昨日の敵は、今日の相棒(とも) -1-

 ――おや、あれは……?
 東方仗助はその日の下校時、道路の向かい側を行きかう雑踏の中に、気になる人影を見つけた。
 それはどこかふわふわとした足取りで、重力を感じさせない。何よりその目立つ色彩だ。平日夕方らしい地味な色に溢れた日本人の中にあって、なかなか人を選ぶ凝った緑のスーツに帽子。
 そして、服に着られていない整った目鼻立ちに、吸い込まれそうな大きな漆黒の瞳――
 ――あれは……いや、まさか?
 仗助はカバンを抱えなおすと、信号も変わってないのに車道に乗り出し向かいの歩道へと走った。
 急ブレーキの車たちからクラクションが鳴る。
「おい、ちょっと、あんた!」
 仗助は追いつくと、真後ろに立ち、声をかける。しかし相手は気付かぬ風で歩き続ける。
「おい、おめェだって……え?」
 仗助は肩を叩いたつもりだった。しかしその手ごたえが妙だった。そして焦ったように振り返るその顔は――
「吉良!」
「な……、」
 相手は大きく目を見開き、驚愕の表情を見せている。それは仗助も同じであろう。
 彼がこの街から居なくなってからどれくらいか。仗助は時折、いやしょっちゅう彼のことを思い出していた。忘れようにも忘れられない。まだ十代半ばの仗助に強烈な印象と思い出を残して去った相手だ。
 その彼が――吉良が、仗助の目の前に立っている。確かな存在感を持って。いや、何か妙だ。第一彼は死んだはずで、自分はそれを確かに見届けたはずで。
「なんでおめぇが……っ、」
「君は……わたしが見えているのか?」
「え?!」
「え?」
 叩かれた肩は大丈夫だろうか…とぶつぶつひとりごちて吉良は己の肩に手を当てる。その腕は片方が欠けており、なにか古びた小箱を小脇に抱えている。
「まさかわたしが見えるとはね。そして今、吉良……と呼んだな。わたしを知っているのか?」
「知っているのか?じゃねーだろ?今更他人の振りかよ?」
「こんなとこで話していると人目につく…わたしは良いが、君がね。おかしな人に見られるよ。少し場所を移ろう」
「お、おう……」
 先に立ち細い路地へ入る吉良に、仗助は着いていく。おかしな人?なぜだろう。吉良の服がとても目立ちたくない野郎の格好とは思えないからかな?と前を行く吉良をまじまじと見つめて、その不思議な欠け方の片手に気付いた。
「あんた、その手どうした」
「ああ、これか……ちょっとね。ついさっき、性質がわるいものに取られたところさ」
 吉良は断面を上に上げ、手を振ってみせる。その空洞を見て仗助は違和感の元を理解する。
「あんた、人間じゃなさそうだな……?」
「今更気付いたのか。君の方こそ何者だ?わたしが見え、知っているようだが。……良かったら、教えてくれないか。わたしは自分のことは名前以外、何も分からないんだ」


「吉良……ウソだろ」
 仗助は吉良の目を見つめる。揺らがない、大きな黒目。その目には生前見られなかった静謐と落ち着きとがあり、嘘を言ってる風ではない。顔立ちは最後に見た川尻としての吉良そのままだが、表情と纏う雰囲気がまるで違っていた。なにか、憑き物が落ちたような、肩の力が抜けたような自然体を感じて、こっちの方が素直そうで人間ぽいじゃあないかと考える。
「まァ、正直、あんな別れ方で後味悪かったし……幽霊でももう一度会えて話せてよかったよ。ところで、その腕、不便だろ?おれが直してやろうか?」
「君がか?人間にそんな真似が出来るのか?」
「おれの能力忘れてんな……ってマジで忘れてるのか」
 仗助は無言でスタンドを発現させる。吉良はついさっき、と言った。まだ間に合う、はずだ。
「ドラァッ!」
 腕を殴ると、断面から凄い勢いで吸引力が発生する。暫くするとどこからともなく千切れた腕が飛んで来、ピタリとくっつく。完全に食い荒らされてはいなかったようで、巣食う化け物は衝撃で追い出され、弾け飛んだ。
「凄いな……!どうやったか知らないが、ありがとう。こんなことが出来る人間がいるなんて」
 吉良は戻った手を大事そうにさすり、感心したように言う。
「オメー、見えなかったの?」
「?何が?」
「スタンド……オメーの手を直すのは、これで二度目だな…」
「そうなのか……何度も助けてくれてありがとう。君と出会えたわたしは幸運だな。本当に助かった、心から感謝する」
「…………」
 本当に嬉しそうな吉良を見て、なぜか仗助は心苦しくなる。なぜおれが罪悪感感じなきゃならないんだ……悪人はこいつ、元のこいつだろ、と心を奮い立たせる。しかしいくらかの罪悪感と、寂しさを感じずにはいられなかった。
 ――吉良は、……おれの知ってる吉良は……こいつはほんとうに何もかも忘れちまったのか?スタンドも?
「なァ、キラークイーンって知ってっか?」
「キラークイーン?なんだそれは」
「いいから、言ってみてよ、『キラークイーン!』って」
「なんでわたしが…」
「いいから!助けた駄賃だ」
「……。しょうがないな、『キラークイーン!』……これでいいか?」
 訳が分からないという顔ながらも、礼と言われれば妙に義理堅い部分も持つ吉良は言わざるをえない。その瞬間、仗助は見た。そっと寄り添うように、うっすらと現れたキラークイーンを。しかし吉良は気付かない。
 そのキラークイーンの寂しげな佇まいに益々胸が締め付けられる。意味が分からない。なんでおれが……と仗助は内心舌を打つ。その間キラークイーンはすうっと消えてしまった。
「君?」
 いつの間にか俯いていた仗助の肩を吉良が叩く。
「今度はわたしの番だ……君の知ってる、昔のわたしを教えてくれないか?」

