ブレイクスルー4 -7-

 月曜はいよいよ取材旅行。朝早くから一階の駐車場へ行き、久々に車のドアを開ける。
 車は、付き合って最初の夏に原田は買い換えた。理由は
「狭いと痛いから」
 ……なにが痛いかって、言わずもがな。でも、ナゼか買い換えて以来したことない。そういうもんかとも思う。
 新しい車は、その頃むちゃくちゃ流行ってた4WDのうち、ハイラックスサーフだ。……中古だけどね。スキーやキャンプに車で行ってた彼は、実は元々欲しかったらしい。原田にはよく似合ってると思う。でも色は、
「おれのため」
に買った車だから、とメタリックのワインというか、深い、渋い赤だ。買ってすぐの頃、かなり嬉しそうにおれと車をカメラに収めたりしていた。おれにはなんか、ごつすぎるというか、アクティブというか、取りあえず似合わない車のような気がするんだが。
 まだまだ白くもやってる感じ漂う6時半。でもこのくらいの時間にも通勤電車は結構人がいるらしいから、おれたちの起きる時間がそもそも遅いだけなのかも、と思いつつ、助手席に着替えなんかの入ったバッグと仕事道具の入ったバッグを放り込む。
 あくびをひとつし、反対側に回って乗り込む。
 原田は勿論まだ寝てた。一応頬を叩いて「行ってきます」と言ったけど、目も開けずに「うん」と言われただけだった…
 というか、昨夜熱くなりすぎなんだよ、おれは朝早いの分かってるのに、なんであんなに自分本位なんだあいつは。おれはちゃんと起きれるか心配だったというのに…。
 こんな早くに、眠くだるい身体にスーツは堅苦しくて着心地悪い。
 エンジンをかけ、混んでませんように、あと眠っちゃいませんようにと祈りつつ駐車場を出る。
 そう、旅行には車で行く。高速で行けば3時間位で着くし、車がある方が便利だから。ということでウチの車を提供することになった。
 7時にクライアントの玄関のとこで集合。土井さんが車を出さなかったのは、彼はバイク派なので…なのだろうか。まぁ前任者のとき、おれ、というかウチの車の方がカメラマンのより「いい車」だったので出して以来、お嬢さん方に受けがよく、車で行ける範囲のときは暗黙の了解みたいにおれが出すことになっている。
 いつ見てもピカピカきれいな自社ビルの玄関前の植え込みのところに、3人はバッグを地面に置いて待っていた。斉木さんは取材やインタビューする相手に失礼のないようにスーツ、川久保さんもカジュアルなスーツを着ていたが、土井さんはやっぱりシャツにジーンズだった。
 一旦降りて挨拶すると、土井さんが微笑んでる。
「何か?」
「いや、赤城さんと、この車の妙味がね、」
「イメージじゃない、ってんでしょ、ミスマッチ」
「いや、なんか絶妙のマッチ感なんですよね。まぁ確かに微妙にミスマッチなんだけど、もの凄く絶妙のバランスでマッチしてる。なんかフレッシュな、新鮮な味があるんですよ」
「なんだか『美味しんぼ』みたいな話ですね」
 そう言われて知ってるかどうか知らんが、『葉山の根鯖』の話を思い出してしまった。
「でもいつ見てもいい、新鮮ですよ。写真に撮りたいですね」
 そう言ってくすりと笑う。土井さんも写真に撮りたいのか…、そうだ、写真の件は早くお断りしなくては…と思ったけど、さっと横の2人を見て今は思いとどまる。
 車に乗り込み…女性2人は後ろ、おれがまず運転、途中で代わる予定の土井さんが助手席。
 2人で道の確認のためマップルを覗き込みながら、
「サンダーバードにも乗りたかったですね」
とおれが言えば、
「ごめんなさい…この車好きだし。それに、旅館奮発しましたから、」
と川久保さんが。そうなのだ。今回の距離は車でもいいけどどっちかといや列車の旅向きだと思う。それを車にして、あんまり予算使うと川久保さんも伝票出しにくいらしく、旅館を取材も兼ねてということでいいとこにしてある。取材旅行でホテルじゃなくて旅館なんて、実は初めてだ。そこの料理と露天風呂を記事にするらしいけど。
 美味しい料理に、露天風呂…そして、雰囲気いい旅館。よだれが出そうだけど、原田はまたうるさく電話してきそうだなあ…とか思いながら運転する。
 トイレ休憩を兼ねて草津のパーキングエリアに停めると、お店大好き2人組は早速車外に出ていった。そして、助手席を見れば土井さんがこっちを優しく見て笑いかける。
「運転、代わりましょう」
「えっ…?まだそんな、いいですよ、」
 手を振って言えば、少し顔を寄せ、
「ムリしないで…なんだかとても眠そうですよ」
 バレてたか。思わず俯く。
「な、なんで…」
「だってむっつりしてる」
 眠いともの凄く不機嫌そうに見えるらしいのは、昔から言われていた。昔、原田と付き合う前なんかだと、声をかけがたいくらいだったらしい。
「ムリして事故ったら元も子もないでしょう。……」
「……すみません」
 おれは頭を下げると、素直に従い外に出た。
 土井さんは中から移動して運転席に座る。助手席のドアを開けると、
「トイレはいいんですか?」
と訊かれる。
「ええ別に……土井さんは?」
「おれも。赤城さん待ってる間に行ったから」
 そして彼はふっと笑いかけ、
「昨夜は遅かったんですか?」
 しつこかった昨夜の原田を思いだし、カッと熱くなる。
「まあ、……」
「……横で、寝てたらいいですよ。おれの運転で安心出来ればの話ですがね」
「そんな……!寝なくても大丈夫ですよ、」
 人が運転してる横で寝るのは、特に仕事な今、失礼だ。
「あれっ運転代わるんですか?」
 振り返ればソフトクリームを舐めてる斉木さんが、ドアの外にいた。
「赤城さんしんどそうなんで…美味しそうですね」
 すると斉木さんは照れて笑い、
「いや、なんか、うん。美味しそうだったんで、」
「大丈夫ですか赤城さん?」
と川久保さんが心配してくれる。
「エエ別に、何でもないんで、」
 そうはいいつつも、おれはいつの間にか寝てしまっていた。気付いたのは、土井さんに揺り起こされたからだった。
「赤城さん、」
 車は停まってるみたい。おれは着いたのかと思い、急に目が覚め慌てて顔を上げると、かなり近くで土井さんがおれの顔を覗き込んでいて、更に驚いた。
「うわ、」
「起こしちゃってすみませんね…」
「いや…着きました?」
 すると彼は首を振り、
「いいや。まだ」
「じゃ、ここは?」
「賤ヶ岳。トイレ行きません?」
「あっ…土井さんは?」
「もう行きました。ここ面白い食べ物一杯ありますよ」
 そう言われるとむずむずする。「じゃ、」と笑って外に出た。

