ブレイクスルー4 -18-

「じゃ、赤城さんはおれの隣で、原田さんは野々垣さんの隣で、」
 駅前の焼き鳥屋に着くと、案内された隅のテーブルで高階クンがおれの肩を掴んで言う。とてもステキな笑顔でニッコリと。原田はチラとその肩にかかる手に目をくれ、ちょっと口を歪ませた後、ニヤリとする。
「じゃ、ののちゃん、おれら壁際いこか、」
 原田もそう言うと、野々垣さんの肩を叩いて引き寄せ、壁際へと行く。野々垣さんはさすがに予想だにしてなかったのか、目を丸くして原田を見たあと、やや引きずられるようにして壁際に行き、椅子へと腰を落とした。
「………」
 おれはそんな様子を見て、つい歯を食いしばる。なんか目が険しくなってるようだ。座ってるかも知れない。
「さ、赤城さん」
 そう言って高階クンもおれを引き寄せる。急なことにバランスを崩し、足下がふらついた。
「おっと、」
 高階クンは肩に置いていた手で、ぎゅうと腰を引き寄せた。腕に籠もる力に、どきっとする。
「た、……」
「高階。いい加減にしとけ」
 俯いたまま、原田がドスの効いた声で言う。高階クンはへへ、と笑うと、
「すいません。つい……」
と言いながら座る。おれも黙って座った。
 あれから、仕事が終わるまでの15分間、野々垣さんは打ち合わせテーブルで本棚にあるレンタルポジ屋の送ってくる豪華画像カタログをぱらぱらめくって見てた。
「………」
 皆で取りあえず生中を頼み、食うものをメニュー見ながら決めていたとき、おれは息を詰め身体を硬くした。
 高階クンが、そっと足に触れ、太股を掴んだ。その手のひらの温もりと生々しさが、ワークパンツの布越しに伝わる。誰かに見られたら…という恥ずかしさと、敏感な足の付け根に触れられた感触で、いけないからこそか、もの凄く敏感になって息が上がりそうになる。
 内股へと侵入しようとする手を阻止するために、膝を強く閉じた。しかしその密着する肉をかきわけ、手のひらを押し込んでくる。少し抜き差しされ、微かに急所に触れ、甘い痺れが走る。
「……」
 俯き、歯を食いしばる。
「何食う?」
 原田が野々垣さんに顔を向け訊ねる。野々垣さんは肩肘付いてメニューを見てる。
「ねぎま。あとコーンバター…」
「そんなんでええの?遠慮せんとどんどん頼みや」
「はい…」
「原田さんの奢りですもんね」
 高階クンは手ではそんなことしてるくせに、テーブルから上は全く普通の顔で、少し笑いながらそんなことを言う。
「お前は別やけどな」
「社員に福利厚生はないんですか。慰安旅行もないし、」
「お前を連れて旅行なんか極力行きたくないわ。夜と風呂が、心配や」
 すると野々垣さんが、原田と高階クンを交互に見、くすりと笑う。
 おれを除く3人は和やかに語らい、メニューを決めていく。高階クンも、何でもないふうでテーブルの下では手を前後に動かしながら皮だのこころだのと注文する。
 こういう彼を見ていると、やはり分からない、怖いと思う。長い間、高階クンはそんな人間じゃなかった。ないと思ってた。あれだけきっぱりと手を引いた高階クンを男らしい、とちょっとくらっともしたし、本当の彼は純情で照れ屋なのかもとすら思ってた。自分の甘さにほぞを噛む。野々垣さんの存在が、彼の中の何かに火を点けた。そういう気がした。
「赤。お前は?」
 原田が訊く。その瞬間確実に高階クンは触ってきた。
「……ん、何でも、」
「食い意地はってるお前が、エライ大人しいやん……緊張してるか?」
「ん……ちょっと、」
「赤城さん人見知りですもんね」
 そう言って、高階クンはおれを見てニヤリとする。突っ込んだ手の、小指でかりかりとくすぐられる。背筋がぞくぞくして、おれは彼の手をテーブルの下で掴んだ。
 でも、やめてって言えない。耳打ちなんてもっての他。目でちらりと睨んでも、高階クンはテーブルの上のメニューを見てて気付いてくれなかった。
 おれは彼の手の甲をつねり上げた。するとやっとおれをチラと見る。もう一度おれは睨んだ。彼は微かに笑って押すように撫で上げながら、手を抜き取る。余韻が熱く残る皮膚は、まだまだ痺れていた。
 そのとき取りあえずのビールが来る。まずは、「お疲れー」と乾杯。
「頑張ったあとの一杯はたまらへんですねー」
 一口飲んで高階クンが言う。
「忙しかったんですか?」
 野々垣さんが訊くと、高階クンはグラスを突き出し、
「そ。もうここんとこずっと……」
「そんなことないやろ。一昨日も今日も早く帰れてるし、お前は話3倍どころか、10倍増やからな。信用したらあかんで、ののちゃん。こいつのいうこと、」
「原田さん自分が早よ帰ったからって、人もそう言われたらかなわんわ……野々垣さん、いや、ののちゃん、」
 高階クンにそう呼ばれ、若干野々垣さんはくすぐったそうにはにかんだように見えた。
「君年下やんな…おれ、どう思う?」
「はい?どういう意味でですか?好みの問題でですか?」
 野々垣さんは、今度はにんまりといたずらっぽく笑う。
「好きなタイプですね。面白そうやけど、ちょっと危険な感じもして、」
「ありがとー……でもそういう意味やなかってんけどな。おれ信用できへんと思う?あんま面識ない人から見て、」
「面識ある人物には訊かへんところがミソやな」
 原田がテーブルに来た皮を食いながら言う。ついおかしくて、吹き出してしまった。
「言わんときますわ」
 野々垣さんはそう言い、続けて、
「でも、そういうとこがステキやと思いますよ」
