ブレイクスルー2 -15-

 おれの送別会は、こないだのメンバーから達っちゃんと柴本さんを引いて、高階クンを足したという、妙なメンバーだった。
 おれは先を急ぎたいのでくだくだしくは書きたくないが、特筆すべきは、高階クンである。
 高階クンは、やんちゃで、賑やかな男である。スタイルは、メガネをかけてて、スーツと、一番落ち着いてそうなのに、何となしに幼さの残る顔のゆえか、その性格のゆえか、このメンバーの中で一番下だし、そのせいか知らんが、とにかく見た目からして茶目っ気たっぷり。
 一次会まではそこそこ大人しかったが、カラオケでは、
「うおー」
と叫んだり、ヘンな歌、何かは忘れたけど、歌って笑わせたり、思いっきり全開で暴れ出した。原田はタバコをふかし、眉間に皺を寄せ、
「高階。ちょっとは大人しくしとけ」
と言う。
 高階クンは李さんが気に入ったらしく、横に座って、どう見ても、笑わして、口説いている。
「李さんて、中国人?」
「そうよ」
と言えば、手を振り、
「■好、■好、(ニィハオのニィがありません…)」
と挨拶する。
「高階クン。発音なってへんで……。なっ、李さん」
とおれがニヤついて言えば、李さんもきらきらした目で、色の薄いストレートの髪を揺らしながら、
「うん」
と言う。
「李、何て言うの?」
「春麗。春に、麗て書いて、」
と、指にグラスの下に溜まった水を付け、テーブルに書く。
 すると高階クンは、目を丸くし、
「チュンリー。ストⅡの、あれちゃん、」
「それ最近よう言われんねん。……ようある名、なんかなあ」
「技出してよ、おれケンするから、(※ああ時代を感じますね…)」
と立ち上がる。
「いやぁよ。第一あたしファミコンも、ゲーセンも、したことあらへん」
「おれが連れてったるわ……。なあ、原田さん。原田さん気付けへんかったん?」
「気付いとっても、よう言わん。……というより、おれも初めて聞いたわ。赤は、知っとってんやろ?」
「知っとったけど、中国ではようありそーな名前やもん。というより、」
「おれの真似すなや」
「じゃ、もとい。日本人の考えつく中国名なんて、その程度……」
「冷めてますね、赤城さん」
「そーいうヤツやで、こいつは。ごっついひねくれ者」
「チュンリー。チュンリーて呼んでいい?」
と、唐突に言う高階クン。
「えー。いや」
と李さんは言ってるのに、
「チュンリーは、年は幾つなん?」
と訊く高階クン。おれはぷっと吹き出した。2人の年を知ってるから。
 彼女が「24」と答えれば、額に手を当て、ソファーに背を叩きつけ、
「なんだぁ~ちくしょ~。それでもおれより年上か、」
とオーバーに落胆する高階クン。
「高階クン。残念やけど、み~んな君より年上やで」
とおれが言えば、
「こいつ、本当はそんな事気にせえへんで」
と原田が言う。
「そっ。おれそんなの、気にしない」
 高階クンは手を振って言う。
「でも彼氏のおるおらんは、気にするやろ、ぼくでも、」
 鈴木さんが皮肉っぽく、タバコをふかしながら言う。
「チュンリー、彼氏いてんの?」
「おるで。日本人の」
「あら、そ。でも友達は、少ないより多いがええやろ、」
「しつこいぞ高階」
「原田君の弟子やもんねえ、」
と宮川さん。
「おれのしつこさと、こいつの女に対する異常な執念を一緒にしてもらったらあきませんわ」
とマジで言う。
「でも、きれいどころの揃った会社やってんな……。原田さんばっかり、ずるいわ、」
「何でお前がずるがるねん。おれは赤と深い、他人でない間柄やから。お前は単なる知り合いやんか」
「赤城さんも含めて、きれいどころばかり……。原田さんはずるいわァ。」
 ぎょ、とする。おれは小声で、原田に、
「お前、高階クンにばらしたん、」
と訊けば、
