今日は何の日?

 テレビから先日来日して、次の予定の隣の国へと渡ってしまったある国のやんごとなき血筋の方のニュースが流れている。
 素敵な方だったと菊は先日現実にお目にかかったときのことを思い出し、随伴してきたあの人のことを思う。
 こたつに入っている膝の上に、愛犬が乗り、丸くなったのでもふもふとした柔らかな毛を撫でつける。
 ――あと二日、日本に居てくれたら折角の初の記念日を堂々と2人で迎えられたところだったのに。
 長い両片思いを経て、最近、といっても去年のうちに思いを通じ合った2人は、日程の微妙さを嘆きつつも、勿論、彼が日本滞在中は、ホテルではなく毎晩ここへ帰ってきて、まるで新婚夫婦のように水入らずで睦まじく甘いときを過ごしたものだったけど。……だけど、今日は。
 そこでこたつの上に目を向ける。
 今宵の晩餐、蛤のお吸い物は温めるだけの状態で台所のコンロにかかっている。鮮やかな散らし寿司に、白酒。の代わりに甘酒を。
 器は、2人分。
 そろそろ来てもいい頃……と、少し気を揉んでいると、ピンポーンと軽やかにチャイムが鳴る。
「にほ……!、菊、すまん、遅くなった」
 引き戸を開けると、玄関灯にけぶる金色に輝く髪に明るい碧の瞳の彼。
 仕立てのいいトレンチコートをぴしりと着こなしていてかっこいい。
「いぎりすさ……いいえ…アーサーさん…!寒かったでしょう、どうぞ早くお入りください」
 菊は彼を通すため体を脇に除けようとすると、ぐっと腕を掴まれ胸の中へ抱き込まれた。ひんやりとした冷気に包まれる。
「ああ、会いたかった…!どんなに長く、つらいときを過ごしたことか……!もう、二度とお前を離さない」
「アーサーさん!」
 2人はひし、と抱き合った。
 大げさである。
 しかし直ぐに慌ててイギリスの化身であるアーサーは手を離す。
「空気のあまり良くないところにいたから、お前まで汚してしまう。名残惜しいが、早速シャワーを借りていいか?」
「ああ…、」
 と日本国の化身たる菊は胡乱な目で頷くと、
「お風呂の用意は出来てますので、ごゆるりと体を温めて、汚れと疲れをお取り下さい」
「折角会えたばかりだというのに、一時も離れるのが惜しいが、仕方ない…暫しの別れだ」
 アーサーは太い眉毛の眉間に皺を寄せ、紳士ぶって別れを告げると、勝手知ったる風呂場へと縁側を進んでいった。
 その際預かったトレンチを菊はハンガーにかけ、寒空の中縁側のガラス戸をガラガラと開けると、軒先の物干しに吊るしてアルコール消毒スプレーを慎重に振った。
 ――中国さんには悪いですけど、空気も水も悪いのは周知の事実ですし、私綺麗好きですし…

 
 アーサーが風呂場に着くと、温かな湯気の中にも入浴剤のシックで華やかな香りが漂っていた。
 湯の色もシックなセピア色。ゆったりと湯に浸かると、じんわりと温まってくる。最初は熱くて拷問じゃないのかと思っていた日本式の湯船にもすっかり慣れ、この温度と湯量が体をほぐして疲れが取れるんだよな~と目を閉じ心地よさに身を委ねる。
 それに…とアーサーは考える。出迎えた菊は寝巻き代わりの浴衣に綿入れ半纏を羽織っていた。
 多分菊は先に入浴を済ませている。
 日本人は1人1人で湯を抜くことはしないから、これは菊の残り湯に違いない。菊の裸のあんなとこやこんなとこに入り込み纏わり付いたお湯に自分の裸体も隙間なく纏わり付かれているということを考えていつも体と頭の収拾が付かなくなるアーサーなのだった。
 さっき脱衣所で見た入浴剤のケースには、日本の有名な入浴剤の名前と、イギリスという国名と庭園ティータイムの香りと印刷されていた。
 あいつ俺とお風呂好きすぎだろう…とにやけが止まらない。
 こんなものに頼らなくても、俺に言ってくれれば、手ずから最高の紅茶を入れて、菊が入浴しているそばから湯船にうやうやしく注いでやるというのに、と。
 白く明るいタイル張りの広い浴室に、やはり猫足のバスタブがいいだろう。それは紅茶色した透き通った液体で満たされていて、中に沈む膝を軽く曲げて局部を隠そうと恥ずかしそうにしたしなやかな肢体。
 恥ずかしがって俯いてばかりいる可愛い恋人の、つむじと思わず吸い付きたくなる項。
 その細い首筋に、口付けるのがいいかやんわり噛み付くのが良いか……。
「うっ、」
 その様子を脳裏に思い浮かべてしまい、アーサーは誰もいないのに前かがみになった。
 ――いややはり、わざわざ菊の国の人が、とどのつまり菊が俺を好きすぎて俺のイメージの物を作るのも、悪くない。最高に悪くない。むしろ最高だ。
 あいつの中の俺のイメージを窺い知るチャンスだ……と悦に入るアーサーは、それがシリーズ物でイギリスは第二弾で、今年はイタリアが限定販売されることは知らない。
 しかし、これを菊が買いだめしているのは知っている。それで充分だ。

