第七回(二)

 さて、天竺国へ入ったり、西天は目の前と申しましても、凡夫の歩みは神仙にとっては亀の歩みのよう、やはりいつ果てるとも知れないのでありました。
 季節は経巡り、陽春を迎え、薫風かおる立夏を迎える頃合い。
 悟浄はと言えば、ただ日を数え消化するのに専心していた。菩薩にはああ啖呵を切ったものの、とても術を模索出来るとも思えない彼は、一刻も早く着きたい気持ちでそうするしか出来なかったのである。
「やっと今日も終わり」
 大きく息をつきながら、暮れなずむ空に向かって言う彼に、
「何だよ、毎日、毎日…。そんなに嫌なのかよ、」
と、この旅にまだ終止符を打ちたくない悟空は言った。
 すると悟浄は笑いかけ、
「いや、嫌って訳じゃないんだよ。……だけど、こうしてたら、余計なことを考える時間がなくなるから」
「成る程。じゃあおれもそしようかなあ」
 悟空は思わず納得してそう言った。悟浄は驚き、
「エ?」
と顔を見直す。
「何で兄貴が…そういうことを、思うんだ?」
 またも失言、しまった、と思うと、悟空は
「そうだよ。何でおれが。……冗談、冗談」
と笑ってごまかした。じっ、と顔を見つめられ、息も止まるかと思うほど。そんな動揺を覚られるのを怖れ、彼は顔を反らした。
 ――兄貴は最近、ちょっと変かな。
 玉華州を出た頃も、そう感じたことがあったが、あの頃は過剰に自分を心配してくれていたのだろうと思っていた。しかし最近のおかしいのは、そういうのとは違う、妙な違和感というか、不自然さだった。さすがにそう感じた悟浄は、「変だよ」と直裁に言うことも出来ず、
「兄貴、何か悩みでもある?」
「何、ついに兄貴に悩みが?おれにも話して聞かせろよ」
 八戒も好奇一杯に声を掛けた。
 悟空は八戒に少しでも弱みを作ってたまるかとムッとすると、
「冗談じゃねえ。このオレ様に悩みなんかあってたまるか。お前らじゃあるまいし」
とそこを立った。八戒はやれやれといった調子で、
「やっぱこの世の終わりはまだだな」
と悟浄に向かって言えば、悟浄は少し愁眉を曇らせ、
「兄貴は少し変だよ。…まさか、やっぱり兄貴も…撞天婚の時までは何ともなさそうだったんで油断した」
「何言ってんだよお前」
「変なお節介が止んでほっとしたと思ったら、……恋がうらやましいとか言っていたが……」
 悟浄はいらいらと爪を噛む。
「まさか。お節介が止んだのはもっと前からだぜ」
「元はと言えばお前が言い出したんだぞ」
「そうだけど、おれには分かったよ。兄貴には恋だの愛だの高尚なものは無理だって。色々話してさ。生まれ変わりでもしない限り、あの短絡な猴には無理と見た。前言撤回だよ」
「お前、兄貴のこと全然バカにしてるだろ」
「何だよ。兄貴が好きなのは師父じゃなくてお前かも知れないだろ」
 悟浄はそう言われて、どきんとしながらも、
「そんなこと、あり得ないと思う」
「だろ。そんくらいあり得ないんだよ」
 八戒はてんで取り合わなかった。
 さてある日、一日中空は悩ましげな雨空で、行けども行けども梢が広がるばかりであった。あきらめてどうにか余り雨を被らずにすむ所に野営しようと荷物を降ろしていると、上空から、
「ご一同、雨の中大変でございましたろう。どうぞ一夜の宿を」
と声がする。皆が上を仰ぐと、立派な長い髭を蓄えた老人と、莫矣観でもてなしてくれた道士が雲に乗っていた。
 老人は美しい白髪とこれまた美しい白い長い髭を持ち、少しふくよかで背が低く、見るからに仙人然としていた。両手には古い壺を持っていた。
「あなたが、莫子先生ですか」
 上を仰いだまま悟空が問うと、
「いかにも」
 そう答えて二人は地上に飛び降りた。
「この間は折角お立ち寄り頂いたのに留守で失礼致しました。そこで今日水の気を覚りこうして馳せ参じた次第」
