ブレイクスルー4 -40-

 ドアを開けようとして鍵を出し、穴に入れる前になんとなくノブを回すとするりと開いてしまった。
 どきんと胸が高鳴る。原田が来てるんだ。
 心臓が喉を突き破りそうになりながら、そっとノブを回し、ドアを開けて中に入る。
 唸るプリンターの音。目を奥に巡らすと、原田が自分の席の前に立ってなにやら紙を見ていた。
 何も言えない。固まっていると、気配を察し原田がこちらを見る。おはよう、とせめて言わなければ…と口を開こうとして、ひりついてひとつ喉を鳴らしただけで止まってしまった。
「おはよう」
 先にそう、低く素っ気なく言われてしまう。目を紙に戻しながら。額にかかる長い前髪がハラリと落ちて、その彼の目を隠した。
「……はよ」
 いやんなる。自分でもいやんなる程の蚊の鳴くような声が出た。でも今はこれが精一杯、喉に声がひっかかって、……
「昨夜はどこに泊まっとってん」
 うわ、いきなりきた。でもさして興味なさそうな、天気の話題みたいな声。
 そうまるで、義理の挨拶のよう。
「別に」
「別に、て……。会話が成立してへんぞそれって……」
 ふうと溜息をつく原田。
 もの凄く冷たくないけど、優しくもないその態度が、おれへの無関心のような気がして、なんか身を切るようにいたたまれない。
「でも、お前がきてくれて良かったわ。ホッとした」
 あ。原田はおれの仕事が気になって早く来たんだった。ちょっと胸が熱くなる。
「仕事に私情は挟めない、取引先に迷惑はかけられへんし……」
 なのになんかおれの口から出たのは可愛げない言葉のような。ありがとうの気持ちを伝えなくては。
「でも、ごめん。ありがと。気にしてくれて、早く来てくれて」
 言えてほっとする。すると原田はそっけなく
「別に。当たり前のこと」
と。うう、つらい……
 やっぱり彼は、冷めて、目が覚めてしまったんだろうか。
 でも堪えなくては。もうおれだっていい年だろ。ムダに年月を重ねてきただけだけど。それなりの対処を、後悔しない対処を。
 そうは思っているのだけど。こうしてやはり直面すると、どうしても萎える。
 でも仕事にはだけは、出してはいけない…そうだ仕事しなくちゃ。おれは唇を噛みしめ、席に着こうとした。すると原田が手を出す。おれは何か分からなくて見上げる。少しグラグラとゆるむ心で。
「キー。車、乗ってったやろ。おれ打ち合わせ乗ってくから返して」
 それを聞いて、不覚にも涙が出そうになった。ポケットのキーを強く掴む。
 おれの今の拠り所…元に戻れると信じる心の支えだったキーを、返せと言ってる。いや、そりゃ原田の車だし、仕事に使うっていってるんだから…
 だけど感情的におれからキーを取り上げて欲しくなかった。
 それはおれのわがまま。分かってるから、キーを出す。原田がさっとそれを取る。なんか胸が痛い。心なしか身体も痛い気がする。
 これで原田が実家に帰るからお前は戻れとか言われたら、ちょっと立ち直れないかも知れない。
 とりあえず、仕事。おれはそれから仕事を始める。原田は自分が出力したものを確認して、打ち合わせの荷物を纏め始める。
 それが6時台のこと。7時を過ぎた頃に高階クンがやってくる。何食わぬ顔で。
「おはようございます」
と言う高階クンに、原田もおはようと返す。おれも挨拶する。
「やっぱ赤城さん来てますやん。ね。原田さん」
「ああ。悪かったな。早よ来て貰って……」
「いえいえ。…でも、原田さんも、信じてたでしょほんまは、」
「……まあな」
 ボソリと原田。おれは思わず高階クンを振り返る。彼はニッコリとおれに笑いかける。
 顔が熱くなる。
 そして暫くしておれは慌ただしく打ち合わせに出かける。

40になってしまいました…今年の梅雨も終わってしまいました!なのに連載はうわーん終わんなかったyo!いつまで続くんだか……(汗)
今思ったのですが、原田君はスペアは持ってないのか、というツッコミはなしよ。どうなんだっけ車のキー…私乗らない人だから~~

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