「いいや。言わへん。いつも言うてる冗談くらいやで。冗談やって。うろたえるな」
 おれはつい、少し声が高くなり、
「お前は、ほんまずるいよな……!自分ばっかり、」
 すると高階クンも勢いづき、
「そう、そう、そうでしょ、原田さんは絶対ずるいわァ、」
と責める。
「おれが何したと言うねん。お前ら、」
 うろたえる、原田。
 おれはその日、劉さんと2人で、ラストにカンペを見ながら、「いつでも夢を」を歌った。
 李さんも、劉さんも、…黄さんも、「上手い、きれいな発音やわァ」と心の底から言ってくれた。
 おれは原田にニヤニヤと、
「どう。おれはクソヘタ、ちゃうやろ」
「おだてられてその気になりなや」
「いや、赤城さんはほんま上手いですよ。原田さんには分からへんかも、知れませんけど……。ずっと、中国語、続けてくださいね。上海やったら案内しますから……」
と劉さんが。李さんも、
「あたしら、日中の架け橋になりましょね」
と言ってくれる。
 お開きになって、別れ際、プレゼントを渡された。百貨店の包み紙にきれいなリボンのかかった、軽く薄い、小さな箱。
「帰って開けてね」
とニッコリして鈴木さんが。おれは済まなくなり、
「こんな、最後まで済みません。おれのわがままやのに、こんなことまでしてもらって、」
「いいって。大したモンちゃうし。……これからも、元気で、……たまには電話でもしてきてよ。赤城君が来てからの2ヶ月間、ほんま楽しかったし」
「やっぱ、男とらなあかんよな。次も」
 宮川さんが言う。
「おれのことは、頭に入っとらんな」
と、またもや張さん。すると2人は振り向き、
「またー。奥さんに、言いつけますよ」
「おれ、しょっちゅう来たりますわ。営業やから」
と言う高階クンをこづき、原田が言う。
「お前はいかん。危なすぎる」
 深々と頭を下げ、礼を言い、おれたちは別れた。
「何やろな」
 原田が好奇心一杯に言う。
「家に帰ってから開けようや……。買うてきたんは、きっとあのおネエさんたちやで」
と言えば、彼も、
「そうやな……。人に、見せられへんかも」
 高階クンは、車なので送りましょか、と言う。
「どうする……?」
 原田は少し悩み、
「今、何時?」
 時計に目を落とすと、終電ぎりぎりの時間。余裕持って出てきたのに、外での立ち話が過ぎたのだ。
「高階。ウチ泊まってくか?」
 え、……と家の中の状況を思い浮かべる。第一どこで寝さす気なのか。
「原田、寝るとこないで。うちめっちゃ寒いし」
「じゃ、単にアシになってもらうか」
「いいですよ。アシになりますよ」
とニッコリ言う彼。
「分かり易いとこですね……」
と家に着いた時、高階クンは言った。
「じゃ、お疲れさま」
と、そのまま車を降りたところで別れる。
 家の中で、きれいにラッピングされたプレゼントを開けた途端、おれはボーゼンとした。原田はつまみ上げる。
「薄々予想はしとったけど……」
「こんなのも、あるねんな」
 それは、男物なのか女物なのか判別不能な(いや、明らかに女物…?)小さな布きれ、オールレースのやたらにセクシーなペールピンクのパンツだった。
「ちょっとはいてみてよ」
「いやだ、裸よりHそう、」
「そういう代物やんか。風呂上がりに、はいてな」
「お前がはけば、」
「似合わへんもの。おれは、これはく」
 彼はその下にもう一枚入ってたネイビーブルーのビキニパンツをつまみ上げる。
「おれもそれが、いい」
「あかん。メッタにパンツはかんくせに。おれはすぐ消耗するから、いただき」

 さて、やっとここまで辿り着いたのだ。ホントに色んなことがあったよなあ。
 クリスマスは、24日の土曜日に、おれの行きたがっていた、神戸の瀟洒なホテルに行ったのだ。とても繊細な、華奢な感じのする隠れ家的な洋館造りの、ホテルというか、旅館で、海の見渡せる小高い丘の上に建ってる。