 莫子が丁寧に頭を下げれば三蔵は痛み入り、
「いいえこちらこそ一夜の宿をお借りしておきながら先を急ぐあまりご挨拶も致しませず誠に失礼を致しました」
と礼を返す。
 雨の中何時までも立たされていてはと、悟空、
「おじいさん、その壺が今日の宿かい?」
 莫子はにこにこと笑うと、壺を地面に置き、
「その通り。……あなたが孫大聖ですな。観世音菩薩から伺っております」
「太上老君にもおれのことは聞いたかね?」
と問えば、
「そんなことは五百年前から耳にタコができそうなほど聞かされておるよ」
と莫子。三蔵は不安げに壺を見ていたが、
「この壺に、一体どうして入ることができようか」
「どうぞ壺の縁に手をかけてごらんなさい」
 不安ながらも言われる通り三蔵が壺の縁に手をかけると、あら不思議、小さいはずの壺が身を入れても余るほどの大きさになっている。
「どうぞお先に入って下さい」
 莫子に促され三蔵は思いきってそのぽっかりとした暗闇の中に飛び込んだ。
 他の五人と一匹はいずれも馴れたもの、その後から飛び込んで行く。随分長いこと暗闇の中を落ちていくと、やがて辺りが明るくなり、彼らは地面に落ちた。
 小鳥が美しくさえずり、四君子(蘭、松、竹、梅)、松柏、李とあらゆる風流な植物が生い茂る。可愛い狆が駆け寄って来た。
 足元にからみつく狆を悟浄がひとなですると、隣にいた悟空が身を引く。
「兄貴、犬が嫌いなのか?」
「二郎真君の犬に噛みつかれたことを思い出した」
「意外と苦手なものが多いんだな…。これは猟犬じゃないぜ」
 抱き上げてわざと悟空の目の前にぶら下げると、悟空は渋い顔をする。
「兄貴は犬が苦手か…いい事を知った」
 八戒が言えば、悟空は犬をひったくり、
「苦手じゃない、嫌いなだけだ!」
 まあまあ、と莫子がとりなし、彼らを家へと導く。小さな庵であったが、品が良く、室内には掛け軸や額が掛けられ、窓が大きく取ってあり、透けて外の光を通している。
「まずは隣の部屋に着替えを用意しておりますので、濡れた衣を替えられて人心地つかれたい」
と、道士が次の間の扉を開く。悟浄はそれを聞き気もそぞろ。気恥ずかしくて足がすくんでしまった。
「どうしました。どうぞこちらへ」
 扉の中から道士が問うと、悟浄、
「おれ、いや私はいいんです。この直綴は避水の黄錦なので、」
と手を振る。
「しかし髪も身体も濡れておりましょう。預かっている間に洗濯しておきますので、どうぞ遠慮なく」
と道士が言えば、仕方なく悟浄も中に入る。道士はさっぱりとした生成の木綿の上下と、身体ふきの布を手渡した。
 入って面を上げれば、皆半裸で体をふきふきくつろいでいる。今までもなるべくこういう場面は避けてきた悟浄であったが、男の中に放り込まれた小娘じゃあるまいしと自分に嫌気がさすと、紫絹のしごきに手をかけた。一瞬気になり悟空を見遣ると、彼はもう着替え終わっていた。避水の直綴を脱げば、成る程直綴は濡れていないが、白い単衫(はだぎ)は玉華州で持たされた普通のもの、雨がしみ込み濡れていた。
 悟空は悟浄が直綴を脱いだのを見てどきりとした。濡れて張り付いた単衫は肌を透かし、彼にとってぞくぞくする程危険なものとなっていた。脱いでしまえばそれほどでもないかも知れない、と文殊の水宅で見た紗一枚の姿を思い出し、益々収集のつかなくなった悟空、悟浄の前髪から雫が落ち、彼が少し面を上げて息をついたのを見た拍子に背を向け莫子のいる表の間へ行った。
 目を伏せ、息を継ぐ横顔が、目の前にちらついて悟空は熱くなる身体と心を抑えきれず、自分自身を持て余す。
 天産の石猴である悟空は、父母を持たない。
 普通であれば、男女の睦まじさや或いは難しさなど、父母を見て習い覚えていくものであるが、彼にはそれを与えられなかった。彼は出生においてさえ何の汚れもなかったし、どういう訳だか幸いにしてついに何に対しても劣情を覚えることなくここまで来てしまった。
