昨日の敵は、今日の相棒(とも) -3- 好奇心は猫をも殺す

 足元の小枝がパキッと鳴る。表の街路樹のものなのか、それともこれも幽霊なのか、少し奇妙な心地がしながらも判別がつかない。
 いつも通る道の脇に、こんなものがあるなんて気づきもしなかった。

「今日は立ち入り調査だけだぞ」
 ドアに手をかけ、振り向きながら吉良が言う。好奇心だけでワクワクしていた仗助の心は、異様な雰囲気の異世界の扉を目の当たりにして、少ししぼんでいた。その戸惑いが隠せない顔を見て、吉良が笑う。
「なんて顔、してるんだ……?帰るなら今のうちだぞ」
「バカにすんなよ、ちょっとだけ緊張してるだけだ」
「ちょっとだけ、ね……」
 軽く音が鳴り、少しずつ静かに扉を開く。中からは明々とした光が薄暗い路地へと漏れてくる。
 暖かな色をしているのに、仗助には少しも暖かには感じられなかった。ただひたすら不気味さだけが増して、むしろ薄ら寒い。
「入るぞ」
「え、ちょ、待っ……」
「ビビリすぎだろ」
 待たず入っていく吉良に、腰が引けながらも仗助は着いていく。
 中は、意外に普通に見えた。高価そうで趣味の良い調度類に、凝った装飾と手入れの行き届いた室内。つい今まで、誰かいたような生活感。
「何かあったらすぐ逃げ出せるように、ドアは開けておけよ」
 物珍しさにきょろきょろしていると、そう言い置き吉良は振り向かず階段の方へと向かう。
「ちょ……待てよ……」
 仗助は慌てて後を追う。隣に並ぶと、
「これが、幽霊……?凄い現実感あるけど」
「いいもんも一杯あるんだよな。今日も何かくすねていこう」
「あんた意外と手癖悪い?」
「別に」
「……この垂れ目ブサイクの絵、何?」
「お前夢二も知らないのかよ。話にならんな」
「でも、ブサイクだろ?ロンパってるし。あんたこれ美人だと思う?」
「世間では美人画と評されている……それ数百万は下らないぞ?」
「何っ?!……これ貰っていこ?」
「手癖悪いのはお前だろ」
 そして仗助が額縁に手をかけたときだった。
 ふっ、と仗助の首筋に冷たい空気がかかる。
「ぎゃあっ、」
 危うく絵を取り落としそうになりながらも、首筋に手を当てて後ろを振り返ると、吉良が体を震わせ腹を抑えて笑っていた。
「お前、本当にビビリだな」
 笑い止まず声も震わせながら言う。
「ビビリじゃねーよ!……あんた、“ゲラ”?」
「なんだ?“ゲラ”って」
「あんたみたいに下らないことで大笑いできるやつのことだよ、クッソ、今度はおれがあんたを死ぬほど驚かせてやるからな」
「忘れてるのか?わたしは死人だぞ」
「物の例えだよ理屈っぽいなー」
 吉良は未だに笑っている。
 そのときだった。
 バタン。
 大きな音を立てて開けておいた扉が勝手に閉まる。二人は一斉に振り返った。
「ドアが……」
 慌てて取って返すと、ドアノブをひねる。しかしまるで鍵がかけられたかのように開かない。
「クソッ、」
 夢中で吉良は壁をすり抜ける。外へ出られたとほっとするのも一瞬、振り向くと仗助が中に取り残されたことを知る。
「っおい、」
 ドアを叩いて声をかけると、中からも叩く音がする。
「どうなってんだよ、これっ」
「ちょっと待て、すぐ助ける……」
 しかしどうやって。と考え、中から駄目なら外からならどうか。淡い期待でノブをひねるが開くことはなかった。
 自分はすり抜けられるのだから、…と嫌々ながらも腕と上半身を壁に差し込み、仗助の手を掴む。ぐいと引っ張り、自分と一緒に出ることが出来ればと思ったが、何かに阻まれて、連れ出すことは出来なかった。
 途方にくれ、吉良は持参した例の拳銃を取り出す。
「ちょっと勿体ないが…思惑通りこれで開ければよいが。おいちょっとドアから離れていろ」
「了解」
 ドアノブを撃ち抜くと、ノブは壊れドアが薄く開く。すかさず仗助は飛び出してきた。
「怖っ、……ちぇっ持ち出せなかった」
「………ふぅ。お前、本当にわたしを驚かせてくれたな。心臓が縮み上がったぞ」
「ねぇだろ心臓……ってか、これは不可抗力、ノーカン!……助けてくれて、あ、ありが……」
「借りを返した程度だ」
 その日はもう帰ることにしたが、帰り道、吉良は言葉少なで、なにか思案しがちだった。




