ブレイクスルー4 -28-

 静かな家の中。がらんとした感じで、広さと静けさを実感する。いや、そんなに広い家じゃないけど。
 どうにも布団に懐いてしまってるおれは、ただ白いベッドの上で寝返りを打つだけで。その衣擦れの音がサラサラと微かに響くのみで。肌にその布の感触が心地よかった。
 今頃、2人で必死こいてやってるんだろうか……。
 そう、思いを馳せる。今日は美奈ちゃんは出ていない。
 誰かに電話したい。1人の開放感もいいけど、黙っていると胸に鬱積し、呼吸を圧迫してくるものを吐き出したい。
 でも、誰に……?こんな話、しゃべれる相手は限られていた。達っちゃん、潮崎さん……。どっちもダメだ。ある意味振った相手に、こんな話したくない。
 おれって、振った相手がいるんだよなぁ……。なんか信じられなく、ほっぺたをつねってみた。
「………」
 ベッドサイドのテーブルから電話の子機を取ると、ベッドに腹這いで短縮ボタンを押した。
 数回、コールが鳴る。迷惑かな。今日は土曜日。奥さんと出かけてるかも知れない……
 コールが途切れる。留守電かな…と思ってると、「はい」と低く、落ち着いた声。
 おれも、落ち着く。
「……すみません。赤城ですけど、今いいですか…?何してらっしゃいました?」
 するとくすりと笑い、
「ええよ…ボケッとテレビ見てたし。久しぶりやなぁ」
「ええほんとに、お久しぶりです…お元気でいらっしゃいますか?奥さんは?」
「今日は仕事。せやから安心して何でも話してくれてええで」
 今度はおれが笑いが零れる。
「……イヤそんな」
「まぁまぁ。そんな繕ろわんでもええって。どうせ君がおれに電話してくるなんて、何かあってんやろ。原田君か?」
「いやまぁ……張さんは最近お忙しいんですか?」
 イキナリそう言われても、そうディープな話はしずらい。その目的で電話したとしても。
 そう、結局オレにとっての駆け込み寺、張さんに電話してしまっていた。
「お子さんは?」
「いや全然。まぁ特に欲しいとも思わへんけど、」
「2人でアツアツなんだ…じゃ作ろうとしてないってことですか?」
「うん。奥さん仕事楽しいとこやから、って。まぁもうちょいしたら、欲しくなるんちゃう?さすがに……」
「作っても良さそうな気ィしますけどね。張さんが家事、子育て、頑張るんでしょ?」
「皆そう言うなァ。まあ否定は出来ひんけどさ。……で、何?」
「ん、……」
 言いよどむ。でも、聞いて、意見を言って欲しいから。
「すいません……たまに電話したかと思えば、いつも懺悔室変わりに使て、」
「ええよええよ。吐き出しなさい。また何か刺激的なおもろい話やろから。訊いて人に話したなっても、君とは利害が重ならんから安心しとき」
「それって人に言いふらすってことですよねぇ。やだなあ……」
「おれがそない聖人君子に見えるかい」
「……見えへんけど」
 ウソ。張さんはそんなこと言ってても、そんなことしない。
 優しく負担にならないように促され、おれは高階クンのことを話した。そのついで、といってはなんだが、流れ的に野々垣さんや、土井さんのことも…でも話は高階クン中心だった。
「それでおれ、今日仕事やのに休んでしまったんです……どうしたら良いか、彼に会うのが怖い……」
 溜息をつく。
「はー。さすが高階クンやなぁー。ようやる…相変わらずの罪作りっぷりやなぁ、赤城君……原田君も折角一緒の職場になったのに、安心出来ひんな」
「ははは」
 力無く笑う。
「………はー。あまり波風立てずに、どうにか上手く収められないかなあ。達っちゃんみたいに、……」
「彼は達っちゃんのようには甘ないで。それは君が充分分かってると思うけどな。それこそ真剣勝負で、徹底的にやらな、」
「でも、彼のこと、あんなことされてもやっぱり大好きなんですよ…会えなくなると思うと、身を切られるくらいつらいくらいに……」
「でも原田君が好きで、別れたくないんやったら、高階クンとはドロ沼になる前に、ちゃんとケリつけなあかんで。達っちゃんのときのように。どっちもなんてムリ。どっちか選べ言うたら、どっち取るん」
「それは、原田ですけど……でも、会えなくなるのはつらい」
