ブレイクスルー 3 -1-

 人間にはモテ時というのが必ず来るという。
今はどんなつまらない日々を送っている人でも、めくるめくような、血の巡りの良くなるような日々が訪れるらしい。そのきっかけは、やはり、異性に声をかけられるようなり、それで自信を持ち…、らしい。もしくは、一度の恋が恋愛体質を作るという。今のおれが、正にそれだ。ただ違うのは、異性じゃなくて、同性相手、と言う点がちょっと問題ありすぎのような気がするが。いや、おれだって女にもてない訳じゃない。男の方がしつこいだけだ。
 おれは昔から、割とルックスは悪くないと言われていたのだが、余りにも性格が歪んでいたためだろう、てんでモテたことはなかった。いや、全くって訳じゃないが、…
 だから、それも、ルックスが良い方というのも、お世辞だろうと思っていたのだが、原田という、どこまでも自分には正直でズケズケ言う野郎と付き合ったおかげで、おれも自分に正直になって以来、ちゃんとモテて「きれい」だの「かっこいい」だのの言葉もやたらに、昔以上に拝聴するようになった。
 そして、それは新しい会社に入っても、続いている。
 もうおれは、原田と(一応)結婚(のつもり?でもなんか遊び臭かったなあ)もして、指輪をしているというのに、……である。
 当然、原田とは上手くいってる。上手くいってるからこそ、リラックスでき、いい雰囲気をにじみ出せるんだと思う。
 原田は、会社を変わらないので、新しい出会いがないおかげで、おれがやきもきするよなこと、誰かにせまられたり、告白されるとか、今んとこないみたいだが、こいつはモテるヤツだ。ヘンな意味でなく男女問わず。
 おれは、ヘンな意味での男女問わずだ。
 原田の可愛がってる高階クン、ウヌボレでなく彼もあやうくおれにはまるところだったんじゃないかな。でも彼は、かつてのおれのようなビギナーでなく、恋愛のベテラン(?少なくとも、Hではベテランそうだ)なので、引き際を知ってる。それで怖い思いはしたものの、実にきれいに引いてくれた。実は、怖いながらも、おれも彼に抱かれて悪い気はしなかった、むしろとってもイイ気持ちだったんだけど、気には入ってるんだけど、原田と比べてしまえば、おれはやっぱり原田を取る。あいつは自分で「おれよりイイやつなんか、おるわけない」と自惚れていたが、実はおれもそう思ってる。あんないい男メッタにいない。ルックスだけの話じゃないよ。
 ……やばい。また、延々のろけてしまいそう。
 高階クンはあれからも、平気でおれの会社にやって来、人なつっこくおれに挨拶して行く。
 さて、新しい会社に入っても、元々おれは、いくら素直にやったところで、自分から進んで打ち解けて行く方ではないので、二ヶ月位は新入社員らしいよそよそしさがあった。
 でも、女の子たちは気を遣ってくれるし、隣の電算の人も優しく教えてくれるし、好意を持ってくれているのは、感じる。
 二ヶ月といえば、前の会社の辞めた頃と一緒だが、あんな人数の少ないとこと、三十人ばっかりいるとことでは、違う。しかも、日がな一日機械の前に座っていては…、そして、下っ端だから、電算の主任にしか仕事を貰わない。…しかも毎日、忙しい、とあっては、他の部署の人、営業や版下や手動(写植)とてんで関わりらしい関わりがなくても仕方がない。顔と名前も、なかなか覚えない。おれがもともと人覚えが悪い、ってのもあるけどさ。
 で、隣の席に座ってる人、一つ年上の男の先輩、でもあんまり上って雰囲気のない、ちょっとかわいい感じの曽根さんも初日、おれの左手を見て、
「結婚してんの?」
とびっくりしたように訊いてきた。
 なんせこのシロモノ、原田はジュエリー店でどう言って買ってきたか知らないが、本物の、プラチナの結婚指輪である。ちゃんと刻印もしてある。
 そん時おれは笑って言った。
「内縁関係やけどね」
