ブレイクスルー4 -6-

 お昼時、事務所で皆で、といっても美奈ちゃんはそんな殺伐としてるのはイヤ、とお茶を淹れてくれた後近くのカフェにランチに行き、…男3人で真ん中の校正テーブルでコンビニ弁当を食べていると、その間もパラパラ作品集をめくっている高階クンに、原田が言う。
「何悩んどんねん。ちゃんとリサーチ、マーケティングしてんやろ?」
 すると割り箸をくわえて高階クンは原田を見、
「誰に。誰にしまんねん」
「お前のようさんおる彼女らに決まってるやん」
「おれはそんな、言うほどいてませんよ。失礼な」
「言うほど、てのはまぁまぁおる、ていうことちゃん?」
 おれがそう口を挟むと、高階クンはおれを見て、
「必要最低限くらい?」
「1人?」
 そう返すと、原田が横から
「1人のワケないやろ。こないだ引っ越ししたん、女にドアの前でわめかれて、蹴破られそうになって、近所から苦情出たからやなかったけ~?」
「えっ、あれってそうやったん?」
 高階クンは前のワンルームから今年になって近くの別のマンションに引っ越した。手伝いにも行ったのだが、確か理由は「安くていいとこあったから」じゃなかったか?それは初耳だったので、びっくりして高階クンを見れば、俯き頭をかき、
「まぁそれは……、赤城さんの前では言うてほしなかったなぁ~」
「なんで?君がそんな子なんは、前から、もう10年くらい知ってるけど?」
「知ってても、知られたくない心理分かりません?美奈ちゃんにも、言うてほしないなあ」
「赤には、てお前おれの前でようそんなこと言うな…人に言われへん人生送ってなや。ニュースになって、ヘンにここが有名にならんようにして欲しいわ。いや、有名になった方が仕事的に成功かなあ」
「あのねえ、あれはあんな子やとは思わへんかったんですよ。マジな話。そういう子には見えへんかってん、おれもまだまだ修行が足りひんとは思いましたけどね。原田さんかって、昔は女鉢合わせしたことくらいあるやろ?」
「あるかいや。おれは常に1人だけを、1人だけと真剣にお付き合いするタイプやで。お前みたいに1人で満足出来ひんようなケダモノとちゃうからな」
「さっき必要最低限、て言うたでしょ。赤城さんの代わりには、そのくらいいてへんとね」
「どういうことやそれ。おれそんな淫乱ちゃうで」
「分からないかなァ男心が。赤城さんのイイ色んな要素をね、1人にだけ求めても、物足りないの…この子にはものごっつい色気、この子には清楚さ、この子にはボーイッシュさ、て具合にですね…」
 あきれかえると同時に赤くなる。で、素直に
「あきれるわ……」
と口に出せば、大仰に、
「ね。だからイヤやったんですよ具体的な話するのは」
「隠してもしゃあないやろ。呆れられても。そんな話誰が共感できるかい」
 原田は食い終わり、コンビニの袋にゴミを捨てると背を椅子に預けタバコに火を点ける。
「ちぇ…でも、付き合ってても風俗行ったりはしたことあるでしょ?」
 食い下がる高階クン。原田は少し狼狽し、思わず目をやるおれから顔をあさってに向け、
「それは…全然ちゃうやん」
 そういや風俗には行ったことあったんだよな、この男。
「行ったん?」
 と詰め寄れば、
「行ったことくらい、あるわいな」
と、投げるように言う。
「付き合ってるときに行ったん?その合間の1人のときちゃうかったん?」
 隣に座ってる原田の顔を、下から覗き込むように、身を寄せ言えば、彼は少し引き、
「風俗なんて、遊びやん。ツレと飲んで勢いついてとか、色々盛り上がってとか、マジであんなん遊びやって、」
「原田さんもやっぱ分かってるやん」
 高階クンは妙に余裕に口元歪め言う。
「………。楽しい?風俗。おれと付き合ってからも、行ってる?」
「行かへんわ、そんなおもんないし、」
「でも1人じゃなかったよな。風俗の相手。……おれもそんなに楽しいんなら、やっぱ行きたいわ。なんでおれだけ、……」
 たまに本気で思う。なんでおれの相手って、男ばっかり、な人生になってしまったんだろう。死ぬまである意味「童貞」なんだろうかって。
「風俗嬢はおれほど上手ないで。ビジネスライクやし、」
「いや、……男やのに、話に付いていかれへんのもなんかムカつくし、」
「そう高階もおるとこで露骨に誘うなって」
「な……、おれは別に、」
「赤城さん」
 呼ばれて高階クンを見れば、
「おれにしときなさい。おれも風俗よりは上手いと思うから。第一愛情があるし、」
 真正面から真面目くさって言われ、ちょっと照れ、身体が疼く。
「心底分からへんわ。そないおれがええのやったらさ、男にすれば?相手。そしたらおれ程度の男なんか、ようさんいてるやん」
「原田さん。赤城さんくらいの男なら、ようさんいてるらしいよ」
「だからなんでおれやねん。お前に言うてんやん」
「もういいよ。おれをネタに遊ぶんは。それより高階クンのその女の話、もっと教えてや」
 なんかはみごというか、またも女扱いされてるような不快さもありながら、到底自分の身の上には起こりそうもない話に興味もありながら、そう訊いていると、美奈ちゃんが戻ってくる。