 
 妄想が捗りすぎて、すっかり慣れない長湯になってのぼせたアーサーは、自分専用の浴衣をさっと着ると、居間へと戻った。
「遅くなったな、お腹減ったろ、悪かった」
「いえいえ。こちらに冷たいお茶がございますのでどうぞ」
と菊は冷茶を薦める。
「これはなんだ?」
 菊が温めた蛤のお吸い物を卓の上に置くと、アーサーが訊ねる。
「蛤のお吸い物ですよ。貝殻は対の一組しか合わないので、夫婦和合を願う意味があると言われています」
「俺たちのことか……っ、いい謂れだな。こっちのきれいなのは?」
「それは散らし寿司です。特に謂れはないですが、晴れの日にはお寿司を食べるものでしたので」
「これは?」
 そう言ってアーサーが白い液体の入った瓶を指し示すと、菊はさっと頬に朱を散らし、目線を外すと、
「それは…甘酒です。本来は白酒、なのですが、美味しくて面白い名前のものがありましたので」
「ふーん。なんて名前なんだ?漢字は難しい…けどこの字は読めるぞ。『菊』?」
「ええ。その…『国菊』と」
「何っ……国の菊と言ったらお前そのものじゃないか。国菊の白濁…」
「もうっ、下品なこと言わないで下さいっ」
「早くお前のも飲みたいな」
「ご飯が先ですよっああお腹空きました早く食べましょう」
「腹ごしらえしたらお前の白濁を…」
「ああっ買ってくるんじゃなかった」
 いつもなら菊の真心こもった手料理を丁寧に食べてくれるアーサーなのに、何かスイッチが入ってしまったように料理への感心はおざなりになってしまった。
 所詮メシマズですよね、ええ……と若干空しくなりながらも、菊はその白濁液で乾杯をした。
「アーサーさん、おめでとうございます」
「え?ああ、うん。ありがとう」
 付き合い始めてアーサーに誕生日がないと知った菊が、代わりにこの日にお祝いをと言ってきた日が今日、三月三日だった。アーサーの個人的には何の縁もない日なので、なぜこの日を指定したのか訊ねても、はかばかしく答えてくれない。


