ブレイクスルー4 -15-

「……ねえ。彼とは、何処に行ったん?」
 帰りつき、ソファに座ってテレビを見ながら、おれは横に座っている原田に訊ねた。原田はテレビで流れるバラエティから目を離さず、
「んー……。1軒目は、普通の居酒。駅前のいつものとこ」
「2軒目、てゆうのは?」
 なんかそこが妙に気になっていた。ひっかかっていた。
 すると彼は少し目を細め、
「えーと……何て店やったかな。ののちゃんの行きつけ。てゆうか知り合いの店みたいやったな」
「そういう人の集まる店?」
「……まぁ。堂島やったしな」
 はぁー、と溜息が出た。「堂島」……大阪におけるソレのメッカではないか。先週のうちに訊いておくべきだった。いや、聞いておいてどうなるというもんでもないけど、その時からもんもんしたかも知れないけど、今日みたいに突然爆弾を落とされたようなショックは受けずに済んだはずだ。
「何話したん……?覚えてることだけでいいから、教えてよ」
「何やお前、急に刑事みたいやな…先週は全然興味持ってへんかったくせ、」
「先週と今じゃ状況が変わってるやん……野々垣さんと盛り上がったんは、そういうことが原因やったん?何でそんなこと知り合えたん?」
「ま、妬かれて悪い気はせえへんな……。別に最初は、普通に仕事の話とか、潮崎さんの話とかしとったで。あとお前の話とか、」
「潮崎さん……潮崎さんは野々垣さんがそういう人やと、知ってんのかな。知ってておれらに紹介したんかな。だとしたらちょっと問題やなあ」
 そう口にし、ふと思いだし携帯を取り出す。誕生日に潮崎さんから貰ったメール、確かあれに難ありイラストレーター、と書いていた。その難というのは、あの性癖のことだろうか。それとも、連絡が滞りがちな糸の切れた凧みたいな部分だろうか。
「潮崎さんもまだお前狙とったりして。刺客かも知れへんな」
 そう言ってニヤリと笑う、原田。
「何がおかしいん…何でそんな余裕なん。おれの話、てのは?」
「珍しくお前が妬くのがこの上なく楽しいんやんか。今日はお前がおれへんから困ったとか、お前の仕事が危なっかしいとか、車が心配やとか、」
「ろくな話せえへんな、で一緒に住んでるとかは?言わへんでも来れば分かるかな?」
「さあ~~…女と暮らしてるんとちゃうから、言わへんかったら分からへんかもな」
「………。何で、ビデオの話するようになったん?」
「ああ。あれは……いつ頃やったかな。ののちゃんの方から言うてきてん。『原田さん。失礼なこと訊くようですけど、原田さんゲイビデオのオークションしてはりますよね?』って」
「イキナリそこから入ったん?」
 すると彼は頷き、
「うん。おれの名前に見覚えあったらしい。あんだけ変わった名前やのに、おれは覚えてへんかってんけどさ。…なんか今まで何回か取引してたらしいわ」
「それで趣味が似てる、と?」
「そやな。好きな系統のビデオの話とか、今まで見たやつで気に入ったモデルの話とか、盛り上がって、」
「野々垣さんの趣味って?」
「別に。この性癖の割にはノーマルなんちゃう?ラブラブなイケメンの出るやつが好きらしいから、」
 イケメン好き……それって原田も好きなタイプなんじゃなかろうか。ゲイビデオのイケメンて、体もそこそこいい体したかっこいいタイプが多い。自分で言うのもナンだけど、おれはやっぱり、どっちかといやカッコイイと言われるよりかわいいタイプなんだと思う。この年でそれもイヤな話だが。
「とにかく幾らエロビデオでもイキナリ本番はつまらん、て盛り上がったな~。やっぱはにかんで会話してたり、それからキス、絶対キスして、ちゃんと愛撫して喘ぎなんか漏らしてもらって、高まっていって本番でないと萌えへん、てゆう話を延々と熱っぽく、」
「お前が?」
「いや、ののちゃんが」
「ふ~ん。で?」
「まぁ色々……。萌える道具の使い方とか…さ、」
 なんか頭痛がしそうだ。おれは頭を抱える。
「……で?その野々垣さんの馴染みの店では?結構酔うとってんやな?」
「その話してたんが2軒目かなあ。お前が知りたいのんは、おれが口説かれたか、やろ」
 そう言ってニヤリとする。おれは頷く。
「……まず、店に入ってったら彼の友達らしい若い子が、『あらっののちゃんめっちゃいい男連れてるや~ん』てゆうたわ……ののちゃんも笑って『でしょ?』とか言うとった」
 ちょっと自慢げ。なんかムカツクので軽く臑を蹴った。
「痛……。まぁ、向こうもちょっとは酔うとったから、カウンターやってんけど、結構おれに寄りかかってきてたで。で、原田さん、かっこいいですねーて……」
「……で?」
「ありがとうて言うといた」
「それだけ?」
「………。まぁ、色っぽい、て言われたわ」
「………。彼って、どっち?やる方?やられたい方?」
「さぁ~~分からへんな。そういう話したんかもしれへんけど、覚えてへん」
 野々垣さんは、どっちとも取れるというか、取れないというか、その辺よく分からない人だ。その辺が本物の違いなのかも。一つ言えそうなのは、多分好きな相手は口説く方。
「うちでのことは、全く覚えてへんの?」
「………」
と原田は上を向き、考えていたが、暫くし、
「うん」
と言う。
 なんかまた溜息が出た。