「何だって?」
 家に帰り着き、夕飯も済ませ、やっと自室で人心地ついたところで、吉良が言った言葉に仗助は返した。
「だからお前の手伝いはいらないと言ったんだ」
「今日は知らなかったからあんなザマだったけどよ、次は上手くやれる、おれは、同じ失敗はしない男だぜ?」
「駄目だ……」
 そう言って、伏せていた目を上げると、しっかりと目を見据え、
「足手纏いは、いらない」
「……ああそうかよっ、じゃあ出てけよ、」
 今日の様では返す言葉もなかったし、何かムカついて、仗助は力の限り窓のサッシを殴った。

「何の音?!」
 朋子がドアを開けると、部屋の中はごく普通だった。
「別に。ちょっと部屋の中でふらついて窓に当たっただけ」
「全くしっかりしなさいよ、凄い音だったわよ、近所迷惑!」
「ごめーん」




 虹村億泰は、東方仗助のご近所さんである。
 ある夜、東方家の方からガラスの割れる派手な音がして驚いて窓から外を見た億泰は、その窓から立ち上る薄緑のフワッとした何かを見た。
 やがてそれは、夜闇の中にすうっと消えていった。何かと驚いて瞬きした後には、派手に割れていたはずのガラスも元通りになっていた。
「なんだ、今のは……?」



「おい仗助ェ、オメーなんかおれに隠してることあんだろ?」
 次の日の朝、登校中に億泰が言う。
「………。別に」
「昨夜派手にガラスぶち破ってただろ、おれ見たんだよ」
「ああ、あれ……ちょっとふらついてな。すぐに直しといたよ」
「ふらついただぁ?そんなんに騙されっかよ、おれぁ見たんだよ」
「………何を?」
「何って、うーん。……何だろな?アレ。なぁ仗助、アレ、何?」
「おめーが分からねぇもんをおれが知るかよ」
 そういえば、こいつも『見える』んだったよな……と平然とした表情を作りつつも、仗助は内心焦る。いや、スタンド使いは多分全員見える。吉良は昨夜から出て行ったままだし、記憶は勿論ないままだし、このままだと、誰かに出会って面倒なことになる可能性が高い……といてもたってもいられない心境になる。が表情には出さない。
 このまま登校すべきか、否か。多分一番面倒くさいことになるに違いない自由業の男にだけは会わせたくない。
 そして思う様、あいついつもおれが学校行ってる昼の間は何してんだろな……勝手に調査してると思ってたけど。
 もしかして既に、誰かに会い済だったりして。
 ――やっぱムリ。学校なんて行ってらんない。
 仗助は通学路を外れるとスタスタと足早に歩き始めた。
「おい仗助、どこ行くんだよ?!」
「お腹痛いからお家帰る」
「ウソ付け。そっちはお前ん家じゃねーぞ。ごまかそーとしてもムダだぜ。昨日のアレに関する何かだろ?おれも行く」
「いいからお前は学校行っとけ。出席率くらいしか取り柄ないんだからよ」
 こいつに会わすのも気が進まない……と仗助は駆け出した。
 
