Match! 1

「こき使ってやる。…でもいづれかは、全然違うことやりたい」
「何?」
「その時の時流に乗った仕事。…ま、夢だけどね」
 かつて原田はそう言った。忘れられないあの日その言葉。
 彼を信じていなかった訳じゃないけど、きっちりと独立も果たしたけど、正直おれは驚いている。新たな感慨をもって、今更ながらこの事務所の中を眺めている。

 高階クンが出戻ってから数ヶ月。なんと会社にはバイトが3人増えていた。
 かつて、
「これからはWEBだ!」
と叫んだ原田を、イラストを描かせればシロウト以下の味わい深いウマヘタ、アートな面が見かけ同様全く感じられないがやっぱりその通りで、当時は苦手で呻吟してるデザインが嫌気さしてんねんなー。と少しほくそ笑みながらこの先どうなることかと眺めていたおれだけど、意外やメキメキと、スラスラとスイスイと特にCGIやなんかのデザインよりも別の方面の知識を蓄えこなしていく原田に、こいつにはこっちの方が合っててんなーと感心したものだが…
 一時のデフレを超え、またデザイン、技術の転換期、そしてインターネット社会の熟成を迎え、またWEBの仕事の需要は高まりを見せていた。
 いち早く実績を作ってたうちにはリニューアル、新規、または紹介などで芋蔓式な感じで続々仕事が入ってきていて、こなせなくなったので、例えば潮崎さんもある程度のボリューム、構成のものなら自分で受けて作成するけど、自分の手に負えない、と思ったらデザインと画像素材だけ付けてうちに回してきたりする…そんなものも増えてきて、かなり悩んだが、先を見越してうちは外注に出すよりバイトを入れようということになって、一気に3人も入れたのだ。
 そろそろ手狭だからと事務所の引っ越しも検討中。こぢんまりしていた家庭的な職場が、いやまぁ今の規模も充分こぢんまり、家庭的だと思うけど、こんなに普通の会社然として発展していくとは思わなかった。
 全くの他人を入れたことによって、事務所内の風通しは変わり、原田も高階クンも仕事中アホなことは言わなく、落ち着いた仕事をするようになった。なぜって、バイト君達はおれと原田が一緒に住んでいることを知らない。教えていない。ジェネレーションギャップもあり、それなりに仲良く打ち解けてやっているものの雇用者と被雇用者という関係がはっきりしており、美奈ちゃんのときのように特に言うべき事柄とは思えなかったからだ。必然会社では甘い関係など匂わせることもなく、それがおれに普通に会社然、昔の会社勤めの感覚を呼び戻させる。

 まあおれにしては、原田写植のつもりがまさかWEB中心、と感慨深いのだが、当の本人にとってはパソコンに時間に追われてかじりついてやってるってことであんまりこれは「全然違うこと、時流に乗った仕事」とは認められないらしいが。

 一体こいつはどこを目指してるんだろうな?

 不思議なもんで、そうなってからより2人の時は濃密になった。お互いを再認識したというか、改めて好きという感覚が喚起されるというか、休みの日なんかベタベタだ。
 普段素知らぬ振りで抑えている思いが、感情が身体からも爆発してまさに初心に返った心境なのだ。
 意味もなく熱っぽく見とれてしまったりして、ああ、好き……!原田が、大好き。そういう思いが、ジクジクと頭のてっぺんから指先まで、充満して滲み出ていっている今日この頃なのだ。

 さてその日も、平静に夕方まで仕事をこなして、おれはその日潮崎さんに納品の予定だった仕事を帰りがてら納めていこうと立ち上がった。
 そうそう、ちゃんと事前には電話連絡して……。用意万端済んで電話する。
 潮崎さんが出た。
「もしもし、潮崎さん…?今からお届けにあがっていいですか?今日は何時頃までおられます?」
と言えば、
「ありがとう。君が来るまで待ってるで、何時でも」
と笑みを含んで言われて、おれもつい顔をほころばせ、「では、後ほど」と切った。
「ではお先に、失礼します」
とまだまだ残っている全員に挨拶して、にこやかに皆に見送られ、おれは会社を出た。
 潮崎さんに会うのも久しぶりだ。……とちょっとばかりウキウキして出かけたおれだったが。
「こんばんはー」
とドアを開けて内心「ゲッ」と声をだした。
 なぜなら一目で見渡せる狭い事務所の、目の前の打ち合わせテーブルには、おれの苦手な野々垣さんがひとり、いかにも人待ち風情で座っていたからだ。
 テーブルには、柿ピーとウォッカ。

「な、なんで……野々垣さんがここに……?潮崎さんは?」
 なんで…野々垣さんが急にいるんだ――?!
 いやまあそれは、野々垣さんはしょっちゅう潮崎さんのお手伝い、お留守番をしているからで……
 一瞬にして自分の中で自問自答する。分かってる。それは、分かってるけど、なんで今いるんだ――!潮崎さん、待ってるって言ってくれたのに。あんまり会いたくないのに、不意打ちで、2人きりは激しくきつい。
 潮崎さん、一言連絡くれてればおれだってそれなりに心の準備が……恨むよー。……ハッとして携帯を取り出すと移動してる間にメールが来ていたようで。
 野々垣さんにはそんな動揺は筒抜けだったらしく、頬杖ついておれを見上げながら、
「なんでとはご挨拶ですね。こんばんは。赤城さん。お久しぶりですね」
とに~っこり、笑って言った。

 そう。久しぶり。すんごい久しぶり。実は、暫く君のことは忘れていた。
 会社はめまぐるしいわ、原田とも上手くいってるわ、仕事でも特にコンタクトはなかったわ、とにかく忘れていたのだ。
 なんだかんだで元サヤに収まってからは会うのは初だ。……なんか、色々思い出してきた。折角波風なく幸せだったのに。全然解決してなかった、疑惑がさっぱり五里霧中のこっちのこと。
 しかしそういうことはおくびにも出さず、おれはにへらっと笑うと、
「ほんと、お久しぶり……お元気でしたか?潮崎さんは?」
と無難な挨拶を返し、改めてきょろきょろする。
 野々垣さんは目を伏せ、口元に微妙な笑みを浮かべると、手元のグラスを一口煽り、
「急に打ち合わせが入りましてね、さっき出ていったばかりです」
「そ……そう。おれ納品あってんけど、じゃ君に説明して渡すの頼んでもええかな……」
 いないとなれば、早く帰りたい。待ってる意味もない。
「いやいや。まぁそんなところに突っ立ってないで、どうぞこちらにお掛け下さい。急いで行って、急いで帰ってくるから赤城君引き留めといて、て言付かってますから」
と笑う。うっ、そんなこと言ってたのか。
「す~んごい、焦ってましたよ。おれが帰らせちゃった、って知ったら悲しむやろなぁ」
「で、でも……」
「もう直帰なんでしょ?お酒でも飲んで待ってれば直ぐですよ」
とニッコリ、邪気のない魅力的な笑顔を浮かべると、野々垣さんは手に持ったグラスを掲げた。

超久しぶり更新です…余り久しぶりなので、ついつい彼らの近況から初めてしまった。なんか長編序盤みたいな書き出しだなぁと思いつつ。これが乗ったら案外また始めたりするのかも?いかにも私のペースですね。リクして下さった方も呆れ返る亀更新。すいません……とりあえず書き出すに当たって余りにも間が空いたので、サラサラ~っと今までの分全部流し読みしてみたのですが、何分記憶力が…つじつまの合わない点ありましたら遠慮なくどしどしご指摘下さい。

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