第六回(二)

二土水性を現し
婚を偽りて佳人を助ける

五行に言う、土は金を生み、金は水を生み、水は木を生み、木は火を生み、火は土を生む。また木は土に剋ち、金は木に剋ち、火は金に剋ち、水は火に剋ち、土は水に剋つ。
これを五行の相生相剋と言うと。
土は中央、金は西、水は北、木は東、火は南。
北は陰なり。南は陽なり。


 さて季節は春の頃合、その日もようやく一行は村外れに辿り着き、夕暮れ前ながら一夜の宿を頼もうとしていると、中が何やら騒がしい。
 やがて一人の娘がパタパタと門前に現れ、一行に出くわして立ち止まった。
「小杏、小杏。待ちなさい」
 後から一家の主と思われる男が出てくる。三蔵は進み出、礼をする。
「何ですか、老師。何か家に御用でしょうか」
 男がそう言ってる間に娘は戸外へと走り去った。男が慌てるので、
「悟空、連れていらっしゃい」
と三蔵が命ずる。悟空が命をかしこみ後を追うと同時に、
「老施主、私共は唐より如来を拝し経を給わりに参る者。どうか一夜の宿と少しばかりの斎を所望したい」
と三蔵が言えば、
「それはこちらこそどうぞ是非にと言いたいのですが、今日は少し厄介ごとがありまして、」
と男は戸惑い気味。
「どんな困ったことがあるんだい。妖怪だったらおまえさん渡りに舟だぜ」
と八戒が言えば、男八戒を見て恐れをなし、
「とんでもない、妖怪なんかいてたまるものですか、まあどうぞ、」
と言って一行を中へ請じ入れた。
 やがて悟空がむずかる娘を小脇に抱え戻ってくる。
 一行に茶と甜点心を勧めると、男は語りだした。
「私はこの家の主で、劉広と申す者。この娘はうちの一粒種で、劉紅杏といいます。実は今日嫁にやる予定なのですが、困ったお転婆で嫌がって手を焼かせているのです。そんなわけで少しやかましいとは思いますが、お気になさらぬ のでしたらどうぞお泊まり下さい」
 後ろに立っている娘は、ツンと上を向いた。
「おまえさん何がそんなに気に入らないんだい。相手の男が、妖怪か、はげ爺爺か、はたまた不細工か、」
と悟空が思わず八戒を指さし言う。
「違うわ。若くて金持ちのとってもいい男よ。でも私、今日は嫌なの」
「これ、小杏……!そんなわがままを言うんじゃない。今日は四月三日、乾、易で決めた最良の日。老師父、どうぞお気になさらず、」
「まあまあ、訳くらい聞かせてくれてもいいじゃないですか。ことによると、何か手助けできることもあるかも知れませんし」
と悟空が言うのを、三蔵焦って、
「悟空、むやみに余所様のことに口を出すもんじゃない。そんなことをして、また藪をつついて蛇を出すようなことになったらどうする、」
「師父、たかだか人間相手ですよ。大したことじゃありません」
「そう言えば、失礼ながらそちらのお三方は人間離れしてらっしゃいますな」
「お父様、はっきりと妖怪じみてると仰ったら」
 小杏の言葉に、三人はむっとしてじろりと睨んだが、この娘動じる気配はない。
「……で、あんたは、何が嫌なの。小姐(おじょうさん)」
 コホンと咳一つして悟空が訊ねる。小杏は、
「明日の朝には阿強が帰って来るのよ。どうせ今夜出たって輿に乗って一昼夜、明日出て早く進めばちょっと位 遅れてもばれやしないのに、お父様ったら、」
「阿強とは」
 三蔵が訊ねる。
「うちの下働きで一ヶ月程柴の行商にやっております劉強という男です。向こうはともかく、小杏のやつめがすっかりのぼせておるみたいで、」
「じゃその阿強に嫁にやれば」
 八戒が言う。
「とんでもない。阿強はもう嫁がおりますんで」
 これにはさすがに皆唖然とする他なかった。
「兄貴。明日一目見させて雲を飛ばしてやったらどうだ」
「うーん。……劉大夫、輿は誰が担ぐんですか?」
「向こうの家から迎えが来ます」
 悟空は立ち上がり小杏をしげしげと見つめていたが、振り返り、
