ブレイクスルー4 -12-

「……でも、」
「じゃあそれでもいいですけど、……おれ満足するまで止めませんよ?一晩中だって、満足できるショットが撮れなきゃ、撮り続けますよ?……おれはいいですけど、赤城さんはいやでしょう?寝不足だし」
「………」
「ヌードは撮らない、我慢する、って言ってるんだから、パンツくらい脱いでさっさと終わった方がいいんじゃないですか?」
 そしてえらく厳しい目で見られる。妥協を許さない瞳。
「………」
 おれは更に膝を、股を強く閉じた。だけど、その間にあるものはもう熱く、蒸気を纏った感じで息づいていた。
 脱いで、すぐ終われば、そしてすぐトイレに行けば……おれは早くこの緊張から解放されたかった。脱ぐことが、その早道なら、一晩中も続いたらとても神経が、身体が持ちそうになかった。だからおれは、易きに流れた。
「……トイレで脱いできて、いいですか?」
 胸を上下させやっとそう言うと、彼は目を閉じ頷いた。おれは重く痺れる腰をどうにか上げ、なるべく普通に、とトイレに行った。
 扉を閉め、浴衣の裾を上げ下着に手をかける。今日はチェックのトランクスをはいていた。足の付け根までずり下げたとき、空気をひんやりとウエストから足の付け根まで感じ、頼りなさに身震いがした。
 気が進まないながらも、部屋に戻ると土井さんがじっとおれを見つめる。シビレが走る。おれは、見えてるワケがないのに浴衣の腰の合わせ目をきつく引っ張った。
「……座って。元のように」
 そう言われ、ぎこちなく座る。
「足、開いて下さい。さっきのように、」
「……見える、」
「見えませんってさっきも言ったでしょう?」
「でも、……」
 そう言いつつ、足首から先はじりじりと離していったが、膝頭が離れてくれない。どうしても離せない。
「赤城さん、」
 焦れたのか土井さんの手がおれの膝に伸びる。触れられたらびりっときそうだった。
「あっ、」
 彼の手を除け、おれは膝を開いた。彼はにこりと笑う。
「少しずつ、開いていって……」
 そして彼はカメラを構え直した。おれはじりじりと、ほんとにちょっとずつ開いていった。
「見える、……」
「見えてません。黒く潰れます」
「……でも、補正をかけて、トーンを上げたら見える、……」
「見えません、写ってません」
 耐えきれない、粟立つような緊張。見られてる。絶対に、見える、……そう思う間も、少しずつ開かれていくそこは痺れた感じであっという間に固く、膨張していく。
 全身が、熱く、ぐにゃぐにゃになっていきそうな気がした。熱い息を吐けば、シャッターを切られる。
 音に反応して下腹に力が入る。その拍子に、あれも揺れ先端に違和感を覚えた。そしてとろりとひんやりした液体が伝うような気がした。
「あ……、」
 ほんとに垂れているのかどうかは分からない。でもそういう気がする。その感触だけで、この姿勢を維持するのが苦痛だ。もしかして、土井さんには、そんないやらしいおれの全てが見られているのかも知れない……
 そう思うだけで、先端が酸欠のようにぱくぱくと喘いだ。
「やっぱりいいですね…凄く張りつめた感じで、艶があります」
 何が?あそこが?おれの息は乱れきっていた。痺れる腰を持て余し、少し楽になりたくて身を捩り、腰を揺らす。すると、また垂れていくような気がする。
「はぁ……っ」
 声が漏れるのが、どうしようもなく恥ずかしい。唇を噛みしめ、俯けば、
「こっち向いて、目は開けて」
と言われる。眉間にしわ寄せ、締まらない口と、焦点が合わなくなってきたような目を彼に向ければ、続けざまにシャッター音が響く。やっぱり、腰に響く。びくり、と震える。
「もう少し開いて、」
「もう、……」
「もっと、」
 これ以上開いたら、熱いものがタケノコみたいに浴衣をかき分け灯りの下に出てきそうだ。
「や、……」
 顔を背ければ、
「あとちょっとだけ、……」
 強ばる内股を、少しだけ離した。引きつるような感覚。
「あっ、あっ……」
 おれは背を丸め俯いた。膝もくっついてしまった。
 身体がわななく。……見られるだけで、撮られるだけでイッてしまった。
「赤城さん、……」
 彼の息も荒い。おれは身体を支えていられなく、そのまま倒れ込んだ。その様すらも、土井さんはカメラに収めていく。
 いくらヤッてないったって、イクところを見られてしまうなんて。
 それは、ヤッたのと同じことじゃないのか?
 畳に身を預け、深呼吸とも溜息とも付かない大きな息をおれは吐いた。
「もう…もう、勘弁して。許して下さい。土井さん、……」
「ええ。終わりにしましょう、……」
 そして彼も大きく息を吐くと、トイレへ行った。
 静かなトイレの中で、彼が何をしているかなんて、考えたくない。目を閉じもう一度息を吐くと、彼が出てこないうちに風呂へ行った。
 大浴場はもう遅い時間なので、誰もいなかった。土井さんが来たらどうしよう……と思い、さっき洗ったし、と湯をかけてすぐに肩まで浴槽につかり、その中で股間のぬるつきを流し去るとすぐに上がった。
 部屋に戻ると、隅に寄せられている座卓に凭れて、土井さんがタバコを吸っていた。その姿に違和感を覚え、彼のタバコを吸う姿を見るのは初めてなことに気付く。
「……タバコ、吸うんですね……」
 おそらく放心状態だった彼は、おれが帰ったことにも気付かなかったんだろう。虚を突かれたように、おれを見た。
「あ、消しますよ……」
 そう言ってもみ消そうとする。
「いや、別に構いませんよ…?吸っても、」
「でも、」
「……何、吸ってるんですか?」
 原田がラッキーなら彼はマルボロだろうか。なんとなくそう思い訊きながら座卓の上を見た。
「……なんだ。マイセンか」
 彼のタバコは余りにも平凡なマイルドセブンだった。おれが意外そうに言うと、
「何かヘンですか?」
「車が外車だし、タバコも外国タバコかと思った」
「そりゃ勝手な思い込みってもんです」
 俯き彼はまた新しい一本に火を点けた。
 原田と言えば、電話するって言ってたのにかけてこない。もう日付が変わる。
 ま、いいか。あんまり出たくない。
「土井さん、……現像は自分でやるんでしょうね。まさか○内カラーとかに出しませんよね?」
 ○内カラーとは、業界御用達のプリント屋である。
「勿論。……支店によっちゃ、出したら赤城さん○内もう利用できませんね」
「当たり前ですよ、」
 恥ずかしくって利用できるか!
 ヤッてないけど、ヤッたあとのようなけだるい倦怠感の中、呆けたようにおれたちはそんなことをしゃべり続けた。
「ニュースと明日の天気でも確認して寝るか、」
 落ちてきた静寂を破るように、土井さんがテレビのリモコンを握る。
「……おれはもう寝ます」
 そう言って、おれは布団へ潜り込んだ。
「ああ。……おやすみなさい」
 気まずい。多分ヤッた以上に気まずい。直接的でない性の交歓がこんなに気まずいものなんて。でもだからと言って、やる気はない。
 疲れていたのか、意外と眠りには簡単に落ちた。
 その寝入りばな、夜半からしとしとと雨が降り出していた。

