ブレイクスルー4 -44-

 原田がそっとベッドに押し倒し、おれにのし掛かってくる。その重みすらも、快感を呼ぶ刺激になる。
 はあっと熱い息が漏れる。
「赤。ちゃんと言うて。……お前の、気持ち。おれに分かるように。安心できるように」
「原田……」
 おれはそれから原田の心地よい頭をかき抱くと、耳元でそっと囁く。
「原田。好き。……お前だけを、ずっと愛する。お前がおれに愛想を尽かしても……」
 そこで一旦言葉を切り、はふっと大きく息をする。なんだか酸欠なのだ。ドキドキするし。
「お前を愛してたら。しつこいって言われたって、黙って引き下がったりしない……諦めない」
「よっしゃ」
 おれは言葉を全て紡ぎ終わると、懐かしい彼の匂いを嗅ぎながら、そっと舌を尖らせいつもされるように、直ぐ側にある彼の耳に舌を潜り込ませた。丸い耳殻の中に舌を這わせ、こりっとしたふちに噛みつく。原田はぐっと背を抱き寄せ、首筋に吸い付く。
「あ……っ」
 甘い声が漏れる。肌が、熱気を帯びてざわめく。おれの肌を辿りながらくつろげられていた胸元まで原田が降りていく。ちゅっと音を立て、乳首を吸われる。
「感じてる?」
 原田が言う。
「ばか……」
 見て、分かるだろうってくらい、おれは感じてる。甘い息を、漏らしてる。慣れた身体は、原田を我慢できなくて、いつの間にか自分から足を開いて誘ってる。そのおれの身体を、小さな金属が縛ってる。震え、零れる蜜。いつの間にか、下半身は全て剥かれ、おれの動きを、原田の視線や腕をさえぎるものはない。そこに原田が動くたびに肌に触れる硬質なシャツすら、過敏になったおれには強い刺激だった。
 全身が性感帯。こんな感覚はいつぶりだろう。
 触れあわなかった間を経て、膨れ上がり、暴走したがる身体。
「早く……早く入れて。満たして。お前で……」
 疼く身体の中心に、虚ろな部分がある。足りないものを求めて、疼き、蠢くおれの内部。そこに、与えて。早く。
 慣らしなんか適当だっていい。久しぶりがそこに負担をかける畏れも頭を掠める。でも、それを押しても、早く欲しかった。
「全然ソノ気もなかったくせ、感じ出すとせっかちやな……」
「……溜まってんねんから、しゃーないやろ……」
 そろりと原田の大きな手のひらがおれをものを掴み、なであげる。それだけでビクンと脈打ち、痛いほどに張ってくる。
「……く……っ」
 おれは喉をのけぞらせ、歯を食いしばる。足が、ずりずりと上がる。ねちゃりと粘着質な音が響き、ぬるんだ摩擦がおれを煽る。パンパンに膨れ上がった欲望は、堪えきれずはじけようとする。それを一瞬枷が締める。おれを拘束する、リングの心地よい存在感はそのまま原田の存在感だった。
「……きれいだ……」
 低く漏れる原田の呟き。
「お前こそ、おれのもん…もう何言うても、離したらん。この姿、忘れない……」
 そう言ってリングを指先でなぞる。それはそのままおれの根元と心を刺激することにもなって、
「あっ!」
 次に先端を撫でられたとき、おれは勢い良く一発目を吐き出していた。
 原田は顔を埋め、飢えた獣のように過敏なそれを舐め上げる。おれは直ぐに、感じ出す。
「原田……」
 おれはまだシャツに覆われた原田の熱い、きれいな丸い肩を撫でてねだる。いつも感じる、官能的な手触り。色っぽく熱い彼の身体がシャツに覆われたままなんて、肌を感じたくて、手を滑らせ彼のシャツのボタンを外しはじめた。彼はそんなおれを熱っぽく見下ろしながら、
「これやろ」
 とズボンの前をくつろげ、おれに見せつける。勢い良く出てくる凶悪なまでの艶やかな力強さが、おれの喉を鳴らせる。
 するとくすっと笑い、
「お前、色っぽすぎ」
と言われる。
「いや、お前。やっぱ、色っぽいよ……この、胸のラインとか、好き……」
 ――野々垣さんも、きっと……  それは、おれの胸の中に閉じこめておいて。
「赤」
 いいか?と言う問い。答える間もなく、おれの身体を割り既に濡らされた指が侵入してくる。圧迫感と、引きつれる痛み。でもそれは直ぐに覚えのあるじんわりとした快感を連れてきて。
「は……早く……来て……」
 おれの中に。細くて繊細に動き回る指の煽りじゃ足りなくて、もっとと待ちきれずきつく絞り上げ蠢くと、原田も荒い息を吐き、指を抜くとぐっと押し入ってきた。く……とおれの口からまた、声が漏れる。やっぱり、キツイ。原田自身も物凄く硬く太く感じられて、いつになくメリメリ…と音がするんじゃないかと目の前に何かが瞬く。何かに縋ってないと…おれは原田の背に、強くしがみついた。与えられる口付け。上も下も原田に犯されおれの中は彼で一杯になる。
 ふと、幸せを噛みしめる。ああ、どうして原田はおれなんかを好きでいてくれるんだろう。きれいだなんて言ってくれるんだろう。こうやって欲情してくれるんだろう。
 でも、考えたって、この確かな手応えが確かな事実。オレの中ではち切れんばかりに膨れ上がった原田の欲情。それが紛失していたジグソーのピースのように。填められたら深い愉悦と安心がおれの身体の隅々にまで広がっていく。