 午後、潮崎さんから電話があった。高階クンが取り次いでくれた。
 彼とは、こないだ一緒にやった本の打ち上げ以来。あ、メールのお礼は、ちゃんと打った。
「久しぶり。また皆で飲みいこうな」
 いきなりそんなことから始まる彼。
「どうも……。こないだは楽しかったですね。ありがとうございました…」
「ところで紹介したやつ、もう行った?」
 彼に紹介を受けたイラストレーターはうちに挨拶を兼ねて打ち合わせに来ることになっている。最近ちょっと忙しく、忘れていた…
「いいや…まだ。来てませんけど?」
 すると受話器の向こうで溜息つき、
「アカンやつやなあいつはー…。人の顔潰す気か。ええわ、良く言うて聞かしとくから、カンベンしてな」
「いいえ……こっちもちょっと忘れていたくらいで…」
「赤城君らしいわ……ま、頑張ってや。ほんまに世の中変わるもんやなー。君とおれが、マッタク同じ仕事してんねんから、」
とまた溜息をつかれた。
 確かに…、その後互いに近況報告な話の後、おれもなんとなく溜息つき、受話器を置く。すると間髪を入れず電話が鳴り、高階クンが直ぐに取る。定型的な挨拶のあと、
「あのデートの件、頼みますよ」
とか言ってる。どこかの営業先で、また女の子でも引っかけたのか…と思っていると、ハハハと笑い、
「原田さん、峰岸さん。ゴルフのお誘いー」
と保留にする。
「ゴルフちゃうやろ。仕事についてやろ、アホウ」
と言ってから電話に出る原田。
「……あっ、すみません。やっぱおれちょっと都合が……」
とか言ってる。マジでゴルフのお誘いだったらしい。
 結局彼は、断ってしまった。
 しかし高階クンは峰岸さんとのデート?の約束を取り付けたらしく、えらく有頂天だった。デスクワークの合間に、ラジオに合わせて鼻歌まで飛び出す。
 峰岸さんはあんまり乗り気じゃなかったと思うけど、さすが高階クン、と言っておこう。多分習い性で、挨拶のように気軽に口説くことだろう…峰岸さんはどう対応するのか。おれの予想では、クールに流す。ちょっと覗き見してみたい気持ちがした。
 ちなみにその試合のある日は、来週月曜、おれが出張に行ってる日。忙しかったらどうするつもりなのか。原田1人残して行くんだろうな。

 そのイラストレーターが来たのは、結局週末の金曜午後だった。本来ならおれが打ち合わせすべきなのだが、その日出稿を抱えてて時間にゆとりのなかったおれは原田に応対してもらった。原田にも一応スケジュールや、仕事内容は把握して貰っているので。
「よろしくお願いします」
と頭を下げるイラストレーターは、若い男だった。スタイルいいというか細身の黒いパンツをすらりとはきこなして、身体も細身で、顔もつるっとすらっとした男前で短めの黒髪をはねさせてる。目は澄んだ感じが印象的な吊り気味の目で…と書くと紹介してくれた潮崎さんと似てると思うかもしれないが、潮崎さんはごつごつとした骨っぽい印象の顔立ちなのに比べ、彼は卵のようにつるっとした感じだ。強いて言えば総理の息子をもっとシャープに、男前にした感じ…といったら総理の息子に失礼か。ピアスを空けている。2つつけてる。指輪もごっついシルバーのやつを人差し指にはめている。ブレスもしている。大方ネックレスもなにがしかしているだろう。眉も細く丁寧に揃えられているから、うっすら基礎化粧くらいはしてるのかも知れない。とはいえカマっぽくはない。いかにもアーティスティックな感じの青年だ。2人は挨拶を済ませ、名刺を交換して座る。
「変わった名前やな……」
 原田が名刺に目を落とし、言う。するとイラストレーターは、
「のの、って呼んで下さい。友達皆そう言うてるんで、」
「『となりの山田くん』か」
と原田が言えば、彼は「はぁ?」と固まる。すると高階クンが自分の席から、
「原田さん、朝日読んでます?今は『ののちゃん』でっせ」
「うち日経やもの…代わったん?いつのまに?そのものズバリやってんな。じゃ君は『ののちゃん』で決まりやな」
 原田がそう言えば、
「よろしく」
と彼、『ののちゃん』は首を傾げ、笑って言う。
 そして改めて自分の手元の原田の名刺を見、
「あっ、」
と『ののちゃん』は小さく声を上げた。
 『ののちゃん』は持参の作品を幾つか見せた後、ラフを見ながら具体的な打ち合わせに入る。さすがに細かい質問が入ると、
「赤、」
と呼ばれる。寄っていくと、『ののちゃん』はおれを見上げ、人なつっこく、爽やかな笑顔で「よろしくお願いします」と挨拶した。
 一応おれも名刺を渡し、…原田の横に座って、描いて欲しいイラストの説明をする。彼のイラストは、今風のイラストは勿論、スケッチ風の水彩画から3Dソフトを使ったイラまで多彩だった。今回欲しいのは落ち着いた水彩風の表紙用だったので、正直作品を見てほっとした。
 『ののちゃん』のフルネームは野々垣瑛(あきら)…打ち合わせが終わると、来たとき同様に、爽やかに笑い席を立つ。
「一度飲み行こうな」
と原田が声をかけ、笑いかければ、野々垣さんは、
「ええ、是非……、来るのが遅くなってすみませんでした」
と頭を下げ、帰って行った。