「悟浄、お前が身代わりになって行けよ。明日交換に行くから。この娘程度ならお前の肌色変える位 で十分だ」
 悟浄は茶にむせ、
「何でおれが……!」
「待ってよ、あたしがこんなのと同程度だっていうの?!」
 詰め寄る小杏を無視し悟空、
「お前もたまには役に立てよ。いつもおれと八戒じゃないか。妖怪相手じゃなし、大した問題じゃないだろう?」
「でもおれは……!」
「化けんでもいいって言ってるだろうが。適当で。どうせ夜だし、花嫁は角隠しを被るんだから」
 それを聞き小杏も少し気を良くし、
「あたしの買って貰ったお気に入りの花の髪飾りも貸してあげるわ」
「悟浄、色っぽいお前には打ってつけの仕事だな」
 八戒玉華州のことを持ち出し大笑いする。
「男だろ。腹を決めろよ。人助けだぞ」
 ムスッとしている悟浄に、三蔵が言った。
「出来ることはやりなさい。徳は積むものですぞ」
「心配しないで。明日になったらちゃんと行くから。そのままあんたを輿入れさせやしないから」
「冗談じゃない!その前におれは逃げる!」
 しょうがなく不承不承承知すると、悟浄は頭を抱え息を吐いた。
 夕飯がやがて運ばれた。白い米に味を付けて炒めた野菜、湯(スープ)などが並ぶ。旨味があり味付けのいい菜に、
「いい味だ。こんなの坊主になって久しぶりだな。味付けはなんだい?」
と八戒が言うと、小杏得意気に、
「牡蠣油よ」
 一同一斉にげーっと吐き出す。八戒がかまわずムシャムシャ噛んでいるので、
「八戒、飲むな吐き出せ、」
と悟空が首を絞める。皆つば一滴も飲み込むまいとぺっぺっと吐き出し茶で口をゆすぐのを見て、小杏、
「何よ、何が気に入らないの。ちゃんと精進じゃないの」
「小杏、牡蠣油は何で出来てるか知ってるかい?」
と悟空が言う。
「牡蠣油は、貝の牡蠣で作るんだよ。調味料だろうが生臭は摂っちゃいかんの」
 断固とした口調に、小杏も頬を赤らめ、
「アラそう知らなかったわ。だって貰い物ですもの」
 日も落ちる頃、家人や村の衆が鐘や太鼓を打ち鳴らし、お祝いにやってきた。広間で劉広が妻と相手をしている頃、一行は小杏の部屋にいた。
 小杏は緋色の花嫁衣装を取り出すと、
「綺麗でしょう。お母様が作ってくれたの」
と胸に抱く。
「小杏、君はあんまり嫁に行きたくないんじゃないのか?」
悟浄が問うと、
「ええ。でも私みたいな女に、こんないい縁談はもう来ないだろうからって。若い内ですものね」
 まだ十四、五の小杏が少し寂しそうな顔をする。
「早く支度しろよ。そろそろだぞ」
 悟空が扉に立ち外を見ながら言う。化けようと全身を見ていた悟浄は、おやと眉をひそめると、
「小杏、纏足してないのか」
 布鞋を履いた小杏の足を見て言った。
「ええそう。痛くて三日目に大暴れして止めちゃった。だから、ね、今を逃すといい結婚が出来ないの。いくら美人でもね」
 にっこりと笑う小杏に、悟浄はとんでもないお転婆だと冷や汗をかいた。
「おれはあんまり化けるのは上手くないからな」
と断り、印を結び呪を唱えると、肌は白く背は低く、小杏くらいの女になった。顔立ちは元の面 影を残して中性的ながらすっきりとした、少し小杏より大人びた顔立ち。
「衣装を着せてあげるわ。髪も結って化粧して……」
「いや小杏、君が着てくれ。衣装を変えると後がまずい。本相に返るとき服だけがもとのまま。今着せてみてくれ。化け直すから」
 小杏は次の小間に着替えに行く。八戒がこそこそと後を付いて行くのを、悟空がぐいと掴まえる。
 小杏が障子を開けて現れた。紅い晴れ着に、緋色の角隠しを手に持っている。金色の帯と衿がまばゆい。
「きれい、きれい」
 八戒が囃し立てる。小杏はすいっと悟空の元にやって来、腕を取り、
「きれい?」
と訊ねた。悟浄は知らぬ間に目が座る。
「八戒も言ってるじゃないか」
