夏草青山(なつくさあおやま) 1

 黒いほどに青い空。沸き立つ真っ白い入道雲。さわさわと渡る微風に波打つ稲穂は濃い緑で、時折ザアーッと音を立て揺れるたびに強い日差しを照り返して輝く。
「……相変わらず、すげぇ田舎……」
 開け放たれた縁側からそんな広々とした景色を見ながら立っていると、後ろから声がする。
「コーちゃん」
 振り返れば、夏素材の涼しそうなワンピースの喪服を着た女が、白くふくふくとした子供を抱いて立っていた。もちろんおれも暑い中、メッタに袖を通さないので非常にパリッと、墨の良く乗った礼服を着ていた。
「……ねーちゃん……」
 長い髪を一つに束ね、ぱちっとした目と、細く尖った顎を持つ、やや華奢目の女は、おれの直ぐ上の姉で美千代という。長いこと結婚できない女だったが、電撃的に2年前結婚し、家を出た。県内の街に親子3人仲良く暮らしている。顔立ちは、兄弟だから似てるらしい。昔から良く言われた。でも自分たちでは、似てないと思う。大体おれは、この女のように無神経ではない。……つもりだ。
「あんたさぁ、もう30男とに、まだ結婚できんとね?なんで彼女作れんと?もうちょっとはモテる子ばいて思とったのに、お母さんマジで心配しとるばい、あんたのこつ、しかもいっちょん顔ば見せんごとなって、」
 おれは帰省するとき指輪はしない。サイフの中に入れている。見つかったら相手は?と喜々として家族皆が聞き出そうとするに違いないし、まさか本当のことは言えない、言いたくないからだ。だからおれは、全く女っ気のない、甲斐性なしとして家族、親族間では認知されている。
「うるせ~なぁ…人のこと言えるのかよ…どうでもいいだろおれのことなんか、……」
 分かってる。それは分かってる。だから余計、帰って来たくなくて、だんだん足が遠のくんだ…
「どがんでもよかこつなかばい~あんたが早よ結婚して親の面倒ば見て安心させてくれんと、」
「…ねーちゃんが面倒見てくれるんちゃん……」
「何ば言いよっとね。私もう嫁、嫁に出とっとばい」
 溜息が出る。こんなに抜けそうないい天気で、夏真っ盛り!な眩しい世界が展開しているというのに。庭に濃い影を落とす軒下の内に立つおれは、太陽の光が強ければ強いほど濃くなる影のように、これからのことを思い大変どんよりとしていた。
「大体恥ずかしか、あんた本家の跡継ぎ息子ばい?」
 更に溜息。
「今時本家も分家もないだろ…?田舎丸出し。大体親戚中で、うちが一番田舎で、貧しいような…」
「でもお墓は守っていかんと、」
 あああ。おれの世代くらいになったら、そんなのなんの関係もないと思います。墓くらいは世話してやる。でも仏事の世話はしたくない。おれは目をチラと斜め後ろにやり、法事のために襖を外し、座敷と表の間、二間ぶち抜いて広々とした空間の奥にある、なかなか立派な仏壇と、その上と横の欄間にかかってる軍服着たやつやら紋付き袴やら、沢山居るご先祖さん方の遺影を見る。
 高い板張りの天井は、縁側の先の池の水面に反射する陽光の揺らめきが反射して、きれいな波模様が揺れている。
「取りあえずそこどきなっせ。敷居の上に立ったらいかんばい。障子閉めて、クーラー入れるけん、」
「クーラー?…いつの間に付けたん…?大体こんな隙間だらけで広くて天井も高い昔の家が、効き目あるんかいな…」
「もうお客さん来るけん、その前に涼しくしておかんと、邪魔だけんどいたどいた、」
 おれは押しのけられ、所在なく場を明け渡す。ねーちゃんは縁側まで出、まずサッシを閉めるとバン、バンと勢い良く障子を閉める。目も眩む夏の日差しが、障子に遮られ柔らかい光となって広く暗い古い家の中を照らす。
 その様を見て、ああ、ディフューザ効果…と不意に土井さんを思い出す。
 お母さんと近くの親戚の叔母さん、姉貴たちはお客さんを迎える準備で忙しい。オヤジはこの期に及んで庭掃除に余念がない。おれといったら、することもなく肩身も狭く、ああ、早く来すぎちゃったな…もうちょっと遅らせれば良かった、と後悔の溜息。
「ちょっとヒマなら見とって、」
と姉貴のガキを押しつけられた。2才男児。
 馬になるのを強要され、仕方なく馬になっていると庭に1台の車が入ってくる。
 ここぞとばかりに馬を止め、むずがるガキを抱き上げて玄関まで出迎えれば、久々に会う親戚の叔父さんがにこにこして言う。
「コーちゃん、久しぶりたい。元気にしとったか?」
「ご無沙汰してます」
と頭を下げると、
「コーちゃんもついに結婚?ちゃんと式ばして呼んでくれんとなー」
と言われる。
「は?」
「その子、コーちゃんの子だろ?」
「いいえ……」
 なんか非常にいやな話の流れだ。まぁどうしたって、それに関する話を会う親戚会う親戚全員からされるんだろう。うんざりだ。
「オヤジ。その子は美千代ちゃんの子じゃん…失礼だろ、間違えたら、」
 後ろから車のキーをチャリチャリ鳴らしながらやっぱり喪服の若い男が入ってくる。
「アキ…、久しぶり…来たんだ、」
「オヤジが思う存分飲みたいからってさ…運転手」
「成る程」
「てゆうのはタテマエで、コーちゃんが帰って来るって聞いたから、」
「おいおい、……」
「ウソじゃないぜ。マジでアキのやつ浮かれてたからな。1人でいいのに、予備の運転手付き」
 更に後から、大分落ち着いた年頃の男が入ってくる。アキ、ことおれの従兄弟、彰弘の兄、信昭。
 言うまでも無いかも知れないが、名字は皆「赤城」だ。

なんか短くて、中途半端でも平気で上げちゃうくせがついちゃったかもだわー。取りあえず、暑中お見舞い申し上げます!強烈に雨降ってますが…

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