甘い毒薬と口約束 -4-

 夜、残業を切り上げていつもの居酒屋に行く。安くて、うるさくて、庶民的なとこ。
 地下の階段を下りて直ぐのドアを開けると、ぼんやりと薄暗いオレンジ色の店内。見回すと、隅のテーブルに3人、原田と高階クンと、青木さんが居るのが直ぐに分かった。
「来た来た、赤城さん、こっち。久しぶりですねぇー」
 そう言って高階クンは手を振り人なつっこく笑いかけた。
 まま、どうぞ、と彼の隣の椅子を引かれ、促される。おれはチラと斜め前に座ってる原田に目を走らせる。
 原田は無言。おれはそのまま、高階クンの横に座った。
「もう赤城さん来えへんようになったから、さみしいですよオレー」
 高階クンはこっちに身体を向け、首を傾げ気味に、ちょっと突きだし、人なつっこい笑みを浮かべ、言う。
「そうかァ?その分こうやって、飲み行く機会は増えたような気ィするけどな…」
 おれも笑顔を作り、応える。と、おれの頼んだ生中がやってくる。
「んじゃ、改めて乾杯しましょか、」
 高階クンが、原田の方に向き直り、返事も待たずにカンパーイ、とグラス突き上げる。
 原田はまだ、不機嫌そうで、時折おれを見ては、渋面を作りグラス傾ける。
 言いたいことあるなら言えばいいのに…。ヤツらしくもないその態度に、昨日から感じてる距離感に、なんか無性にイラつき、おれはついついペースを上げて飲んでいた。
「ねー。原田さん。原田さんからも一回言って下さいよー…。おれあさって仕事ですよ?有給だって名義上あるし、」
「アホか。自分の仕事ほって休むなや。ナマイキすぎるわ、」
「ナンの話?」
 そう訊くと、青木さんが、
「高階が月曜休み欲しいって言ってる話」
「月曜?」
 すると原田がうんざりと、
「まだカリメロなヒヨッコのくせに、イッチョマエにバレンタイン彼女と過ごしたいんやと。休みも取れてへんのに、旅行行くらしい、」
 つまり、休み受理されてないのに、旅行とか、宿とかの予約は済ませてるってことか?
「大胆やなあー。…高階クン、」
 心底呆れ、というか妙な感心をし、顔を見ながら言うと、彼は身体を後ろに引き、ふんぞり返った感じで、
「でしょ、」
とぬけぬけと言う。この年下クン、はっきり言って、多分、かなりの大物だと思う。
「仕事大丈夫なん?」
 彼を見て言うと、彼は顔を寄せ、
「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫ですよ」
とおれの彼の側、右のほっぺたをつっつかれる。
 イキナリ何すんだ…と思いつつ、身体がびくっと反応した。原田を伺うと、また渋面…
 高階クンは、去年末のおれの送別会以来、かなり馴れ馴れしくなったような。いや元々馴れ馴れしい、というか人なつっこい子だったのは確かだが、最近は敬語は崩さないが、態度がなんてゆうか…
「あのなあ、」
 つつかれた頬を抑え、言うと、
「何が大丈夫やねん。お前月曜一個出稿抱えてるやろが、」
と青木さんが高階クン指し、言う。
「全然大丈夫ちゃうやん、」
「大丈夫ですって。とりあえず土曜に出します」
「お前なー、版下泣くぞ」
「何のために、色校あるんです?」
「色校は、色見るために、あるもんやろ?そこで文字訂正は、本来あかんで」
 そう言われても、動じない彼。
 高階クンは、何はさておき土曜に出してしまって休むことはもう決めてるらしい。
「原田さんは、今年はどうなんです?」
「別に。何もないわ、多分」
「それでおれに冷たいんやなー。自分がソレやから…」
「アホウ。そんな、仕事に私情はさむなや」
「でも、経理の藤島さん、原田さんに、って何か作ってるらしーですよ」
 何ソレ。初耳。なんか胸がざわつき、目が据わる。目をやると、原田と目が合い、やつはニヤ~っとし…
「藤島さん、おれのこと好きなんかー。彼女やったら、ちょっとエエな」
「原田、お前、指輪の子は?」
 人ごとを装い、おれは訊いてみる。
「アイツ。…でも別に、結婚してるワケちゃうし」
 何といいました?今。あれは、何やったわけ?
 でもこれは多分、間違いなく挑発だから、のってはダメだ。
「フーン。そりゃ…。でも、浮気はしたら、あかんやろ、」
 なんか自分の口元が引きつってるような気もするけど。それを和らがせるために、グラスを口に運ぶ。
「赤城さんは?」
 また高階クンが、首を傾げ、下からのぞき込むように、言う。
「おれ?多分残業」
「赤城さんみたいな人が、それは勿体ないですよ」
「おれみたいな、って…?」
 体調悪かったのに、酒を結構ピッチ上げて飲んでたから、なんか目が閉じそう。凄いだるくなってきた。だから左手を肘付き、頬杖付き、高階クンに合わせて首を傾げて訊いてみた。声も変な感じになってる。でも、ちょっと自分でもしなってヤバイなあ、と思うけど、お返しだ。そのまま高階クンを見つめてみる。多分トロッとしてるだろう。高階クンは見つめ、少し笑み、
「赤城さんみたいな、きれいな人が…、」
「君、いつもそう言うなあ」
顔を寄せ、そう言うと、高階クンも、顔を寄せる。そして、彼の手が、また頬に触れた。
「……高階。お前男相手に何雰囲気出しとん、」
 青木さんが、あきれたように、絶妙のタイミングでツッコミを入れた。
「きしょいヤツラやな」
と原田のやつ。別に普通の声。
 はー。まだまだって感じだな。と力が抜けた途端、トイレに行きたくなった。
「おれ、トイレ」
 テーブルに手をつき、立ち上がると、誰かに辺り、よろけた。それを、そのぶつかった見知らぬ人が、抱き留めてくれた。
「すみません、…」
と、その人の肩に手をかけ、言うと、その人は一回抱き寄せ、
「いえいえ、なんの」
 ガタリ。
 その途端、音がした。原田は急に立ち上がると、
「帰るで」
とおれの腕を取った。
「何で…、」
「いいから、」
 彼は伏し目がちに、
「おれら明日早いから。なんか赤も具合悪そうやし。ごめんな」
と言うと荷物を取るより早くおれを引きずっていく。