 ぼうっとしていた。放心しきって、安心しきって。ベッドの上で仰向けになっていると、煙草を一本吸い終わった原田がおれを抱き寄せ、左手を取ると、改めて指輪を押し込む。
「ありがとう。ほんとに……」
 おれは礼を言いながら、改めてまじまじと薄闇の中鈍く光るそれを見る。こんなにステキな指輪って、そうそうない。
 何物にも代え難い。


 高階クンはそれから、美奈ちゃんに経理とかの雑務はかなり詰めて、厳しく教えていた。美奈ちゃんも高階君がいないとき、悲しい顔で教えられたことを復習していたが、彼が来ると明るく振る舞っていた。
 美奈ちゃんは…実は高階クンが好きだったみたいだ。でも、辞めるという彼の決意は固くて、そのくせにこにこと笑ってて、なんだか有無を言わせない。
「どうせちょくちょく来ますから」
と高階クンは送別会まで断ってしまった。
「でも……」
 何もないなんて寂しい、と彼を見つめたとき、彼はくすりと笑ってそっと耳打ちした。
「おれ、赤城さんにはええもん貰いましたから。パンツ、簡単に洗ってあるんがちょと残念ですけどね。さみしいときやつらいとき、出して頬ずりしてますよ。嗅いだり舐めたりも、」
「………!」
 パンツ!おれ、結局忘れてた…バカ。
「ほんのり桜色。赤城さんはやっぱかわいいわ」
「あ……あの……」
「ありがとうございました赤城さん」
「………」
 おれはがっくりとうなだれるしかない。高階クンには、最後まで適わない。


