ブレイクスルー 3 -13-

 次の日、首尾よく7時までには仕事を終わらせると、潮崎さんとおれは連れだって会社を出た。
「…原田は、ちょっと、口が悪いんで、その、…余り気を悪くしないでくださいね」
 おれが顔をしかめ、言うと、彼も目を伏せ、
「まあ、悪いのはおれやからな。…何言われても、しゃあないと言えば、しゃあないからな」
「潮崎さん、…あの、彼は、…」
「君のつれあい、やろ」
 何でもない調子で言われて、こっちが赤くなる。
 彼が承知しているだろうことは、間違いないと思ってはいたけど。面と向かって言われると、やっぱりどうしようもなく恥ずかしい。
「ゴメン。出がけに営業に掴まって、……」
と原田がいつもの待ち合わせ場所に現れたのは、相も変わらずと言うか、30分遅れだった。
「おそーい。待ちくたびれたわ。お前、相変わらず過ぎ」
 そうブー垂れると、
「しゃーないやろ。仕事やんか。おれは責任ある管理職やからな」
「しがない中間管理職の下の方のくせに」
「お前はなんや。その年で一番単純に下っ端のくせに、エラソウに文句垂れなや。お前におれの苦労が分かってたまるか」
「おれだけやったらえーけどさ、初対面な人を待たしてんねんから、もう少し済まなさそうにしたらどうやねん」
 おれがそう言うと、原田は改めて潮崎さんを見、少し笑うと、
「こんばんは…。おれから言うたのに、遅れてすみません…今日はよろしく、」
と言う。潮崎さんも、同様の笑いを浮かべ、
「イエイエ、こちらこそ、……原田さん、でしたっけ」
「ええ。潮崎さん、…ですよね。おい、赤。お前がちゃんと紹介せえや。お前も相変わらず、人の世話の出来ひんやつやな、」
「ハイハイ…、潮崎さん、コイツ、原田。前の前の会社の時の同僚です。いっちょまえに上司風吹かせてますけど、たかが電算チーフですから、」
と言えば、潮崎さんは苦笑する。
「原田。こちら潮崎さん。おれがお世話になってる会社の先輩の版下の人…。年はおれたちと同じ、」
 原田は、改めてよろしくと軽く言い、頭を下げた。
 それから余りしゃべらず、駅前は誰かに会いそうなので避け、街へ出る。電車の中での、気まずいこと。電車に乗ってるほんの5分ほどが、永遠にも思えた。
 それからおれたちの知ってる中で、なるべくゆったりとして、明るくなく、雰囲気良く、うるさくない店を選び、行った。女の子とかが喜びそうな、こじゃれた店。結局こういう店が、隣にも話が漏れ聞こえなさそうでいい。良く行く立ち飲みなんて、肩触れあう距離だから、論外。
 暫くは同業と言うこともあり、また、互いに仕事を融通しあう会社な間柄なので(ウチが回すばかりじゃなかったらしい)、この仕事の業とか、ボヤキに近い話題でまず盛り上がり、互いが知ってる共通の人の話題(高階クンや、ウチの電算主任とか)に移り、同い年ということもあり、ありがちに昔話をしてみたり、…まあ、それなりに打ち解けてきた。
 そしてそんな頃、
「潮崎さんは、彼女とかいてへんの?」
と原田が訊く。おれは慌て、
「あっ、潮崎さん、田辺さんとはどうなりました?」
 すると潮崎さんは目を落とし、
「やっぱ、断ろうと思てる」
「…エー。…カワイイのに、勿体ないですね」
「潮崎さん、なかなかカッコイイからモテはるでしょ」
「イヤ別に…。そういう君こそ、ムチャクチャモテそうやん。ウチの女の子もキャーキャー言うとったし。選り取りみどりやろ?」
「まあ、否定はしませんけどね…(と言ってフッと笑う)でもおれは、もう一生決めたヤツがいてるんで、」
 すると潮崎さんの顔が微かに引きつる。
「フーン…。でもなんか、ちょっと勿体ないような気ィせえへん?まだ若いのに、」
「潮崎さんこそ、勿体ないことないですか?せっかくカッコ良くて、モテはって、そんなカワイイコに好かれてんのに、断るなんて、」