「原田…、金、」
「おれが休み明けに払っとくわ、」
 駅でトイレに行かせて貰ったあとは、殆ど目も合わさず、無言で家に帰り着く。ドアを閉め、カギを掛けると、原田は振り向いた。
 なんか、熱っぽい目。ギラついてる、とまではいかないが。
「お前、いい加減おれに言うことあるやろ、」
 そう言われるだけで、アレが、身体が疼き出す。でもおれは顔を反らす。
「………」
「もうええわ。おれが折れるわ。お前をそんな状態で、人前に出したくない…」
「原田、」
「目の毒、身体に毒、過ぎる、」
 おれは自然と縋り付いていた。彼も強く抱き締める。
 気づいたら、口づけあっていた。久しぶりの温かく柔らかな唇は、途端に脳を甘くとろかし、本能のままに深く貪り合う。
 彼の右手が、滑り降りる。布越しにさすられる。びりびりしそうな程感じ、腰が、足が痺れ、ふらつく。それが、彼に腰を擦りつけるような動きになった。
「あ……」
 なんか、とても我慢できそうにない。直ぐ出そう。
 シャツのボタンを外しかける彼の手を、おれは掴む。彼が口づけを中断し、おれを見下ろす。
 おれは目を伏せ、
「挿れて…」
と、小さく言った。欲しかった。ずっと。だから早く、おれがイク前に、おれの中を満たして欲しい。
 口に出して、身体が更に熱く、ふらふらになる。もう、本当に立っていられない。オレは彼に身体を預ける。彼は強く抱き寄せ…彼のアツク堅いモノがおれの右足の付け根に触れ、触れたところから新たな痺れが広がって行く。
 これを…早くおれの中に
 そう思うだけで、イッてしまいそうなほどに。身体が、アソコが脈打っている。
 彼がファスナーをおろし、先だけを掴む。ぬるついてる。その粘液を、擦り込むようになで回され、おれは震えが走る。
「あ……、はや…く…」
 苦しい程の息の中、そう言うと、彼は穴に指を差し入れた。異物感が、気持ちいい。素直にそう思った。
 互いによろけながら布団に倒れ込むと、彼が枕元からローションを取る。
「余り付けないで…」
 彼がおれを見下ろす。
「お前を、直に感じたい…。お前の感触を、感じたいから…、」
「赤、」
 彼はおざなりに最小限に塗り込むと、何度も頭の中で描いた通りの感触で、ぐいぐいと押し開きながら、入ってくる。
 陶酔、ってのはこういうことだ。と、力を抜き、侵入してくる彼を感じながら、深く、全て飲み込みきるまで、その感覚に酔う。
 おれが毒なら、お前は、麻薬だろ。激しい催淫作用と多幸感。おれは、抜けられない。
 良薬は口に苦し、という。では悪薬は?
「あ…っ」
 奥まで入りきると、彼が少し身動きした。それで生じた微かな摩擦だけで、おれはイッてしまった。
「う、」
と小さく声を出し、彼が引き抜く。その強い刺激に、声が漏れる。
 多分、彼は、そう簡単にはイキたくないんだろう。ゆるゆると薄目を開けると、目が合い彼はニッと笑う。
 そして、おれの上着を、シャツを脱がしにかかる。シャツのボタンを外される、そのときおれを掠める指だけでまた胸が高鳴り、じんじん痺れて、勃ってきた。
 今日着ていた服は、黒のナイロンの薄手のダウンと、白いコーデュロイシャツだった。どっちも、かかって汚れたのは間違いない。ダウンジャケットの、思う辺りをそっと撫でると、やっぱり、濡れた感触があった。まぁこれは、拭けばいいか…でも、白く痕が残りそうだなあ…とか思いつつ、ナンでこんなときに、こんなことを考えてしまうのか、ちょっと悲しくなる。
 その下のTシャツも脱がされ、裸の肌の上を彼の指が滑る。
 再び抱き合い、深く貫かれながら、口づけ合う。
 いつになく鼻をつくむせかえるように立ちこめた自分の匂いが、嗅覚を刺激し、更に頭をぼやかせる。
 そんな、くにゃりとしたおれを。固く打ち込まれた杭が支えているようでもあり、体中に力を行き渡らせるのを阻んでいるようでもあり…それに自分の温かく柔らかな肉が、うごめき、からみつているのをリアルに感じる。
 排斥ではなく、誘い込むために…。
「スゲ…、きゅっきゅっ、て、気持ち良すぎ、」
「あっ、あ、ん…、」
 言葉に煽られ、声が漏れる。
 彼は殆ど動かない。上から悶え、乱れるおれを見下ろしながら、ただひたすら、ぬ るついてきたものに刺激を与え、おれを追い立てるだけ。
 その刺激が、おれを内部から狂わし、甘く熱く疼いた肉が、味わい、舐め上げるように、彼を締め上げる。
 彼が、角度を変え突き上げる。それが、凄くイイとこを掠めて、擦れた部分から甘い痺れが背筋を貫き、おれは身をわななかせ、よじる。それが新たな刺激となって彼に伝わり、彼もおれの中で身震いする。
 おれの愛撫を受け、震える。
「カワイイ、やっぱお前は、カワイイわ、…簡単には、イかさへん。もっと、見せろ。おれをなで上げろ」
「あ……」
 顎が上がる。それにつれて、舌が浮いた。指を押し込まれる。おれは自然と、それにぬ めった舌を押し当て、波打たせこすりつけた。その動きは、くわえ込んでいる部分と同じような気がした。おれの身体の内側全てが、彼をもっと誘い込もうとわななき、彼を求めている。
 弱い先端をゆるゆると指の腹でなでられ、ひりつくほどに感じる。窪みをかり、と爪先で軽くえぐられ、おれは喉を、背をのけぞらし、腰を突き上げ、強ばらせた。
「や…、あ…ああっ…!」
 強い緊張で彼の腰を挟み上げ、痙攣しながら、縋り付くように、彼を締め上げた。
「あっ、スゲ…、」
 彼は吐き出し、脱力しかけたものを握り込み、左手で腰を引き寄せると、自分の腰を前後に動かしはじめた。
 出ていこうとする彼を、逃すまいと引き絞る自分自身。その動きと、それに併せて強弱を付けて握られる刺激で、おれはまた堅くし、どうにかなりそうな程感じる。
 溶けていきそうなほど、繋がっている部分が熱い。
「イイ、ちょっと良すぎ、」
 彼が荒い息の間に、また言う。
 おれも、良すぎ。ちょっと苦しい。その苦しさを逃すために、声を抑えきれない。

