ブレイクスルー4 -14-

 その小さなピアスは、留め金のいらない、鎖の先に細長い棒の着いた挿すだけのタイプだった。だから、抜け落ちたんだろう……ということをどこか醒めた頭の片隅で考えながらも、心の方は、もやもやしている。なんで抜け落ちるようなことがある?なんでここに落ちている?
 この一週間の原田の言動を思い返しても、そんなことあるはずない、あったら何か感じるはず、と分かっている……いや、そうとしか思えないのだが、妙な焦燥というか、不快感というのは、そんなものとは無関係なんだと改めて気付く。
 そしてまた、自分のことを鑑みてしまう。おれは、シャレにならないことを、して、されてきた。実はそれはおれがしゃべってないから大丈夫なんではなく、本当は気付いていて、言わないだけではないのだろうか…
 いや、そんなことはない。知っていたら、そう感づいていたら、あんな風ではないはずだ。原田はそんな男だ…
 小さなピアスが、今まで蓋してきたあらゆる疑念、不安を大量に引きずり出していく。それはまるで、パンドラの箱のような。

「……これ。ベッドの下に、落ちててんけど、……」
 昼過ぎ、上機嫌で帰ってきた原田に、迎えに出る途中廊下でピアスを差しだし、言うと、彼はおれの顔を見…自分でも強ばった顔してるのは分かってる。
「ああ、ののちゃんやろ……全然気づけへんかったわ。連絡しといたらな、」
 原田はそういうとハーフパンツのポケットから携帯を出し、メールを打ち始めた。
 なんか、その口から出るその名前と、その行動にひどくショックを受けた。いや、これだけなんでもないんだから、何事もないんだろう…本来男同士、そう思っても、感情は別だ。
「なんで、……言うてくれへんかったん?彼、ここに泊まったん?」
 すると彼は短い文面をもう打ち終わったのか送信し、頭をかき、
「んー、…言うたやん?あんま覚えてへんて。なんか泊まったような気もするし、おれへんかったような気もするし…はっきりせえへんから、さ」
「なんで…?なんで覚えてへんの?朝、起きてからのことは、ちゃんと覚えてるやろ?それに覚えてへんのに、何で彼やと分かるん?」
「何……そんな顔して。妬いてる?疑ってる?お前とちゃうから、何もあらへんて、」
「それ、どういう意味?」
 すると彼は薄く笑い、
「怒りなや……冗談、冗談。起きたらおれへんかってん。何か夜中に、て朝方かも知れへんけどさ…おれ帰りますわーって言うたような気もすんねんけどな…ドアの鍵も閉まってたし、それから連絡ないし。アイツほんま連絡してけえへん男やな」
「………」
 釈然としないけど、疑ってもしようがないし、…お昼の用意をしているリビングへ、2人で歩いて行った。
 でも、イヤだ。そういう気持ちは抑えられない。あのベッドに、おれ以外の誰かと、おれの知らないときに寝てたなんて。セミダブルといったところで、そんなに広いわけじゃないから、大の男が2人じゃ、ある程度寄り添って寝ないとだめだ。そんな絵面が振り払っても脳裏から離れなかった。
 お昼はカルボナーラとサラダにしたのだけど、正直あんまり美味しくなかった。というより、味を感じなかった。
「あ、メール来たで。ホラ」
と原田は携帯を開き、おれに見せる。文面は、「すみません。ありがとう。今度取りにいきます」とえらく簡単だった。
「別に、わざわざ見せてくれんでも、……」
「お前に疑われちゃかなわんからさ」
「疑ってなんて……」
 原田は食べ終わり、麦茶を飲むと一息つき、
「おれのことが、信じられへん?おれが好きなんは、抱きたいのんはお前だけやって、」
「ん……」
「男のくせ、嫉妬深いやつやなあ」
 おれは思わず俯いていた顔を上げた。
「嫉妬深い……!よう言うわ、お前こそ、」
 すると柔らかく笑い、
「ま、お互い様っちゅうことで。それだけおれたち、愛し合ってる、いうことで」
 なんか丸めこまれたような気がしないでもないが、軽くかわされ、心も軽くなった。
 それでもやっぱり夜は不安なのか、いつになく自分から激しく求めていった。足を開き、覆い被さる彼を強く抱き寄せた。彼の身体の温もりや、抱きしめる腕の強さに、やっと確かなものを得た気がした。彼の上に跨り、首に腕を回し、自分から腰を動かしていると、彼が耳元で囁く。
「赤……車よりも、お前の方が大事やで」
「ん……?」
 返事の変わりに首を強く抱き寄せると、
「車は、なんぼ大事でも、高かっても、代わりがある。でも、お前は代わりがいない…お前は1人しかおれへん」
「あ……」
 その言葉に、心の底から震えがくるほどに感じた。