 朝も気まずくて、またもおれたちの部屋で朝食を摂っていると、
「どうしたん?赤城君はともかく、土井さんもお疲れ?」
と斉木さんが不思議そうに訊いてくる。
「なんでおれはともかく、なん……」
「だってしんどかってんやろ?」
「まあ、……」
「すいませんおれ朝苦手で、」
 土井さんは茶をすすりながらそう言った。
 午前中、もう一件取材をして、お昼を食べたらもう帰ることになっていた。取材先の事務所で斉木さんが話を訊いてる間、手早く写真を撮り終わった土井さんと廊下に出、外の雨を見ていた。
「……で、奥さんてどんな人?」
 雨を見ながら、彼が言う。
「まだ、続いてたんですか…?いいやないですか、もう、……終わったんでしょ?」
 何が、と言われると困るが、『終わった』…そういう感覚がおれを支配していたのだ。
「どうだろう…でも、マジで赤城さんは女1人には勿体ない。第一女抱くより、多分抱かれる方が赤城さんは気持ちいいと思いますよ。凄く感じやすいし、その身体の機能がムダになってる、」
 身体が熱くなる。お察しの通り。でもムダにはしていない。
「……おれ、連れ合いにはこの上なく満足してんねんけど、」
「……そう、」
と彼は俯き溜息つくと、おれを見た。と、目が合う間もなく、廊下のサッシに押しつけられ、口づけられた。柔らかく吸い付く、温かな唇。
 あんな濃い夜を送ったのに、口付けは初めてだった。
「……土井さん、……」
 見上げれば、彼はなんとも言えない笑みを浮かべる。
「好きですよ。それだけは受け取ってください」
「土井さん……」
「あなたと会えて、……一緒に旅行が出来て、ほんとに嬉しかった、」
 なんか切なくなり、彼の肩に頭を付けた。

 集合したところ、クライアントのビル前で解散すると、おれはそのまま事務所へ行った。
「お疲れ」
と自分のデスクから仕事をしながら原田が声をかけてくれる。なんか、全身の緊張がほどけていく。
「お疲れさまでした」とお茶をすぐに入れてくれる美奈ちゃんに、事務所の皆への土産のお菓子を渡す。
「赤城さん。お疲れ」
 入ってすぐの打ち合わせテーブルに荷物を置いていると、そう言って高階クンがニヤッとしながら寄ってくる。そして肩を叩く。
「どうでした?ヤられちゃいましたか?」
 小声で訊ねられ、熱くなる。
「な、……ヤられるワケないやん、」
「チッ、おれは別にヤられてくれてもほんまは良かってんけど、……」
「君なぁ、……そういう自分はどうなん、峰岸さんと、」
「ああ、」
 そして彼は頭をかく。
「まぁまぁかな~」
「まぁまぁ?」
「仕事終わったらゆっくり話したりますわ。試合は、良かったですよ」
「ふーん、……試合『は』?」
 やっぱあっさりかわされたんだな。
「赤。これ、昨日持ってきてたから、」
 と原田はおれのデスクの上の大判の封筒を手に取り、上下に振る。
「ああ、…何ソレ、」
「イラストやんか。昨日帰りがけに持ってきよったわ」
「フーン……」
 寄っていき、封筒から出す。こっちの意図通りの、落ち着いていて爽やかなイラストだった。
「……あんな兄チャンやのに、さすがプロやな……」
 おれは元通り封筒に収めると、溜まってる仕事を進めることにした。

上げました!「なんじゃこりゃ~~肩すかしもエエとこやんけ~~!!!…っとお怒りの向きもあるかも知れませんが……、ごめんなさい、……、……最初っからこういうネタなの

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