夏草青山(なつくさあおやま) 2

 昔、子供だった頃、一応、いっとくけど一応本家な家にはお盆になれば親戚が遊びに来てよく泊まっていったものだった。いっぺんに何家族か集まると、子供同士で家中走り回って暴れ回って怒られた。それとは別に、一番近くに住んでる年の近い同性の従兄弟だった彼ら兄弟とはしょっちゅう互いに泊まり、泊まられして遊んだ。ノブちゃんはおれより2つ上、子供の2つってのは随分とお兄さんで、またノブちゃんがおれなんかとは違い男らしいかっこいい子供だったので、おれはノブちゃんには素直に従い、憧れていた。反対にアキは2つ下、今でもおれより幼い感じで、細長い感じだが、その頃はほんとにわがままなガキで、おれの後ろばっかり着いてくるうっとおしいガキだったので、一緒に山にカブトムシなんか取りに行ってわざと1人にして木の陰から泣くのを見たりしていじめたものだ。
 でも、そんなこともそれぞれの世間が広がり、自分の友達と遊ぶのに忙しくなる小学校の高学年から中学生にかけてなくなった。ただ、アキはおれが中学生になってもまだ小学生、ノブちゃんは来なくてもアキだけは来たりしていたが、おれがそんなガキの相手したくない年頃、かなり邪険に扱った思い出がある。
 そんな兄弟も今では、ノブちゃんは嫁さんと子供と4人家族、いずれは叔父さんの家に戻るらしい。アキは実家から通いで実に堅実に県庁職員…おれより出来は相当良かったらしい。
 長いお経を正座で聞き、我慢大会の様相を呈し、痺れすぎてワケが分からなくなる頃、お経はやっと済み、きれいに剃り上げた頭のお坊さんが振り返り、説法、というかお話をされる。「足をどうぞ崩してください」と言われて崩さない人間はいない。坊さんだけだ。
「…人間(じんかん)到る所青山(せいざん)あり、といいますが、青山とは普通にここから望める夏山のような青々とした山のこともいいますが、骨を埋める土地のことも指します。芭蕉は『旅に病で夢は枯野をかけ廻る』と詠いましたが、やはり自分の今生の別れは愛する人々に見送られ、互いに惜しみながらも別れを済ませ、心残りのないように旅立つのが幸せと思います。家族仲良く、ご先祖様を、親を敬い暮らす、何でもないことのようですが、これほど大事で、幸せなことはないと思います。昨今の殺伐とした事件も、こういう家族の絆の薄れが社会に暗い影を落としているのではないでしょうか。是非皆さん方も、心を合わせ、家族の絆を健やかに育てていっていただきたいと思います」
 耳が痛い。坊さんはおれに言って聞かせているのだろうか。そう邪推してしまう。
 おれが家を出っぱなし、最近寄りつかなく、またさっぱり嫁をとる気配のないことも田舎の檀家だから知ってるはず。勿論悪いとは思っている。思っているけど、おれは親の望む子供にはなれないし、ここがおれの青山ではない、と思う。
 しかし、先だ先だと思っていた親の老後が、ひたひたと寄ってきているのは、感じる。でも、もう少しだけ…何も考えずに自由に暮らさせて欲しい。と祈るように思っている。
 やがて仕出し屋が会席膳を持って来、座敷から表の間、2列に向かい合い、食事、というか宴会が始まる。美千代ねえちゃんや、お母さんや、叔母さんがその間をビールやお酒を持って注ぎ回る。
 おれの横は、おれより上座が用あってぎりぎりに来たお義兄さん、下座がアキだ。その横がノブちゃん。なんでノブちゃんの方が上座じゃないのか分からない。向かい側には、親戚の叔父さん方。下に行くほど叔母さんやねえちゃん、とちょっとばかり田舎らしく男尊女卑を感じさせる。
「コーちゃんは社長になったんだって?」
 ビールを飲んでいるとアキが言う。思わずむせる。
「社長…そんないいモン違うよ。友達と、独立してちっちゃい事務所構えただけ……。その辺の商店並だよ」