 三ヶ月くらいから、おれは経験者なので、もう直接営業から説明を受けたり、版下に貰ったり、分からないとこを訊きにいったり、入力の女の子に打ち方を説明して入力を頼んだり、ということをし始めた。一緒に仕事をするというのは、互いがどういう人間なのか知るのに実にいい。それで、大分色んな人と話すようになって打ち解けてきた。そして、四ヶ月目、つまり桜咲く四月の頃合い、だな、高階クンがやってくるようになった。彼の人なつっこさには、つい引き込まれるので、皆もおれがそんなスカしたヤツではないと分かったようで、色々と冗談を言ったりするようになってきた。
 おれはやっぱり、必要最小限のことしかしゃべらなく、自然にしてても落ち着いとったら、「クールなヤツ」と見られるようで、突っ込みにくい人間だったようである。
 それから、相変わらずおれはメシ、お昼を原田と食ったりなんかしてるので、たまに高階クンや青木さんなんかも混ざるけど、自分の会社の人とは接触が薄かったなーと思う次第である。
 そんな新しい会社のなかで、かなり早いウチから砕けていた人がいる。知らんウチにおれの担当になった仕事を、組で一緒にやってる版下の人、潮崎さんである。歳は、タメ。それでか最初からかなりなれなれしい雰囲気を醸しだしていた。

 版下ってのが何かくらい、ちょっとは説明しないといけないよな。この仕事、なかなか人に分かって貰うのが難しい。版下とは字の如く、印刷用の版(版画の版みたいなもの)の元を作る仕事だ。原稿が印刷物に仕上がるまでにはなかなか手間がかかる。
 まず、クライアントの方でものによってはディレクターが印刷物の企画を立て、ライターやらカメラマンやらで必要な原稿を用意する。で、デザイナーが紙面デザインをする。ウチの会社にはデザイナーは二人くらいしかいないし、定期刊行物やらいつものやつ、ってのが多いので、クライアントから(クライアントも広告代理店みたいなカッコイイのじゃなくて、普通の会社のこの仕事の担当者なんかが多い)営業が貰ってきて、そのまま版下の人が原稿や写真やイラストをレイアウトして、で、おれのような電算や手動の写植担当ががそのうち文字の部分を担当する。
 文字は印画紙に焼き付ける。写植とは「写真植字」の略だ。巨大プリンター(何千万もするらしい)みたいなので印画紙に出力するのだ。その印画紙や写真のコピー(本物は貼ってはだめ。アタリという)をレイアウト(ラフ)に合わせて版下用の台紙にカッターで切ったり貼ったりするのが版下の仕事。で、一回出来たら初校といってクライアントに見て貰い、訂正を入れて貰い、おれたちはその訂正を直してまた見て貰い、二校、三校と進み…普通三校までやる。次に、モノクロの印刷物なら製版という、印刷用の版を作るところへ持っていき、青焼き、四色(フル)カラーなら色校という本番に近いものを出して、最終的に色味やなんかをチェックして、だめなとこは修正して、やっと印刷。
 なんでこの仕事が忙しくなってしまうかというと、大抵は納期のせいだ。一応クリエイティブワークのはしくれなので、原稿の出てくるのが遅かったりする。でも、印刷スケジュールは最初っから決まってるので、初校から色校までこっちはきっちりそれぞれの納期には上げて持って行かなきゃならない。まあ、止むに止まれず遅れることも多々だけどね…。しかも、訂正はときにはやり直しに近いものもあったりする。相当進んだ段階での原稿差し替えとか、それまで殆ど朱書きがなかったのにイキナリ色校で訂正タップリ入れてくるところとか(その前の段階で真剣に見ていないのが丸分かり)、明日の午前中までの原稿を定時の終わったあとに持ってきたり…おれは原稿待ちを夜の十二時まで待ってたこともある…もちろんその頃クライアントは原稿持ってやってきた。
 こんな感じかな?おれは印刷の中でも文字担当なだけで打ち合わせも行かないし、上の方の詳しい流れなんかは多少違うところがあるかもしれない。

 さて、それはその春の日の午前中だった。
 その時おれは、営業から説明を聞いたばかりの仕事を、自分の席の前でちょっと佇み、ラフを見ながら手順やなんかを練っていたのだけど、突然、今の主任、三十歳既婚男性が
「赤城君、そーしてるとまるでモデルみたいやなー」
と言ったのだ。
 えっ……と顔を上げると、奥の入力の女の子も、
「うん、黙ってそーやって立ってると、赤城さん、かっこいい、きれいですよー」
なぞという。おれはつい、