 それでも常識として男女の睦言の手順等は知っていたし、地湧夫人の手の内を探るため計略に乗りかけた時、股間を掴まれそうになり狼狽したこともあった。
 しかしながら、自ら悟浄に「押し倒してはいかんぞ」と言ったものの、実際のところ一体何をどうしたら同性が交わりを結べるかということはさっぱり分からなかった。
 それでも、手が触れ、全身を痺れが走った時から、彼の身内に新たな変化が起こり始めていた。
 どこがどうという訳でもないのに、悟浄を見ていると、無性に吸い寄せられるような引力を感じ、つと触れそうになった。その時必ず胸が高鳴り体中が放熱するかのように熱くなるのを感じるのであった。触れたらその肌を腕一杯に抱き締め、その感触を確かめるだろう。そこまで想像するだけで、動悸が増し、息荒くなり、股間がきゅうと締め上がるのを感じるのであった。
 背が高くなりたいと、化けて悟浄を抱き締めた頃も、悟浄の顔や身体に吸い寄せられるものはあったが、触れ、抱き締めるだけでほの温かいものが広がり、充分だった。訳もなく猛り狂う、おそらく制御不可能なものは体内に飼ってはいなかった。それが肉欲であるということを、悟空はこの間のめくるめく身体の疼きでおぼろげに理解した。
 ――あぶない、あぶない。
 彼はそんな自分に恐れをなす。
 ――一切必要としなかったので、房中術は会得しなかった。今更修行する訳にはいかないし、よくよく気を付けて精を漏らさぬ ようにしなくては。
 そう言うとき、必ず浮かんでくる言葉、
「兄貴だけは汚れないで欲しい、それがおれの、願い」
 その言葉には、生まれてこの方元神を損なった(精を漏らした)ことなく、生臭も口にしたことのない清い身体を称える意味と、そんな心の動きの枷となる力を持っていた。
 他ならぬ悟浄のたっての願いであれば、どんなに苦しくとも聞かない訳にはいかない。或いは出家で大義名分を持つ身でなかったら、直情型の彼のこと、後先を悩まず激情に任せて全てをぶつけていったに違いない。
 しかし法の枷が、彼をも苦しめているのだった。
 ――こんなに人を好きになることが苦しいなんて、おれはあいつになんて事をしていたのだろう。
 何も知らなかったあの頃の自分の仕打ちを考えると、空恐ろしくなる悟空であった。
 ――大変な状態になってしまったぞ。おれは。愛欲とは何と恐ろしいものなんだ……。
 止まない熱に辟易して椅子に座り、溜息つけば、
「まあ人心地ついた所でお茶でも一服」
と莫子が温かいお茶を差し出す。悟空は茶を頂きながら、
「張道陵先生は、どうでした」
「お変わりありません。色々と役立つ薬を作っておられました」
「心の病に効くやつもあるのかな」
「どのような?」
「いいや、別に……」
 茶と、他愛ない話のうちにどうにか悟空は気が紛れてきた。やがて三人が着替えてさっぱりとして来ると、道士が斎を運んで来た。八戒はだらしなく上着はひっかけたまま、前をはだけさせている。しかし莫子は意に介さず、にこにこと斎を勧める。
「長老は大唐国からお出でとか。そちらの方は?」
 莫子は八戒と悟浄に手を振る。悟空が、
「おれの出生は傲来国…、」
と言いかければ莫子、
「大聖は、いい」
と手で制す。八戒はそれを見、笑うと、
「兄貴のことは知ってるのに、おれたちのことは知らんとは失礼だな」
 莫子も笑い、
「何せ田舎暮らしなものでな」
「おれは、周だったか楚だったか漢だったか、」
 八戒が指折り悩む間に、悟浄、
「私は漢人ということにしておいて頂きます」
「今年で幾つになられます?」
 莫子が問うと、三蔵は、
「四十五です。お前たちは?」
 そう振られて悟空はにやつくと、
「はて、一千五百は越したと思うが」