どうにか億泰を巻き、某自由業の男の家に着くと、息を切らしドアを開けるのももどかしく勝手に入り込む。
「おい!てめぇ……!」
 書斎に立ち入ると、そこには椅子に座って背を向けた某人気漫画家が机で唸っていた。
「人ん家に勝手に入ってくるな。何しに来た。学校はどうした?」
「……あんた一人か?」
「ご覧のとおりさ」
「今日は、仕事か?」
「珍しく今ネタに詰まっていてね、いや普通レベル以上には十分出てくるんだが何か納得いかなくてね、なかなか筆が進まないところなんだよ」
「へー。じゃあ今日は缶詰か」
「多分な」
「へーそりゃ、良かった……じゃねえ、いいかくれぐれも、出歩かず篭って仕事に勤しんでくださいよ?先生」
「お前の指図は受けないぞ、なんだそのいい方は」
「いやいやほんとに。マジで。いいか駅前なんかに行くんじゃねーぞ」
 ――あ、やべっ。うっかりして口が滑った。
 仗助はこれ以上長居は無用と踵を返した。
「駅前?駅前がどうかしたのか?」
「なんでもない頑張ってください大先生」
 藪を突付いて蛇を出す。これは放課後またここに来ないとまずいな……来たくないけど。とため息つきながら遅刻の学校へ向かう。
「ふ~ん駅前、ね……今一気分が乗らないから気分転換も必要だよな」
 ――何か良ネタの匂いもするし。
 露伴は仗助の出て行ったドアを見て言うと、ニヤリと笑った。





 いくら何か不思議な力を持っていて常人とは違うといっても、所詮は人間だし、いくら自分よりガタイが良いとはいえ、相手はまだ前途ある子供だし、まだまだ予測不可能な何事があるかも知れないし、命の危険のあることに巻き込むのはよくない。大人としてさせてはいけないことだと思って、昨日はああ言ったものだが、プライドを傷つけたという顔をしていたし、おもちゃを取り上げたようなものだし、理解はされないだろうな……と吉良は息をつく。
 昨夜はホテルのロビーに泊まれただけマシだったか…今夜はまた宿探しか。と吉良は顎に手をつかね、考える。
 取りあえず、今日は死亡者の死因でも探るか…と図書館へ行くことにし、現場から歩き出そうとしたとき、前方に誰かが自分を意思を持って見ているのに気がついた。
 岸部露伴は駅前にいた。
 一体何があるのかときょろきょろすると、あれが仗助が隠したかったものかと一発で思い当たるものを発見してしまった。
 寄っていくと、隠し切れない笑顔を浮かべて声をかける。
「ずいぶんと久しぶりだな。ここで何をしてるんだ?」
「誰だ君は……?」
 振り返った男はきょとんとしている。その疑念が本心らしいと見ると、露伴は声を和らげた。
「イヤだなあ忘れてるのかい?ぼくですよ」



「……この紅茶は頂き物なんだけど、英国王室御用達の、最高級品だよ」
「……へえ。さすが豊かで香り高いな」
「君は上質なものが好きだろう?こっちのビスケットも楽しむといい」
「ありがとう」
「それじゃ今は、東方の家に居るのか?マジで?あいつとは合わないだろ?」
「うーん、まぁ、そうかな……」
 吉良はあいまいに言うと、紅茶をすすった。
「あいつはデリカシーないし、頭悪いし、へんてこな頭した、ヤンキーだし、」
「わたしもあの頭はどうかと思ってる。ヤバイセンスだな」
「ぼくの漫画も分からないみたいだし」
「芸術も全く解さないぞ。知識もない。趣味は全く合わないな」