「私あなたに訊いてるの。小ちゃくて可愛いお猴さん」
「女菩薩。みだりに近づかれては困ります。私共は……」
三蔵が手を挙げ制する。小杏は悟空にからみつき、
「分かってるわ。出家なんでしょ。いいじゃない、綺麗って訊くくらい」
「兄貴。いい身分じゃないか。おれと代われよ」
 八戒言う。悟空焦りながら、
「きれい、きれいだよ、さっ、離れて、」
 悟空がそっと悟浄を見ると、悟浄は慌ててプイッとそっぽを向いた。悟浄は、悟空が自分の嫉妬の視線を感じたのだと思って慌てて顔を反らしたのだった。
「さ、和尚さん。どうぞ化けて」
 悟浄は呪を唱えると衣装を変えた。適当な布を持ってこさせ、緋色の絹に変える。頭も適当にこしらえ化けると、唇だけを紅く塗る。
 緋絹を頭に被れば嬋娟として零れるようななまめかしさ。
「凄え、凄え、こりゃ美人だ」
 八戒が近寄り角隠しをつまむ。その足をぎゅうと踏むと、悟浄、
「女には触らないで頂戴。生臭ね」
と女言葉で嫌味を言った。小杏は幾ら化けてでも美人と見ると、腹が立つようで悟空を離さず、
「あたしよりきれい?」
と詰め寄る。
「悟浄、挨拶に行け。後でうち合わせするから」
 自分が悟浄の花嫁姿見たさに焚き付けた案だったが、予想通り、いや以上のなまめかしさにどきどきし、小杏を引きずりながら悟空は扉を勢いよく開けた。
悟浄は絹をひらめかせながらすたすたと表へ行くと、少し端を上げ顔を見せて目を伏せた。夜の灯りの下、村の衆はいつになくしとやかで、羞じらいを含み立ち居振る舞いの匂うが如き小杏にぼーっと見とれていたが、はっと気付き一斉に鐘付き鼓を叩き爆竹を鳴らして囃し立てた。
「今日は全くお日柄も良く…」
 また挨拶が始まる。暫く皆と台に盛った点心などをつまんでいた悟浄が
「ちょっと……」
と席を外し、大股で小杏の部屋へ戻って行った。
「悟浄。皆見とれていたじゃないか。大もてだな。お前も男ばかりじゃなく、兄貴みたいに女にもてにゃいかんぞ」
「うるさい、」
 悟浄が悟空を見遣ると、悟空は小杏にくっつかれ焦っている様子。
「師父は、」
「ご夫婦に挨拶に行ったぞ」
「お前たちも行くのか」
「いや、おれたちは行かん。見た目が悪いからな」
「兄貴、女と遊んでないで、予定を言ってくれ」
 悟浄は角隠しを椅子に投げながら言う。そのまま彼は椅子に座った。
「悪い悪い。小杏、ちょっと離れて……」
 悟空もその向かいに座を占める。八戒も招き寄せ座らせる。
「お前一人でも大丈夫だろ。明日の午前中には、小杏を連れていくから」
「どうやって連れて来るんだ。小杏は凡胎だぞ」
「おれには工夫がある。心配するな。絶対お前を嫁にはやらんから」
 悟浄がじっと睨む。
「おれは」
 八戒が言う。
「お前に小杏を任せる訳にはいかん。ここで師父の話し相手になっててくれ」
 やがて三蔵が戻って来、悟空と八戒にも挨拶するよう連れて行った。
 二人が出ていくと、小杏と悟浄は二人きり。悟浄は小杏をじっと見つめた。
「大した花嫁さんだな。男に会いたいといってむずがったり、兄貴に媚びてみたり。一体何考えてるんだ」
「いいじゃない。あたしあのお猴さん気に入ってるの」
「このあま、」
 悟浄は近寄り歯をむき出した。小杏はわざとおびえて見せて泣き出す。
「泣くな、泣いて事が済むと思ったら大間違いだぞ」
「女は水で出来てるのよ、泣くのは当然でしょ、」
「何が水だ。水だったら貴様なんかよりおれの方がよっぽど水だ」
 悟浄は衿を掴んだ。その言葉を聞き小杏にやりと笑う。
「あんた、どう水なのよ。フフッ、あんた確かに水だわ。分かってるわ。あんたもあのお猴さんのこと好きなんでしょ」
 悟浄はかあっと火照ると、手を離した。
「心配しないで。あたしはただ気に入ってるだけなんだから。あんたのいい人を盗りゃしないわよ。あの人はどう見ても陽、火ですものね。するとどうしたってあなたが陰、水になるもの……」
