おまけ小ネタ

 あれから潮崎さんとやっと飲みに行けたのは、1ヶ月後のことだった。
「やっと来れたな。やっと君と飲みにこれたな」
と感慨深げに潮崎さんが言う。薄暗い飲み屋のカウンター。潮崎さんが左側、おれが右側、横に2人、並んで。
 なんとなくその感に入った口調が面白い……
「なかなか時間が取れない…というか合わないですもんね。ほんと久しぶりですね。こうやって行くの」
「2人っきりなんて更にないからな。妙に嬉しいわ」
「うちも忙しいですけど、潮崎さんもほんといつも忙しそうですもんね」
「ああ。貧乏ヒマなしや」
「や。それはうちもですけど……、」
「何言うとん。順調に事業拡大していってるくせに」
 その言葉を聞いて思い出す。野々垣さんの、潮崎さんがしみじみ言っていたというセリフを。
「あの……バイトの件ですけど、」
「昔原田君とおれは大差ない、似たもん同志やと思とったけど、今となっては差がついたな。原田君は先見の明あったな。赤城君も男見る目あったよな。迷わず原田君選んだもんなぁ。……いや、現時点では、やで。長い人生この先どうなるか分からへん……けど、今の原田君には、正直負けてる、って気がするわ」
 そして俯きはーと肩で溜息つく潮崎さん。
「いや、うちが、原田がそこまできたのは、たまたまですよ。原田はデザインが余り好きじゃなくて、ウェブに手を着けたらたまたま性格に合ってたみたいで、そしてたまたま時代が向いてきたというか……だからそんなに、潮崎さんと原田を比べてどっちがどうとか、全くないと思いますよ」
 しかし、その言葉に目を伏せうなずきつつも潮崎さんは、やっぱ原田君凄いなー。原田君には負けるわー。と感に堪えない風にしつこく言うので、潮崎さんお前もか。じゃあおれは?おれの立場は?とだんだんなんだかむかつくというか、男の嫉妬心というか、原田に対する変な対抗心が湧いてきた。
「潮崎さん。何か大事なこと忘れてません?」
「ん?」
「原田には、おれがおるんですよ。おれが付いてるからこそあそこまで行ったと思いません?」
 ちょいむかつきが入ってたので、おれにしてはかなり強めに、押すように言うと、
「そうや、それや。赤城君や。原田君は赤城君とおんねんもんなー、……そら張り合いも出て、頑張って当然や」
「………………。いや、そうじゃなくてですね……!原田はおれと一緒にやってるからこそ、おれの仕事上での働きあってこそ……!潮崎さん、おれが原田でなく、あなたとやっていたら、『互いの仕事の相乗効果で!』きっと発展してましたよ!」
 更に熱くおれはカウンターで横に座る潮崎さんの方に身体を完全に向け、彼の目を見つめながら少し乗り出しそう言った。潮崎さんも吸い付くように目を見開き、おれを見つめる。
「そうやな……!それや、絶対そうや。君と一緒にやれとったら、おれかて今頃バイトの1人や2人、入れて、羽振り良くやってたな!」
「でしょでしょ!」
「ああ……赤城君、……一緒にやりたかったな………赤城君………」
 潮崎さんはおれから目を離さず、熱い瞳で、カウンターに置いていたおれの右手を両手で掴んで言った。
 うーん。意気投合したのはいいけど、ちょっと熱くなりすぎたかな……と思いつつ、手をふりほどくわけにもいかず、にっこり見つめ合いながら……
 でもやっぱり、潮崎さんとじゃそんなにまで発展しなかったんじゃないかと少し落ち着いてきた頭でシビアに計算する。
 なぜって、おれと潮崎さんは仕事に関しては同じタイプの人間だからだ。紙物のデザインが好き。だから2人でやったとて、原田のように早いうちからWEBに力を入れてなんて絶対にしなかっただろう。海のものとも山のものとも知れない当時の原田のWEB制作を、軌道に乗るまでおれが普通のデザインの仕事を安定してこなし、支えたという自負はある。あるけど、……
 ともかく同じタイプの潮崎さんとじゃ安穏にデザインをこなしていってそんなに発展性はなかったんじゃないかな~と。いやきっと今の潮崎さんよりは相乗効果で大きくなったとは思うけどさ、おれもそうだし、潮崎さんもCGIとかプログラムってタイプじゃないし……。それにしても潮崎さんも不思議な人だよな。沢山の仲間とワイワイやるのが好きそうなのに、いつまでも1人で独立事務所とは思わなかった。案外一匹狼タイプだったんかな?
 しかしそれはまぁそれとして、この手をどうしたものか……
 潮崎さんは、自分の方におれの手を引き寄せ、頬ずりせんばかりだ。にっこりしたまま固まってしまっているせいで引きつりつつある顔がしんどいなーと思いつつも、掴まれている手のひら込みで微動だにせず進退窮まり考えていると、どこからともなく軽快な電子音が鳴る。
 どこからともなく、でもない。潮崎さんの携帯だ。チッと軽く舌打ちすると、潮崎さんは手を離し、ケータイに出た。良かった。さりげなくおれは右手をさっと引き、カウンターの下に置く。
「……何?今赤城君と飲んでんねんけど……うん。ああ……」
 なんともなげやりな話し方だなあ。…おれの名前出すって、もしかして野々垣さんだったり、と思っていると、
「……ああ。……ああ。うん。じゃまた……あ、赤城君になんか伝言ある?……えっ?まじかいや。なんでおれのおらんときに2人でそんな……」
 不満げな潮崎さんの声。一体野々垣さん(だったとしたら)は何を言っているんだ……冷や汗出そう。
 潮崎さんはそのあとすぐに電源を切る。そしてふぅと溜息を付く。
「野々垣さん………?何か………?」
「ののから伝言。こないだはおいしい差し入れごちそうさまでした、て。赤城君差し入れ持ってきてくれてたん?」
 それを聞いてぎょっとなる。おいしい差し入れ……ってアレのことか?……アレしかないよな。おれ仕事以外は手ぶらだったし。野々垣さん、潮崎さんを介してなんちゅう伝言してくれてるんだ。
「あ、ああ…そうなんですよ。あんな時間だし、お腹空くかなと思って。近くで評判のいいとこのお菓子を、」
「え~それは食べてみたかったな~。なんで今日は買ってきてくれへんかったん?今度持ってきてや」
「は、ハイ……」
と返事しながら、内心肝を冷やす。口から出任せ、どこの何がおいしいなんて、おれ知らね。美奈ちゃんにでも聞いて、今度は必ず忘れず持ってこないと……と自分に言い聞かす。
 しかし野々垣さんの電話、言葉にもう前みたいな苦手意識はない。言葉の一つ一つを構えてひねくらずに素直に聞ける。とっても親しい気分が湧く。
 セックスした相手に、こんな気分を抱くのは、ほんとに初めてだ。まああの時いい具合にほろ酔いで詳細を覚えてないっておかげもあると思うけど。あの時の感想は未だに変わらない。同志。
 同じ思いを抱える、似た境遇同志……お互い絶対にソノ気にならない自信の持てる、ただの、友達。貴重な、気に入った、同性の友達。
 こうしておれは、また一人素敵な友達を獲得した。



END

こっちのおまけの方がずっと先に書き上がってたり…(汗)おかげで整合性なくなるんじゃないかと危惧しましたが、まぁ書き直すほどのもんでもないかな。赤城君はすっかり野々垣さんにオトモダチ意識を持っていますが、さて向こうはどうでしょうね?(笑)ではではおまけ小ネタでした~
おまけ小ネタ2はあの日の帰宅編です。

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