と付け加える。
「あのさぁ、……ここ普通の居酒屋やねんけど、恥ずかしい話、せんとこうや……」
 面白いけど、なんか直ぐに危険な話題に流れそうで、おれはそう言った。
「恥ずかしい、ね……」
 野々垣さんがシニカルに口元を歪め、俯いて言う。まずかったかな。でも恥ずかしいのは、明らかに恥ずかしいだろ。
「そんな言われたら、おれ訊きたいことも訊かれへんな」
「何や訊きたいことって」
「原田さん。こないだの袋の中味、なんですのん?」
 高階クンは、そう言う。言いにくいこととして言うってやっぱり、まぁ大体バレてるってことだろう。
「恥ずかしいから、言いたくない」
 原田が言うと、
「2人の秘密、ですもんね」
と野々垣さんもニヤニヤする。ちょっとムカつく。
「おれも知ってんねんけど、2人じゃなくて3人な」
「おれだけはみご。赤城さん教えてよ」
「原田が教えへんものを、おれは教えられへん」
「赤城さんは、ほんま貞淑な、良き妻やなー…」
 そう言いながら、また手のひらが太股へと伸びる。ぞっ……とする。顔をしかめてしまう。その時、テーブル下でゴツ、と音がした。原田は気付いてる。高階クンの足を、蹴ったらしい。手が離れていく。
 そのときの原田の恐い顔と言ったら……おれも背筋を寒気が上った。家に帰ってからのことを思うと、気が重い。
「……野々垣さんと、潮崎さんてどういう関係?先輩後輩って聞いたけど」
 こういう場合、関係ない話題に振るのが一番。潮崎さんは告白されたことないって言ってたし。
「やっぱ潮崎さんのこと好きなん?」
 しかし高階クンはこう続ける。
「好きですよ」
 野々垣さんもあっさりと言う。
「おれも好き。潮崎さんも好き。気が多いねんなぁののちゃん…原田さんも、好きやってんやろ?」
「おれ基本的に博愛主義者で、」
「あっ、それええなぁ…それ、いただき。おれもそう言おうっと。で、誰が一番好きなん?」
「そういう話続けると、赤城さんが、」
 野々垣さんは豚トロの串でおれを指し、見た。
「でもちょっとおれも聞きたいわぁ。……誰が一番好み?」
 原田も野々垣さんを向き、そう言う。その声は、間違いなく興味津々な声だ。
 男に、○モに選ばれて何が楽しいのだ……しかしどんな場合でも、一番がいいらしい。野々垣さんは原田を見、
「でも原田さんて言うても、おれ何の得もないでしょ」
 なんか、ムカつく。
「そんな話、どこかちゃうとこでやろうや……おれ野々垣さんのこと、余り知らんから聞きたいだけやねんけど、潮崎さんといつ知り合ったんかなーとか、……もっと他に、話すことあるやろ、仕事のこととかー、……」
「潮崎さんには訊かへんかったんですか?おれのこと」
「合コンかなーて言うてたけど……」
 すると吹き出し、
「潮崎さんの頭の中では、もうそういう風に刷り込みになってもーてんのかなぁ……人聞き悪いわー」
「じゃ、何?」
「野々垣さん合コン行くん?女と知り合いに?」
 人が訊いてる横から口出ししないで欲しい。高階クンには。
「数合わせ。そういうことには興味ないもん。てゆうか、自分で言うのもなんですけど、人寄せ」
「今度おれも呼んでよ」
 たったこれだけの情報を聞き出すのになんと苦労なんだ。……
「もうええわ。野々垣さん仕事は楽しい?」
「あっそうだ、」
 野々垣さんはそう言うと、カバンを開く。そして
「今度友達とやるんで、」
と展覧会の案内状ハガキを一枚ずつくれた。
「原田さん。おれらもこういう仕事してんねんから、こういうこともたまにはやらな、」
「お前に言われたくないわ。営業一筋のお前に」
「潮崎さんもあれでたまにはこういうことしますもんね」
 と高階クンはハガキを振る。あれで、は余計だが、実際潮崎さんはなかなかアート好きだ。
「でも赤城さんは何となく分かりますけど、原田さんてあんまりこの仕事してそうな人には見えないですよね。…そういう意外性がいいんですけど、」
「そう?…うんおれ、あんまこの仕事好きってワケちゃうからな。そのうち辞めるかも、」
「辞めたらこんなに会うこともなくなりますかね?」
 なんだか野々垣さんが妙に原田にすり寄ってる気がして、どうにも気になる。
 暫く飲んでると、トイレに行きたくなった。ここは個室一個切りなので、済ませてドア外の手洗いで手を洗っていると、高階クンがやってくる。
「 高階クン……どういうつもり?あんな痴漢みたいなことして、」
 すると軽く笑い、
「さあ…何なんでしょね。目の前の2人見てたら、なんかついムラッとしてね」
「もう二度とやめてや。今回だけは、友達のよしみで許したるから、…」
「大好きな赤城さんにそう言われたら、裏切られへんよな……」
 口ではそう言いながら、意味深な目を向け、彼は個室に入って行った。

凄く空いた割には、大した話でなくてごめんなさい…実生活に潤いがないので~、楽しい会話がイマイチ思い浮かばなくって四苦八苦…こんな出来なら、上げない方がましかなあ~と思わんでもない…仕事が少しでもゆるくなったら、頑張って(てゆうかもう一度要プロットじっくり練り直し)行きたいと…しかしね…こういう高階って、書くの楽しいんだよね…(笑)やっぱやつはえげつないくらいがいいんだけど、あまり突っ走るとアレが活きなくなるし、マジでプロット見直さないと、ヤバイです。

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