「じゃ、しゃべったらかっこ悪いのね。どーもありがと」
と言ってしまう。彼女らはキャハハと笑った後、
「でも、ウチの会社でそーいうカッコ、似合うの赤城さん位ですよ」
と言う。
 その日おれは春らしく、の気分で、ポリエステルの茶色系統のプリントの開襟のドレスシャツと、レーヨンのタックパンツにエナメルの靴を履いていた。結構ドレッシーな服装、である。原田もこういうスタイルはお好みである。おれのね。本人はひたすらカジュアル一直線である。
「ほんと、ほんと、田舎モンとは思えへんくらいあか抜けてるわ、」
と、これは主任。皆さんおれが地方出身者と知っています。
「田舎モンは余計ですよ。ぼくはもう、地元民のつもりなんで、」
と答えておく。
 しかし、タダのきれいでなく、「モデルみたい」と言われたのは初めてだ。
 やっぱり、着実にキレイに、なって行ってるんかな?禁煙して、おハダを労り、気を遣い、毎日新陳代謝と血の巡りにいいHして……
 その日のお昼もフラッと一人で出ていこうとすると、潮崎さんもちょうど出るところで、ウチの会社は雑居ビルのワンフロアーなので、共有スペースの廊下に出るドアの所で、
「赤城君いつもどこ行ってんの。一人で」
と訊かれた。
「いや、……近くで働いてる友達がいるんで、いつもそいつと一緒に、」
「たまにはおれらと一緒に食ったら?何もわざわざよその人と食わんでも」
「そーですね…おれもそう思わんでもないですが、」
「いつも来てる、あの子?」
「いや、あの子も食うことありますけど、その会社の電算のヤツで、……二つ前の会社で一緒だったヤツ」
「フーン。君も早くおれたちに打ち解けなあかんで。そんな人見知りばっかりしとらんと、」
「もう打ち解けてるんちゃいます?潮崎さんおれの仕事にイチャモンばっかり、」
「それは、注意してあげたってるんやん。…じゃ、明日にでも、」
「そーですね。ヤツに言っときます」
と、しゃべりながらエレベーターに乗り、一階に着き、出たところで潮崎さんら版下一行三人と別れる。
 原田は、前とは違う待ち合わせ場所で待ってる。
 おれを見ると、笑う。
「今日は色っぽいカッコ、してるやん」
「色っぽい……お前目がおかしいわ。会社では、モデルのようにカッコイイ言われたのに、」
 すると少し口をへの字に曲げ、
「誰に」
「またやきもち?ええ加減にせいよ。うちの主任」
「三十歳既婚か。……まあ、いいわ」
と歩き出す。
「さっきうちの会社の人がね、そんな人見知りしてないで、うちの会社の人とも昼メシ食いなさいって、……」
「おれたちのお昼のデートタイムを、奪う気?」
「原田君。毎日でなくてもいいじゃない。君も君の会社の人と親睦を深めれば、」
「も、充分。深まってるから。…ま、いいや。じゃ、月・水・金ね」
 あっさりと決める原田。あんまり早かったので、おれは暫し言葉を無くし、
「……ハァ」
と言ったものだ。
 実はその日も、例のトイレ、近くのきれいなビルの地下へ降りる階段の踊り場にある個室が一個あるだけの、大理石様で磨き抜かれた鏡がシンクの三面に付いてて、広いシンクのスミに綺麗な生花まで飾ってある、という広くてとってもきれいなトイレで、キスだけのつもりが、一回ヤッてしまったのだ。
 おれたちって、あきないよなあ。
 そして、一人余韻にボーッとしながら、自分の席で午後のお仕事をしていると、不意に
「赤城君、赤城君」
と呼ばれた。おれは熱中して、ちょっと手の離せない所だったので、すぐには返事をせずにいると、
「赤。寝とんのか」
と頭を叩かれた。
「うわっ、お前、何しにきてん、」
 後ろを見た途端、おれはそう言い、少し椅子ごと後ずさった。そこには原田が立っていたのだ。幾ら何でも、ビビるわい。
 彼も少し困惑した表情で、
「高階のヤツが、他に大事な打ち合わせあるからって、……オレに、回ってきた」
「何でお前やねん、他にも営業、いてるやろ?」
「おれに言うても知らんで。皆忙しいし、写植のウェイトが多いし、…とか何とか言われて。お前らちゃんとしとんのか?うちに外注頼みやがって。おれより帰るの早いくせ、」
「うちの外注……。おれが、お前のクライアント、」
おれが笑って言うと、