「……しゃあないやん、そういう気になられへんのやから。人のことなんか、どうでもええやろ、」
「あいにくとどうでもエエとは言い切られへんのでね」
 だんだん二人とも声がマジになってくる。ヤバイ。始まったかも。おれは黙って知らん振り、好きなシンガポールスリングをチビチビ飲む。
「殆ど初対面やのに、…て、今更か。他に君がおれに会いたい理由なんかないもんな」
「そう…。回りくどい話し方は止めて、言わしてもらいますわ。『人のモンに、手を出すな』。さっさと諦めて他を当たって下さい」
「原田…!」
「…そりゃ、おれが悪いんやから、何言われても…、と思とったけど、そういう風に言われるとやっぱなんかムカつくわ。君のどこがええのやろ、」
「そんなことあなたには関係ないでしょ」
「関係ないこともないんちゃう?赤城君が拒めへんかったからこそ、やし。…そんな横柄な態度やと、知らん間に逃げられても、文句言われへんのちゃう?」
 潮崎さんが、シニカルな笑みを向ける。原田はかなりムッとしたようだった。
「赤。……」
「ハイ」
「おれは、横柄か?」
「口は、悪いと思うけどね。あと、ガラもイマイチ…」
「お前は、土曜の夜に、おれがエエと言い切ったよな」
「ハイ……」
「そういうことですから。あなたと比べた上で、コイツはちゃんとおれを選び取りましたんで、」
「あのなぁ、おれはちゃんと、諦める、て赤城君に言うてあるんやけど、」
「そんなの信用出来ひん。おれが言うのもアレやけど、こいつの色気に勝たれへんのはしょうがないと思うし、」
「おれはウソは言わへんわ。確かに、我慢すんのは大変やけどな、おれは君とは違う…しかし君も大変やな。おれに、あの子に、…」
「あの子?」
 ヤ、ヤバイ。
「しお、…」
「いつも来てる、あの子やんか。あの子も赤城君のこと好きやって、ハッキリ言い切って…あれ?」
 おれの情けない顔と、今までで最高に怖い顔に固まった原田を見て、潮崎さんが口をつぐむ。
「まずかった?」
「赤……」
「ハイ……」
「……お前…おれには分からへんとか、抜かしとったな……」
「や……おれは彼の口からそうハッキリとは……」
「ウソつけ。アイツが自分の心の中だけで、なんて殊勝なヤツか。…しかもなんで、この人が知っててお前が知らんなんてことがあるねん」
「ゴメン……」
 すると原田は大きく息を吐き、
「……もうええわ。お前がおれを、信用してないことが、よーく分かった…」
「そんな……でも何も、彼とはないで…だから、余計な心配かけたくなくて、…」
「どうせおれは、嫉妬深いですからね」
「原田…分かってよ。おれは、……」
 潮崎さんを前に、ちょっと言いにくい。テーブルの下で、彼の足を掴んだ。
 潮崎さんは、フッと目を伏せ、苦く笑った。
「赤城君も、大変やな…」
「大変なんは、こいつちゃーう。おれや」
 原田が投げやりに言う。
「文句いいなや。幸せ独り占めのくせに。…大体、ムカつくわ。たまたま君がおれより早く出会えてたからやんか。おれと君は大差ないと思うで。それをそんなに、エラソウに、」
「そんなことないと思うわ、絶対ない、」
「いや、ある、絶対あるわ、」
「いいや。あんたはおれより早く出会っとっても、こいつのこと絶対好きにならへんだわ。大体コイツは、素行不良、態度不良で会社クビになるようなヤツやってんで、」
 あー。言われてしまった。潮崎さんはぽかんとしている。
「それをここまで性根を叩き直したったんは、おれやからな、」
「原田君、それはちょっと言い過ぎ、…」
「……そらー、……ちょっと、……あんまり友達になりたくない手合いやったかも知れへんなー。おれ、イイヤツにしか興味ないし、」
 潮崎さんが笑って言う。その笑みは、呆れの笑みですか?
