曙 紅

 淡い陽光の中、風が吹き抜けた。
 後を追うように、桜が舞い散る。
 スウィングアウトシスターの透明な歌が聞こえてきそうな水色の高い空。
「…いよいよ君も社会人かァ。どうだった?入社式は……」
 おれの前行く人が、振り向きもせずに言う。長めの細い茶色の髪、グレーのスーツから覗く、白いうなじ。
 おれは入社式の帰りで、板につかない紺のスーツ。でもあなたは、まだ仕事の途中。
「まあ、別に。入学式、卒業式と対して変わらない、って感じですよ。やたらに長い話聞かされて、座りっぱなしで、寝そうになりました…」
 おれがそう言うと、ゆるやかに振り向く。伏せたまつげの長さが印象に残る。駅前の、見事な桜並木を背景に、それよりもきれいな薄紅色の唇が綻ぶ。
「いい根性してんじゃん。緊張しないのかよ…まあ、あいつの弟だしな…。でもスゲーよ。あんないい会社入っちゃってさ。おれより、あのバカより賢い、学歴いいだけあるよなー」
 そう言ってその人は、あ、と目を見張り、
「ごめん。君の兄さんこんな風に言って、…」
と言いよどむ。謝らなくていいですよ。おれはそう言った。
 だって兄貴は、おれの兄貴じゃない。あなたのものだから。
 そしてあなたも、兄貴のもの。
 ねえ、いい会社に入ったし、頑張るから、兄貴なんかより、きっとおれの方が出世するし、金も沢山稼ぐ。だから、兄貴よりおれを見てくれない?
 駅でバッタリ会ってから、いや就職が決まってからずっと心の中で繰り返す言葉。
  そんなに兄貴とおれを引き比べて誉めるんなら、おれは期待してしまいますよ?
 駅前は、桜に取り囲まれた広場となっており、そこでは春の園芸市が開かれていた。
 沢山の人が幟と、色んな植物の合間を行き交い、品定めに余念がない。
「ねえ、見ていきませんか?」
 おれはなんとなく活気に興味を引かれ、前方を指さし、彼を誘った。彼はくすりと笑い、
「園芸なんかに、興味あんの?」
とじじ臭い、と言わんばかりの口調で言う。
「いいじゃないですか」
「そういや、入社祝い、何が欲しい?」
「いや、別にいいですよ。…そんな、」
「いいから。遠慮せずに何でも言ってみろよ」
「言ったら、何でもくれますか?」
「まあ、取りあえず何でもいいから、欲しいもん言ってみろよ……。でも、おれは未来の君と違って、高給取りじゃないから、加減はしてくれよ」
「欲しいもん、ねえ…」
 おれはそっと彼を盗み見る。彼はその視線に気づき、
「なんかたくらんでそうな目だなあ…。ふっかけられそう」
と笑いかける。その笑顔に、おれには桜も色あせる。
 広場に分け入り、ポット苗の色とりどりのパンジーや忘れな草、他にも名も知らぬ ような花々に目をくれながら、あまりしゃべりもせず2人ぶらぶらと進んで行く。時折彼は花や葉っぱを指先でつまみ、弾く。
 奥の方には、苗木が並んでいた。南天やオリーブ、花水木や椿などの庭木、バラなどに囲まれ、梅や桜も置いてある。ふ、とおれの目に一本の桜の苗木が目に入った。普通の物より、色づきのよい、桜の苗木。
「ね、あれ見ましょう」
 おれは彼の袖を引き、その苗木に吸い寄せられるように寄っていった。
 隣のソメイヨシノの苗木より、濃密な色を綻ばせているその桜に、おれは触れ、わずかに開いた花びらを指でなぞった。
「随分鮮やかな紅色だな。こんな桜初めてみた」
 彼も感心した風に、顎に手をつかね少し離れた位置からその桜を見る。
「おれは、もっと鮮やかで綺麗なのを見たことありますよ」
 つい、と顔を寄せ花びらに唇を寄せた。
「ふうん。…意外と、君って風流?」
「そうかもね…」
 おれは笑みこぼれる。
 淡い、普通の桜色の中に、乱れ散る艶かしく鮮やかな紅色。その時のことを思い出しては、また笑みが漏れる。