「アホタレ。お前みたいなヒラのぺーぺーが何言うてんねん。おれは仮にも、チーフやで」
「おれをヒラのぺーぺーにしたのは、誰か忘れてへんやろな」
 おれは少し、睨む。
「うちに来れば良かったのに。そしたらおれが、存分にこき使ったったのに、」
 ヤツは言いながらタバコに火を点ける。そして、
「赤。灰皿ちょーだい」
と……。ずうずうしさ全開。
「おれはタバコ吸わへんもの。……ずーずーしいな……」
 おれの隣の曽根さんが、あ、ちなみにおれの席は電算の机が壁際に一並びになってるのの端である。下っ端臭い席だろ。ついでにこうやってよそモンがちゃっかり寄りやすい程度に、ドアに近い。ドアに一番近いのはワープロ入力のお嬢さん方。受付嬢を兼ねてます。
 で、曽根さんが、「ハイ」と自分のを渡してくれる。おれはよくよく礼を言い、貰うと、原田もにこやかに、どーも済みませんと言う。
「早く行けよ。おれの仕事の邪魔だから。……お前がおれの職場にからむと、ロクなことがない……」
「これは運命やで。君におれの下で働きなさいという。そうやってあがくから、いつも振り出しに戻るんやで。きっとおれは、お前があがく限り、どこでも出没するで」
 おれはヤツの足を蹴り、
「縁起でもないこと言うな……!お前の下でなんぞ、誰が働くか!早く行けよ、ほんと邪魔だから、」
 その時、原田はうちの営業に呼ばれたので、彼はタバコを押しつぶし、
「ハイ」
と返事して立ち去ろうとし、
「赤城君。せいぜい頑張って」
と言う。
「もう二度と来るなよ、マジでロクなことないから、」
 少しくらくらする頭を抱え、曽根さんに、「どーもすみません」と灰皿を返す。
「赤城君の友達?」
と曽根さんが訊く。
「はあ……。すいません。ほんまずうずうしいヤツで…。うるさかったですね、スミマセン」
「同じ歳なの?」
「そうです」
「うちのチーフとは、エライ違いやな」
と彼が笑う。すると主任が、
「何か言った?」
と突っ込む。主任が呼ばれ、原田に説明してくれと言われる。主任は、
「赤城君、君行く?」
とニヤニヤして言う。
「いいえ。ぼくは下っ端ですから。あいつには、関わり合いたくないし、」
 主任さんが去った後、また背後から、
「赤」
と呼ばれる。振り向くと……潮崎さんがカッターナイフと糊付き写植を手にニコニコと立っていた。
「潮崎さん。あなたが一番にそう呼ぶと思ってましたよ」
「ちょっとこれ出し直してちょうだい。左右(長さ)が合わへんから」
「指示通りに、おれやってません?」
「そうイヤミ言わんと……」
と、その糊付き写植をおれの机にペタリと貼る。おれもそれをのぞき込む。そして左右の長さを訊くと、彼は、
「あれが昼メシの人?」
「ええ」
 そして彼は
「あれ?」
と言う。おれが「?」という目を向けると、彼は指さし、
「虫にでも、噛まれたん?」
とおれの衿際を見ながら言う。おれはその途端、うろたえ、つつも、平静にせねば、と思いつつ、首を手でばっと抑えた。今日の服は、ゆったりしてて、衿が広いから……
「お昼に行く前は……」
 潮崎さんが不思議そうに言う。よく見てるなと思いつつ、
「そう、昼時に噛まれて。やっとかゆみを忘れたところだったんですよ」
と少しなでながら言う。原田のヤツ……あいつが来ると、ロクなことがない。
 潮崎さんは去って行き、原田もおれの所に寄ることなく出ていく。おれはさり気に立ち、ワープロ入力の女の子に「絆創膏ある?」と救急箱から出して貰い、トイレに行くふりして、ドアを開け……
 「原田!」
とエレベーターを待ってるヤツを呼ぶ。彼は振り向いた。
「何。別れ難い?」
 彼は素の顔で言う。おれはムキになり、
「アホか……!お前、」
 と側に寄っていき、「これ、」とさっき潮崎さんに指された辺りを指すと、彼はプッと噴き出す。
「ゴメンゴメン。失敗しちゃって。いつもやったら、見えへん場所やのにな」
「お前が来るとロクなことがない……めざとい人がいて、昼前は無かったことまで覚えてはってさ…もう絶対、来るなよ」
「おれかって来たくないのはヤマヤマやけどさ……高階が言うてるから、お前がここに居ること皆知ってるし……それでおれに回って来たところもあるからな」