「……ところで、以前幽霊の生前の記録は読めたけど、死んでからの記録は読めなかったことがあるんだ。君の生前は君の言うとおり、真っ白だったし、ちょっと聞いただけでも死んでからもめちゃくちゃ面白い人生?歩んでるみたいだし、ちょっと死後の記録を読む方法を掴むのの協力をしてくれないかな?あーでも、生前の君の記録も凄い読みたかったなー実に残念」
「?何を言ってるんだ?」
 そのとき部屋のドアがばーんと開いた。テーブルでお茶を楽しんでいた二人は驚いてドアの方を見る。
「やっぱこうなるのかよ!」
 そこには勿論、仗助が仁王立ちしていた。
「ネタ詰まりのぼくに最高のプレゼントをありがとう」
「ありがとうじゃねーよそいつを放せ」
「何しにきた?」
 吉良も冷たく言う。
「吉良さーん知らない人に付いて行っちゃいけませんよーこの辺にゃアブナイ人が一杯いますからねー」
「この人はわたしを知ってるみたいだったぞ?それにそれならお前にも付いて行っちゃいけなかったな?」
「おれはいいの。こいつはダメ」
「納得いかない」
 露伴がこぼす。
「こいつはアブナイやつだからダメ。おれはいい」
「お前も十分危ないヤツだろ!卑怯だぞっ、こんな面白物件独り占めとか」
「物件扱いすんなよ。だからあぶねーんだよてめーはよ。さぁ吉良さん一緒に帰りましょねー」
「イヤだな」
「おいっ、」
「おやおや、仲間割れ?」
「別に、仲間ではない」
「まだそんなこと言ってんのかっ」
「まあこんなガキ扱いされたら誰だって怒るよな」
「……元々、一人でやってきた。これからも仲間はいらない」
 昨日のあの恐怖がまざまざと蘇り、吉良は言う。
「昨日のこと心配してるんだろ?気にするな、お前一人じゃ危ない」
「お前の方が危ないじゃないか……足手纏いはいらない」
「なんだか凄い楽しそうな話してるな……じゃあ、この際この男とは手を切って、ぼくが助けよう」
「君の能力は役に立たない」
「………」
 役に立たない呼ばわりされて露伴はむすくれる。仗助はその顔をニヤニヤ眺め、
「ざまぁ~……んじゃ、億泰にでも頼むか?」
 後半は独り言で言うと、
「幽霊でない現実の建物の方を削ってしまうと始末が悪い。やはり役に立たない」
と吉良がどこか遠くを見る目で言う。
 それを聞いた二人は無言で穴が空くほど吉良を見詰める。
「どうした?」
 吉良が不思議そうに聞く。
「どうした、っておめーおれは億泰の能力のことを話したことは……おいっ、露伴、早くこいつを読め!」
「言われなくとも!」
 しかしやはり、吉良はまっさらの白紙なのだった。
「どういうことだよ……」
「ぼくが思うに、吉良の記憶はマスキングされているんじゃないかな。幽霊だからって生前の記憶が消えるわけじゃない……それは知ってるだろ?それが、こうも真っ白なのは何か不自然だ……封印されてる、マスクされているとしか思えない。何者かに」
「さすが漫画家大先生、陰謀論過ぎるな。ショックで吹っ飛んだだけかも知れないだろ」
 仗助が突っ込めば、
「じゃあ今の億泰の件はどう取るんだよ」
「う………、」
「億泰の件とは何のことだ?」
「覚えてねぇのかよ……」
「これはやはり面白物件!君、こいつの家はやめてここに居たまえ、上質なものも揃っているぞ」
 露伴が勢い込む。その異常な興奮ぶりを吉良は一瞥し、
「いいや、やっぱりここは出ることにしよう。わたしはね、仕事柄、自分の勘と嗅覚は頼りにしてるんだ。その嗅覚が、ここは危ないと教えている」
「まぁ待てよ。君はぼくに贖罪する必要があるんだぞ。ぼくは君に殺された」
「何……?」
 吉良は驚いたのか目を見開いて露伴を見詰める。
「おいやめろ、」
 こいつ言っていいことと悪いことの分別もないのかよ大人のくせに。やっぱり面倒なことになってきやがった……と仗助は額を押さえる。
 露伴は頬杖つき爛々とした目を吉良から外さず、言う。
「幸いながら運命を覆すことが出来たらしくこうして生きてるけどね。…罪を償いたくはないかい?ああここに小林玉美がいればっ」
「……で?ここにいろと?それとも足手纏いになりたいのか?拾った命は大事にするんだな」
 冷ややかに言うと、吉良は席を立つ。
「逃がすか!ヘ……」
「吉良!振り向かず外へ出ろ!」
 吉良に書き込まれると悟った仗助は怒鳴ると、露伴の後頭部を靴でしたたかに殴った。
 吉良は壁をすり抜け外へ出る。
 仗助も外へ出て追いつくと、言う。
「だから言ったろ、アブナイ人がウヨウヨいると。いいか、二度とお前を知ってるってやつにくっついて行っちゃだめだぞ?」
「殺された、とはな……わたしは一体……わたしを知ってるやつは敵しかいないのか?」
「チッあいつ余計なことを……」
「お前も、なのか?」
「………おれは、相棒、だろ」

露伴せんせー書いたら実はちょっとばかり先のプランが狂ったような…修正可能かなあ。いやー作者間抜けにつき先生も間抜けにしてしまってすみません。ネタ、展開ともに王道と言えば聞こえがいいがベタ以下の手垢のついたパターンの気がするぜ。

Copyright 2005 Lovehappy All Rights Reserved.