「お前ほんま古い建物好きやなァ」
と原田に言われた。
 原田は、ウールコートの下に、夕べ家に寄って取って来たらしい濃紺のスーツを着込んでいる。おれの一張羅によく似た色合いのスーツである。明らかにリクルートスーツっぽい。
 だけど、原田が原田じゃないみたい。大人の男、って感じである。男前過ぎて、ちょっと気色い。
「どないしてん。正装なんかして」
と家で着たとき、おれが言えば、ちらとおれに目を走らせ、タバコを一口吸い、目を伏せ、……ドキッとするなあ。
「今日は、記念日だから」
と言う。
「おれもスーツ着た方がいい?」
と訊くと、手を振り、
「いらんいらん。……でも、ジーンズはやめてや。合わへんから」
と言うので、おれは、なるべくカジュアルでない、ドレッシーな物を探した。
 白い、衿の開いた、……何て言うの、開襟?の織り柄の入ったシルクのシャツに……そんなもんも持ってるのだおれは。ピンストライプの入った、ポリエステルと思われる、かなりてろてろした濃紺のタックパンツ。でも上着がない。黒いカーディガンと、黒いウールのコートを着ることにした。
 パンツをはこうとしていると、原田が言った。
「下着は、アレにしてね」
 おれは瞬時にかあっと顔が火照りヤツを見た。原田はにやにやしてる。
 あんなモンが、はけるか………!!!
 ちなみに未だにはいたことはない。
 なのに、イキナリあんなものをはいて外出できるか。オールストレッチレースな上に、Tバック。あんなモンはいて、歩いたら触感が、特にケツが気になってしゃーないに決まってる。冗談ではない。
 言いたくないが、それってかなーり調教臭いぞ。誰かSMはしないとか言ってたような……、
「いやだ。絶対」
 睨み上げ、言うと、ヤツは予想通りと言う感じで目を伏せ
「あっそ、」
と言う。そしてそのまま背を向け四畳半へ行き荷物の点検を始める。しつこく何か言い募るに違いない、と構えていたので、なんか拍子抜けしてコケそうになった。
 それはそれで、何だかもやもやするような。おれのアノ下着姿、そそらない?見たくない?…ってなもんで。
 いや、別におれははきたいわけじゃ……!!
 しかしなんだか釈然としないながらも、服を着込み、
「こんなもんで、いい?」
と訊くと、
「上等」
と答え、くわえタバコのまま、紙袋を下げる。
「行くで」
 紙袋の中を覗こうとすると、さっと引く。
「……ケチ」
「後のお楽しみやんか」
 そんなカッコで遊園地でもないので、ドライブして、メリ○ンパークやらうろつき、モチ南京街も行って、ホテルへ行った。
 夕食は、部屋食で京風懐石。とっても美味しかった。
 さて食事のあと、畳敷きの部屋で原田は立ち上がり、テラスから外を見た後、おれに向き直った。
「プレゼント、第1弾。有り難く受け取ること」
と言いながら、紙袋からごそごそとまた紙袋を出す。知る人ぞ知る、「う○く○ってね」の袋。古着だな。
 開けてみて、おれは唖然とした……何を考えているんだ、原田のヤツ。
 ピンクハウスの、いかにもらしいゆったりとした、真っ白な、タックやレースの入った、フレンチスリーブのワンピース。ロングだから、女の人ならドレスっぽくなるかも。綿ローン、一枚物で裏地なしなので、少し、どころかごっつい透けそう。
「着てよ」
と、少し笑みながら彼が言う。
「高いんちゃうの、これ」
 おれは手に取り、言う。
「いいから、」
「……なんか、少し透けそう。……下着はいてて、良かった……」
「それ見た時、これやと思てん。ずっと買うて、隠しとった。」
 タバコに火を点け、彼が言う。しょうがないな…、と思って握りしめていると、彼は胸のポケットを探り、
「あ、下着はこれにしてね」
