのお茶チェイサーにすれば大丈夫かと。まぁなんなら潮崎さんのビールもありますけどね」
 野々垣さんは、譲る気ないな。それがなんだか、空恐ろしい。原田に電話、と一瞬思ったけど、それはなんだかボクシングにおけるロープ、というかタオルのような気がして、やめた。
 まあ彼は、どう見ても感じても、おれと2人、こんなところにいて、酒が入ったところで何かが起こる可能性は限りなくゼロに近い安全な人だけど。さっきの言葉じゃないけど、ほんとにおれってノンケばっかだな。いやホンモノのお知り合いはこの目の前の人しかいないし、特に知り合いたいとも思わないけど。
「いや……では、いただきます」
 なんとなく根負けして、おれは今が飲み頃というウォッカのグラスに手をつけた。ひんやりと冷たい、グラス。
 冷たいけど、確かにまったりほんのり甘く、そのあとすぐにカーッと喉が熱くなる。
 まずは無難に仕事の近況を改めて話し始める。うちのことはかなり筒抜け、というかご存知のようなので、新しく入ったバイト君の人となりとか話して……野々垣さんのことを聞き出すと、仕事の合間に某FM局のコンテストに出す予定だという。
「えっ、凄いやん。やっぱイラストレーター……て感じするわ」
「いやまだ出す、だけですよ。そもそも仕事の合間つーか、その合間に仕事してる言う方が早いし」
「でもなんか……凄いよな。あっこで選ばれたら、売れっ子の道開けるやん。カン●ラクニエとか、なんかその次の年の人にも名前知らんけど売れた人おったよな」
「そーですね。だから出してみたくなりますよね」
「もし、それがきっかけであんなに売れたら……潮崎さんと立場逆転しそうやな」
 そう言えば、彼にしてはにこやかに邪気なく笑い、
「そうですね。そーなったら、おれが潮崎さんを養ってあげようかな~」
「でもそれは潮崎さんのプライドが許さへんやろね、」
 そう言って珍しく2人で笑った。
 ……しかし野々垣さんと潮崎さんの関係って、ほんとに分からないな。距離感が。特に分からないのが、あの潮崎さんがこうやって信頼置いて側に置いてるってことだな。おれのせいで、あっちだかこっちだかに来ちゃったのか……そんなことはなさそうなんだけどなぁ。

