番外/或る夏の日の情景

 さて一行は尚も西へ西へと参ります。あたかも厳しい残暑の頃合、日は万物を照らしつけ、陽炎の奥に彼方が揺れる。はかなくしがみつく植物の岩場ばかりを進んでおりますと、自然と寡黙になり、一行はただ歩き続ける日々を送っておりました。

「ううむ、暑い。このままじゃ猪さんは焼豚になってしまう」
 八戒は流れ出る膨大な汗をせっせと手で払いながらぼやいた。胸元を大きく開いた直綴は真っ黒である。これが日を吸収しえもいわれぬ熱さ。陰と陽は引き合い、正に太一を生じんとばかりであるとはこのこと。ぢりぢりと焦げる音のするよう。
「暑い暑いとうるさいな。少しは静かにしろ。お前こそ暑苦しい」
 一切日を遮る物もない荒野の中で、悟空もしたたり落ちる汗を手の甲で拭いながら言った。
「早く陰のある所で一休みしましょうよ。このまんまじゃ日にやられて死んじまう」
 八戒はそういうと暑さに耐えかね、上着を脱いだ。
「うわ…みっともねえな。いきなり脱ぐなよ」
 ぎょっとして悟浄が横から言う。
「このくそ暑いのに服なんぞ着ていられるかってんだ。お前も脱げよ。暑いくせに」
 脱いだ直綴で汗を拭いながら八戒が言う。
「いやだね」
 悟浄が言下に否定すると、八戒フフンと鼻で笑い、
「色気付きやがって」
 悟浄一瞬涼しくなったが、すぐに火のような熱さを感じ、少し喉にひっかかったような調子で、
「あほう、お前なんぞが脱いだらただの猪(ぶた)に成り下がっちまうぞ。だからみっともないから止せと言っているんだ。見ろ、兄貴だって我慢してるじゃないか。服ってのはな、人間の尊厳、羞恥の証なんだぜ」
「何言ってんだ。人間だって暑けりゃ脱ぐぞ。下さえ覆ってりゃ充分だろうが。小娘みたいに恥じらってどうする。なあ兄貴」
「フン?」
 悟空も暑さに堪えかね前をはだけバタバタとさせながら振り向いた。
 悟浄は「うわ」と焦って目を逸らしかけたが、毛の密集した悟空の身体は別に服を脱いだとてワイセツ感の漂うものでもなく、むしろ見るからに暑そうで、八戒なんかよりよっぽど服を着ているのが不思議であった。
「何」
 後ろを向いたまま悟空が問う。
「いやさ、こう暑いのに、人も通らねえのに服着て我慢するこたねえだろう?勢い良くばーっと脱いで、少しでも涼しくなろうじゃねえか。なあ」
「おれぁ脱ぎたかねえ。見るからに猴になっちまう」
「心配するな。そのまんまでも充分に猿回しの猴だよ」
 悟浄はそれを聞き噴き出した。
「ちぇっ、皆人ぶって、上品だぜ。師父も脱がれませんか」
 八戒が三蔵に言うと、彼は馬に乗り前を向いたまま、
「暑さ寒さも心次第。これも修行です」
と言う。
「昔は脱いでたくせに」
と八戒が言えば、悟空が横から、
「あん時ひどく日焼けして体中痛くなったから、懲りただけさ」
とニヤニヤして言う。その目が悟浄の目と合うと、
「ま……師父は脱がれないが良いと思いますよ。白い衣を召されていれば、八戒のように日を集められることもないし、……」
と、悟浄をもう一度見る。明らかに警戒されて、悟浄は肩が重くなる。
「もう少しの我慢ですよ。……水の匂いがする。夜までに、水のある所へ着きます。今夜はそこで休むとしましょう」
「また化け物でもいるんじゃねえのかな」
 八戒がうんざりしたように言う。
 程なく林が現れ、一行は涼しい風の吹き渡る林の中を進んで行った。

BACK

いやーこのエピは普通に話一本を作ってその中に挿入しようとしていたものなのだけど、ブツ切れのままずーっとノートに残ってました。全くの小ネタ…というか以下ですね(汗)

Copyright 2005 Lovehappy All Rights Reserved.