「はー。なんか久しぶりやから、今日はムチャクチャ、鳥肌立つ位感じたわ」
 終わって彼が、仰向けで息吐きながら言う。
「たまには、こういうのもエエかもな…」
と、そこで切り、
「やっぱあかん…。あんなお前を、野放しになんか出来ひん。アブナくて。…」
「おれそんなに、ヤバい雰囲気やった?」
「もうなんか、艶々、やったで。もう二度とこんなアホな賭、やめとけよ」
「ん…。ごめん」
 珍しく素直に謝罪の言葉が出た。
「よし」
 そういって覆い被さり、抱きしめながらキスしてくる。
「でも、やっぱアレええな」
 口を離し、彼が言う。
「アレ?」
「お前をイカすだけで、ゆっくり、動かずやんの…。あれやったら、静かで明日でもやれそうやろ」
 おれは引きつる。もしかして、もしかしなくても、ヤツは最初っからソレを念頭にやっていたに違いない。
「じょ、冗談言うな、」
「いや、スリルも相俟って、ゼッタイ最高に感じるって。よし決まりー。明日の夜が楽しみやな」
 にやにやとおれの顔をのぞき込む、ヤツ。いい加減にして欲しい…。
「で、チョコ頂戴な」
「なんで」
「だってお前、挿れて、言うたやんか」
「あそこまでやっといて、今更やったやろ。それならお前こそ、折れる、言うたよな。お前が負けやで」
「でも先にキスしてきたんはお前やで」
「いやそんなことない」
「………」
 おれたちは、また無言に睨み合った。で、目を外す。
「もう、チョコなんかどーでもええよな」
 おれがそう言うと、
「ま、おれにはチョコなんかより、お前の身体の方が何倍も甘ーく、オイシイから…」
ととろけるような素敵な笑顔で言ったあと、胸に唇を落とす。