「そう言う意味じゃない、おれは水に住んでたから、……」
「隠さないで。誰にも言わないわ。あなたにはお礼もしなきゃならないし」
「小杏、何も言うなよ…女ってやつは、小さくても侮れないな」
「あんな鈍感そうな男共と一緒にして欲しくないわよ」
 小杏はそっぽを向いた。
 やがて二人が戻って来る。一層銅鑼や鐘の音が高くなり、迎えが来たことを知らせていた。
「悟浄、出番だぞ」
 悟空が言う。悟浄は緋絹を取り、纏いながら小杏を見る。小杏はにこにこして手を振る。
「綺麗よ。花嫁さん」
 小杏は立ち上がると紅を持ってきて塗り直してやった。
「じゃ明日な」
 三人に送り出され、再び悟浄は表に出て行った。表では夫妻の隣で三蔵が少し心配げに見ている。深く頭を垂れ歩を進めると、迎えの者が挨拶を述べる。ひとしきり儀礼を済ますと、悟浄は夫婦に挨拶し皆に見送られながら輿に乗り込んだ。
 寿ぎの唄を歌い、囃しながら村人たちが後を追う。
 そして劉家には、静けさが戻って来る。悟空たちは表へ出ると、輿の行った方角を目で追った。八戒は台に残った点心類を口に運んだ。
「あの人は大丈夫でしょうか……」
「大丈夫ですよ。夜盗が出ようが暴漢が出ようが相手が人間である限りへっちゃらです」
 悟空は答えた。
「誠に申し訳ない。うちの娘の下らない願いを聞き入れて頂いて……」
 劉大夫はひたすら謝る。
 さて、花嫁一行は、一里も行くと村人たちは引き取り、山道に入った。
 二更も過ぎた頃、突然輿が止まり、地面に置かれる気配がした。
「?」
 不審に思いそっと幕を開けようとすると、悟浄は腕を掴み引っぱり出された。
「全く、勿体ない位きれいな姐ちゃんだぜ」
 男が笑いながら言う。
「誰に勿体ないんだ。婿殿か」
「いやおれたちだな」
 他の男たちも野卑な表情を浮かべ見下ろしどっと笑った。やがて誰かが押し倒そうとするのを、打ち払うと悟浄は立ち上がった。
「そんな目で睨んで、おれたちがびびると思ってるのか。火に油を注ぐだけだぞ」
「私は水だ」
 悟浄は裙子を高々と翻すと男たちを蹴り、殴った。殺さない程度に痛めつけると、角隠しを拾って立ち尽くす。
 禁呪をかけて動けなくすればことは済むのだが、今日はむしゃくしゃしていたので暴れてしまった。悟浄は暫くしてぐうの音も出ず伸びている男共を蹴った。
「起きろ。先を急げ」
「お嫁さん、私ら痛くてしんどくて……」
「じゃあ後から来い。私は先に行ってるからな。この方角でいいんだな」
 悟浄が指さすと、男はうなずく。悟浄は角隠しを手にしたまま夜道をスタスタと歩いて行った。
 途中山猫(とら)が出たのを一撃で殴り殺す。これはいかんと思って彼が一行の方へ取って返すと、一行は野犬(おおかみ)の群れに追われていた。
 悟浄は腕ずくでいくか術でいくか思案していたが、小杏の今後を考え、乱暴な女よりは術者の方がまだましだろうと術でいくことにし、印呪を念じ野犬に禁呪をかけた。
「早く来なさい。地の匂いに寄って来たんだ。私が助けてあげるから」
「お嫁さん、血を出させたのはあなたですよ」
 誰かが言う。
「……じゃあ、ほっといてもいいんだよ」
 背を向ける悟浄に、男たち、助けて下さいとはあはあ息を切らして走り寄る。こうして花嫁を先導に、輿入れの行列は皆徒歩で夜通 し進んで行った。
 翌朝、小杏は帰って来た劉強に最後の挨拶をすると、悟空に向き直った。清々しい顔からは、未練のようなものは感じられなかった。別 に小杏はそんなに劉強にこだわっていた訳ではなく、ただ自分の意志を無視した婚礼にむずがっていただけだったので、既にわがままを聞き入れて貰い溜飲を下げていたのだった。
「わがままを聞いてくれてありがとう。さあ行きましょう」
 全てを吹っ切ったように小杏が言う。悟空は頷くと、仙気を吹きかけ雲を呼んだ。
