ブレイクスルー4 -19-

 高階クンがトイレから出てきたあと、焼鳥屋を出て、梅田まで出て、確か東通へ行って、…なんか通りから一本入った狭い、暗い路地裏の先にその店はあった。
 野々垣さんの馴染みらしい、店。
「ここやとこのまま気楽に盛り上がられへんから」
と今後の話の展開しそうな方向に気を遣って、焼鳥屋を早々に出た。だから安心して話せそうな店を、ということで、野々垣さんの知ってる店、ということになったのである。
「どうぞ」
 先に立つ野々垣さんが、ドアの前でおれたちを振り返る。
 いかにも夜の店らしい、でもちょっと懐かしいような、ドアの上のオレンジの灯りに、半円を描く赤いテント、ドア外の看板。
 ドアを開けると、ベルが鳴る。
「ここがこないだ来た馴染みの店?」
 原田を見上げ、訊くと、目をそばめ、店の中を見ながら、
「いや、違う…、と思う」
と原田が言う。すると
「ええ。違いますよ」
と野々垣さんは笑う。一体幾つ馴染みの店があるのか。
「ハッテン場?」
とバカの一つ覚えのように高階クンがニヤニヤと顎を触りながら言えば、中に入りながら、
「いやいや。ここは単に溜まり場。隠れ家つーか。皆さんそんなとこに連れていくのもどうかな~と…まぁそういうことが全くないとは言いませんが……ここはおばんざい出す店みたいな、オカンのいる店って言うか~、」
「誰がアンタのオカンよ」
 野々垣さんは薄暗いカウンタの方から響く声にへへ、と微妙な笑みを見せる。いつものクールな顔とはちょっと違う、幼い感じ。
「今日はケイちゃんいないわよ」
と、いかにものダミ声でおねぇなしゃべり方をするカウンタの主が、この店のマスター…マスターだよな。ママじゃないもんな。白いシャツ着て、ベスト着て、ネクタイして、ヒゲも生やしてるし。
「あ、そう。別にええけど…、じゃケイの残りちょーだい」
 店には適度に客がおり、落ち着いた雰囲気を醸している。マスターの真ん前にはやっぱり馴染みらしい女の子が3人座ってて、マスターに化粧のアドバイスを求めていた。マスターはカウンターの奥からちらりとおれたちを見、
「ののちゃんちょっとええ男ようさん侍らしてるやん。ちょっとは分けてぇな。こっちへどーぞ、」
とカウンターを勧める。がしかし、野々垣さんは首を振り、
「一応普通の人達やから、免疫ないからそこはお薦め出来ひん…奥のボックス、空いてる?」
「チェッ。あそこやったら見えへんやないの~」
「見せたないもん」
 薄暗く、細長い店を縫うように野々垣さんが先に立ち、奥のボックスへといざなう。窓際で、4脚で、片方2脚の後ろは壁、その先はどうもトイレらしい…に、反対側は衝立のような透かしの飴色の柱の壁、そして大きな観葉植物。
 なんとなく、焼鳥屋と同じ様な組み合わせで座ってしまう。
「水割りでいいですか?」
と野々垣さんが言うのに、イヤもなく皆頷く。あとはポッキーと、ナッツとチーズ。
 やがて嬉々としてしてあのマスターが持ってくる。多分ケイと言う子のウィスキーのボトル。そして水割り一式。
 水割りかぁ…とちょっとおれは眉間に皺寄る。こういう店の水割りはヤバイ。何って、原田だ。他に飲むものもなく、でも喉が乾くから、どんどんピッチ上げて薄くしていったとして、飲んでしまうのが水割り。飲めば飲むほど喉が乾く、それが水割り。
「原田。飲み過ぎんといてや」
 そう向かいに座ってる彼に言えば、
「なんでぇな。今日はお前がいてんねんから、安心して潰れてもええやろ?」
「いややお前重いのに、」
 口を尖らせて言っていると、
「みんなええ男ねぇ~。あたしもここで話していい?」
 そう銀の盆を胸に抱き、言ってしゃがみ込むマスターに、野々垣さんは、
「あかん。さっきも言うたやん…。おれの仕事のお得意さんやねんから、大事な打ち合わせあるから席外してくれる?」
 するとマスターはげらげら笑い、
「お得意?週の半分以上は遊んでるののちゃんが、接待~!それはそれは、あたしからもよくよくお礼言うとかな~」
と野々垣さんの頭を抱き寄せぐりぐり撫でる。野々垣さんはうざったそうにその手を払い、
「あのなぁ、おれはもう子供ちゃうって、」
「なぁによ。あんたがさっきあたしのことオカンてゆうてんで」
「……ほら、お客さん呼んでんで」
「ええねんあいつら」
 例の女の子たちが呼んでる。それを一瞥し言う。しかし女の子たちはオーダーより、まだ相談ごとがあるらしく、大声で呼ぶ。結局渋々と戻って行き、野々垣さんが溜息つく。

