ブレイクスルー4 -43-

「………で?」
 低い声で、原田が問う。高階クンと相対した暫くの間の後。
 マンションのエントランスの前の植え込みから立ち上がった原田に、高階クンは車を停めるとおれより先に降りていき、一触即発な感じで真っ向から見つめ合い、向き合った。おれはなんだか胸騒ぎがして固唾を飲む。
「負けを痛感したんで、赤城さんをお連れしました」
 そう言って軽く目を閉じる高階クンの口元は苦く笑みを作っていた。
 なんだかおかしい。二人の様子を見ていておれの頭が違和感に満ちる。
「ほんまに今度こそ納得できたんか?今度こそ諦めろよ。いい加減」
「まあ。……でもちょっと早まった気もせんでもないですけどね。赤城さんはまだまだ原田さんとこに帰りそうになかったし」
「ここまで来てぐだぐだ言うなや。せやから自分から動くまでほっといてくれと言うたのに。余計なお世話じゃ。ここでお前にまだ後悔じゃの未練じゃの持たれるのも迷惑なんじゃ。赤に自分から動いて欲しかったんもあるけど、お前にも納得して欲しかったから、おれはじっと待ちの姿勢に入っとってんで」
「その割には、我慢できずに今日あんなこと言うたくせに」
「それはまあ……そのくらいええやん。何も誘導してへんし。お前こそ、マジでいいんか。もう二度とこんな時間はやらんで」
 すると高階クンはまた薄く笑い、
「いいんです……思い知ったから。こっちがしんどいわ……とっとと受け取ってやって下さい。あんな赤城さん見てられへん」
「……結局お前にはどうにも出来ひんかったということでOKやな。ほんまに、ほんまにもうええんやな?」
 どういうこと?納得したのなんのって、原田は高階クンちにおれが泊まったこと、知ってるって言うのだろうか。おれは知られまいとビクビクしていたのだけど。どういうことだろうか。納得って……
「ええ……なんだかんだ言って結局、おれは幸せそうな赤城さん…原田さんと一緒に幸せそうにしてる赤城さんを安心して見るのが好きなんであって、おれって結局、それにちょっかい出すのが好きなんですね」
「うん。………」
「で、すいませんが、お願いがあります……」
「何?」
「おれ、辞めさせてください……」
 高階クンはそう言った途端、感極まったように原田の胸ぐらを掴むようにすると、そのまま顔を埋めて…一回大きくしゃくり上げると、泣き出したのだ。
「幸せな赤城さんを見てるのは好きやけど……今はおれがつらい。つらすぎる……せやから、離れることを、許してください。もう側には、おられへん……」
 原田は何も言わず、しゃくりあげる背中をそっと抱くと、あやすようにポンポンと叩く。
 そして二人のおれおいてけぼりの会話を聞いて、なんとなく理解した。きっと二人の間で出来上がっていただろう約束。ついていた話。おれだけが知らなかった。二人の間で何も知らずおろおろと試されていた。
 それにしても、高階クン……
 おれには、何で高階クンが原田の胸で泣いているのか分からなかった。なんでおれでなく、原田なのか。
 目の前で、高階クンが原田に背中をゆるく抱かれ、嗚咽している。原田も、つらそうな顔で、でも無言で背中を抱いている。
 妙な疎外感を感じ、胸が痛い。そうじゃない、高階クンの身になって痛いんだろう?…そんな身勝手な自分が恥ずかしく、自問自答する。でも、この抉られるような痛みは、やっぱり自分の感情の痛さだった。
 高階クンが、離れていく……
 つらい。こんな風にしかなれない自分たちが、つらい。騙し騙し、どうにか危うい均衡を保っていた日溜まりの関係は、はっきりと揺らぎ、軋み、崩れた。もう二度とおれたちは3人ではいられないのかもしれない。そう思うと、胸が塞ぐ。
 ばっくりとおれの中の高階クンが抉られたように痛い。その位、おれたちは近づき過ぎていた。くっつき過ぎていた。潮崎さんや土井さんとは比較にならないほど入り込んでいた。そしてやっぱり彼のことが、原田とは違う感じで、好きだった。だからその好きな気持ちを生身のまま引き抜かれ、痛くてたまらない。
 あの会社は、3人で作った会社だった。最初の数ヶ月こそおれと原田、二人で準備に走り、事務所を立ち上げたけど、ある程度目処も付いたところで直ぐに高階クンに来てもらい、営業は安心して任せられた。彼がいてこその、いや、誰欠くこともなくてこそのうちの会社の雰囲気なのだ。彼が実にそつなく営業や雑務をこなしてくれるからこそおれたちは安心して制作に向かうことが出来たのに、おれの心だけでなく、会社にとっても衝撃だった。
 でも、原田はそんな高階クンの思いを了承した。言葉少なく、
「わかった」
と……。
 高階クンと別れ、帰る道も、帰ってからもおれも涙が止まらなかった。原田は、高階君にそうしたように、黙ってタバコを吸いながら、おれを抱き寄せていた。