 暖かな光が差し込む、明るい白い部屋。そののどけき風景の真ん中で、あなたは日溜まりの猫みたいに、白いシーツにくるまって丸くなっていた。
 兄貴は、その日出勤で、あなたは休みで、情事の残り香を漂わせながら、あなたは兄貴の部屋で、眠っていた。
 ヤバイ、と思いながらもおれは吸い寄せられるように部屋に踏み入り、あなたの側に寄り、そっと寝顔をのぞき込んだ。
 シーツに籠もった体温に柔らかく色づいた肌、薄い瞼、影を落とす長いまつげ、桜色の唇。そこから漏れる微かな寝息。あどけなく見えるほどのかわいい寝顔。そんなものに魅せられ、おれはこのままいつまでもいつまでも、見ていたいと思った。事実暫しうっとりと顔ばかり眺めていたが、首筋を辿り、シーツと肌の境目まで目線を移すと、そこにぽっつりと紅い花びらのような痕を見つけた。
「………」
 おれはそこから目が動かなくなり、腰が重く、熱くなるのを感じた。痺れて、ここから動けそうにない。
 だから指で、それを掠めるようになぞってみた。何度も何度も。
「あ…」
 目を閉じたままあなたは息を漏らす。微かにのけぞる喉元。するとシーツがくつろげ、その側にも同じ痕があるのが見える。
 無意識にそれにも指を這わしていると、あなたが身じろぎ、うっすらと目を開けた。暫く焦点の合わない目でおれを見つめたあと、目を瞠り、息をつめあなたは身を起こし這ってドアへと逃れようとした。
 おれはとっさに足首を掴み、それを許すまいと引き寄せた。あなたは軽く声を上げ、うずくまる。
 身を覆っていたシーツは滑り落ち、あなたはしなやかな裸体をおれの前にさらけ出した。
 そこここに散る、半端じゃない数のあいつの執拗な愛撫の紅い痕のなまめかしさに、おれは息を呑んだ。
 おれは荒くなる息を感じながら、じっくりと細いうなじから背中、くびれた腰、なめらかで絶妙な丸みを見せる尻肉、と目を這わせていき、内股まで来ると、釘付けで離せなくなった。
 温かく湿った匂いの立ち上る、内股の翳りの奥におびただしく吹き溜まった紅い花びら。
 それを見た途端、よりいっそう激しく一点に血が集まり、熱く猛り出すのを感じた。
 そっ、と手を差し込み、その紅い痕を探ると、あなたの背筋がぴんと張り、内股にも力が走る。軽く頭をのけぞらし、息を吐くあなた。
 一つ残らず痕を辿っていると、あなたのあそこも、覚醒し、起きていくようだった。
 内股から手を滑らし、前へと回すと、あやすように、頭を、全てをなでてやった。
「あっ、ああ…ん…」
 甘く、とろかすような声。愛しくて、ゆっくりゆっくりと、さすってやった。確実に応え、反応をみせるそこを。
 おれはくつろげて開いた股の内側に唇を寄せ、今度は色づいた痕を唇でなぞっていった。付いたときと同じように、吸い上げながら。
 あなたが震え、あなたのいい匂いが、強く薫る。その匂いを、おれは鼻を寄せ嗅いだ。
 快感に腰を揺らめかせ、おれの前に差し出すあなたの色づいた窪んだところを、おれは左の人差し指で回りを二回ほどなぞったあと、つぷりと突き入れてみた。
 あなたの身体はわななき、そこもひくりと震える。そのままゆっくり差し込むと、すっかり甘く解れているそこは、易々とオレの侵入を許し、誘うように迎え入れた。
 ちゅ、と微かに音がしたような気がした。そこにはまだ兄貴の…、あなたは兄貴の精を大事に抱え込んだまま、気持ちよさそうにシーツにくるまっていたのだ。程良くぬ るんだ感触に指の動きを早めていると、あなたの前のものがぐんぐん張りを見せる。
 そして、身体が色づき、湿気を帯びる。
 おれは我慢できず、指を抜くとジーンズのファスナーを下げ、痛いほど張りつめたものを、取り出すと一気に奥まで突き入れた。