「……接待?」
 原田が頬杖で、野々垣さんを見ながらニヤニヤして言う。
「……まぁ」
 物凄く小さな声で、野々垣さん。
「どうぞ遠慮なく」
 そう言って、濃さを訊ねながら彼はきれいな手つきで水割りを作り始めた。遠慮なく、と言ってもそのボトル…、野々垣さんのじゃないだろう。
「原田さんは?」
「あ。普通に」
「原田。お前はもう水みたいなんにしといてくれよ。野々垣さん、まじで頼むで」
「なんでぇな。おれまだ酔うてへんで。タダ酒やのに、普通のんくれや」
「あっかーん。絶対アカン。なぁ高階クン」
 おれが真剣にそう言うと、高階クンはただニヤニヤ笑い、野々垣さんはくすりと笑い、それでも殆ど色の付いてない水割りを作ってくれた。
 おれは飲むとき、一回トイレに立つと近くなる。でトイレに行きたくなり、席を立ってドアを開け、個室が一つ、手洗い一つ、男用便器が一個を見渡し、男用のに寄って行こうとしたとき、後ろから気配がし、あっと思う間もなく、個室に押し込まれた。振り仰ぐと、カチャリとドアを閉めた、原田の険しい顔がそこにあった。
「は、…原田、」
 凄い狭い個室には、洋式便器。トイレ臭くはないがかなり匂うラベンダーの芳香剤の香りの中、出したかったもののことも忘れて、背を壁に押しつけ、ただ見上げる。
「高階のヤツに、どれだけ触らせた」
 原田は狭い室内で、じりじりと迫ってくる。殆ど身体がくっつき、肩を掴まれ、なんか怖くて、目を伏せる。
 外の水道が、ぴちょんと水滴を落とす。
「あ……、」
「どんだけ触らせたて、訊いてんねん」
 ぐっと強く掴まれる。指が食い込み、痛い。
「ちょ……、大したことないて……それよりおれ、トイレしたい……」
 すると原田は不満げに口を歪めて笑い、
「ああ。そやったな。遠慮せんとしてええで」
「……じゃ、出てって、」
「いやや」
「原田……!」
「出来へん?じゃおれがさせたるわ」
 原田がおれをひっくり返し、前へと手を伸ばす。
「や……!」
「静かにせえや。誰かに聞かれたら恥ずかしいやろ」
 片手でがっちりと押さえつけられ、ゆっくりとファスナーを下ろす指を見たくなく、顔を背けた。
 彼の手に取り出され、緩く掴まれ、軽くさすられる。感じてしまう。トイレどころじゃない。
「出てけえへんな。なんかちょっと太ってきたし、出さな病気になるよ。赤」
「で…出来へんわ」
「何で?」
 いかにも不思議そうに訊く。意地悪い。でも多分……、さっきのおれを見た目。このちょっと冷たい口調。
 彼は何杯飲んだっけ。酔ってきてる。間違いない。
「早よ出しや」
 せっつくようにさすられて、違うものが股間にこみ上げてきそうだけど、出すもんは出したい…恥ずかしさで身体を熱くしていると、何かびくっと弾かれたような感覚が走り、下腹と内股に緊張が走る。
「………、」
 こんなのイヤ……洋式に注がれる、水音が静寂の中、響く。下唇を噛み、おれを掴む原田の腕に思わず爪を立てた。

こういう店には行ったことないとは言わないけど、記憶も曖昧なほどの昔だから…フィクションだからさ!
取りあえず今回はここまで!まだ先までちゃんと考えてます…浮かんでます。ぼけてかないうちに、次は割と早めに更新できると思うよ~…まぁ、今週末くらいには(汗

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