「似たりよったりかな。でも兄貴よりは天宮勤めは長いぜ」
 八戒が自慢げに言えば、悟空は、
「でも偉いのはおれの方だからな。……悟浄、お前は?」
「私も同じ位です。失礼ながら、上仙はいかがです」
 莫子はほっほっと笑うと、
「私は道を得てより一万年は経ったかのう」
 皆は唖然とし声もない。悟空は声を潜め、
「このじいさんほんとに大丈夫かな。そんな昔から道はあったか?」
と八戒、悟浄に問えば、
「でもおれたちよりは長生きそうだぜ」
と悟浄が小声で答える。
 斎が済むと、莫子、
「私は書を論じるのが好きでしてな。礼記などはいかがです」
 すると悟空、
「知ってますよ。その位。鸚鵡は能(よ)く言(ものいえ)ども、飛鳥を離れず。猩々は能く言ども、禽獣を離れず。……」
 目を閉じ自慢げにそこまで言ったが、後が続かない。
「兄貴は自分に関係ありそうなことしか知らないんだな。いいよ。止せよ。論語は読んでても礼記はろくすっぽ読んだことがないだろう。兄貴の師父に対する態度や物言いを見てたら分かるよ」
 八戒が袖を引き言う。悟空はむっとし、
「じゃあお前は覚えてるのか」
「そうさな。天子は穆穆たり、諸侯は皇皇たり、大夫は済済たり、士は蹌蹌たり、……」
 どうでもいい一節を節回しを付けてうなる八戒に、
「もうよしな。礼記の出だしは、『曲礼に曰く、敬せざることなかれ。』…だ。敖(おごり)は長ず可からず。自慢や知ったかぶりは、いけないよ」
 悟浄が横から言うのに、老人うなずき、
「そうです。先程の鸚鵡の一節の続きはいかがかな?」
「今人にして礼無ければ、能く言(ものい)ふと雖(いえど)も、亦(また)禽獣の心ならずや」
「それはおれが猴だという訳?」
 悟空が言えば、悟浄笑って、
「結果的にはそうなる」
 目を据わらせながらも、悟空、
「お前はよく知ってるな」
「ついこないだ読み返したばかりだからだよ。でなきゃとっくに忘れてる」
「全く礼とは、道徳仁義も、礼に非ざれば成らず。教訓俗を正すも、礼に非ざれば備わらず。争いを分かち訴えを弁ずるも、礼に非ざれば決せず。……人と人の間に欠くべからざるものです。そちらの方は、礼節を身につけておいでのようですな」
 莫子はうっとりと誦して後悟浄に向かって言った。
「いいえ……とんでもない。ほんのうろ覚えで」
「なかなかどうして。お前は良く出来ているよ」
と珍しく三蔵が褒めれば、悟浄は照れてうつむく。
 その顔を可愛いと思いながらも、二人のやりとりに嫉妬を刺激され悟空はむっとする。
「父子兄弟も、礼に非ざれば定まらず。あなた方は上手くやっておられるようですな」
 莫子が笑みを湛える。莫子に応じて悟浄が礼を論じていると、退屈でいらいらしてきた悟空は、
「礼なんて心映えじゃないか。そんなこまこまとしてたって気疲れするだけで心がこもらない。最小限でいいんだよ。礼は器なり、君子は器ならずだろ」
と横から口を出す。莫子は笑い、
「それもまた一理。それじゃ詩経なんかはいかがです」
「桃は夭夭、灼灼たるその華、……」
 またすぐ口を突いて出たが、悟空はピタリと止まる。
「兄貴、」
 心配げな悟浄。しかし悟空は何やら思いついたような顔をし、
「桃は夭夭、灼灼たるその華、天子は穆穆たり、諸侯は皇皇たり、……」
と言い出す。三蔵は恥ずかしさから悟空を一つ叩き、
「でたらめを言ってはなりません。さっき悟浄が、敖は長ず可からずと言ったばかりではないか」
 莫子は茫然としていたが、暫くして、
「次の話題へ行きましょうか」
 悟空は手を振り、
「いいえ。詩は我が師父の得意なところ、ゆっくりと論じられては?ただ私は失礼させて頂きます」
と立ち上がる。
 悟空が外へ出るのを見届けると、八戒、
「あ~あ。とうとう兄貴は短気を起こして出て行っちゃったな」