「お前のこと?……う、うーん、……なんて言ったらいいのかな……」
 折角忘れて更正してる(ように見える)吉良に、手に対する執着や快楽殺人のことは言うべきでない気がした。ショックを受けるだけならまだしも、要らぬ欲望を呼び覚ましてはならない。
「まぁその……几帳面で平穏を愛するリーマン…だったかな……」
「なんと!生前のわたしも平穏を求めていたのか。これは揺ぎ無いわたしの本質なんだな」
「………」
 ――じゃああの異常性癖はなんだったんだよ!
 仗助はまたも内心で悪態をつく。
「分からないな……そんなわたしが、なぜ若くして死んだのか。君は知っているかい?」
「………」
「しかもなんだか、良くない行いをして死んだ感覚があるんだ。絶対天国へ行けないだろうとね。何故だい?」
「う……おめェは……」
「うん?」
「今は、幸せか……?」
「幸せかと問われれば、幸せとも不幸とも言える。今夜の寝床も決まってないし……」
「幽霊に、寝床が必要か?」
 呆れたように言われれば、吉良は胸を叩いて言う。
「必要だ!少なくともわたしはな。その辺で野良猫のように夜を過ごすのは我慢がならない。快適で安心できる自分の寝床が必要だ。わたしは平穏と快適を求めているんだ」
「……その辺は、全ッ然変わってねえな……妙に安心した、あんただって実感できたよ」
 仗助はフッと笑うと、吉良に目線を合わせた。
「じゃあ、今夜うち来る?」


 幽霊は、人の家、生きた者の結界の中に勝手に入っていくことは出来ない。
 その所有者の魂の許可が要る。
 それを、こっちから言い出す前に差し出してくれた変わった髪形の学生に吉良は感動していた。
 どうも普通の人間ではない(自分が見えている時点でかなりのものだが)この若い学生、それも不良めいた、なのに腕は直してくれるわ泊めてくれるわと至れり尽くせりだ。
「いいのか?」
「ああ、来いよ」
「恩に着る」
「よせよ、あんたの口から言われると気味悪ィ」
「どういう意味だ。人が礼を言ってるというのに」
 互いの口からフッと笑いが漏れる。今までのどこか緊張で一線引かれていた互いの間が緩む。
 そして2人は連れ立って仗助の家へ向かった。
 