 気づくと、灯りを点けたまま、いつの間にか眠りに落ちていた。喉が乾いて、おれは布団を抜け出し、倦怠感が凄い身体を引きずり、ジュースを飲みに行った。冷蔵庫から紙パックを出し、こたつ敷きの上に座り、飲んでいると、どろりと体内を這い降りていく粘液を感じ、その感覚に鳥肌が立ちそうになった。でも、寒気じゃない。この感覚も、キライじゃない。好きだ。
 こうして甘く痺れる夜は流れていき、次の日思う存分遅刻して行ったわけだけど、ナンだかんだといいつつ、おれはヤツは折れる気はなかったとみた。
 結局そのまま、ウヤムヤになりおれたちにとってバレンタインとは、トラウマであり、過激な愛の想い出ともなった。
 で、今に至る。

 余談だが、原田のヤツ、マジでやりやがった。他の人も寝てる、民宿の座敷で堂々と…。達っちゃんの比ではない。布団の中で、下だけ脱がされ、足を広げさせられ、…こいつはSだ。ヘンタイだ。その時はっきりそう思った。
 回りにも気を配って、あんまり動かないように、声を出さないように…ってやると、本当にイキにくい。長くてつらくて、でも気持ちも良くって、でもやっぱりつらくって、泣いた。涙がボロボロ出た。Hがつらくて泣いたのは、あれが初めてだ。
 そんなおれを、ヤツはさんざん堪能したらしい。

 あ、高階クンは病欠したらしい。



「またコレか」
 おれが差し出したチョコを見て、原田が指で弾き、うんざりと言う。自分だって、貰いモンで釣ろうとしたくせに。……
「お前、おれとチョコ、どっちが欲しい?」
 つい、社内であるまじき発言をしてしまった。恥ずかしくなって、顔が熱くなる。高階クンに目を走らせると、苦く薄い笑いを浮かべてる。美奈ちゃんは、これが結構根性座った娘なので、動じずチョコをあれこれ堪能中。
 やつは目を伏せ、
「そんなこと、こんなとこで言わせんなや」
 結局、今年も毎度の、変わり映えのしない、でもなんだか妙に初心に帰ってアツイ夜が待ってるんだろう。



END

読んで下さった方、面白かったですか?ちゃんとエロっぽくなってますか?(当初のテーマはエロでなく、色っぽくでなくエロっぽいだからさ~(逃))
もう殆ど出来てるとかいいながら、ずるずる…、いやなんか納得いかなくて。もうほんとに、ムチャなテーマ、ネタでしたわ!消化不良もいいとこです。本来は~、もっと徴発ゲームをバリエーション豊かに書くつもりが、ひねり出せず、こんなに短く…、そして、高階を書きたいよ~と思って、書くと、原田がおろそかになる…(汗)まあ高階の設定が賑やかなやつなのでその辺仕方ないかとも思いつつ。
自分のダメさを痛感しました。……

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