 金沢に着いてすぐ、まずは街の撮影をする。今日の天気は、そろそろ梅雨、を感じさせるような重い空だった。
「明日、はもっと天気悪くなるて言うてたなあ…」
 と、おれが溜息ついて空を仰げば、
「でも結構日差しあるから、大丈夫ですよ。…絞りでなんとか。…一枚フィルターかけて撮っておいてみようかな?」
と土井さんは露光計で露光を計りながら意に介さずどんどん撮影していく。
「まぁ、最悪汎用的な景色のやつなら素材集やレンタルポジで、」
 とおれが言うと、とはいえ旅行パンフとは違うから内容に沿った写真、全然観光的でない町中の写真は土井さんに頼るしかない。
「おれの腕、信用してませんね」
と、自信ありげにニヤリと笑われた。
 明日の天気を睨みながらお昼は良さげな雰囲気の和食の店で美味しい昼膳を頂きながら今後のスケジュールの調整、確認を行い、午後はアポを取ってある市のエライさんの取材というかインタビュー、それが済んだら明日は戸外の撮影は絶望的なので、ひたすら必要な写真を撮ってもらいまくった。
 だけど、兼六園とかはスルー。ひたすら街中主体。
「画像はCDにして、補正も済ませたデータで渡しますよ」
 今日の取材を殆ど終えた頃、土井さんが言う。
 ポジフィルムがまだ主流だが、最近デジカメを使ってCDに焼いてくれるカメラマンも他にもいるけど、まず撮りっぱなしで印刷に使える画像にするには色調整やら補正が必要だ。これが結構時間をとる場合もあるので、そういうことしてもらえると、とても助かる。
「うわー…嬉しいです!ありがとうございます」
と頭を下げれば、
「いえいえ…、自分の撮った画像は、責任持って渡したいですし、意図しない色になってると、がっかりしますしね」
「すみません…、」
「いや、赤城さんはそんなことないと信用してますよ。勿論おれの画像がイマイチだったらトリミングも補正も赤城さんの思うようにやっていただいたらいいですから、」
 ああ、土井さんっていい人だなあ。
 日も陰り、そろそろ旅館へ行くか、と思っていると携帯が鳴る。出るまでも、見るまでもなく原田だろう。お昼も、おれがするより早くかけてきた。
「おい、定時連絡はきちんとせえ、ホンマなってへんなお前は」
 出るとイキナリ言われる。
「おれがしようと思うより早くお前がするからやんか…こっちは順調に済んでこれから旅館へ向かうところ。そっちは?」
「まあまあ。てーか忙しいわ」
「早く帰れそう?高階クンは?もう出た?」
「アイツ全然戦力になってへんで。なんか今日は朝から浮かれとるし、もうすぐ帰る言うてるし、…お前らが楽しむために、おれ1人犠牲にならなあかんみたいやなー」
「楽しむって、仕事やで、おれも、」
「仕事で旅館で露天風呂か。……おい、露天に入るなよ。部屋の風呂使えよ。行ってもエエけどあいつとは行くな。何もされてへんやろな」
「心配しすぎ…大丈夫。お前こそムリせんと、早めに帰ってや…」
「赤……」
「うん?」
「愛してる」
 おれは照れて俯いた。なんかヘンな顔してると思うから。
 久しぶりに聞いた。それもこんなときに。
 それからおれたちは川久保さんの予約した旅館へ向かった。
「赤城さん、やっぱりどっか具合悪い?」
 車の中で、運転してると後ろから斉木さんが心配げに言う。
「いえいえ…全然大丈夫ですって、」
「旅館で疲れ、取って下さいね、」
と川久保さんがにこやかに言った。

金沢にはね、ちゃんと行ったことあるんですよ。事実は小説より奇なりなネタ的旅行でしたけどね。そしてかなり忘れているような。そして相変わらずのはしょりっぷりです。折角のネタ、もっと幾らでも細かく転がしようがあるだろうに自分。

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