「ああー…っ、あ…、」
 猫みたいに、あなたはよがり声をあげる。その声におれは夢中で突き上げた。
 兄貴の精が、おれを滑らす。でもすぐに、おれのを混ぜてやる…、あなたの中を、兄貴のと一緒に、おれので一杯に満たしてやるから。
 あなたは声を上げながら、そのリズムでおれを締め上げる。目も眩むほどの気持ちよさだった。
「う、」
 おれは膝立ちで腰を突きだしあなたのなかに注ぎ込むと、息を吐きあなたの背中に目を落とした。
 そこには、更に色を濃くして散っているいっぱいの紅い痕。
 丹念に舌をはわし、腰までくると、おれは左手であなたの右股を引き、右手を脇の下に差し込み、あなたをこちらへ向かせた。
 しどけなく全てをさらす、薄桃色の中に、乱れ散る鮮やかな花びら。いつもの冷たく見えるほどの美しさとは違う、なまめかしく熱っぽさを浮かべた顔。
 うつろに開けられた唇と、乳首と、あそこのいっそう艶かしい紅。そしてあなたらしくもなく、だらしなくあそこから垂れる粘液の、むせ返るような、生々しい匂い。
 それらに刺激され、すぐに勢いを取り戻したおれは、腰を揺らし、中をじっくりとかき混ぜた。
「あ…ん、あん、あん、…」
 鼻にかかった声で、あなたは確かにそう言った。無防備に投げ出された腕は、おれの動きに合わせてフローリングの上を滑る。
 顔を寄せ、腕を取ると、おれの背中に回させた。あなたは素直に従い、縋り付く。荒い息を吐く唇をなめると、塞ぎ、じっとりと唾液を含んだ舌をからめ取った。
「ふ…」
 小さく声を上げながら、あなたもおれを貪る。
 右手を滑らし、乳首を探り当てると、つまみ上げ、捏ねた。びくんと背がしなり、おれをぎゅっぎゅっと締める。
 堪らない。おれは両手で交互にいじった。その度に、過敏なほど反応を見せる。
 絶えず声を漏らし、強く抱きつくあなたを、今度はゆっくり、味わい尽くすように腰を使った。
「………」
 ぎりぎりまで引き、奥まで強く突いていると、あなたが小さく兄の名を呼ぶのが聞こえた。
「違うよ…」
 耳元で囁き、そのまま耳に舌を差し入れた。そしてそのまま舌を滑らし、首筋を舐め上げた。
 おれが再びあなたの中に注ぎ込むと、あなたは微かに眉を寄せ、絶対におれに見せない恍惚の表情で声を漏らし、どくり、と精を吐き出した。
 この精はおれのもんだ。そう思うと指ですくい、舐めた。
 おれのはあなたに上げるから、このザーメンはおれのもの。おれは両手で太股を抱え上げ、開かせると彼の股間に顔を埋め、一滴残らず舐め取った。
 息とも、声ともつかないものを小さく吐くと、あなたはがくりと力を抜き、また眠りに落ちた。おれは元通 り、シーツにくるむと、そっと横たえた。兄貴のと一緒に、あなたの温かい体の中に、おれの精液を抱え込ませて眠らせた。
 興奮が去ると、あなたは、このことを覚えているだろうか。そう目を合わせたときのばつの悪そうな表情に思いを馳せては心乱れ、忘れてほしいような、覚えていて欲しいような、不思議な焦燥感がおれを襲った。
 だけど、あなたが悪い。こんなところで無防備に鍵もかけずに寝ているから。兄貴のせいだ、とあなたは言うだろう。でもあなたが彼のものだと気付いたときから、気になって気になってしょうがなかったのは、あなたのせいだ。時々あなたのことで他のことが何も考えられなくなり、一体どんな顔であいつに応えているか思うだけで、身体が止められなくなるのは、あなたのせい。
 どきどきと何も手に着かずあなたの目覚めを待っていたのに、あなたは、再び目覚めたとき、そのことをすっかり忘れていた。
 忘れたふりをしているのかと思ったけどそうじゃなかった。
 あなたは本当に覚えていなかったんだ。