 次の日、おれは潮崎さんに電話した。どうしても潮崎さんと野々垣さんの関係が気になった。
 専門学校の先輩と後輩、それだけだろうか。まぁ潮崎さんが野々垣さんと付き合うということはあり得ない気がしたが、野々垣さんは潮崎さんのことをどう思っているのだろう。もしかして告白していたとか。それがきっかけで知り合ったとか、ありそうな気がした。なんだか野々垣さんは、潮崎さんみたいなタイプを好きそうな気がしたからだ。
 そしてあり得ないと思いつつも、ピアスをくれたという好きだった人が、潮崎さんだったりしたら…という考えも拭い去れなかった。
「ああ……それは知っててんけど、おれが言うてた難は、その連絡途絶える方。まさかそんな話するとは思えへんかったからさ……」
 電話の向こうで、潮崎さんはすまなそうに言った。
「それに、大丈夫やと思てん。あいつはホンモノやから、赤城君には興味示さへんような気がしたからさ、」
「それ、どういう意味ですか。おれが女っぽいって言う意味ですか?」
 ちょっとムカついて言うと、
「まあまあ……。あんなぁ、あいつのタイプは、可愛いタイプちゃうねん。ジャニ系とかとは……男前なんが好きやから……そーかー原田君と仲良しになってしまったかぁ~。君からの依頼やったから紹介してんけど、原田君やったらせえへんかったかもな」
 やっぱり……。
「潮崎さん。潮崎さんはどうなんです。野々垣さんに昔告られたとか、」
「いや……。おれは大体いつも彼女おったし、それはなかってんけど、まぁかなり気に入られてたかな」
「どうやって知り合ったんです?」
「どうって言われても、……何やったっけ。合コンかなあ……」
「なんでそんな男やって知ってはるんです?告られたワケでもないのに、」
「まぁ……そんなん分かるって。なんとなく、」
「………おれも、分かりました?」
「君は全く分からへんかったけどな」
「潮崎さんは、誕生日とかで野々垣さんにピアスをプレゼントしたことありますか?」
 ヘンな質問と思いつつ、思い切って訊くと、
「いいや」
と不思議そうに彼は言った。

 その電話は、原田にも高階クンにも、美奈ちゃんにも聞かれたくなかったので、昼過ぎ軽い打ち合わせに出た途中でかけたものだった。
 事務所に戻ると、原田は打ち合わせに出ていた。おれは席に着くと、あの取材した仕事に取りかかる。メールとファックスで斉木さんからコピーも来たし。土井さんのCDを開いてみて、やっぱり上手いなあと感心する。
 あの、鈍い曇天を感じさせない、ま、空の色は青くないけど、暖かみのある、コントラストのきっちり付いたシャープな写真として上がっていた。次の日、雨の中やむなく撮った画像もあるのだけど、それも雨とは気づかない感じだ。露出やフィルムの選び方、そんなもので変わるのは知ってても、目の当たりにすると感心する。その内何枚かだけ雨を強調した写真もある。それは雨の風情を狙っての写真だ。あと、旅館の夜間の写真は、どれも暗めの暖色に撮れていて、落ち着きとか、高級感を醸し出す。露天の写真もあった。ちょっと粒子が粗い感じだけど、ピンも合ってるし充分の出来。せっかくだから使ってみようと思った。そしてあの風呂の中での土井さんを思いだして、ちょっと熱くなった。それを振り払うため他の画像もよく見ると、デジタルならではの曇り空を青空に加工してるのもある。土井さんも色々やるなあ……
 斉木さんのよく纏められたテキストを開き、レイアウトに画像を貼ったり、テキストを流し込んだり、と作業していると、イラストが欲しくなったところがあった。
「………」
 どうしよう、と一瞬躊躇したのだが、自然に手が動いていた。大判封筒を裏返し、スタンプしてある電話番号を押す。
 どうしよう、かけちゃった、とドキドキしていると、彼が出る。
「もしもし。こんにちは。『融合企画』の赤城ですけど、……」
 するとやや間を置いて、
「ああ。お世話になってます」
と愛想のいい声が返ってきた。
「イラストとてもいい出来でした。ありがとう。……で、また描いて欲しいものあるんですが、」
「こっちこそ満足して頂けて良かったです。……描いてほしいものってのは、どんなもので、いつまででしょう?」
「今週中に頂ければ…、150×100(mm)くらいのカラーを2~3点」
「ああ…多分大丈夫です。お受けします。で、納品はメールでいいですか?」
「納品はメールでかまいませんけど、打ち合わせしたいので出来たら明日午後来て頂けませんか?ムリならFAXしますけど、」
 するとまた間を置き、
「いえ、お伺いします。一応先にFAXしていただけますか?」
 それから打ち合わせの時間を決めて電話を切った。
 明日の午後は原田は予定があってここには居ない。電話やメールじゃなく、面と向かって話してみたかった。あの夜のことは抜きにしても。おれは殆ど野々垣さんを知っていない。
 だから不安が募るのだ…そう思った。
 ふと高階クンの視線を感じ、彼を見ると口元をニヤリと歪めたあと、下を向いて伝票の整理をする。
 何か気付いているだろうか。彼は。

今回一番悩んだのは、彼らの社名(汗)。ずっと脳内では『原田企画(仮)』だったので…。そもそも昔は『原田写植』で決まりだったんだけどね。どうしても「企画」って付けたくて、なかなかいい言葉なくて、イニシャル組んでみるとか、並べ替えたりとか色々やってて、まず「ふゅーじょん企画(非常にありそうな名前である)」と浮かんだ。で、英和にかけてみた。すると意味が融合だった。印刷だけじゃなく他にも色々やりますよという意味が欲しかったし、字面が気に入ったし、デパ地下総菜の「融合」好きなんで『融合企画』、中華っぽいし、いいんちゃん!と発作的に決めました……

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