「赤……」
 ベッドで二人、無言で隣同士で座っていたけど、原田がそう声をかける。おれはそっと彼を向く。
「あいつとは、これきりじゃないから。あいつはそんなやつと違うから……」
「でも……」
「おれには分かるねんて。結局同志やからな。な、だから……」
 背中に暖かくしっかりとした腕が回り、そのまま力強く引き寄せられる。
「あいつが好きなんは、幸せそうなお前、やねんから……」
 そのまま顔が降りてきて、おれたちは吸い寄せられるように唇を重ねた。
『幸せになってくださいね』
 高階クンは崩れそうなばつの悪そうな笑顔で、最後におれに向かってそう言った。
 そして、気になるやりとりが――
『原田さん……おれ、おれ、赤城さんと……、』
 原田の胸に頭を預けたまま、くぐもった声で高階クンが思い詰めたようにいいかけた言葉。
『言うな』
 それを遮った、低く短い原田の声。
 あれはどういう意味だったろう。おれの感じた通りなら…でも。
「もう一度、誓い直そう。やり直そう」
 そう言って口を離した原田の顔は、とても優しかった。その包容力が心地よかった。
「うん。誓い直そう」
 だからおれも心からそう思えた。じっと掴んでいた指輪をポケットから出し、手のひらで眺める。
「原田。これ……ありがとう」
 ここからが新しい始まり。
 今度こそ神聖な誓いをしよう。確実な思いを持って。おれはとても敬虔な気持ちに包まれながら原田をもう一度見上げた。
「おれの気持ち……ああは言うたけど、ずっと心配やったわ……ほんまにおれんとこ帰ってきてくれるんかて。おれを選んでくれるんか、て……」
「原田……おれ、やっぱりお前が一番、いい。惚れ直したよ……」
「赤……」
 原田はおれの頬にそっと触れ、愛しげに撫でると、また唇を塞いだ。直ぐに滑り込んでくる弾力のある舌。口内を貪り尽くそうとする蠢き。胸の奥に、身体の奥にポッと火が点る。
 こんな情欲を煽るキスすら久しぶりで、おれは直ぐに頭がぼうっとなり、原田に身体を委ねる。ガクッと力の抜けた頭を原田の手が抱き寄せる。
「ん……」
 思う存分くすぐられ、煽られた後、原田は口を離し、そのまま喉元へ食らいつく。ゾクリ…と疼きが駆けめぐる。
「原田こそ……ほんとうに、おれなんかで……」
「おれは今度こそふざけんとマジでお前に誓いさすで。確かによくよく考えるとお前におれは勿体ないような気もしてくるねんけどな……」
「それって……」
「でも、お前が誰より可愛いから。困ったもんで女でも、男でもなくお前が一番かわいい…おれにはお前だけ。誰にも渡したくない」
「あ……」
 おれは抱き締められながら、喉をのけぞらし声を零した。原田の甘い言葉が、身体をジクジクと染み渡っていく。疼きは腰に溜まり、じわっと熱く反応し出す。
 もっと、もっと強く。激しくめちゃめちゃに抱いてしまって欲しい。その思いが自然と腰を原田に擦り付けさせた。
 原田の手がファスナーを下ろし、指先が侵入してくる。そのまま、外へ連れ出される。
「まずは、誓い直そうか」
「ん……」
「目を閉じて」
 おれは言われるまま、そっと瞼を閉じる。自分でもその睫まで震えているのを感じた。
 左手を持ち上げ、その刻を待つ。
 微かな原田の動く気配。そして。
「んっ?」
 おれはあらぬ違和感に目をぱっちりと開いてしまった。何かが差し込まれ、はまった感触はあった。だがそれは待ちかまえていた薬指ではなく、あられもないとこで。
「原田!」
 おれの抗議の呼びかけに、ニヤ~っと笑んで答える原田。
「大事な誓いやろ。もう二度とオレ以外に触らせへんように。食べられへんように。こっちとの契約の方が重要や」
「これ、どこで見つけてんー!」
 原田が誓いのために銀色のリングをはめたのは、アソコ……おれが隠していたリングが、ちゃっかりとはまっていた!
 さっきまでの甘くとろけるような快感もどこへやら、神経がささくれだったように過敏になる。恥ずかしさで動悸も激しく、息が荒くなる。
 一気にそこが充血して、膨張する。
「おっ、スゲー感じてるやん……さすが。気持ちいい?実にいい眺めや。おれのもんって感じ」
「ばか……!」
「赤城君の息子さん。汝は病めるときも健やかなるときも……」
「あほーこんなとこで誓うかっ」
「誓わな許さへん、楽にさせたらんで」
 楽しげにニヤニヤ言う原田。あの敬虔な気分を返して欲しい。
 ああなんでいつもこんなにはめられてしまうんだろう。この男…このニヤニヤをどうにかひっこめてやりたい。おれだけがこんな理不尽な煽られ方するのがなんだか悔しい。おれはなにか仕返しを…と考え、あれだ、と思いついた。あれで原田をノックアウトしてやる。絶対いける。
 恥ずかしかったけど。
「勇二……」
と呼んだ途端、じわっと縛られてる性器から強い羞恥が襲ったのはおれだった。
 まずかった。両刃の剣というか、スゲー恥ずかしい。心臓バクバクして、身体が痺れて……熱くて。自分がより煽られてるやん……と思った時。
「赤……」
と殆ど息みたいな声で、がしっと抱き締められた。その身体が熱い。原田の息が、凄く荒い。
「赤……今…なんて?もう一度、呼んで……」
 頬を嬲る原田の髪。そのさらさらの感触が、どこも熱い互いの身体に、ひやりと気持ちいい。
「あっ……」
 より強く抱き込まれた拍子に、内股に何か固いモノが当たる。押しつけられる。もの凄く張りつめた気配。おれの一言でここまで元気になったのか。
 その触れあうところからまたシビレが流れ込んでくる。煽られ過ぎて、まだ何もしてないのも同然なのに、おれのアレは悦びに濡れていた。

あーやっと……エロへの足がかりが。負け犬(笑)は去るのみ。うーんどうなんでしょうこの展開。まぁ最初っから決めていた展開だったとはいえ、なかなか高階クンを泣かせるのはむつかしく、納得してもらえるのかはなはだ疑問です。またその後ちゃっかりあっさりとHに雪崩れ込む二人の精神たるや…違和感ないのか心配です。次回はいよいよエロ&大団円(?)です。(最後までいけなかったよ…)

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