ブレイクスルー4 -27-

 言いがかりだ。言いがかり以外のなにものでもない。
 沸々と胸に沸き上がる不快感に顔を歪め、ビルに入って一階のトイレに行くと、彼の匂い、自分の匂い、汗の匂い…をなるだけ消し去りたく、改めて個室に入った。水を流して貯水タンクに流れる水で、アレを洗いトイレットペーパーで拭く。そっと指を後ろに入れる。微かなぬるみ。ペーパーで入るだけ奥まで拭う。
 舐められた胸も、肌も…ペーパーを湿らせて、できるだけ拭いた。
 いたたまれなかったので、テープを奪い返すことも、携帯の画像を消させることもせずに出てきてしまった。あの時を逃して、いつまたあれを奪うチャンスが訪れるだろう。…携帯は、叩きつぶしてでも、消させるべきだったかも知れない。仕事に差し支えたって、知らない。自業自得だ。
 溜息が零れる。
 ……ついこないだまで、あんなに普通だったのに……。そんな彼が好きだったし、知らずに頼ったりしてた。
 おれが甘かったのかも知れない。でも、そんな関係がいつまでも続くといいと思ってた。
 こんなに憎んでも憎みきれない寂しさみたいな感情を持ちたくなかった。
 ……どんな顔したらいい?このあと原田にちゃんと接せるのか?高階クンには……?
 身体を突き崩すような不安がおれを襲う。

「お帰りなさい」
 事務所のドアを開ければ、いつもの明るい声がおれを迎える。地獄で仏に会ったように、ちょっとホッとする。美奈ちゃんが笑いかけながら席を立つ。コーヒーを淹れてくれるのだろう。
 視線を奥に移す。仕事をする原田の横顔…それを見た途端、やっぱりざわつく。震える。でも、その腕に抱き締められて、この震えを止めて欲しい……とも思う。
「ごゆっくりでしたね」
「そうかな……そうでもないと思うけど」
「あっそっか。○○さんに寄って来られたんですよね」
「そうそう。……これ急いでやらな。……」
 そう言っておれは封筒を上に振る。
「高階クンは?」
「××さんに出ていきましたよ。ちょっと前」
「……そう」
 打てば響くような美奈ちゃんの返事に、ひとつ溜息をつくと、おれは原田の横の自分の席に座った。
「遅かったやん……アイツんとこ行って、何もされてへんやろな」
 モニタを睨んだまま、言われておれは俯き、苦笑し、
「何も……大丈夫やわ。大体向こうも仕事中で、昼間やで」
 その仕事中の昼間に、あんなことしておいて…自分の言うことの矛盾に、脱力しまた苦笑が漏れる。
「……原田」
 小さく呼びかければ、彼がおれを見る。おれは彼を見上げる。情けない顔してるのは、分かってる。でも、どうしても表情を繕うことが出来なかった。今、抱き締められないと、壊れてしまいそうだと思った。仕事中に、Hはしなくとも抱き締めてほしいなんて言うのは初めてで、おれのポリシー、ってほどのもんじゃないけど、反するけど。
「……ちょっと、外……」
 机の下で、袖を引く。彼はおれの顔にじっと目をくれ、でも何も言わず目を伏せると…睫が目を引く。黙ってゆっくりと立ち上がった。
 2人でドア外に出ると、まっすぐ隅の非常階段のところへ行った。おれは黙って強く抱きつく。顔は、反らして俯いて。
「………」
 おれが黙ってると、原田も黙って背中に触れ、それから抱き締めてくれた。
「……何、」
「ごめん。今は何も……」
「キスは?」
「ごめん。いらん。Hも今はあかん。……」
「ケチ」
「……仕事中やんか。あかんあかん」
「おれもうムラムラしてきたで。仕事に差し支えるわ」
「……まだこんなことで、簡単にムラムラできんの?感心する……」
「なんやお前おれをバカにしてんなー」
「そんなことないけど、……帰ったら、な。早よ仕事片づけて、帰ろ……」
 今日は金曜。金曜で良かった。明日が休みで良かった……。高階クンに、会わずに済むから。
 何か感じてるに違いない原田は、意外にも何も詮索せず、そのまま抱き締め、おれが「戻ろう」と言うと黙って腕を外した。
 ときどき、彼のこういう優しさを噛みしめ、ほんとに感謝する。
 そして、彼を失くしたくないな、と思う。
 戻って原田の横で、彼に精神的に依存しながら、でも高階クンに意識がいかないように、これ以上ないくらい真剣に仕事する。難しくはなかったので、夕方までには終わった。しかし、
「ただいま」
とおれの1時間後くらいに戻ってきた高階クン…彼は相変わらず、ポーカーフェイス…全く堂々とした感じで帰ってくると、
「これねえ、休み明け、言われてんですけど、……」
 と、それはページ物だったのだが、訂正の入った厚みのある封筒をかざしておれたちを見て言った。
「見せろ」
と原田が受け取り、出し、パラパラめくり、
「これ休み明け?月曜中やろな」
「いや、午前中言うてましたけど」
「出来るわけないやん。明日出てこーへんと……それもお前も手伝ってもらわんと」
 なんて話になっている。明日休みだから、どうにか精神的に持ちそうだと思ったのに……とゾッとする。

 結局、翌日、土曜は仕事になった。
 どうせ明日は仕事だからと、原田を急かして早めに帰った。
 高階クンとは、特に何も話さなかったし、彼もまるで平静を取り戻したかのように、静かに仕事をし、おれらを見送ってくれた。最後まで仕事してたのは、彼だ。

 原田は結局、その夜何かを問いただすことはなかった。
 ただ、沈みがちで意識の飛びがちなおれに、たあいない話を振ってくれていた。
 後ろめたく、居心地の悪さを感じながらも、そんな彼に甘え…どうにか心を癒せそうな気もした。
 でも、次の日の朝、どうしてもベッドから立ち上がる気になれなかった。事務所へ行って、高階クンに会う、と思ったら、腰が砕けて、引けて、どうにも動けなかったのだ。
 事務所を開いて数年。どんなに熱があっても、下痢気味でも這ってでも行っていたおれが……
「ごめん……今日だけ、休まして……」
と、起きてもう着替えて、おれを呼びにきた原田の肩を裸のまま、抱くと、暫く無言のまま、抱き締め
「珍しいな…お前が休みたい言うなんて……まぁお前がそう言うんなら、よっぽどのことやろ。ええわ、たまにはゆっくり休んどけ」
と答えてくれた。罪悪感と安堵感で、強く抱きしめた。
「仕事、……大変やったら、電話してくれたら、行くから」
「大丈夫やろ。高階もこき使うし」
「何やったら明日に残してくれたら……家持って帰ってくれたら」
「……うん。じゃ、ゆっくり休んでろ」
 そして原田は出てった。ほっとする。1人になって、やっとしんから全身の力が抜け、おれは明るい日の射すベッドで、大の字に身体を伸ばした。

はいはいもうちょっと先までアップしようと思ったんですけど、一旦上げ~。また続き書きますので、量によっては、ここの後ろに継ぎ足しかも。まぁその連絡は更新履歴をご覧下さい。展開なくてすまん……
えー、続きは次回に持ち越すことにしました。短いですが…(汗)

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