「冗談じゃないわ……!笑い事でもないわ。いいか、もう絶対、来るなよ、」
と言ってると、潮崎さんが…トイレに出てきた。
 原田はエレベーターが来たので、乗って行く。
「本当に、もう来るなよ……!」
と言った後、トイレに入り、……潮崎さんは小用を足していた。
 おれは鏡の前で、見ながら例の物に絆創膏を貼る。
「エラク仲いいな」
と鏡の中の背中の彼が言う。
「とんでもない……二度と来て欲しくないですよ」
 彼は済ませ、隣で手を洗いながら、
「でもいつもお昼一緒に食ってるくせに……それも彼に、付けられたんちゃう?」
と笑いを含み言う。心臓が縮み上がりながらも、
「冗談……!違いますよ。おれそんな風に見えます?」
 また偽りの日々の始まりだ……。彼は笑い、
「見えんこともないかも……でも、内縁の妻いてんやもんな」
「そうですよ……」
「でも赤城君に奥さんおるようには、全然見えへんよな」
「全然落ち着きないからでしょ」
「そう。……ナンチャッテ。あの友達と夜バンバン遊んでる方が納得いくわ」
「おれは真面目な奴ですよ。クソ真面目」
 言いながらおれがドアを開けると、潮崎さんも一緒に出る。
「そんなこと言うから、信用ないねんで。で、あれいつ頃……」
 と、さっきの訂正の写植の出る時間を訊ねられる。
 会社のドアを開けた所で別れ、自分の席に着こうとすると主任が、
「あの○○のチーフ、なんて名前なん?」
「あんまり知る必要もないと思いますけど……原田です」
 それから黙々と仕事をやり、定時になると女の子は帰って行く。その帰り際、その内の一番おしゃべりで活発な、吉川さんというストレートロングの二十四の女の子が、
「赤城さんの友達、すっごい男前ですねー」
と目をきらきらさせ言う。……確かこの子は、彼氏がいるという話だけど……と無意識に警戒しつつ、
「中身は大したこと無いけどね」
「でもカッコいいわー。目の保養になるぅ」
 なんか、じわじわと嫉妬が沸く。いけない、いけない。褒めてるだけじゃないか。
「友達褒められてもおれは嬉しくない」
 すると彼女は少し笑った後、
「二人揃うと豪華、って感じですよ。ゴージャス。だからそんなに、いじけないの」
「年上に向かって……」
「でもあたし、先輩だから、」
 彼女はニコニコして「お先に失礼しまーす」と帰って行った。
 その日も残業して、九時位に会社を出、エレベーターを待ってると、潮崎さんがまた…出てきた。版下の入ったデカイ袋を両手一杯、といった感じで持ってる。なんか最近、こういうことが多い。おれが写植納品の仕事を納品してくれと言われ、出て行こうとすると後ろから潮崎さんが納品に…、もしくはその帰り、ジュースを買ってきた潮崎さんが…と、エレベーターで二人っきりになることが、最近、多い。そういや、今日の昼間もだったな。エレベーターを待ってる間、彼はおれを見、
「もう、帰り?」
「ええ、……潮崎さんは、今から納品?」
「そうやで。もう帰りやがって……ムカつくな」
と言われる。でも、睨みながらもマジかどうかは分からない。
「営業は?」
「待っとれへんからって、帰ったよ。……ええねん、ようあることやから、」
 ドアが開いたので、「開」のボタンを押し、先に入って貰う。彼は手が塞がってるから。
「明日のお昼は、どうすんの?」
 潮崎さんが訊く。
「月水金一緒に食べて、あとは別、と決められました」
「じゃ、明日は木曜やから、別の日か」
「なんか不安……。潮崎さん達が、連れていってくれるんですよね」
「何が不安なん。もうこうやって、しゃべってるやん……」
 一階に着き、またおれは「開」のボタンを押し、先に出て貰う。玄関のガラス戸を出たところで、「お先に、」と言うと、
「駅まで送ってくで」
と入り口横に止めてある社用車の前に立ち、彼が言う。ここから駅は、全然遠くない。歩いても車でも変わりゃしない。おれは目を丸くし、
「エ……。いいですよ。近いから。早く納品に行けば?待ってるんじゃないですか?」
「好意で言ってあげてるのに……。行きますよ。それじゃお疲れさん」
「どうもすみません。わざわざ……それじゃ、お先に失礼します」