「君にとって高階クンは、原田君ほどではないにしても、特別なんやな…せかやら土井さんには許さへんとこも、許してしまう…憎んでも憎みきれない寂しさ、か…」
「特別……」
 そう。特別なんだ。達っちゃんとは比較にならないくらいに、彼を失いたくないと思ってる。されたことにショックを受けている。
 多分初めて関係を持ったときから。いや…その前からなのかも知れない。何故彼を徹底的に拒めないのか。こんなに何度も関係も持ってしまったのか。特別に思ってると思えば、全て納得がいく。彼の腕の中で、原田以外であんなに魂を寄せて愛し合ったのは、彼1人。彼が好きだから、おれは彼に甘いのだ…土井さんは拒めるのに、彼を拒みきれないのは、きっとその辺だ。
 いや、今だったら…高階クンが土井さんと同列で、一度も許してない相手だったら、今のおれなら、拒みきれる自信がある。
 高階クンがいくら好きでも。
 とはいえ、過ぎたことは過ぎたこと。こんなことを続けるわけにはいかない……どうしたらよい?
「……おれが、こういう状況を楽しめればいいんやろな」
 なんだか自嘲的な笑みが漏れる。
「楽しめる?」
「高階クンとも愉しみ、土井さんとも、……彼みたいに、おれが気に入って、気に入ってくれた人と愉しむ…勿論原田とも。なんてゆうんですかね。女王様?皆を翻弄してさ」
 昔の気分が甦りかける。ずっと閉じてきたそれ。
「……君にそんなこと、出来ひんやろ」
 予想だにしない言葉だったのだろう、張さんは暫しの絶句の後、ひっかかるような声で、そう言う。
「そうでもないですよ……おれは一度、そういう自分を自覚して、怖くなって封印してんから……」
 自分の中に潜む魔性。身体の奥底に蹲っていたそれが頭をもたげる。今のおれの声音は、ひどく甘ったるく、表情が誘うような薄い笑みになってるのを、鏡を見なくても感じていた。これを封印せず、解放してやれば、多分おれは楽に、自由になれる…
 流されるんじゃない。自分から乗っていけば、行く先はそれだろう。
 絶句。その後、緊張した声で、張さんが言う。
「でも君は、そんなことが続けれるような性格ちゃうやろ。それは君じゃない……原田君が好きになった、君ではない」
「でもそれも、おれですよ。間違いなく……」
「でも君じゃない。おれも今の君が好きやし、君自身、それを捨ててきた言うことは、そういう自分がイヤやってんろ?」
「………。ふ。適いませんね。多分、そう……これを解放してやるには、凄い精神力がいることでしょうね。今のおれ、多分死ぬでしょうし…今の自分が好きだから。それはイヤだし」
「……まぁそう焦ってんと。高階クンもそうそう仕掛けてこーへんやろし。あと1日休みあんねんから、ゆっくり考えてやなー…とにかく結論だけは、出しなさい。今日も折角1人の時間あんねんから、ゆっくり考えて、…ええ天気やから、洗濯でもして、おいしいゴハンでも食べや、まず。生産的なことしたら、考えも生産的に動き出すから」
「ゴハン……あー張さんの手料理食べたい、」
「遠慮せんとまたいつでもいらっしゃい」
「ええ。……」
「電話もいつでもしていらっしゃい。今日何度でもしてきてええから、」
 それから暫くして、電話を切った。電話しながら、何か明確には掴めないけど、何かが心の中に固まってきた気はした。
 腹這いのまま、上半身だけ反転させて、仰向けになる。自分の肉体、ってやつの感触をサラサラとしたシーツとの摩擦の中で感じながら、その身体に思いを馳せ、もう一度原田や高階クンや、土井さん…おれを欲しがってくれる人達のことを思った。

ベッドでゴロゴロして電話してるだけで一回分…(汗)ちょっとどうかと思いつつ。まじで何回続くんでしょうこの話…。心配になってきました。しかし今回のセリフ回しは重要(私的に)だったので、随分ウンウン唸りました…上手く納得いくように繋がってますでしょうか。過不足なく書けてるかなぁ~しかし前にもこんなシーンありましたね。いや実に進歩ない女です…ワンパターン女です。
しかしこんな展開でいいんでしょうか…心配です。

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