だんぢりの夜

 秋晴れの下、行われた祭りは最高だった。
 イラストの資料にと、あちらこちらと動き回り写真を撮り回った野々垣は、夕方になり、各町が休憩に入る中、フラフラと古い町屋の間を訪ね、先輩の潮崎のいる町を探し当てた。
 仲間とだんじりの側で憩うている潮崎に、ちょっと近寄りがたさを感じたが、
「潮崎さん」
と思い切って声をかけ、手を振り笑いかけると、潮崎は振り向く。
「のの……よう来たな」
「うん」
「1人か?お前」
 そう目を丸くして言うと潮崎は回りをきょろきょろと見回す。
「いや。連れと来てんけど、途中ではぐれたというか、……かっこいいですね。一枚撮らせて下さいよ」
 そう言って野々垣は手に持つカメラを顔にかざす。潮崎は直ぐに腰に手を当て、かっこいい、と言われる笑みを作る。カメラのシャッター音が響いた。
「潮崎さん、すっごい男前、かっこいい…色っぽい。特に背中がいいなあ~…法被脱いで、後ろ向いてくれません?」
 野々垣の言葉に、潮崎はぱっと困惑の表情を作り、日に灼けた顔を赤くすると同時に衿を掴んだ。
「なんや~~めっちゃ褒められてええやん。…脱いだれや、男らしいとこ、見せたれや」
 その様子を見ていた近くの男が潮崎の肩を叩いて言う。
「いっ……いやや、」
 硬い声で言う潮崎に、野々垣は溜息とともに笑みを漏らし、
「本気で嫌がってますね……いいですよ。じゃ」
とその場から立ち去ろうとする。
「あ、待てや。……折角来てんから、」
 潮崎は野々垣に歩み寄ると、皆から離れ、家の間の狭い路地へと先に立ちいざなった。野々垣は後ろを素直に着いていく。ちょっと離れただけなのに、喧噪も遠くに聞こえるところで潮崎は後ろを振り向く。野々垣は、笑いかける。
「潮崎さん……ほんとかっこいいですよ。惚れ直す」
「気色いこと言いなや。ほんまなあ、それさえなければほんまエエヤツやねんけどな」
 潮崎は前のポケットと、腰回りを探ると、あ、と言い、野々垣を見た。
「のの。タバコ持ってるか?」
 野々垣も白い開襟シャツの胸ポケットを探り、大分潰れたソフトパックを渡す。
「はい」
「サンキュ」
 そう言って袋ごとポケットに納めようとする潮崎に、野々垣が言う。
「全部じゃないですよ……一本だけでしょ」
「あ、そうなん?」
 そう言うと潮崎は2本抜き取り、一本は耳に、一本は口にくわえる。「はい」と絶妙のタイミングで、野々垣がライターの火を点ける。
「潮崎さん、ほんまタイプやわー…。そのカッコしてると、5割り増しくらいに男前。セクシーや」
「お前が言うとシャレならん感じがするから、ほんまやめろって、」
 顔をしかめ、自分の肩を抱きながら潮崎が言う。今日はとても暑い日だった。さっきの場所にたむろっていた男達も諸肌脱ぎになっているのが大半だった。なのに目の前の潮崎はむしろ寒そうに肩を抱く。
 なんとなくつらく感じながらも、そういう潮崎だからこそ、好きなんだと野々垣は思う。
 多分自分の思いに応えてくれるような男だったら、こんなに純粋に好きな気持ちにはならないだろう……
 くわえているタバコも、口から緩く吐き出され、風に乗って昇っていく煙さえも愛おしい。
 そう思っては、自分もありがちな報われないノンケ好きなのかも、と溜息つく。
 日が陰っていく。涼しい夕方の風が、路地を通り抜けていく。
「……秋やなー」
 上向いて、煙を吐き出しながら、潮崎が言う。野々垣はそんな潮崎を見ながら、顔がほころぶのを止められなかった。
「祭が終わったら秋、ですかね?」
「そう。毎年、な」
「潮崎さんと出会って、何年目だろ…」
 野々垣は自分もタバコをくわえ、火を点ける。
「5年…6年かな?お前と初めて会うたん、なんやったっけかな。合コン?」