 食事も済み、まったりと揃ってこたつに入りテレビを見ていたが、アーサーは隣に座る菊の手を取るときゅっと握った。菊がはっと顔を上げ、目が合うと、視線を捉えたまま掴んだ片手の甲に唇を落とした。
「菊……もういいだろ?我慢できねぇ」
「……アーサーさん……」
 そのままアーサーはこたつ敷きの上に菊を引き倒し圧し掛かる。
 蛍光灯の後光に透ける金髪に縁取られたアーサーの切羽詰った顔を見上げ、菊の丸く黒い瞳がふ、と揺れ、意外にふっさりとした睫毛に半ば覆われる。
 それを了解と受け取ったアーサーはにやりとした。その表情は危険を孕んだ色気を持った、いつものどちらかといえば童顔の可愛さとは別の顔で、その顔を見てしまうと、菊はいつも背筋をぞくぞくと走る甘い期待と怖れを自覚するのだった。
 アーサーの右手がいたずらに浴衣の上を滑っていき、腰から太腿のラインを撫でると、裾の合せから差し込み、温かい肌に触れた。
「………!」
 アーサーの手の下でピクリと肌が跳ねる。その若鮎のような反応に、煽られ力を入れて撫で回す。
 そのまま寛げてくる裾から露わになってくる太腿から足の付け根ぎりぎりの景色は、いつ見ても絶景だ。和服とはなんと風情のあるいやらしい服なのか、アーサーはいつも感心する。
 和服の持つ張りのある清潔感と裏腹の危うさ、それはまさに目前の菊の有様で。どうにも乱してみたくなるのだ。
 心の中で嘆息しながらじっと見下ろしていると、菊の両手がそっとアーサーの肩にかかり、弱弱しく引き寄せる。
「いつまでも、しげしげ見ないでください……」
 恥ずかしい……と吐息混じりに耳に吹き込まれる。そしてくすくすと笑う息が擽る。
「……爽やかな、紅茶の香りがします……」
 ああ、あの入浴剤……。とアーサーは脳裏に浮かべる。
「俺っぽい?」
「ええ、良くお似合いです」
「お前は?」
 目の前の首筋に鼻を寄せ、スンと嗅いでみる。
「お前、俺の来る前に風呂入ったよな?」
「さあ……?ふふ」
「こんだけ余裕なら入ってるだろ。風呂前に素直に抱かしてくれねぇからな」
 まあ、舐めて確認してやるさ、と柔い肌に唇を付け、アーサーは舌を出して舐めた。菊の肌理の細かい肌が上気し、微かに甘い香りが匂い立つ。1つ強く吸い上げ、跡を残すと、頭を起こし、菊の潤んだ瞳を見つめ、柔らかく綻んだ唇にちゅっと軽く口づけた。
「なあ、今度は俺ん家来いよ。最高の紅茶風呂、いれてやるぜ」
「いいですね……一度ブルーベルの季節に、行ってみたいです」
「ブルーベル?」
「そちらの春を告げる花だとか…最近ちょっと、知る機会があって…綺麗だなあと」
「いいぜ…俺の領地の森にも名所があったはずだ。品のないスパニッシュじゃなくて本場のイングリッシュを見せてやるよ」
「楽しみです……もっとイギリスさんのこと、知りたいです」
「俺たちまだまだ互いの知らないこと多いよな。俺ももっと、すみずみまでお前のこと知りたい…」
 2人はちゅ、ちゅと口づけを交わしながら睦言を交わす。
「まずはこの目の前の体からだな」
 まだまだ未知の部分の多いこの体を、反応を、新しい表情を探る。今日は最高の日だ。




「ふぅ」
 ひとしきり目の前の日本国探検を終え、落ち着いて、一旦抜こうと腰を引くと、柔らかくきゅっと締まって引き止められる。
「……なんだ、出て行かないでってかよ、クソ可愛いな!」
 その心地よさ、可愛さにムクムクとまた元気になってきて、衝動のままに勢い良く押し込む。
「あっん、」
 突かれた衝撃で菊の口から色っぽい声が漏れる。
 その声に煽られすっかり盛り上がったアーサーはまた1ラウンド済ませた。
「はあ、はぁ~…、疲れた」
 すっかり疲労困憊してもういい加減出ないととアーサーが抜こうとすると、またしてもきゅっと柔らかく締めてきた。
「んん、」
「全く…こっちはもうクタクタだって言うのに。菊…そんなに寂しいのか?しょうがねえな。もう一頑張りするか」
「いえ別にそんな訳では……あああん、」



 そして約一時間後……。
「イテェ!菊、力を抜け、千切れちまう、」
「そんなこと言ったって無理ですっ、ああ…ん、体が勝手に……っ」
「そ…そんな色っぽい声出すなよ…またやりたくなってくるだろうが。でも腰は限界なんだよ」
 2人は余韻もそこそこに、だんだん焦ってきた。
 もしやこれは……
 小一時間ほど抜こうとあれこれしていたが、どうしても抜くことができない。
 「しょうがない、ハワードでも呼ぶか」
 ハワードはアーサー付きの部下の名である。というかいざというときの見張りも兼ねて、今日も日本の、近くのホテルに滞在している。本来であれば明日の朝迎えに来る予定だ。
「いやですそんな恥ずかしいっ。そんなことになったら二度と顔を合わせたくありません」
「じゃあどうするんだよ救急車でも呼ぶか?」
「いやですう。来年からの今日という日が嫌な思い出の日になってしまいます!」

 さて、来年の今日は何の日?



END

初の英日がこんなことに……。まあ私らしいといえばあまりにも私らしい作ですわ。ブクマ少ない割にはありがたくもコメント頂けたという点も私らしいといえば私らしいようなwその節はコメントありがとうございましたっ!とここで書いても意味はない。
書き進めていくうちになんかモノマガジン的要素も出てきてしまったのですがステマではありません。
といいつつ去年英日界で該当バスクリンが殆ど話題に上らなかったので、それを知らしめたい欲のために書いたと言っても過言ではないな。うん

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