天六ミッドナイト・フラワ~ズ  2

 審判の集合がかかり、妙な気合いの入った我が先発メンバー(スタメンも何も控えがいないのだが…)が集まる。
 礼をし、後攻のおれたちはベンチにグラブを取りに行く。と、ベンチに人影が。
「兄貴」
 そう言って手を振る男は、原田の弟、道隆クンだった。いかにもすねかじりな感じの学生だった彼も、社会人となって久しい。のであるが、賢いから仕事で躓くこともないのか、全く雰囲気が変わっていない。
「何しに来てん、」
 原田が言うと、
「何って、差し入れ」
「ああ…サンキュ、」
 道隆クンが差し出すスーパーの袋の中には、缶ビールが破れそうなほど入っていた。どうやら賞品の大惨事を受けて、電話していたらしい。
「……せっかく来てんから予定なかったら見てって、ビールでも飲んでけや」
 原田が言うと、道隆クンはおれに目をくれ、
「赤城さんも出るの?」
「うん」
「なんか珍し……赤城さんの応援しようかな」
 なんて恥ずかしいことを言うのか。上手くないから目立ちたくないのに、見られたくないのに緊張するじゃないか。
「いらないよ」
 おれは焦って言った。
 そして暫くそんな兄弟の様子を黙って腕を組んで見ていた潮崎さんが、言う。
「原田君の弟やったら運動神経悪ないよな。……君、出えへん?」
「いきなりやな。……おれほど良うはないで」
「いや。赤城君よりはええやろ」
と潮崎さんは笑い、
「ウチのチーム控えいてへんやん?1人は欲しいよな」
「あぁ。なるほど」
「特にピッチャーが心配やしな。勝ち上がるためにはやっぱ控えはいるで」
「よし。道隆お前用ないよな?」
「兄貴らえらい気合い入ってるやん……まぁ別にええけど」
「じゃ早速ののと代わってもらおうか」
と潮崎さんが言うので、思わず野々垣さんを見ると、ベンチに座ってた彼は片手挙げて笑い、
「了解。ですよ」
「お前ピッチャーできたよな。確か」
「じゃおれが控えピッチャー?…まぁいいですけど、迂闊なピッチングできないんでプレッシャーですよ」
「そんなプレッシャーかかる試合なん?」
 不思議そうに道隆クンが言うと、野々垣さんは笑いかけ、
「赤城さんの唇かかってるからね」
「えっ………」
 目を丸く、呆けた声を出すと道隆クンはおれを見る。ぽけっとしていた顔が、戸惑いの顔になり、そしてきゅっと締まった顔に変わる。
「道隆クン……呆れんといてや」
 恥ずかしくって、そう言うと、
「おれヒマなんで、喜んでお手伝いさせていただきますわ」
と道隆クンは潮崎さんに言っていた。