「でもすごいじゃん。仕事の方は順調?」
「まぁ……一応食っていけてるけど。なんてったってもう忙しいし、その割には儲からなく、……」
「前会ったとき残業凄いって言ってたよね。今もそう?」
「スケジュールがタイトなときはね。午前様なんてしょっちゅう……、もう若くないのに、」
 はは、と笑いアキはおれのグラスにビールを注ぐ。
「コーちゃんは若いよ…っていうか、なんか前より若くなったよ」
 アキと最後に会ったのはいつだったろうか。もう原田と付き合ってる頃だったろうか。
「お前も若いじゃん。……まぁ実際おれより若いけどさ、」
 おれもお返しにアキにビールを注いでやり、二の膳に乗ってるロブスターをつつく。
「……若くなった、ていうか、きれいになったよね…」
 えっ、と思いアキを見る。
「そうやって目を見開いてるとさ、…前はいつも仏頂面で、目もこんなに、」
とアキはしかめ気味に目を細める。おれはそんな顔してたのか。まぁしてただろうな。
「でも今は、……」
「コーちゃん。ちょっとこっちこい」
 アキがしゃべりかけたその時、お向かいの叔父さん方からお声がかかる。いい加減に出来上がりつつある叔父さん方が手招きする。
 あぁ、いよいよ来た。まぁウチはホストだから……これも仕方ないと溜息ついてビール掴んで席を立ち、叔父さん達の前に座り、上から順にお酌していった。
「コーちゃん。よく顔見せんかい。ちっとも帰って来んごつなって、」
「はぁ、ご無沙汰しております」
 おれは膝に手を着き、正座でちょっとだけ頭を下げる。
「耕作、社長になったのか、」
 別の叔父さんが言う。親戚間で、おれのことはどういう風に喧伝されているのか。
「いえ別にそんな大したものでは……」
「あのコーちゃんが社長とはな~~」
「うちの子達で一番の出世頭になるかもな~」
「こりゃ今からゴマすって取り入っとかんとな、」
 わっははは、と笑いの渦が巻き起こる。なんか疲れる…。
「で、仕事はどんな具合か」
「まぁぼちぼち食えていってます」
「大阪の人間になってるから、ぼちぼち、て言ったら結構儲かってるとだろう」
 と、今度は叔父さんから返杯を受ける。
「仕事が上手くいったら今度はいよいよ嫁さんたい」
「ほんとは彼女くらいおっとじゃなかね」
「いえほんとに、いないです」
「早よ作ってお母さんば安心させてやらんと、」
「あんたのお母さんはあんまりそういうこと言わっさんけど、そりゃ~心配しとらすよ、」
 うーん針の筵だ。ビールも飲まされ、酒好きのおじさんには熱燗でお酌、そしてその返杯と、なんか暑くなってきた。ただでさえやっぱりクーラーの効きが悪い。仏壇と床の間の面以外は全て襖や障子だから、空気の循環が良すぎだ。
「コーちゃんくらいかっこよか男が、なんで出来んかね~」
「やっぱ忙しいからですね…そういう出会いの場も、ヒマもなく、」
「休みとかあっとだろう、どんどん出かけていかんと、」
「都会やったらなんぼでもおるどけん、」
 そういう嬉しくない話を延々とされ、叔父さん方のホストを勤め、トイレに行きたくなってコレ幸いと立ったあと、自然に自分の席に戻った。今度叔父さん方に捕まっているのは、姉夫婦だった。
 すっかり暑くなり、上着を脱ぎ襟元を緩めて息をついていると
「大変だったなあ」
とアキに笑われる。
「お前も直に捕まるぞ。…お前、結婚は?」
「まだ」
「彼女は?」
「今いない」
「じゃ、おれみたいにつらい思いして来いや」
とおれは目の前の叔父さん方を指さした。
「ふぅ……なんかしんどなったな……」
 おれは飲まされだるくなり、背後の襖に背を預けて息を吐いた。座はもう大分乱れてる。
「……コーちゃん。…コーちゃんも自然に言葉があっちのが出てくるようになったなあ…」
「え?……ああ、」
