ブレイクスルー4 -41-

 原田の顔を見るまでは、あんなに頑張る気でいたのに、見て、冷たくあしらわれて、なんだかすっかりしぼんでしまった。
 ここらが引き時かも知れない。
 だって所詮この関係、未来がない。何も産まない。元々不毛な関係だったのだ。
 親にだって言えてない。そんな暗い関係に、それに原田を引き留めておくのは可哀想…そんな気持ちが膨れ上がる。
 好きだから、彼をこのまま、おれへの執着に疑問を持ったとこで引き留めず、自然に離してやるのが一番良い選択なのかもしれない。
 これは運命。そしておれの、おれなりの愛情……
 そう考えると、自分の不実を隠す隠さないなんて余り関係ないことの気がしてきた。問題はもはやそこじゃなく、この関係をどうすべきか。
 もちろん、最後まで言わない、言えないが。
 不意に、昔『互いに隠し事はしない』と誓い合ったのを思い出す。だけどやっぱり、世の中には言わない方がいいこともある。と今は思う。それは信用してないから、愛してないからじゃない。
 好きだからこそ。
 それと同じで、離してやることが、良い選択なのだと、……
「赤城君?」
 はっとおれはどこかぶっ飛んでいっていた意識を戻す。そうだった、ここはクライアント。広いフロアーの片隅の打ち合わせコーナー。前を見れば、きちっとスーツを着込んだ担当の方が。しっかりしなくては。
「朝早くからごめんね。ネムイ?」
 そう言われて、顔が熱くなる。
「いっ、いえ…とんでもない。浅香さんだって、これからこれ持って走らないといけないんでしょう?」
 すると担当の方、浅香さんが柔らかく笑い、
「ぼくは昨夜たっぷり寝たし。赤城君は納期なくて大変だったでしょう」
と言ってくれる。
 しっかりしなくては。仕事中は仕事に集中。おれは何度も何度もそう自分に言い聞かせた。

 それからもう一件そのまま寄って、いつのまにか11時も過ぎていた。事務所に戻る。ドアを開けると、それまで話していたらしい声がピタリととまる。なんか異様。なんか違和感。
 そうだ、美奈ちゃんの緊張をほぐす明るい声がない。
「美奈ちゃんは?」
 誰にともなく訊けば、二人揃って目を向けられる。ドキッとする。
「夏風邪引いて、今日は休みだそうですよ」
 どんなときも変わらない高階クンの飄々とした声が答える。
 そのまま静かなまま、お昼が来ると、
「じゃ、おれ外に食いに行ってくわ」
 と原田が立ち上がり、出ていってしまう。
「え……?」
 原田。おれとメシも食いたくないのかな。食がいけなく、まずくなるのか。なんだか凹んだ。
「高階クン……」
 二人残され、原田の出ていった方を見たままそう声を出すと、くすりと笑う声がして、そちらに目を向けた。
「原田はおれとご飯食べたくないのかな……」
「そーなんちゃいます?」
 あっさり言うな。おれはうなだれる。
「……なぁ。おれが帰ってきたとき、何話しとったん……?急にピタッとやめたやろ」
「ああ、それは……」
 高階クンは静かにそう言い、ゆったりと煙草に火を点け、煙を吐き出すと
「赤城さんには言えない……というか言うことはないです」
「あんたたちだけの秘密…?」
「まあね」
 そう言って笑う高階クンの顔は、たくらみに満ちているようにも見えた。
「そんなことより。赤城さんはどうしたいんです」
「おれ?おれは……」
「今夜もおれんとこ泊まる?」
「それは……」
「泊まっていきなよ。おれは諦め悪く口説くから」
「ごめん。口説きには、」
 それだけ強く言う。
「……今は、まだ……」
 付け足しのように、そう言ってしまう。おれは相変わらず、強く拒絶できないヘタレだった。
 原田は昼が過ぎてもなかなか帰って来ず、一旦戻ってくるとまた直ぐに出かけて行った。その直前、ちらりと、いらついたような目でおれを睨んだ。
 おれはつい首をすくめてしまう。なんて1日の長いこと。
 それからも原田のいらいらは手に取るように見て取れた。あの原田がこんなにイライラしてるなんて。いつもだったら腹に溜めとくなんて性に合わなくて、なんでも言いたいこと言う男なのに。
 おれだから。おれと関わってしまったから?なんだか全てが憂鬱の元となっていく。

「おい。おれはもう帰るけど」
 定時を過ぎて、原田がそっけなく言う。
「あ、うん。お疲れさま」
「他に言うこと、ないんか」
「……他、に……?」
「昨夜のこととか、」
 舌打ちしながら、彼が言う。おれは唇を噛みしめる。
「……ごめん」
 暫く沈黙。それは、原田がおれの言葉を待ってたからだろう。
 じっと見つめられ、というか殆ど睨まれて、おれは息するにも苦しくなる。俯き、彼の視線を避けながら、ひとつ息を吐くと、
「……それだけかよ」
と凄まれる。怖い。長いこと優しくて、楽しくて、そんなこと忘れていたけど、原田は怖かった。元々苦手なタイプだったのだ、と思い出す。
「ごめん……ごめん。おれ……いいよ。もう」
「は?」
「おれにはお前を幸せには出来ない……やな思いもさせてしまうし。おれみたいなヤツにはもう構わないで。ごめん。もう、このまま……」
「はぁ?なんでそう思てん、なんでそうなんねん、」
「……お前はおれには勿体ないから……もうおれに興味が無くなったんなら、おれとは別れた方がお前にはいい、1日悩んで、そう思てん」
 ダン!と机を拳で叩かれ、びくっとする。
「……お前は……、それでお前の気持ちは何処にあんねん。おれのことどう思てんねん」
「それは……」
「食らいつくて、奪ってやると言うたお前はどこ行ってん。こんだけ一緒にいて、結局おれはお前にとってその程度のもんしか残せなかったて言うことやよな、」
「原田、それは、」
「お前は全然変わってない、おれがここでこのまま手を離したら、お前はあっさりおれを諦め、忘れて高階なり潮崎さんなり、新しく手を伸ばしてきた男に簡単になびくんや、」
 おれは弾かれたように顔を上げる。
「それは、」
 違う。それは違う。
 涙が出そうになって、また俯く。その間に原田は荒々しく席を立ち、出ていってしまった。
 違う。そんなことはない。お前と離れるのはいやだ。お前ほど好きになった人間は、執着した人間は、……長いこと一緒に居た人間は、幸せを感じた人間はいない。幸せ過ぎて怖いくらいだったのに。
 でもだからこそ。好きだからこそこのまま…と思っているのに。分かってくれない。いや、それは分かって貰わない方がいいことなんだ。このまま憎まれたままの方が多分……おれはつらいけど。
 声を出さずに嗚咽していた。高階クンの存在も忘れていたけど、
「赤城さん。…泣いてます?いつまでも泣いてんと、目ぇ開けて。ほら」
と近くで囁かれ、目を開けると、おれは息を飲んだ。
 原田がグーで殴りつけた机の上に、銀色の指輪が置いてあった。

ううむ……赤城くんの心の動き、納得して貰えるのか。破綻してないのか。もう既に自分ではわからない……(汗)しかもなんだか取って付けたような気がして…ああ未消化ってやつでしょうか~~(ダジャレではない)ごめんきっとコケました。でもこのまま進みます。……(汗)

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