 月曜の夕方、早速野々垣さんはやってきた。彼らしい飄々とした感じで、「こんにちは」と挨拶する。もう美奈ちゃんは帰ったあとの、本来なら定時も終わってる時間だが、おれたちはまだまだ仕事していた。
「あ、わざわざすまへんな」
と原田は席を立って打ち合わせテーブルに寄っていく。野々垣さんは席に座らず、テーブルにカバンを立て、それを両手で掴んで立っている。
「これ。君のんやろ?」
 原田がポケットから小さな例のものを出す。それを見ると野々垣さんは直ぐに笑い、
「すいません……もう諦めとったんですよ。2軒目かなーて店に連絡してんけど、ないて言うし、…その途中で落としたんやったらもう探す気にもならへんし」
「それやったらおれにも連絡してくれたら良かったのに」
「そうですね……すいません。何となく……おれから連絡しなくてすみません」
「あんまり大事なもんちゃうかった?」
 すると彼は首を振り、
「いえ。大事にしてました。…だから店に連絡もしたし。気に入ってるし、前好きだった人に、貰ろたもんやから……」
「フーン。じゃ良かったわ。あの日君、うちに泊まったん?」
 そう訊ねる原田に、野々垣さんは丸く見開いた目を向け、
「えっ、泊まりましたよ…電車なくなったからって。朝、帰ります言うたら、玄関まで送ってくれはりましたやん。……覚えてません?」
「ああー……それで。密室の謎、解けたわ…」
「なんか殆ど寝てるみたいな感じでとてもほっとかれへんような感じでしたけど、朝も覚えてへんかったとは……」
「おれ、あかんねん。酒飲むと」
「じゃ、何話したかも、もしかして覚えてへんのですか?」
「いや、覚えてるよ。…断片的に。おぼろげに。最後の方は。最初の方は、ちゃんと覚えてるで。1軒目くらいは、」
 野々垣さんは軽く溜息つき、カバンの口を開けると、何やら袋を取り出した。
「これ。お礼を兼ねて、こないだ言うてたやつ、……」
「何?」
 原田は受け取ると、袋を開け、中を覗く。
「あっ……これ、」
 原田が目を野々垣さんに向けると、少しだけ目下の野々垣さんは原田を見上げ、人懐っこく笑う。
「そうです」
「これ、落札されたんちゃうかったっけ?」
 そんな言葉が聞こえてきて、おれはまたも全身を揺さぶられるようなショックを受けた。
「自分で落札して、原田さんに上げようと思って」
「いや……有り難う。見させてもらうわ。じゃ、金払おうか?」
「いえいいですよ。原田さんも何かお薦めあったら、貸してくれはったら、」
「じゃ、これ返した方がええねんな」
「いいえ。差し上げます。原田さんとおれ、好み似てるみたいやから、お近づきに……また、飲みに誘って下さい……」
「ありがとうな。今日は?」
「ちょっと予定あるんで、」
「そう。じゃ、また」
 原田は手に持った袋を振る。野々垣さんも軽く頭を下げ、奥、おれたちの居る方に向かい、
「すいません。お邪魔しました」
と挨拶して帰って行った。
 原田は袋に目を落とし、溜息付くと、でも溜息付きながらもウキウキしているのは隠しきれない表情で分かる。こっちへ戻ってくる。
「原田。それ……」
 席に着く彼の手元に目をくれ、そう言うと、
「ああ。帰ったらな……」
 原田は歯切れ悪く口ごもる。原田は高階クンに「人に言われへん人生送ってなや」と言ったが、自分のビデオのことは高階クンには言ったことがない。話題に上らないからだけじゃなく、どうも知られたくないらしい、というのに今気付いた。
 きっと、付け入るすきを与えたくないのだと思う。
 でも、野々垣さんは……?その袋の中のものがおれの想像した通り、ビデオなのだとしたら、野々垣さんは、そういう人だ。そしてなかなかにきれいな男だ。
 恐れていたことが、現実になった。そう思った。本物の人と関わりが出来てしまった。会わせたくなかった取引相手と会わせてしまった。
 しかも好印象を持ってることは、はたで見ていても分かる。野々垣さんはどっちかというと爽やかな全然普通の今時の青年って感じだし。利害関係が一致してるようだし。
「原田さん。何ソレ」
 高階クンが好奇心満ちあふれる声でいう。
「何でもええやん……お前、まだ仕事終わらへんの?おれたちは帰ろうか、赤」
 原田はそう言ってそそくさと仕事を片づけ始めた。

「原田……」
 最寄りの駅から家までの帰り道、彼を呼ぶと、
「何?一昨日も言うたやろ?おれはお前しか抱きたない、て。心配すな。……どっちか言うたら、お前の方が」
「何で」
「あの子とおれ、趣味似てるみたいやから、」
「でもあの子、お前とめっちゃ楽しそうに話してた」
「まぁおれええ男やからな」
 笑って言う原田を後ろから殴る。
「ええやん。なんか感じええ子やし。こうやってビデオの貸し借りできるし。友達になっといて損にはならへんて」
「………」
 袋の中を嬉しそうに覗く原田が、心をざわつかせる。
「おれとのこと、ちゃんと言うてあるん?言うてへん?」
「言うてる。と思う。思てるだけかな。どっちかな……」
「お前、おれのおれへんとこで酒飲むな」
 すると彼は人通りのない住宅街の真ん中で、腰を抱き寄せ、
「おれの気持ち、分かってきたやろ」
と囁き、掠めるようにキスをした。

抜け作のくせに細かいプロットの書き付けなんぞしないで頭の中だけで組み立て、ぶっつけで書き出す私は、こういう展開は不得手なのだと思います……何か忘れてるエピないか~?と不安に書き進めるくらいならノート取ろうよ自分。一応簡単な設定、プロットは置いてあるのですが。あと思い浮かんだけどまだまだ先のセリフやどうしても書きたいシーンとかね。実は仏事ネタで既に一個入れたかったエピを忘れてしまったので、ちょっとゆっくり確かめながら書いてるかな。やっぱ一度ちゃんとプロット組みますわ…組んだところで、キャラが勝手に動いてずれていくのは絶対アリだと思うけどね(汗)

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