 日曜日は、次の日が出張なのでイヤにベタベタと過ごした。最近ちょっと行き違いなんかもあったし、原田は土井さんのことをどうも警戒してるので…、早いうちから風呂を立て、ゆっくり風呂を使い…勿論色々やりながら…
 上がると直ぐにベッド直行で、抱きしめローブを脱がしながら、口付け、そこここに舌を這わせながら、
「ええか…絶対気ぃ付けろよ。何もさしたらあかんぞ。許さへん。大浴場なんかにも行ったらあかんぞ」
と言う。
「大浴場くらい、ええやん…。行かへん方が、不自然やわ」
「あいつはなんかあかん」
「なんで彼に限ってそない警戒するん…前のカメラマンのときは、何にも言わへんかったくせ、」
「妻子持ちのおっちゃんやったやんか。お前絶対興味持ちそうにないタイプやったし。お前興味ないやつにはマッタク付け入るスキないくらいフェロモン出さへんからな」
「………。なにそれ。じゃおれ、彼には出してるって、」
「まんざら嫌いなタイプでもないやろ。むしろ好きなタイプやろ。お前の応対見てたら分かるわ。ときめきが。そして向こうもなんか気に入ってるみたいやし、おれは気にイラン」
「………」
 それはちょっと自覚あるような…。まずいかも。でも、彼とどうこうしたいとは思ってない。
「でもそういう気は全然ないから、お前だけ」
「じゃあお前が今日はタップリ愛してや。その証拠に」
 原田はそう言うと、おれを抱き取ったまま仰向けになる。おれは少し身を起こし、彼を見下ろしながら、髪を掻き上げたあと、その手で彼の張りのある胸に触れる。そして顔を寄せ、舌を這わしていった。
 愛撫をしているうちに、おれ自身も熱く、興奮してくる。首筋や、舌を触れあわせ軽くキスもしながら、下へと移動していき、彼のものをくわえて夢中になっていると、突然サイドテーブルの電話が鳴ってびくっとする。
 彼はうざったそうに充電器ごと子機を取ると、ナンバーディスプレイで表示される番号を見て鳴り続ける子機を元に戻す。
「ええの?」
「あいつなんでこんな時間に電話してくんのやろな…絶対、わざとやで。ええ、ええ」
「誰?」
「吉田」
 電話は鳴り続ける。ちょっとうるさいし、クールダウンして萎えた。
「出たら?」
「ええってば。続きやって」
「多分出えへんかったら携帯にかけてくるで」
「………」
 彼はおもむろに口をへの字に曲げ、おれを片手で抱き寄せながら子機を取った。
「なんやねんお前……こんな時間にかけてくなや」
 いきなり原田は不機嫌にそう言う。
「……そうや。折角ええとこやったのに。盛り下がったやん」
 おれを抱き寄せた手で、撫で回しながら彼は電話を続ける。なんか、現実に引き戻されると同時に、こんな状態での共通の友達からの電話というのは自分たちのおかしさ、とは言いたくないけど、まぁ普通でなさを思い知らされる感じがして、もの凄く照れを感じた。
「そうや。折角赤にやってもろとったとこやったのに、」
 更にそんなことを吐かれて、顔が熱く、いたたまれなくなる。と、彼が強く抱き寄せる。
「……あかん。今の赤の声は、聞かせられへん……で、何?早よ用あったら言えや。そして切ってくれる?」
 暫く原田は無言。吉田が用件を言ってるのだろう。終わると、
「……そんなこといつでもええやん。分かった分かった…じゃまたな…」
と原田は切ってしまった。
「何……?なんて……?」
 そう訊ねるおれの顔を見、少し笑うと、
「なんて顔、しとん…カワイイけどさ……」
と口づけられた。おれはそのときまだ羞恥と、戸惑いの中にあったから、そういう顔していたはずだ。
「また皆で遊びに行こうって話。……ほんま狙ってるとしか思われへんよな」
 そのまま覆い被さる彼の熱い体を、おれは強く抱き寄せる。息が荒く、直ぐに声が漏れ始めた。

やっと更新出来ました…今特に思うことはありません。しかし今更とはいえ、会話のみの話ですねー小説の体裁じゃないような…(汗)

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