「アキのやつ寂しいみたいだぜ。それにしてもこの家は変わんねえな~」
「ノブちゃんは子供今いくつだっけ?」
「5才と3才。もう大変」
「かわいいだろ?…懐かしいなぁ。その位の頃、皆でよく遊んだよな…」
「一緒に風呂入ったりとかしてたよな」
「今じゃ出来ないけどな。風呂狭すぎ、」
とおれが笑えば、ノブちゃんも口元に微笑を浮かべビールを飲む。
「ちょっとおれ横になるわ、」
と自分の席からアキの後ろに身体を曲げ、横になると、アキが髪を触り、
「大分つらそうだな。コーちゃん部屋で休んでたら?連れてくよ」
と言う。
「え……別にいいって。ここでこうしてれば、……」
「いいから」
 と腕を取られる。
「いいって、」
「そんなに遠慮してると、抱き上げるよ?」
 こんな、親戚一同の前で恥ずかしいマネされたくない。おれは渋々と起き直った。
「オヤジ。コーちゃんつらそうなんで、部屋に連れてくよ、」
 アキはおれの腕を掴んだまま、向かいの方にいる彼の父親に言う。
「さっ、」
 笑いかけ、その腕を引っ張られる。
 そのまま2階の、おれの部屋に行く。おれの部屋は8畳、かなり広い。おれの部屋、といっても個人的荷物は押入に纏めてあって、そんなには残っていない。窓から入ってくる蝉時雨を聞きながら、畳に直に横になる。
「ありがと……もう、戻っていいぜ、」
 そう見上げながら言うと、アキは窓を開けながら、
「いやいや。……ついててあげる」
「何言うとん…おれそんなに、」
「折角上手い口実作っておじちゃん達の相手せんでいいようにしてきたのに、」
「お前それが目的か、」
 彼はうなずく。
「ちぇっ。上手いことやりやがって……」
 目を閉じ息を吐いていると、気配が寄ってくる。
「…コーちゃん…コーちゃんはほんとに彼女いないの?」
「えっ?……うん」
「ねえ。おれ主任になったんだぜ。ちょっと昇進。公務員だから安定してるし、」
「へえー。おめでとう。何もお祝いなくて悪いな」
「お祝いはこれでいい」
 アキはそういうと、覆い被さり髪をゆるく掴み口づけた。
「アキ……、」
「コーちゃん、……きれいになったよね…」
「アキ、ふざけるな……」
「表情がさ、柔らかくなって、明るくなって、くるくる変わるようになって…美千代ちゃんと兄弟なんだなあ、って実感するくらい、目がでかかったんだなあって。見開くと、黒目がきれいで、睫がきれいに上向いてて、吸い込まれそうだよコーちゃん。唇も、ふっくらきれいで、」
 そう言って抱き寄せる。
「お前もおれと似てるだろ…あのな、アキ、おれ、その気はないから、」
「でも彼女いないだろ?全然出来ないんだろ?」
 そう言ってまた塞がれる。おれは彼の腕を掴み、身を捩る。
「……ねえ。さっきも言ったけどおれ、昇進したんだ…」
「……で?」
 しかしアキは答えず、また覆い被さる。と、そのとき部屋のドアが開いた。びくっとして2人ドアの方を見る。
「ノブちゃん……」
 アキはドア側に背を向けてる。見られたとしても、それがキスをしていたとは気付かなかったはずだ。というかそうであって欲しい。
「オヤジもう出来上がっちゃって泊まる気らしいぜ……、予定が狂ったし、昔を思い出して皆で風呂にでも入らんか?」
 こんなことのあとだけに、身体が強ばる。
「家の風呂、大人が何人も入るには狭いけど……、」
「近くの温泉行こうや」
 そう笑ってノブちゃんはキーをチャラチャラと鳴らした。

今日も台風余波で、いい風吹いてますね~(笑)うふんまた続いちゃったよ…なんかテーマが重いとか、坊さんの説教が重いとか、ヘンだとか(あ、これ全くの創作説教なんでよろしくですよ…汗)思われるかも知れませんが、全てはエロのため、なんで~

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