ヒロミ、という男 1

 きらめく夜の海
 さかまくイルミネーション
 ただ渺茫とした浪のまにまに
 孤独人はただよふ

 昭和40年代前半の頃である。ここ新宿の裏通りは夜になると東京中で最も活気のある若者の街であった。銀座よりは格で劣ったものの、若々しい活気とパワーではがさつで品のない新宿に一歩を譲っていた。
 会社帰りのサラリーマンは連れだってバー、キャバレーへなだれ込み、うっぷんをはらし、若者は道ばたに座り込みシンナーやLSDを吸う。長髪にして、妙なサイケと呼ばれるハデな柄の服を着込み、薄暗いゴーゴー喫茶にたむろする。女はこれでもかとばかりの短いスカートをはいて、厚化粧。皆ブリジット・バルドーを気取っていた。
 薄汚いヒッピーと呼ばれる人種が右往左往し、学生は青春を社会的な事にぶつけていた。
 国内が騒然とした、不安定な時代だった。
 そんな中で、新宿はあだ花のように悪徳の匂いをさせて咲き誇っていた。


 ゲイバー“ラムール”はそんな新宿2丁目にあった。店内はそう広くなく、入って左手にソファとテーブルが2セットあり、4、5脚のカウンターが右側にあった。中央にミラーボールが一個吊ってあり、あまり品の良くない朱い球型のチューリップを逆さにしたような照明が4個ぶら下がっていて、奥に二畳ほどの狭いステージが据えられている。しかしショウは週に2度位しかなかった。それもせいぜいカラオケショー。そんなしなびたちんけな店ではあったが、ラムールは結構繁盛していた。
 なぜなら店の子たちがいいのが揃っていたからだ。
 といっても顔やスタイルじゃない。気性のいいのが揃っていた。

 そんな中にあってヒロミは異色の存在だった。
 ヒロミはゲイバー“ラムール”で働く少年である。
 本名も、詳しい年齢も何処に済んでいるかもここ、新宿界隈のネオン街で知っている者はいない。
 しかし“ラムールのヒロミ”の名を知らない者はなかった。
 すらりとした無駄のないスタイル。色は白く腕も足も少年らしくしなやかにすんなりと伸びている。切れ長の目は印象的でいつも鋭く輝いていた。通った鼻筋、紅く形の良い唇。彼はここ新宿で働くどのゲイボーイよりも美しかった。女も余程の美人でない限り、隣に並ぶことは恥ずかしくて出来なかった。
 彼は美しい豹のようにしなやかで危険な香りを放っていた。
 実際、彼の気性は獣のそれらしく荒々しく激しかった。その性格が災いして客を怒らせてしまうことなどしょっちゅうだったが、馴らしがたい獣の噂を聞きつけて客は次から次へと絶えることがなかった。
 そんなヒロミだったが、彼は最初から店に出ていた訳ではない。皿洗いと厨房見習いだったのを磨けば光る美貌を目に止めたママが嫌がるヒロミをムリヤリホール係に据えたのだった。
 事実ヒロミは良く磨かれて予想以上に店の評判になってくれたのだから例え客を怒らせようともママの方が姿勢の低くなることが多かった。
 さて、ここ“ラムール”で働く他の4人、ママ、スカーレット、バーバラ、ブリジットはホンモノだった。つまり、筋金入りのオカマである。何でヒロミ1人が日本的な名前のヒロミなのかは、謎である。
 ヒロミは彼らを軽蔑していた。バカだったからである。
 騙されても騙されても彼らは人を信じることを止めなかった。そして騙されたと分かってから彼らは、いや彼女らはいつも泣いた。もう騙されないというが、すぐに新しい恋人が出来ると前のことはきれいさっぱりと忘れて同じ過ちを繰り返していく。誰にでも親切で、とにかく人を疑うことを知らない。そもそもなんで男のくせに男が好きなのか。ヒロミにとって、そんな彼らの存在が信じられないものだったのだ。
 つい先日も、ブリジットが男に金を貢いで騙され、泣きに泣いていた。今度から金は出さないとうぉんうぉん泣いて、昨夜梓みちよの『二人でお酒を』を「うらみっこなしで、別れましょうね……」とマイクを離さず涙を流しながら繰り返していたものだった。渋いサビのある声だった。

「ヒ~ロミちゃん、おはよう」
 その日ブリジットはひまわりのような明るい顔をしてやってきた。鏡に向かって化粧していたヒロミは、思い切り肩をどつかれて…ブリジットは軽くポンと叩いたつもりだったらしいのだが、鏡に顔を突っ込んだ。鏡にはアブラ切ったドーランが、顔拓のようにべっとりとくっついている。思わずヒロミはむせた。
「おい、ドカドカどつくんじゃねえよ。加減ってもんを知らねえのかよ」
「えっ、軽く肩に手をかけただけなのよ。私。ごめんなさい。嬉しくって気合い入っちゃった」
「てめぇはなぁ、肩に手をかけただけでケガさすのか。いいか、力が強すぎる事を自覚してねえんじゃないのか?そんじょそこらの男よりガタイがデカくて力が有り余ってっくせに、オカマ無理なんだよおめーは、」
「やあん、私おしとやかにしてるのに、そんなこと言っちゃイヤ」
 ジットはいやいやをするように身を悶えさせた。
「ゲ」
 ヒロミはうつむいた。。やりきれなさにげっそりしてしまった。
「ヒロミちゃん、しっかりして」
 隣に座っていたバーバラが力強く言った。バーバラは背は高いがひょろりとしていて、まぁ見られる方だ。顔も少し馬面なのが気になるが、ゴツゴツしてないので救われる。元、山手線越えた新宿西口オフィス街でサラリーマンをしていた、という変わり種(?)だ。7年勤めて、人間関係のしがらみに絶えきれず辞めたという。気が弱そうな男だ。今は肌に合って幸せなのだそうだ。
「ほっといてくれ。おれはしっかりしている」
「バーバラちゃん。ヒロミちゃんをヘタになぐさめるとどつかれるのよ。気をおつけ」
 銜え煙草で、ハデな朱色のドレスを翻しながらスカーレットが言った。スカーレットは大学を出たばかりの不良だったが、ゲイボーイとしては上出来だ。
「おれはお前みたいな、軽薄な奴が嫌いなだけだ」
「ケーハク?言ってくれるじゃん。今どきケーハクでなくてやってられるかって言うもんだぜ。ねぇバーバラちゃん」
「ええ……」
「バーバラよう、お前自主性ってもんがないのか?」
「あの……」
「ほうら、ヒロミがまたイライラしだす」
「まぁ、他人なんてどうでもいいさ。だけどお前は我慢ならねえ。もうちょっとそのずうずうしさが世の迷惑だって分かれよ」
「あの時のこと怒ってるの?一度押し倒したこと。なぐさめてあげようと思ったのよう。なのにぶつんですもの。痛かったわあ」
「お前ほんとにホモなのか?」
「あはははははは」
 ♪ま~ず~しさに~負けた~ 『昭和枯れすすき』を歌いながらスカーレットはフロアに出て行った。
「疲れるやつらだ」
 ヒロミはぐったりした。
「許して上げて。悪気はないのよ」
 弱々しくバーバラがそっと声をかけた。

上げてみる。ふ~はずかし……。ホントに一昔前、いや二昔前のマンガみてーな話です(汗)一応ミステリ。文も支離滅裂だぁ…荒削り(っていうのコレ?)なところをお楽しみ下さい…ってか、内容から設定から、手を入れると大変なので垂れ流しですが微妙に文章とかは変えてます。でも基本は変えれねぇ……(鬱)

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