と頭を下げ、車の前をすり抜けて行くと、彼がクラクションを鳴らし、出かけて行く。
 帰ると、家は真っ暗だった。今日も原田は、遅い。やっぱりヒラとチーフじゃ違うんだな…とちょっと嫌気さす。
「ただいま、」
と疲れた風に帰ってきたのは、十一時半くらい……。
 おれはこたつで起き直り、「おかえり、」と答える。
「もーしんどい。やっぱりお前が先に帰ってやがって、」
と彼はおれにもたれかかる。
「重い……。もたれないでよ。他の人はまだやってたし。メシは食った?」
「当たり前」
「フロは?」
「も、いい。昨日入ったし……。寝る」
 大分疲れがたまってんだな…ほんとしんどそう。そのまま彼は覆い被さってくる。
「こんなとこで、寝んといてや…。自分で布団まで、行きぃや」
「ハイハイ」
と彼は身を起こし、布団の方へ行く。原田が寝ちゃうんなら、もうおれも寝ちゃおうかな……と思ってると、
「赤城君。はよおいで」
と言うから、おれもすぐ行った。
 彼は服をその辺に脱ぎ散らかし、下着だけで布団の中に横になってる。
「ビデオ録ってくれた?」
とその日の目当ての番組の事を言う。録ってても、また週末に見だめだな…。
「うん」
 おれは服を脱ぎながら答える。と、足首を掴まれる。
「そんままでいーから、」
 疲れてても、フロ入ってなくても、やることはやる気なのか……。あきれてしまう。
「お前、フロにもはいらへん位疲れてんちゃう?」
 言われたままに布団に入ると、はだけさせ、
「やっぱ自分で脱いで」
だと。
「二度手間な。お前、計画性ないわ、」
「早よしてや。おれ寝てまいそう」
「我慢せんと、寝なさいよ」
 と言いつつも、全部脱いで横になれば、抱き寄せる。
 そしておきまりの、熱いキス、抱擁……
 中心に舌を這わされながら……そうそう、ボキャブラリー貧困予防のために、会社でヒマな時に用字便覧で使えそうな言葉を探してきたんだった。……使える単語が、まだない。
「うちの仕事、終わった……?」
「イキナリ現実的なこと、言うな」
 そう、これは最も現実的かつ非現実的な時間だ。生きている実感と、幻想の狭間を行き来する。身体が痺れていく。
「おれ、そろそろホンモノになりそう……」
 甘ったるく、ろれつの怪しい口で言う。
「何で」
「男が怖い。トイレで、後ろ姿でもドキドキすることある……」
「誰の」
「どうでもいい奴の見ても何とも思わへんけど、ちょっとでも気に入った人……」
 今日の、鏡の中の潮崎さんを思い出しながら言う。
「またおれを妬かす気か」
と刺激を与えられる。「あっ、」と少し高く声を出した後、
「そんなこと、……ない、けど、…ただ、…そう思って……」
 もう次の句が告げない。息をするのに、声が漏れる。
「もっと、声出して」
 素直にリクエストに応え、出るままにだんだん高く、甘くなっていく声を漏らす。
 やがて肌が粟立つような、やっと使える言葉が出てきた、感覚が全身を走り、絶頂へと至る。
 脱力しきり、息を切らしていると、おれの身体をこじ開け、彼が侵入してくる。
「原田……」
と、おれは彼の肩と背に手を回し、口づける。
「おやすみ」
 彼は終わると、そう言っておれに身を預けた。
「やだ。出してよ……」
「入れっぱなしで寝てみたい。気持ちえーもん」
「……」
 まあ、思わんこともないけどね。でも、本当の意味で血流が悪くなって身体がしびれそう。重いのに。
「おれは布団とちゃう……」
「お前はおれの、肉布団」
「言うと思った」
 溜息つき言うと、
「じゃ、お前が言わせてん。大人しく布団になれ」
「……」
 暫くそのまま二人重なり合いじっとしていると、
「いかん」
と突然言う。
「刺激があるから、感じてきて寝入られへん。も少しやのに、」
「じゃ早く、出して……」
「今度ゆっくり試そな」
 とニヤニヤして彼は身を離す。

しかしこの段階になるともうHは書くこともなくなってしまって、やりとり書くのは楽しいのでそればっかになってます。まー私の書くHなんてたかが知れてます。

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