「赤城さん。オレ頑張りますよ」
と言う高階クンの宣言通り、四球あり、かなり危なっかしかったが1回、2回3回と0点に押さえ、試合は進行していた。しかしこっちの攻撃もダメで、未だノーヒットに押さえられていた。
「あかん~~タイミングが合わへん、」
と原田は言い、
「フォームの割にはちょっとスローやよな。やりにくいわ」
と潮崎さんも言う。
 おれはついニヤニヤしてしまう。まだコレといったファインプレーもないし、ノーヒットだし……このまま負けちゃえば。3回表の守備からタラタラ戻っていると、
「赤。次お前」
と原田が言う。そうだった。次はおれの打順なのだった。1回戦でも2本ヒットを打ってしまったおれは、実はバッティングは好きだ。打てる、と思った球をいいタイミングで捉え、打ち返す手応えはすげー爽快なものがある。先頭打者だし、打って出たところで多分点は入らないし、入っても功労者はおれ、取りあえず気楽に打ちにいくことにした。それに、おれだって心密かに野心はある。原田や潮崎さんが打てないという投手を、打ってみたい…てのがふつふつと。
 1球目。見るからに高い。見逃した。「ボール!」の判定。2球目。今度は外過ぎかな。ストライクでも打てそうにない。見逃した。やっぱりボール。3球目。リリースされたときから、「いいコース」と思い、身体が動く。迎えにいくような感じで振り始めると、思いの外内角。左足を引き気味に巻くようにして押し込む感じで振り抜くと、ボールはショートを越えていく。ヒット。
 ああ気持ちいい。そう思って一塁まで走ってセーフになって、現実に引き戻される。あああ。塁に出てしまった……おれはバッティングはなんだか好きなんだけど、走塁は全くセンスがない。自信がない。
「おめでと赤城君」
 1塁コーチの小山さんが笑ってくれる。おれも照れ笑いを向けると、
「たくさんリード取ってゆさぶれ、」
と言う。おれは走塁は全くダメなんですが…
「え、でも……」
と不安げ(多分)に見上げると、
「大丈夫大丈夫」
とおしりを触られた。
「赤城さん、頑張って送りますね」
 高階クンは声高らかに言う。打ち気まんまんな彼だが、あっさり追い込まれる。チョイチョイと小山さんに呼ばれ、「エンドラン」と耳打ちされる。そのついでに、
「赤城君おれ頑張ったるからな」
と言われ、呆気に取られて見上げると、「リードリード」と手で追い払われてしまった。
 高階クンは豪快なフォームの割にはかすったような音を立て、エンドランどころかバントみたいな打球が転がる。次の打者、吉田の1球目、パスボールで3塁まで行ってしまう。なんか先制のホーム踏んだらどうしよう。3塁コーチは原田だった。
「お疲れ」
 ニヤリとし、これまたケツを叩かれる、というより撫でられる。
「もう……」
 その手を叩き、追っ払うと、
「吉田とお前じゃ、スクイズは止めた方がええよなあ」
と手の甲をさすりながら原田は言った。
 吉田の2球目、なかなかのど真ん中。吉田は打ちにいき、でっかいフライが飛んでいき、タッチアップで先制ホーム。ああ、勝ち越してしまった。盛り上がる我がベンチ。なんだか不穏な雲行きだ。
「赤。偉いぞ。いよいよ盛り上がってきたな」
 達っちゃんもにやにやして言う。
「あのな、ヒット打ったんおれだけで、ホーム踏んだんもおれ、おれがMVPになったら、誰にもせえへん」
「おれのバント良かったでしょ?それに1点守り通したらヒーローはピッチャーでしょ?おれ頑張りますから、」
「ダメダメ、大体あれのどこがバントなん、大体エンドランかかっとったんちゃん?それがあんなバント崩れ、」
「ウッ……そんなぁ~~」
 高階クンから目を外し、ベンチの隅の吉田に目が止まる。吉田は棒切れを持って俯き、地面に「一」の字を書いていた。
「吉田。何しとん」
 すると吉田はさっとおれに目を走らせた後、なんか動揺し、
「いや、おれの活躍数……」
「活躍…?」
「だっておれが叩き出した打点やん、先制点取った打点やん」
 声もなく、吉田を見つめる。吉田はポーッと赤くなる。おれも顔が熱くなってきた。やはり固まったように目を外さない吉田と進退窮まった感じで見つめ合ってしまう。
「おいおい何見つめあっとん、」
 焦れたように潮崎さんが言う。
「お前よりおれの方が偉いわ、おれはヒット、」
 ひっかかったような声をどうにか絞り出すと、
「そんな……」
 吉田はそうか細い声で言った。

えー。この話一周年までには終わらせたいと思ってます。てか、この際記念に便乗(笑)。その際、ちょいとまた趣向を凝らす予定であります。……が!予定は未定。どうやったら出来るのか、そもそも書けるのか不安は一杯でございます。

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