皮つるみ

 おれの誕生日の直前の土日。おれたちはいにしえの都、行楽シーズンたけなわの奈良に泊まりがけで来ていた。
「原田。今年の誕生日、どこ行きたい?」
って赤が珍しく(?)かわいさ満載の顔して一杯瞳孔開いて(瞳孔開いてると目がでかく感じてカワイイ)頬上気させて訊いてきたのが1ヶ月位前。そのあまりのカワユサについ嬉しくなり、
「どこでもいいよ。お前となら」
って言ってしまったのがウンのつき。
 おれの誕生日はおれの行いがいいせいか、大抵去年のように連休や、今年みたいに飛び石になる。お気楽雇われ社員だったら月曜も(おれの誕生日だー)休みにしてドカーンと4連休なんてこともできたが、しがない自営業ではそれはムリ。でもこうやってかわいい恋人とハレの日をゆっくり満喫できるのは、幸せなことだ……
 と思っていたのだが……
 赤はおれのことなど考えず(それは今日一日の行動の様子を見ていたら分かる)自分のしたいことだけを考えてこのプチ旅行を計画した。
 付き合ってン年。今まで何度も来たことある。鹿とたわむれたりソコソコ寺巡りしたり。でもまぁデートの範囲内だった。昔はオタクっぽかった赤も、おれと付き合っておれに夢中になって、おれと遊ぶようになって以来、そういうとこは引っ込んでたと思ってた。だけど……
 三つ子の魂百まで。人間って変わらないよな。何かきっかけがあれば一気に転がり落ちる石のように…あぁおれまで渋い奈良の寺巡りのせいで悟りを開いてしまった。いやまぁオレだってそういうとこ、あるけどさ。スポーツ関連はほんとにわりぃと思ってるよ。けどさ。
 かつて晴れて付き合うことになった夜に、おれに向かって『中国へ行こう』と言った赤だ。『普茶料理(中国式精進料理)』が食べたい、と言っていた赤だ。おれは今なんでか『諦観』という言葉を思い浮かべた。
「今はきっと紅葉が綺麗だよ」
 とか言ってたくせに、紅葉なんぞ見ちゃいねー。見せてくんねー。物凄いタイトなスケジュール(拝観)決めてて、1人舞い上がり仏像やらふっるい建物やら見て喜んでいる…というかイイトシこいて1人でぶっとんでってる。東大寺のような有名寺院からあんまり人の居ないお寺まで、時間に追われるように見て回った。そこには甘いムードなど、微塵もなかった。赤のオタクでヤローな面しか滲んでなかった。
 それにおれは、付き合わされてるだけのような気がしてきていた…でも喜んでる姿に免じて我慢我慢…とは思っていたのだけど。
「う~~、寒いよな~~」
 おれは我慢できずに浴衣にどてら姿のまま、敷けてる布団の上でぶるっと震えると布団に潜り込み不機嫌も露わにそう言った。おれのためのプチ旅行のはずだのにおれそっちのけで嬉々としてガイドブックや各寺院、美術館で買い求めたパンフ、図録なんかに見入って1人の世界にトリップしていた赤は、びくっとしておれを見た。
「寒い……!なんでここ暖房あらへんねん。こんな季節やのに、風邪引くやんけ、サイアク!おれのたんじょ~びやのに、奈良ホテルとかよー、せめて旅館とかあるやろに、なんでこんな極安の暖房はない、テレビもないようなビンボクサイ宿坊で修行まがいの宿泊せなならんの?」