「それをなんや。『痴人の愛』とか抜かしてんなや。しばくぞ、マジで。最近いい気になりすぎやぞ、お前」
 そう言って原田はちらと睨む。うわ……知ってた…。なんかスゴイバツが悪い。でもおとといは、確かに知らなさそうだったのに。きっとあらすじをどこかで聞いたか、本屋かなんかで調べたに違いない。あなどれない…改めてそう思ってしまった。そのバツの悪さをごまかすため、あいそ笑いをして見せた。
「まあまあそれは置いといて…。おれのお仕事問題なんやけどさぁ…」
「何。赤城君の仕事問題て。…まさか辞めるとか、言わへんよな」
「あんたのせいで、辞めさしますねん」
「おれはもう何もせえへんて、ゆうてるやろ?」
「だから信用出来ひんと、何度言わすねん。絶対なんて、この世にない」
「そこまで言い切るか……。でもおれには、絶対はあるで。それにおれやなくても、皆止めるわ。赤城君は結構仕事が早いし、性格も悪ないし、あ、今は、」
 そう言っていたずらっぽい目を向けた潮崎さん。
「せやけど高階のバカ、アホウも気になるし。おれのおらんとこでお前に伸び伸びチョッカイかけられちゃ、」
「じゃ、おれが何もせえへんように見張っといたるわ。おれのことは、その彼に見張らせたらええし、」
「あんたはまだ信用出来そうな、イイヤツそうやけど、アイツは最悪やで」
「信用出来そう、ちゃうで。おれは信用しても、いいヤツやで」
 そう言って潮崎さんは気持ちのいい笑顔を見せた。それを見て、原田も笑い、
「…まあ、そうやな。あんたなら、赤がちょっとよろめいても、しゃーなかったかな…」
「でしょ、」
 おれが言うと、
「お前は、言うな」
とこづかれた。
「じゃ、取りあえず、今度何かあったら、ソッコー退職と言うことで、……」
 原田が目を伏せ言う。
「良かった……ありがとう、原田、潮崎さん、」
「他のヤツにも充分注意しとけ」
「おれが見張っといたるよ」
「また会いましょね、潮崎さん」
 原田はそう言った。


 お昼の今、おれは高階クンと二人、向かい合わせに座っている。原田は銀行に寄ってくるからと店の前まで来て出かけて行った。
 高階クンは、二人だからかとても嬉しそう。ニコニコと、人なつっこくカワイイ笑みをおれに向け続ける。
「君も、嬉しそうだな…」
 若干呆れ気味に、彼を頬杖付いて見ながら言うと、
「そりゃ、そうですよ。原田さん抜きに赤城さんと二人、嬉しくないはずないでしょ」
「君、原田にしばかれたんちゃうか……まあ、言うだけはタダだしな。で、高階クンは、最近はどうなん?」
「どうって、何が?」
「おれとはもうないし、そろそろ新しい刺激必要なんちゃう?」
「ああ、そっちのこと…、イイヤ、おれには珍しく、まだその気になるような相手はいてませんのでね」
「……へエー。真面目になってんやな。おれとのこと、悪いことばかりじゃなかったな。君の更正に役立ってんから」
「更正ってなんですか。悪いことなんかひとっつもないですよ。イイコトばっかりでしたよ」
 そういってニヤリと笑う。
「でもおれも、ちょっと君の言ってたこと、理解できたわ。やりたい人とは、やった方がすっきりする、そして新鮮さを保つことが出来る、というね……」
「へエー。赤城さんが…、そうでしょ。……でもそれって、アイツと……?」
「…いいや。彼とは、キス止まりよ。でもな、それでも分かったわ」
 そういうと、彼は
「フーン。なんかフクザツ。…でも、じゃ、これからも気軽く、オレとしましょうよ」
ともの凄く邪気の無い笑顔で言う。
「アホウ。おれはもう、分かったけど誰ともせえへんわ。分かっただけで充分……。だから君も、マジで諦めや。まあ、あと50年も待ってもらえば、原田の方が先立つかも知れへんから、その頃ならOKかも知れへんけど。彼女と上手く、やっていったれよ」
 すると彼は俯き、
「……でもねえ、オレ、もう別れそうなんですけど。…てゆうか、オレ、捨てられそうなんですよね」
 おれは、悪いと思いつつ、笑ってしまった。
「君が?」
「赤城さんみたいな、魔性に捕まったからですよ…」
 彼はわざらしく睨み、溜息をついて見せる。
「あっ、それ。それやねんけど……」
 おれは、両手を組み、その甲の上に顎を乗せ、彼を見据え、
「どう?」
と訊いてみる。
「ハイ?何が?」
「何か感じる?」
「赤城さんは、いつもカワイイですよ」
「そうじゃなくて、……じゃこれは?」
 おれは熱っぽく、自分の思う誘いの表情を向けてみる。意識的に、身体からもフェロモン出してる気持ちで。彼は、無言で吸い込まれたようにおれを見つめた。
「何か、感じる……?」
 彼はまだ、口を開けてぼけっと見てる。
「勃っちゃった?」
 くすりと笑ってそう言うと、彼は珍しく赤面し、
「昼間っから、そんな顔、せんといて下さい。…やっぱおれとしたい?誘てます?」
「いいや。魔性をさ、意識的にセーブ出来てるかどうか…実験中」
「オレは実験台ですか」
「うん。とてもいい実験台」