 あのときのことを思い、指で花びらを探っていると、ラベルに触れた。つまんで読んでみる。

 関山(かんざん) バラ科
桜の花言葉: 優れた美人・精神美
美しく花つきのよいサクラで、並木や公園樹として広く植栽され、海外でも好んで植えられている。4月下旬になると、深紅色、八重咲きの大きな花があでやかに咲く代表的な里桜で、花を塩漬けにして、さくら湯に使われる。めしべは2個あるが、緑色の葉状に変わり、退化しているので果 実は結ばない。

 めしべは退化している。…こんなにあでやかなのに、この桜はオスだ。そして、実を結ばない。ねえ、あなたと同じ、オスだよ。
 おれはどうしてもこの桜が欲しくなった。
「ねえ、入社祝い、この桜ねだってもいいですか?」
「へえー。…君が、大丈夫か?」
「大事にします…大事にしますよ」
「もっと高いもんでもいいのに」
「いやおれは、これが欲しい。これをあなたに買ってもらいたい」
 他でもない、あなたに。
 あなたはオレが苗木を差し出すと、やれやれといった風に息吐き、笑い、レジへと振り向いた。
 腰に、足の動きに目が吸い付けられる。いい匂いのする密めやかな内股には、きっと今日も。
「はい。社会人おめでとう」
 無理言って綺麗目の紙で包んで貰った苗木を渡される。
「ほんとにそんなもんが嬉しいのかね」
「ありがとう。嬉しいよ。…おれ、これにあなたの名前付けて、大事にしますよ」
 おれはそう言うと、赤い花びらが愛しくてまた唇を寄せ、彼を見つめた。
「よせよ、気色悪い、……」
 苦笑してそう言いかけ、おれを見た彼が、その目に射抜かれたように、息を詰め、微かに身じろぎしたのが分かった。
「優しく、大事に…」
 今度は花を壊さないように、散らさないようになで上げる。
「あ、……」
 あなたの肌に散る花びらには到底及びもつかないけど。
 もしかして、思い出した?あなたの表情が、身体が固い。
 あなたの身体に、今、おれが宿した埋み火は、ちっとやそっとじゃ、多分消えない。
 この桜が育つほどに、その火も大きく燃えさかるように。
 そういう思いを込め、おれはこの桜を大事にすることにした。


END

…フッ。ゆえさんどうしました?頭いわしましたか?湧いてますか?と読まれた方は思うでしょうね…ええ、春ですから。トチ狂ってます。みょ~~に耽美クサイ気もします(当社比)し、おっとろしい程のベタネタです。THE BLって感じです。ままいいじゃん…たまには書かせてよ。書いてすっきりしたよ。この兄弟って、あの兄弟?というギモンには、そう思った方が楽しい人は思っていただけばいいし、一見さんなんかには気軽く楽しんで貰おうと(貰えるのか?)固有名詞は出さずに書き上げました。私の脳内ではどうかって…?それはヒ・ミ・ツ(きしょっ!)
私は園芸市やホームセンター大好きなんですけど、桜の苗木なんかしげしげ見たことないし、桜の銘柄はネットで出てきたやつから選びました。だからこの種の苗木が市場に出回ってるか、そりゃ知りません…。

P.S.私の春の定番のSWING OUT SISTER は、SHAPES AND PATTERNSです

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