「キタネー部屋だけど、勘弁しなよ」
 そう言って吉良が通された部屋は、男子学生らしい雑然さだった。マンガ本が床に転がり、服がベッドの上に散乱している。
「謙遜ではないな」
「ウルセー。文句あんなら余所行けよ」
「わたしが学生のときは、多分もっと綺麗にしていた気がする」
「だろうな。おれもそんな気がするよ」
 あんたならあの広い家でさぞかし優雅にお過ごしだっただろう……と仗助はあの家を思い浮かべる。
「さて。茶でも飲む?」
「結構だ。飲食は必要ない」
 吉良はそう言うと、ベッドへと腰掛けた。膝の上には例の小箱。
「あっそ…じゃあオレは、コーヒー飲むけど」
「……この家に、仏壇はあるかい?」
 何かを思いついたように、吉良が言う。
「あるけど?」
「試しに、そこにお供えしてみてくれないか。そしたら食べ物が成仏する…わたしにも食べられる何かに変容する気がする」
「そんなものなのかな…?今までお供えって意味ねーって思ってたけど。あとで旨いもん食える以外は。試してみる価値はあるな」
 仗助は吉良を伴い台所へ行くと、温かなコーヒーをふたつと、買ってあったロールケーキを一切れずつ、皿に盛った。そのまま仏間へ移動すると、仏壇へ供えてついでに伏し拝む。
 暫く吉良は立ち上る湯気と香りを楽しんでいたが、そろそろよいかとコーヒーに口をつけ、ロールケーキに手をかける。
 思ったとおり、中身は減らないがエッセンスめいた何かが実体めいていて口に含み、楽しむことができる。
「やった……!やはり旨いものを楽しむのは、素晴らしいことだな。五感が甦る」
「あーうん、いかにもあんたの言いそうなことだな」
 でも、おれも一緒に楽しめて、よかったよ、と仗助は無邪気にすら見える吉良を見て思う。
 それから2人はお供え物も下げてまた仗助の部屋に移動し、仗助は床に座ってローテーブルの上のコーヒーを飲む。
「……で、あんたこれからどうするの?あそこで何してたの」
「わたしか。ちょっと仕事でな。まだ片がついていないので暫くこの街にいる」
「仕事……?吉良さん死んでも勤勉なんスね~」
 吉良はまたベッドへ座り、小箱を膝に乗せる。
「さっきから気になってっけど、ソレ、何?」
「これか?これはな……」
 カチリ。そう音をさせ吉良は小箱を開く。仗助は中を見て仰け反った。
「うおっ、銃弾?!現代日本になんで銃弾があるんだよ!オメーまさか、まだ人殺しやってんのかッ」
「まだ?どういう意味だ。……これは銃弾の幽霊だ」
 そう言って中の小銃を目の前に掲げる。
「銃の幽霊?そんなもんありなのかよ」
「試しにお前を撃ってみるか?」
 吉良は銃口をピタリと仗助に据える。
「やめてくれっ、万が一当たって死んだら、どう落とし前付けてくれるんだよ!」
「ふふっ、死んでもこうやって意識はあるぞ?」
「おれはフツーに旨いもん食ったり遊んだりしてェよまだ!」
 吉良はくすくす笑うと銃口を納める。弾層を確認して箱にしまった。
「あんたの仕事ってなんなんだよ、物騒そうだな」
「始末屋だ。依頼を受けて対象を始末する……勿論報酬も貰うぞ?現金で」
「仕事人か……」
「まあそんなところだ」
「あんたには似合いだな」
「そうなのか?平凡なサラリーマンだったんだろ?」
「う……んまぁ……」
 仗助が歯切れ悪く目を逸らすと、吉良は苦笑を浮かべる。
「いいよ……薄々分かっているんだ、なぜか最初から殺しに躊躇いがなかった。人を刺したりする手応えや断末魔なんて決して気持ちの良いものではないのにな。何も感じなかったんだ」
「……今回も、殺しか?」
「いや、今回は……お前、屋敷幽霊って知ってるか?」
「は?屋敷?幽霊屋敷?」
「違う。屋敷の幽霊だ。わたしも最初は意味が分からなかったが……」
と吉良は体験したことを話す。仗助も異常な体験に興味を持って面白く聞いた。
「アレを調査して、始末しないと帰れない」
「でも、そこにはあんたの天敵がいるんだろ?平気なのか?」
「そこが頭が痛い。あんな恐ろしいことは今までなかった」
「もう死んでるってのに、何を恐れることがあるんだ?」
「この意識を失うことだっ!死んだといえど、こうやって自我があるんだぞ、アレに取り憑かれて消滅してみろ、わたしはどうなってしまうのか、この意識を失ってしまうのか、先の見えないことは恐ろしいに決まってるだろ!」
「うーんまァ、おれが死ぬのが怖いのも同じことだよな…なぁ、おれも行ってもいい?」
「ハァ?生きてる人間にアレがどうにかできるのか?」
「でもおれはあんたが見えるし、腕も直してやったし……あんた、おれと居ると、体が欠損する心配しなくていいぞ。どう、おれと相棒組むっての」
 仗助は面白い冒険ができそうだとワクワクして申し出る。
「……確かに。心強いな……」
「おれとあんたが出会ったのって、こういう運命だったのかって気がしてくるぜ」
 例え生前死闘を繰り広げた仲だとしても。仗助は今とても『運命』というものを感じていた。
「というわけで。好きなだけここにいたらいいじゃん。この先行くとこ決まってねぇんだろ?」
「………」
 思いがけない申し出に、吉良は目を大きくし、穴が空くほど見つめる。
「あんたとの同居も悪くない…なんだかわくわくしてきたぜ……っでも、あんたも幽霊だし、まさかおれ取り殺されたりしねェよな?」
 仗助が焦って言う。吉良は薄く笑うと、
「さあな。明日学校に行って、友達にでも死相が表れてないか聞くんだな」
と言った。


……つづく(たぶん)

実はジョジョは露伴好きの姉に薦められて、4部が好きすぎて、てゆーか急に有名なMAD久しぶりに見たくなって探してはまって見ていたら4部アニメ化ニュース来たじゃないですかー!急にボルテージ上がってきちゃったじゃないですかー!姉は露伴先生だけど、コンサバと普通を好む私は志向の似てる吉良さん派さぁ~別に腐った見方はしたことなかったんだけど、荒木荘関連がよろしくなかった…おかんかわいすぎや。ちなみにこの話書くときのBGMは「Lamb.」です。吉良さんを救い出したい

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