Match! 6

 野々垣さんの言葉がそこで途切れる。
 なぜなら、おれは彼の唇を塞いでいた。もういいよ、という気持ちと、……原田の唇を、彼の中から取り戻したい気持ちで……、
 野々垣さんも、決して黙ってやられてるだけではなくて。だんだんと執拗に舌を絡め、吸い、応戦しはじめる。
 彼も同じ思いなのかな。なんとなく彼の思いが流れてくる気がする。
 おれの中にちらつく、潮崎さんの陰を、追いかけて、追い求めて。掴もうと、おれの中を探ってる。
 おれたちはきっと、互いの身体を通して、互いの好きな相手を抱いている。互いの中からその痕跡を全て、奪い尽くしたい思いで、衝動的に深く抉る。何一つ、残したくない。
 それはひどく強欲な思い。


「………」
 部屋には静寂が戻ってきていた。天井を放心の体で見上げていると、心なしか照明が足りず、心許ない気がした。物凄く時間が経った気がする。その目の端を、白いものがフワフワと動いていき、おれの意識は引き戻された。
 野々垣さんが、やっぱりボーッとした感じで、煙草を吸っている。突然彼はうっ、と呻くと、口を押さえて流しの方へ行く。潮崎さんの事務所は、狭いながらも小さな流しが付いていた。トイレは共同だけど。そこで野々垣さんはゲエゲエとやりはじめる。
 なんだかおれの身体に悪酔いでもしたのか?って感じでひどいな、と思いつつも、ヤッてる間じゃなくて、ぶっかけられなくて良かったと安堵する。そして、彼がゲロ吐くほど酔っていたという事実に、安堵する。吐き終わると、大きく長く溜息をつき、流しっぱなしの水に頭を付けてじっとしている。なんかそのかがめた背中が、意気消沈したように見える。
「………後悔、してる?」
 野々垣さんはそのまま、振り向かずに、
「……意外と」
 おれはつい、くすっと笑ってしまう。
「あんなこと言ってたのに?野々垣さんこそ、虚勢やったんちゃう……?それはないか。それやったら萎えて出来ひんよな」
「赤城さんこそ……?余裕?意外と」
「君が後悔してるから、おれは案外とせずにいることが出来るみたい」
「……なんですかそれ」
「おれの後悔を、君が分けて感じてくれてるから、その分おれの分が軽くなる。君が今感じてなさそうだったら、おれは1人でもっと重い後悔をしょってたと思う」
「……そんな訳ないでしょう」
「あるよ」
 野々垣さんがそこまでひどい人じゃなかったというだけでも、救われる。
 おれと同じ思い、おれの理解の範疇だというだけでも。
 ……そして、おれと寝てもさっぱりおれの身体に興味引かれなさそうで安心なのも。
 野々垣さんはかけてあるタオルを掴み、がしがしと雫を飛ばしながら頭を拭く。おれも乱れた服を整えないと…とはだけられたシャツのボタンを慌てて留める。ボケッとしてるときには感じなかった、身体の奥の違和感や、下半身に残るぬめりが気持ち悪い。拭かなきゃ……とティッシュを目で探ると、野々垣さんが頭を拭き終わった濡れタオルと差し出してくる。
「冷た……」
 でも濡れてるから拭いやすい。受け取るとおれは遠慮なく出来うる限りぬぐい取った。
「……でも結局、おれが原田さんに何したか、最後まで聞きませんでしたね」
「……」
 拭う手が止まり、肩に力が入る。聞きたくなかった、やっぱり。
「だけど、あれ以上、何かやってた?」
「……いいえ」
 その返事を聞き、張りつめてた息をふう、と吐くと、野々垣さんは笑い、
「……って、信じました?」
「な……、ほんとのところは、どうなんだよ、」
 彼もふっと息を吐くと、
「……ま、やってませんけど。……寝ちゃって。原田さんが。つまらないし。……でも、やらなくて良かった」
「……」
「今日は、すいませんでした」
「いや、それはお互いさまだから……」
 その、後悔は、謝罪は、誰に向けて?相手がおれでなかったら、そんな言葉は吐くことはなかったんじゃないだろうかと思う。
「潮崎さんには、黙っておいてやるよ」
「赤城さんは、潮崎さんとは、結局どうなんですか」
「何も、ないよ……」
「だからそれは信じられない」
 おれは目を外し、テーブルから起き直る。ちょっと目眩。
「潮崎さんに、言うよ?」
「………」
「……一個だけ、教えてあげる」
「何……」
 彼に目を向けると、彼もおれを見つめる。
「潮崎さん、イイヤツにしか興味ないらしいよ。せいぜい頑張って」
「な……、」
と暫く絶句する。その間におれはカバンを掴み、「じゃ、今日はこれで、」と横をすり抜けて行く。今度こそ帰るために。
「赤城さん、じゃお礼におれも一つ忠告」
「えっ?」
「原田さん、おれの友達とも結構取引してるんですよ。いい男やって言ったら、おれも見たい、会いたい、ってヤツが何人も。気を付けてやって下さいね」
 その言葉に驚き振り向くと、野々垣さんはいたずらっぽくニコニコと、テーブルに頬杖付いて笑ってた。
「ありがと。………なんか、野々垣さんとは案外いい友達になれそう」
「そうですね。おれもそんな気してきました。思ったより手強いというか、骨があるというか、」

 それからなんだか足下もおぼつかなくフワフワしながら帰ったんだけど、なんだか現実感が乏しいままだった。確かに野々垣さんとは抱き合って、随分お互いを知り合った気はするんだけど。まだあの感覚、互いが抱いてる相手は互いの中に見てる相手だった、そして貪欲に求めて取り返した、って感覚が強く残ってて、妙な切なさと高揚感が胸にわきあがる。
 原田を独占したかった強い思いだけが、身体を満たしていた。それはほんとに不思議な感覚だった。
 だけど、原田の顔を見たら、どうなるのか、分からない。地下鉄の暗い窓の外を見ながら、家が近づくにつれ、ちょっとずつ心配になるおれなのだった。


END

はいはい終わりました。一応盛り込みたいことは全て盛り込んだ気がするのですが……盛り込み順には悩みましたが(汗)こんな結末でよろしかったでしょうか~といいつつ、ここが今回のストーリーの原点…しかしこんな荒技ストーリーを読んで納得して頂けるものが書ける腕があったのかギモンです…つか、納得できるオチなのかこれ。という思いはいつものことさ(笑)そーいう荒技?にチャレンジしたくなるのが私の心情…そしてこうやって悩むのもいつものこと(汗)お付き合いありがとうございました。てか、リク頂いた方ありがとうございました&折角頂いたリクになんか添えてない気がするのですが、申し訳ございません、よろしければお納め下さい(汗)
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