 時間は止められない。変わっていくもの、変わらず続いていくもの。
 ある晴れた日曜日、原田がドライブに行こうか、と聞いてきた。
「最後やから、さ」
 としみじみとした顔で言う。
「……ほんまに、買い換えるん?」
「今度の車検、勿体ないからな」
「……でも、いやだ。潰れるまで乗りたかった。……」
 この車の歴史は、おれたちの付き合いの歴史。原田がおれを思って選んでくれたワインカラー、乗って出かけた雪山、田舎、おれたちの悲喜こもごも、全てが詰まってる、他のモノに替えられない唯一無二のものだった。
「しゃーないやん。法律やから。ディーゼルやからさ」
 そう、おれたちのサーフはディーゼル車。排ガス規制で条例にひっかかるので、まだまだ元気な、この車をいつまでも乗ることが出来ない。だから車検の前に、原田は買い換えようと言っていた。今までの労いを込めて、愛車で遠出をしようと誘っているのだ。
 青い空を見上げながら、湾岸線を走っていく。突き抜けるよな空、反射する青い海。どこまでも続いていくような道を、永遠に二人で走っていく幻想に捕らわれる。
「今度は、何にする?またサーフ買う?それともランク上げてプラドにでもする?」
 原田は新しい車を考えるのが結構楽しそうだ。
「さみしいな……どうしても、ダメ?」
「……そらおれかて。でもいつかは、乗れんようになる……」
 しようがないとは分かっていても、色んなモノが動いていき、変わっていくのがさみしくて溜まらない。世の中は常に動いて、進歩していくものだとしても。変わらないように見えるものも時を経り変わっているのだと分かっていても。
 おれたちも年を取り、いつまでも同じではないとしても。おれはぎゅっと手を握りしめた。
「……あれ?」
 おれはその時の微かな違和感に気付いた。いや、指輪を改めてはめてもらった後から時々感じていたのだけど……
「原田……なんかこの指輪……元のと違うような……」
 指輪はずっとしていると形が指に馴染んで変形する。傷も一杯付く。その指輪は傷もあるし、多少歪んでもいるけど、なんか指に馴染まないと思っていた。それが確信に変わる。原田は決まり悪そうに笑う。
「やっぱ、気付いた?」
「まさか……」
「だって、見つけるのだるかってんもん。ムチャ言うて次の日の昼間、もいっかい作ってもらった。知り合いんとこやったんでごり押しきいたわ」
「………」
 つまりこれは。元のとは全く違う、別の指輪なわけで。
「……怒る?」
 へへへと力無く原田が笑う。おれは暫く俯いていたが、顔を上げ。
「……ううん」
と首を振った。物は違っても、込められた気持ちは変わらない。いやより強い物かも知れない。少なくとも、遜色はない。おれの指輪はこうやって形を変えて続いていくけど、想いは同じ。
 いや、想いの形だって時の経過と共に変わるのだ。変わるもの。形を変えても続いていくもの。
 この車もそう。全てが。
「ウレシイよ……おれのために、そこまで……」
「赤……」
 原田はおれの手をそっと取った。


 そして数ヶ月。
「こんにちは赤城さーん。今日も可愛いですね〜」
 陽気な声がする。今日も来た。入り口を我が物顔で入ってくる男、高階クンは、うちを辞めたとはいえそのあと直ぐに意気投合したか潮崎さんの事務所に入り込み、しょっちゅう用がなくてもウチに出入りしていた。
「あ、あのなあ……これじゃ辞めた意味ないんちゃう?おれが言うのもアレやけど……」
「アレー辞めることないやん、さみしい…て泣きそうな顔で言うてくれてたくせに。ほんまはウレシイくせに」
「あのなぁ。君は全然変わっとらへん」
 すると目を瞠り、
「そうですよ。おれはおれなんで、変わり様がないです」
とヌケヌケと…なんか力が抜ける。すると原田が、
「お前の女癖は変わろうが変わりまいがどうでもええけど、赤のことはもうちょっかい出しなや。ほんま何のために辞めてん。まぁお前の給料払わんでええのは気持ちええけどな」
と言って軽く睨んだ。
 しかも、その生活は長くは続かなかったのだ。結局潮崎さんは人を雇う余裕というか、そんな余剰人員はいらなかったらしく、忙しいときはののが使ってくれて言うてるから、と丁重にお返しされてしまったのだ。その時の原田の渋面は、忘れられない。

 そしておれたちは、元に戻った。ように見える。
 でも勿論、その間には色んなことがあったわけで、元のようではない。
 変わりながらも、おれたちもいつまでも続いていくのだろう。

去年の5月から連載はじめて一年以上かけて、やっとエンドマークを付けることが出来ました。なんとも感無量です…ホッとしました。当初の心づもりでは去年内に終わらせるつもりだったのが、…いや軽く始めた割には…しかしここまでこれたのも、励ましを頂いた皆さんのおかげです。お付き合い頂いた皆様、ありがとうございました。

 さて、ここに連載完結記念アンケを置かせて頂きます。
 お気軽にお答え頂けるとウレシイです!よければ何か感想でも一言、こうなって欲しかった、土井さんとしてほしかった等々、ご要望、イチャモンなんでもウレシイので何か頂けると更にウレシイです。特に傷心の?高階クンの今後について、皆さんのご意見をお教えくださーい

●高階クンの幸せって?
新しい女の子とラブラブ  新しい男とラブラブ  既存のキャラとラブラブ  やっぱり赤城君本命で女の子と遊ぶ  その他
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