「してもいいけど、……そんなんしてると、マジ襲いますよ、」
「そりゃ困るわ」
 それから目を伏せて、
「オレさー、何か分かってん。…全部とちゃうと思うけど、潮崎さんとも飲みに行って、こうやって見つめてから彼もスイッチ入ったやん、…原田もな、確かそうやってん。家で飲んで、おれがちょっと酔うて、ぼけっと見つめてからヘンになったらしいわ。君は…、ちょっと違うと思うけど、…君とも飲みにいって、ベロベロになった時やったよなー…」
「おれは違いますけどね。その前から狙ろてましたから。でもまあ、あん時は店にいるときから辛抱たまらんて感じでしたけどね」
「これからはな、無意識にぼけーっと見つめとかんとこうと思ってさ。無意識ぼけーっが、ヤバイらしいって、分かってん」
「ふうーん。…まあ、それで何割かは、防げるんちゃいます…?あ、スイッチ入らへんように、か」
「何割か?」
 おれが顔をしかめて言うと、
「あ、さっきの実験の検体料、払てくださいよ…タダ働きは、ゴメンなんで、」
「高階クン、これからも、大好きだから、いい友達でいてね…」
「何か困ったことあったら、いつでも相談して下さいよ。タダはお断りですけどね」
「ホンマ諦め悪いね」
「おれはずっと、言いたいウチは言いますよ」
「君とはずっと、こういう調子でいきそうやな。まぁ、言われて悪い気はせえへんし、おれの潤いへのいいコヤシと思えば、」
「おれはコヤシかよ」
 そう言って、でも楽しそうに彼は笑った。

 結局、田辺さんは潮崎さんにフラれたらしい。潮崎さんも言わないし、田辺さんも勿論言わない。
 だから、らしいとしか言えないのだが、曽根さんはちょっとイキイキしている。
「赤城さんて、きれいですよねー…」
とある日、午後のコーヒーブレイクに、ユニマットの前で一息ついてブレンドにしようか、モカにしようか悩んでいると、彼女が寄ってき、おれを見ずにそう言った。
「ありがとう。…でもおれ、結婚してるから、誘惑しやんといてね」
 何も知らないフリでそう言うと、彼女は、
「いや、そんな、…お幸せそうですね」
「うん。幸せ。つれあい以外に、誰も目に入らないくらい」
「……そっかー。…そーかー」
 そして一人でウンウンと頷いて、彼女は去っていった。ホッとする。
 そのままそこで何にするか悩みを続行していると、営業帰りの滝本さんがやってきた。
「こないだはゴメンなー。…おれ、おごってやろうか」
と、笑いかけてくる。ここのは、タダじゃないのだ。一杯50円。
「いや、別に…。いいですよ、そんな」
「まあそう遠慮しやんと。…今度、飲みにでも、行かへん?」
 その口調に、若干甘い響きを感じ、目を伏せて微かに笑んでいる彼を見る。
 彼も、……なのかな。
「オレ、結婚してますよ」
と笑ってカマをかけてみると、やっぱり、少し頬を赤くし、一瞬戸惑ったような、なんとも言えない表情を作った。
「冗談ですよ。イヤ、結婚してんのはマジですけど。…潮崎さんも、一緒ならいいですよ」
「二人しておれをいじめるつもりやろ、」
「そう、つるし上げ」
 やっぱり滝本さんもか…。この分だと、結局オレがこの会社辞めるのもそう遠くはなさそう。残念だけど…。
 いや、潮崎さんが、歯止めになってくれる筈だから、まだまだ大丈夫かな、と思う。それに、ぼけっと見なければいいんだし。取りあえずコーヒーは奢ってもらっておいた。



END

ふぁー。しゅうりょーう。パチパチ。今までになく会話のみで成立してるぅー。なんか大したことしてないのに、大仕事終えたようなエライ気分になってますわ。ワタクシ。こんな程度でよ…。多分見事な肩すかしでしょう。
まあ昼メロ好きでもハッピーエンドは好きなんでね、大体いつもハッピーエンドです。途中はムチャクチャドロドロを極めてですね…そのドロドロぐちゃぐちゃをどう解くかが醍醐味ってやつですか?(オレの駄文はそんなエエモンちゃいますけどね)ま、ありがち展開とセリフ満載ですけどね。
田辺さん、それだけかい!ってお思いでしょうけど、…どー考えても、ノーマル女の反応ってこのくらいじゃ?と思ってですね…仕事も平穏?に続けさせたかったし。
彼らに未練はあるけれど、この先続けてもまたまた原田君を不幸にするだけだと思うんで、長いのはこれで終わりです。滝本さんと赤城君のラブアフェアー(笑)が見たいとか、なんぞご要望があったら考えますけどね。…今更だけど、刷り直しの女の子を慰めてやきもき、させかったなあ。私のネタの転がし方なんて、そんなもんです。
それではひとまず、ここまで読んで下さった皆様に、感謝を込めて。

(サイト再開時追加言い訳・笑)
一応これのテーマとしては、多少なりとも成長した?赤城君がどこまで自己処理、判断できるかというのもありでした。
シリーズの中では当社比完成度高く、自分でも通しで何度も読み直すのは正直これだけ。過不足ないから手直ししたいとも思わない。
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