「まあ素敵。私雲に乗ったの初めてよ」
「普通は一生乗らんもんだ」
「ほんとに、私わがままだったわ……。でももう、わがままは言わないわ」
「そいつは良かった。苦労したからな」
「私が絡むからでしょ。もうじきあなたのお嫁さんが待ってるわよ」
「は?」
 一行を見つけ雲を降ろすと、男たちに覚られないうちに悟空は眠り虫で眠らせた。
「やっと来たね」
 悟浄が腕を組み言う。
「ほら、あなたの花嫁」
 小杏がこっそりと耳打ちする。悟空は赤くなる。彼らは偽の花嫁に歩を進めた。
「お前何で輿の外に出てるんだ」
 悟浄は男たちを見回すと、
「小杏、君はなかなか勘が良かったよ。こいつらは昨夜君を犯そうとした」
「まっ、」
 小杏は手を口元に添える。
「やられたのか」
 呆けた口調で言う悟空に、悟浄はむきになり、
「おれがやられると思ってるのか……!殴ってやったよ。そのせいで、山犬は出るわ、なかなか大変だった。小杏、君が無事で良かったよ」
「ありがとう和尚さん」
「一緒に後を付いていった方が良くないか?」
 悟浄の問いに、
「あと幾らもないわ。もうすぐ村に出るし、大丈夫よ。私のこと、恐れてるでしょうし」
 と輿に寄る。すれ違いざま、悟浄に、
「婿のお迎えよ。お婿さんと早くお帰りなさいよ」
と小杏はいたずらっぽく言った。悟浄が言葉もなく赤面していると、
「大丈夫だろう。もう十分だ。夜さえ越せば」
と悟空も言う。悟浄がそれならと呪文を唱えれば、悟空があっと言う。
「何」
「いや、勿体ないなと思って」
「兄貴まで……!花嫁二人いたら大変だぞ」
 悟浄は本相を表すと、緋絹を拾い二、三度振った。それは元の布に戻る。悟空がぶぶっと噴き出した。
「何、」
「口だけが…紅い。こりゃ変だ」
 悟浄が慌てて布で口を拭うと、口紅が付いた。
「早く帰ろうぜ」
 悟空が急かす。でも、と悟浄が小杏を心配するのを、
「いいから。奴らが目を覚ます」
 悟空は悟浄の手を握り引っ張った。
 その時握った掌から二人の身体に流れ出たびりびりとした電流。それは全身を駆け巡り貫き強い痺れと甘い疼きとなって二人を襲う。
 二人は慌てて手を離した。小杏は楽しそうにその様子を見ていた。
「じゃあ小杏、いい嫁さんになれよ」
 高鳴る胸を押さえつつ、悟空は言うと、眠り虫を収めた。男たちが目を覚ます。二人が天に躍り上がり様子を見ていると、男たちは畏まって道を行く。村へ入るまで見送ると、二人は雲を飛ばして劉家まで戻って行った。
 気まずさからか、その間二人は殆ど会話もせず、目も合わせなかった。
「よう出戻り」
 劉家に入ると、八戒が片手を上げた。
「誰が出戻りだ」
 不機嫌な悟浄を、まあまあと三蔵がなだめる。
 昨夜の一部始終を話せば、劉家夫妻は痛み入り、三蔵は喜ぶ。
「誠善になったな。全く良いことをした」
 劉広は一行に盛大に斎を振る舞うと、線香を炊き一行を見送った。
 さて、彼らはこれからいかにするのか、続きは次回をお待ちください。

BACK NOVEL

……うーん、入力しながら思うのは、今では書けないくらいの原作テイスト。これはかなり初期の代物だなあ。-1-とのギャップがすさまじいです。なんせ最近書くのは原作読まずにエピソード綴るだけっすから。どんどん外れていっているのは自分でも分かってます。しかし…ここまで原作テイストだと却って恥ずかしかったり。天竺国なのに劉家。まあ原作もそうだしね。この話は「紅いコーリャン」とか、「チャイニーズゴーストストーリー」とかに影響受けまくった話ですね。あと自分の知ってる中華テイストを可能な限り盛り込んだ、と。でも小杏と悟浄の「水」論争は気に入ってます、というかそこがテーマだしね。

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