とピラピラレーシーなものが引きずり出される…
「いやだ――――!」
 こんなスケスケドレスに、そんな下着なんて、……あからさますぎる。普通の服の下から、ズボンのファスナーを下げたら、アノ下着…ってのはちょっと色っぽくて粋かも(何考えてるんだおれ…)とは思ったけど、そんなのはストレート過ぎてエロくさすぎる、親父過ぎる!おれは真剣に鳥肌立ち叫んでいた。
「おれもはいてるから、ホラ」
 少しスラックスを押し下げ、隙間から濃いブルーのニット地をつまみ出す、原田。
「おれかってそれがはきたいわ、」
 おれは震える指でそれを指す。
「お前はエロやなあ…負けるわ」
「はぁ?」
「おれのはいた温かいパンツはきたいなんて…。ヘンタイやわ」
 おれは絶句した。卒倒しそうになった。
「なんでそうなんねん、」
 するとヤツは真面目くさった顔で、おれを見つめ、
「お前なあ、お前折角の鈴木さんたちの好意を無にするつもりか」
「『ありがとうございました。大変気に入って、使わせて頂いてます』って写真付きで礼でもする気か?…そんなもん関係ないわ、」
「どーせ脱がされちゃうくせに……別に、すっぽんぽんでも、かまへんで。今はいてるパンツでも、倒錯的にそそりそうやしな……」
と、ニヤニヤしながらおれの腰回りを眺める原田。なんか腰にくる。おれの今はいてるパンツは、薄いブルーグレーの ボクサータイプ。確かにそれはそれで、妙にエロい。
 は…おれって、着る気満々か……?
 ま、高いもんだし…ワンピースがだぜ…一回くらいなら…おれは隅っこに寄り、彼に背を向け、上だけ脱ぎ、被ってワンピースを着た後、ズボンを脱いだ。下着は……そう思ってると、足下に投げられる。それを見ると、どうしても手が痺れ、震えて拒絶反応が抑えられず、そのまま振り向いた。
「ごめん」
 なぜか謝罪の言葉が出た。だけど彼はおれを見て嬉しそうに笑う。
「所詮お前は、男やな……。まあええわ、」
 そしてそこにかかってるレースのカーテンを外す。
「原田、」
 彼はそれをベールの代わりにおれの頭に載せる。顔の前に、金具の付いたレースが垂れる。
「ハイ。こっちがメイン。左手、出して……」
 原田はポケットから、小さなケースを出す。
 プラチナの、指輪。これが、愛してる証拠。
「原田、……」
「いいから。病めるときも、健やかなるときも、変わらぬ愛を誓いますか?」
「……誓います」
 彼が、指輪をおれの指に押し込む。いつの間に指のサイズを測ったのか。
 ピッタリだった。
「はめて」
ともう一つのケースをおれに渡す。
「原田勇二……汝は、病めるときも、健やかなるときも、変わらぬ愛を誓いますか」
と言えば、少し笑い、
「分かれへん。そんな先のこと」
と言う。
「あっそ、」
と指輪を引っ込めると、
「誓います」
と笑みを堪えながら言う。
 指輪をはめてしまうと、ベール越しに少し見つめ合ったあと、彼はベールを上げ、強く抱き寄せ口づけた。おれも抱きつく。
「もうほんまに、離さへんで……!」
 耳元で囁かれる。
「何でお前がイイんか分からへんけど、やっと、やっと安心したわ……!」
「原田……」
 それからすぐに、そこで倒れ込み、彼は抱き取り口付けながらスカートの裾に手を入れ、下着を脱がす。
 指輪の感触が、異物感が愛撫の感触を変える。
 スカートだけを捲り上げ、片手でおれのを握り込みながら、もう片方の手でネクタイをゆるめ、間近で笑いかける。初めて見るその仕草が、もの凄くぐっときた。おれは両手を彼の肩に滑らし、ジャケットを、脱がせ、シャツのボタンを外していった。
「透けてんな…うっすらと」
 原田はそう言い、胸元に視線を落とし、顔を寄せ布の上から舌先で乳首に触れる。湿った感触に 痺れが駆け抜け、自然と身体がぴくりと反応する。