 おれはついに切れてしまった。だって言うた通りなんやもの。この部屋、なーんにもない。床の間と布団のみ、内線電話もない。夕食ももとからついてない、風呂も交代制。隣の部屋との仕切は襖だけで、ガラッと開けたら隣のお客とこんにちは。ちなみに隣はどっかの貧乏学生(男ばかり)の小グループらしく、比較的静かに盛り上がってるようだ。どうもそういう関係の学生のようだ。片方は障子になっており縁側に続いてて、その先には庭園があるらしいが灯りが殆どないしとにかく寒い。まだ9月とか暖かいうちならお菓子だの酒だの持ち込んでそれなりに楽しめたかもしれないが、あんまりにも寒すぎて、布団の中にいる気しかない。その寒さというのが、入ってきたときや風呂上がりは「寒くない」って思うけどじーっとしてるとだんだん寒さが骨身に染みてくるようなものだ。その布団もあんまりふかふかでもなく……すきま風が入ってきそうな。すきま風といえば襖もだが。
 とにかくこれって修行?としか思えない宿泊施設である。
 なんで誕生日に、修行……
 とにかく寒いから、湯たんぽ(赤)抱いてぬくもらないと、
「赤。こいよ。湯たんぽ、湯たんぽ、」
と言いながら布団の上をポンポンとすると、赤は変な顔してさっと頬染めて、
「だ、ダメに決まってるやん……、お寺さんで……」
とか言い出すから、
「アホか、ここのボウズかて嫁さんいてるやん、やることやってんねんから、平気、ヘーキ、ホラ!」
 そう言っておれは布団から少しはいずり赤の足首を掴んで引っ張った。
「や、あかんって……!壁どころか襖一枚の向こうに人がいるのにそんな……!」
「誰がする、て言うた?おれは寒いから湯たんぽ代わりに抱かせろ、って言うてんねんけど、」
「……ウソばっかり、」
「お前はおれの誕生日に風邪をプレゼントする気か?ホラ、早く、」
 少しせっかちに、荒く言うと、困惑気味に、
「……それは……でもダメ、まだ9時……それに絶対……」
 なんかそう言われて、おれはヘソを曲げてしまった。
「あっそ。いいわ別に」
 布団の横に置いてある荷物から煙草を出すと、
「原田……禁煙……」
と言われる。おれはもうなんかストレスが……
 あぁ、同じ奈良で泊まりでも、昔彼女と来たときは……あれは誰だったっけ。まだ高校出たてやったっけ。
 あー。歴代彼女ともデートで来たけど、全くなんか違うよな。なんかハレの気が足りひん。てーかやっぱ赤はヤローやわ。可愛い彼女らとは違う……女の子の華やかさとは。あぁなんか女の子が懐かしい。彼女という存在が愛おしい。おれとは違う生き物。柔らかくて小さくてー、暖かくて甘い匂いがして。おれにない、赤にない柔らかいオッパイ、高く甘い声。可愛いものが好きな感性、スカート。デートでは手を繋いだり、ベッタリくっついて歩いたり、……望んだ結果とはいえ、そんなものは全て遠ざかった。いくら可愛いといえどやっぱり赤は男で、薄いながらもヒゲは生えるし、オッパイはないし×××はなくておれも持ってる見慣れたもんが付いてるだけだし(とはいえおれのとは形状も大きさも違うけどな)あー×××。もう何年見てないんだろ。もう一生見ることもないのか……。
 そうだ彼女らはその可愛い声で『勇二』、とか『勇ちゃん』って呼んでくれたっけなぁ。あれがまた良かった。なのに赤はいまだに『原田』。どこが恋人なのよ。まるで友達やん。一回だけ呼んでくれたのに、あれっきり。赤も名字の一部やけど、まだマシやと思うで。愛称やし、赤って色は女の色って感じするやん。だからちょっと彼女の気分出る。けど『原田』は……。そうや、せめて誕生日の権利として、今日明日は『勇二』と呼ばせてやろう。
 少しでも甘いものを絞りとったる。
「赤」
「……何?」
「正直に言えや。ちょっとは悪いと思てるやろ?」
「………ん、」
 凄くか細い声で返事が。
「じゃあな、サービスでおれのこと『勇二』と呼ぶこと」
「…そっ、それは……、」

最近書くのが遅いです…(集中力が足りません)続きは今夜……

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