「お前は?」
 悟浄が問えば、
「おれは退屈してきたからもう寝るよ」
 悟浄もついでに暇を請うと、
「兄貴に一声掛けてくるよ」
と表に出て行った。
 悟空は表の松の木にぶら下がって遊んでいたが、悟浄が出て来たのを見ると、地面へ飛び降りた。
「兄貴。八戒のやつがもう寝るって。おれも先に寝んどくぜ」
 言い置き踵を返す悟浄に、
「待てよ」
声を掛ける。悟浄が振り向く。悟空はじっと見据えて暫し無言。悟浄は訝しげに悟空を見下ろす。
「こないだ南海菩薩に会ったと言ってたな。無事に全うせよと仰られたと。それでお前は聞いたか?おれたちは一体西天へ着いた後どうなるのかを。ある者は功なり罪をあがない終わり、元に戻れるという。ある者は正果を得、仏になれるという。還俗することが出来るのか、ずっと仏門に帰依したままなのか。……どうだ?」
「あっ、」
 悟浄ははっとする。目の前の苦しみから逃れたいばかりに、西天へ着くことを焦っていたが、それですべてから解放されるという保証は何一つないのだった。
「西天へ着いたら、……お前、どうするんだ。打ち明けるのか?」
 悟空の問いに、
「それは、……場合によれば、それもあり得るかも」
 もし、自分も悟空も還俗して妖仙なり神仙として解散したら、それも許されるだろう、と思う悟浄。それを聞き複雑な思いの悟空、喉を一つ鳴らすと、
「一体、打ち明けてその後どうするんだ。……それだけで、いいのか?」
 自分だったらそれだけでは済みそうもない、のっぴきならないところまで来ている悟空、何より訊ねたかったことを訊ねるのであった。
「……。それは……」
 悟浄の体を今目の前に居る猴に抱き締められる感覚が襲う。それに耐えるために悟浄は愁眉を寄せた。そしてその表情が悟空を打つ。
 二人は暫く身じろぎもせず立ち尽くしていたが、
「それは、……きっと、彼はおれを受け入れられないだろう」
 悟空はそれを聞き、
 ――おれだったら、……おれで良かったら受け入れてやるぞ。
と口を突いて出そうになったが、
 ――だけどすっかり忘れていたが、こいつはまさか師父相手に抱いて欲しい訳じゃあるまい。だとしたら、駄目だ駄目だ。
 例え手が分からなくとも、自分がそんな立場を受け入れられる訳がない。
「兄貴は、……どうしたいんだ?」
 悩ましげな表情で訊ねる悟浄。
「おれ?…おれは、還俗希望だよ。こんな法の枷など、永劫続くと思うと耐えられなくなるんだ。おれには向いてないよ」
 ――その時こそ、きっとおれは有無を言わさず思いを果たしてしまうだろう。
「取りあえず今は尊敬する師父を裏切れないから、厳しく自分を律していくのみだが……、」
 悟空はそう言うと顔を反らす。
「兄貴、……」
 ――やっぱり、兄貴も、師父を?
 そう思いながらも、つらくて口にできない悟浄、身を切るようなつらさで、
 ――兄貴はきっと思いを遂げてしまうだろう。そういう人だもの。おれと違って…。もう、おれはだめだ。
 悟浄は絶望感にさいなまれ、軽く目眩を覚えると、
「おれ、疲れたからもう先に休むよ」
と返事も待たず踵を返した。
 ――兄貴があんなこと、言うなんて。…あと少しだというのに、どうして今更こんな、心を波立たせるような事が起こるんだ?
 彼は自分の肩をかき抱くと、溜息をついた。
 果たして彼らは無事に全うすることができるのか否か、続きは次回にて。

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この話も再構築。上手く繋がってるかなあ…問答って全然問答ちゃうやん、まるごと書き写しただけ(笑)とリライトしつつ自分のバカさに呆れ…

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