「あ……汚れる……」
「かまへん。どうせ今日だけや」
「勿体ない…また売れば、金になるのに……」
「売るなんてそっちの方が勿体ないわ。大体お前、お前の汁まみれになった服なんか、洗濯しても売りたいか?おれはイヤやで。……」
 汁まみれ……?原田はそのまま、執拗に乳首をねぶりたおす。おれの、ではなく原田の唾液まみれになりそうな気が…
「もうこれで、新しい会社でも安心やろ」
と一回、着たまま終わった後…宣言通り汁が飛びかかり、しわくちゃになった白い服ごと抱きしめながら彼が言う。
「勘違いするなよ。これはハイエナ避けやから、」
 タバコをふかしながら、原田。原田も前だけはだけさせたシャツが皺々だ。
「じゃ、あの誓いは何やったん、」
「決まったあるやん。遊び……」
「そう。じゃおれ、病気の時は知らんで」
 そう言って背を向けると、彼は後ろから抱き取り、おれの手を掴み、それごと抱きながら、指を重ねる。
「長い人生、気楽に行こうや。ネッ」
 そして左手だけを取り、指輪に口づけた。

 おれは殆ど毎日、家で、家事だの、何だのしてた。たまに、ヒマなので張さんとこに邪魔しに行ったり、……と言っても、仕事してる間は、道教に関する本をパラパラめくってる。すると鈴木さんが来たりするので、油断ならない。
 クリスマス以降、張さんのところに行ったとき、目ざとく指輪に気付き、
「ええ指輪してるやん。結婚、した?」
と訊く。
「一応。形だけ」
「そらー籍は入れられへんもんな……。原田君も、イベント好きやなあ」
とくすくす笑う。
「そーなんですわ。マニュアル君で、うれしがりで、」
「でも君も、何かすっかり落ち着いたなあ。……色んなことあったけど、良かったんちゃん、」
「大人になりました?オレ」
「なったんちゃうか。君も、林田君も……。原田君はどうか知らんけど」
「ほんとにめまぐるしかったですわ。……でも、殆どカタ付いたし、あとは、」
「まだ何かあるん、」
「カムアウト、ってやつ?……」
「もうしてるやん。思っきりやったやん。結果的に」
「でも、殆どの友達は知りませんし、……でももう、それもあんまり、怖わなくなりました。……鈴木さんたちや、張さんのような人達ばっかりではないと思いますけど、ほんとに親しい人達には、知っとってもらわな、……おれがおれである限り、心の底から付き合おう思う人達は、分かって、ときに励ましてくれるやろし、」
「おれは、君らを温かく見守って、応援したるよ」
「ありがとう。おれらと張さんは、マブダチ、ですもんね」
と笑みを向ければ、彼も笑う。
 おれは今、戦い済んで日が暮れて、という気分のまっただ中にいる。
 一体何と戦ったのか分からんが、とにかくそういうどっしりとした安堵感がある。
 あの斜に構えて、ちょっとつつけば、剥がれていきそな殻を死守していたおれは、もうどこにも居ない。自分が自分であるということを受け入れるだけで、ただ、がむしゃらに突っ走るだけで、成長できるし、気分が安定するのだということを、やっとこの年になって知った。教えてくれた、原田。
 もうあんな激流はないかも知れない。でもおれは、激流に翻弄されながら得たものを、失うことはないと思ってる。人のこころざし。

 冬休みの最初の日、家でごろごろしていると、朱美さんがやってきた。
「原田、呼ぼうか……?」
と玄関で言えば、「そうね」と言う。
「何?」
 原田は玄関の壁に手をつくおれの左手の上に、自分の左手をついて後ろから言う。
「あら……」
と彼女が言う。そして原田に目を向け、
「あたし、出るのんやめてん。……それだけ。じゃあね」
と去りかける。
「あ、お茶でも飲んでったら、」
 おれが言うと、振り向き、にこやかな顔で、
「まだあちこち、行くとこあるから、……幸せに」