「……赤城さんは、まぁキレイですけど、ほんとにカワイイですよね。顔立ちもともかく、なんか表情や仕草や、反応が……ね。清潔感あって。そこが原田さんや高階さんやら、ノンケに抵抗感なくさせて受けるんやろなぁ。そこがおれと全然違うとこやな。おれは全然、可愛くないし可愛くなろうとも思わんけどね。でも羨ましいわ……」
 あれからどれほどか。暫くは……何話したろう。野々垣さんの家はどこか、おれと原田のなれそめ、……そして必然的に、こんな話に。
「……そんなことないんちゃん?君かて、充分にキレイで清潔感あるし、なんてったっておれより大分若いし、その分おれよか肌も張りがあってきれいやし……若いって、いいよ」
 原田もやたらにビデオ見て言ってるしね……とは思ってもなんとなく言いたくない。野々垣さんに、そのことはなんだか言いたくない。負けたくない?
「でも自分にない、かわいさはどーしょーもないですからね~最大のポイントなのに、」
「君かて好きな人の前ではかわいくなるやろ、おれかて昔っからそないカワイイカワイイ言われてなかったよ。むしろ年を追うごとに……なんでか自分では分からへんけど、」
 すると野々垣さんはクイッと一口煽り、
「質問ですけど、原田さんはカワイイですか?」
「………」
 頭が質問についてゆけず、即答できなかった。カッコイイところ、素敵なところなら直ぐ浮かぶけど……ちょっとカワイイところ……と記憶をたぐり始めたところで、
「ほら、即答できませんね。きっとカワイイところはあると思うけど、それは赤城さんの持つ可愛さとは別もんてことです。そしておれは、原田さん寄り……そしてああいう、男前好き……報われなくて、ほんま赤城さん妬ましいですわー」
 そしてクスクス俯いて笑う。なんとも居心地悪い。尻の座りが悪い。肌も一瞬、ざわって来た。
「……でもそのおれの可愛さ?ってのも万能なわけちゃうし」
「……?」
「君みたいな、全くおれに興味ない人もおるわけだしさ。おれにとっては、君の方が脅威やわ。原田は結構、君のこと気に入ってるみたいやし、趣味も合うてるみたいやし……」
 おれがそう言えば、野々垣さんは皮肉なからかうような笑みをじわりと浮かべ、
「おれが、赤城さんに全く興味ないと……?原田さんと趣味が似てるて言うてんのに?矛盾してません?」
と言った途端、あっと思う間もなく引き倒されテーブルに仰向けにされていた。
 でもおれは、きっと睨みすえ、彼を見上げる。見上げた先にある表情は、決して熱くなく、ヒヤリとするものを潜ませていて。
「……冗談は、やめえや」
「……冗談?……余裕ですね。……試して、みますか?」
 掴まれた手首に、ぐっと力を入れられる。
「……試して、みれば?」
 それでもまだ、おれは静かに声を出す。
「……君はあの夜、原田に何してん」
「おれが何したか……?赤城さんは、原田さんがおれに何かしたとは、考えへんのですか?あのときだって、原田さんからキスしてきたのに」
「………それにあんなに乗って応えた君が、それを言うん」
 あの夜の、目を閉じた野々垣さんの顔が、伏せた睫が浮かぶ。自分から、手を添えて。キスを深くして。
「君は、原田のこと、好きなん……?」
「タイプですよ」
「……君は、潮崎さんのことが、好きなんちゃう……?」
「赤城さんこそ……。潮崎さんと、何もなかったなんて、嘘でしょ?原田さんがバイト入れたって聞いたときね……潮崎さん、肩を落として、『やっぱ赤城君は、原田君を選んで正解やったんかなー』ってしみじみ言ってたんですよ。しみじみと……やっぱ、って。選んで、って。……それにおれは前から、あなたのことが気になってましたよ。あるときからね……」
「………何も、ないよ」
「潮崎さん、あなたとおれ間違えて、酔って抱き締めたんですけど?」
 身体が一瞬、ひやっとしてすぐに波状に熱くなる。心臓がドキドキと早鐘を打つ。でも野々垣さんから、目は外さない……野々垣さんの表情は、変わらず冴え冴えとしていて。余り表情は、ないと言っていい。声も淡々としてるけど。
「……だから?おれは原田だけ……潮崎さんとは何もないし。あったとしても君に言う義務はない。君こそ、潮崎さん好きなんやろ……?だったらはよ、手ぇ離せや……」
「あなたの身体に聞いてもいいんですけど…?それよりおれが原田さんに何したか、それを身体に教えましょうか」
 そう言って、少し拘束のゆるんでいた手首を、再び強く掴まれた。
 だけどおれは、確信があった。野々垣さんは、おれの身体に興味ない。だから、
「……教えて、みろよ」
ときつくきつく、今まで以上に睨み上げ、そう言った。暫く言葉もなく見つめ合う。お互い挑むように。
 そうしていると、ふいに大きく目を瞠った野々垣さんが、ふっと笑い、目を外した。
「……なるほどね」
「なにがなるほどなん、」
「いや別に……意外と強気ですね。後悔しても知りませんよ……」
 そういうと、顔が降りて来、暗くなったと思う間もなく唇が触れた。
「しつこいようですけど、興味ないことは、ないですよ。おれのタイプの男が、虜になる身体はどんな身体かって、興味がね……」
 息がかかるほど近くでそう言った後、再び唇が重なる。口内に微かに残るアルコールが、キスの激しさ以上の熱さと酩酊感を連れてきた。

はあやっとこ予定のとこまで。こんなんでええんかいなーと思いつつも、…ご発注どおりの品物になってない気がしつつ、私的には2人がハードな(?)エッチに雪崩れ込むにはこんなシチュ、展開しか~~。でも結構、書いてる私は楽しいのですが……どんなもんでしょ~ね。とりあえず次回はいよいよ危険な領域に突入です。

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