と言って下で待ってる車に乗って行った。
「幸せに、だって……」
 彼を見れば、くすりと笑う。
 午後から車で原田の家に行った。本格的におれの家に腰を落ち着けるために、何か色々持ってきたいらしい。
「達の残りモン、どないかせえよ……」
と車の中で彼が言う。
「でも、捨てるのもなんやし。……いらんて、言われたし、……」
「そう言うと思って、車のっけてきたわ。おれの部屋に入れとこう」
「用意周到……」
とあきれかえる。
「勇二、」
と彼のお母さんが声かける。
「あんた、正月はどないすん、」
「えっ、赤んとこにおるよ。大掃除もするし、」
「赤城君田舎帰らへんの」
「うん。友達と初日の出見に行くから、……オカン、寂しいのやろ。冬休み中には、顔出すから。ご馳走用意して、待っとってよ」
「そんな時だけお客づらで来たらあかんわ。年内に掃除もしてもらわんと、」
「道隆がおるやろ。まだ若いし、こき使え、」
と言ってると、当の本人が顔を出す。
「いらんこと言いなや……。おれ、正月は、スキー」
「まぁ~た生意気言いおって……。お前ら学生は、正月にスキーなんぞ行かんでええんじゃ。社会人のおれらの迷惑や。もっとどうでもいいとき行け」
「イッチョ前に社会人づらしちゃって……、お年玉もくれへんくせに」
「でも、大掃除は出来るやろ。ぼっとしとらんと早よ、オカン手伝ったれよ」
「兄貴は今日、掃除しに来たんちゃん?」
「ちゃうわ……。荷物取りに、来ただけ」
と言って自分の部屋へ向かう原田。
 部屋で分別していると、道隆君がやってくる。
「なんやねん」
 原田が振り返り、言うと、道隆君は、
「ハイ」
と手を差し出す。
「なんやねん。この、(と手をパチンと払う)手は」
「年内でも受け付けてるから。お年玉……」
「あほぬかせ。何でおれが、お前にやらなあかんねん」
「じゃ、赤城さんに貰う」
とおれに向き直るのを、
「あかん。赤の金は、おれの金じゃ」
と言う。兄弟だなあ……。何だこの、ヌケヌケとしたずうずうしさは。
「一枚くらい、いいやん」
とサイフを出すと、道隆君は嬉しそうに手を出し、
「ありがとう」
「千円札一枚くらいなら……」
と笑って言えば、
「あっ、赤城さんて、シブチン。兄貴うつったんちゃうか、」
「うん。うつった。もう重症や」
 言いながら、でも万札を引き抜く。原田は見とがめ、
「よせって、くせになるから、」
とおれの手を掴む。
「いいやん。おれの金やもん」
「あれ……」
 その手を見、道隆君が声を出す。
「兄貴、何なん。そのユビワ……」
 すると原田はニヤニヤし、
「オカンには言うなよ……ホレ」
とおれの左手を、自分の左手で取り、弟クンに見せつける。
 道隆君は一瞬絶句し、凍り付いていたが、
「何だァ……でも、分かってたわ」
と言う。そして俯き、
「赤城さんやったら、分かるわ……。別に変な気、せえへん」
「手は出すなよ。このユビワは、虫除けやから、」
 弟クンは再度手を出し、
「口止め料」
「ちぇっ……」
 原田はサイフから一万抜いた。

日中の架け橋どころか、作者とともに中国語は忘却の彼方の赤城君。忙しいもんね。仕方ないよねェ……と言い訳。ベタてんこもり!でしたね。人によっては、激しく萎えな展開ですよね。女装、結婚のコンボ。でももう二度とやりませんから……!一生に一回くらい、頼むよ!やって気持ちよかったよ、すっきりしましたよ!そして原田君、ゴメーン。改めて入力しながら、この後のことが頭をよぎりなんか後ろめたくて後ろめたくて……(笑)。でも君は、本気で特別ですから。そして実質書いた順は「悪魔」の方が先だったので、エライ間違いしています。

Copyright 2005 Lovehappy All Rights Reserved.