「いややなぁ潮崎さん……合コンも行ったことあるけど、最初はちゃんと仕事ですやん。急なイラストで、明日の朝まで欲しいって、森から紹介されておれに夜の11時に電話してきたんが、」
「あっ……そっか。なんかもう忘れてるわ。あかんなぁ~」
 今から5年前の秋、だからもうすぐ6年になる。その頃まだ学生だった野々垣は、同級生の友達の森からOBという潮崎の紹介を受けた。それが始まりだった。電話での最初の印象は、愛想良さそうだけど、どこか恐いものを感じさせる大人の男、だった。
 それは自分も社会人と呼ばれるようになってからも、変わらない。と野々垣は思う。
 一晩でカラーのカットを10枚仕上げて、殆ど寝ずに眠いまま教えられた住所まで持って行った野々垣は、ドアを開けた途端目が覚めた。
 そこにいたのは、ちょっと無精ひげをまばらに生やした、好みのタイプの男前だったからだった。
 独立して直ぐだった潮崎は、1人狭く雑多な事務所で野々垣を迎えてくれた。多分徹夜明けらしいそのくたびれた風情も、妙に色っぽくてドキドキしたのを覚えている。
  テーブルに向かい合って座り、今度はイラストにどう感想が着くのかとドキドキしていると潮崎が
「済まへんな」
とイラストを眺め、出来に満足し、
「ありがとう。助かったわ。…君、なかなか腕悪ないな。これからも頼むわ」
と朝にぴったりの爽やかな笑顔を野々垣に向けた。
 しかし、
「学生やから、まけといてな」
とかなり値段を抑えられたのも懐かしい思い出だ。
「5、6年もなんかあっと言う間やな」
「まあつかず離れずですしね」
「お前とくっついたら、怖いわ」
「だからなあ、偏見ですやん。そんなん……一緒ですって。女好きなのんと。対象が違うだけですやん。なのになんでそんなに怖がられなあかんの?潮崎さんかって、幾ら好きな相手おっても、いつでもどこでも、襲ったりせえへんでしょ?一緒ですやん」
「そう言われてもな、怖いもんは、怖いねん。自分がそんな対象に、そんな風に見られてる思うだけで、」
「男の身勝手さですよね」
「女みたいなこと言いなや…ほんま分からへんわ。その気持ちが」
 そう言う潮崎の言葉に、一年ほど前のある思い出が野々垣の脳裏をよぎる。一度、仲間内で居酒屋へ飲みに行って、仕事で疲れていたのか途中で潰れた潮崎を空いてる座敷に連れていったときのこと。
 潮崎はその時彼女がいた。確か南朋子と言う女と付き合っていたはずだった。
「潮崎さん……大丈夫ですか?」
 肩を抱きながら、畳に横たえさせると、間近で野々垣はそう訊いた。潮崎は微かにうん、と頷くと、強く野々垣を抱き寄せ、
「赤城君……」
と小さく呟いた。
 野々垣は、なぜか聞いてはいけないものを聞いた気がして、ドキリとした。潮崎はそのまま寝入ってしまう。
 その声は、愛しいものを呼ぶような声だった。寝入ってからゆるんだ指に籠もっていた熱さ。
 しかしその名は、彼女の名ではなく、愛しい相手としては、今まで知っていた潮崎からは、あり得ない筈の名前だった。
 その名は何度か聞いたことがある。だがそれは男で、元同僚、今は仲が良い同業者として時折仕事の話をするとき上る名前だった。
「潮崎さん……」
 ただ真っ直ぐで、竹を割ったような男気タイプとだけ思っていた目の前の潮崎が、突如妖しい香気を野々垣の鼻先にくすぐらせる。
「………」
 野々垣は頭を振ると、自分の肩にかかる潮崎の腕を外した。微かに眉間に皺を寄せて、潮崎は眠っている。
 ――どういう人やろ…赤城さん
 どう考えても自分の側ではない潮崎にこういう風に名を呼ばせる人。
 妙な胸騒ぎと、微かな嫉妬に胸を焼く。
 その時の感覚が甦り、熱く心臓が動悸を早めていると、路地の先から潮崎を呼ぶ声がする。
「あ、いかな」
 短くなったタバコを投げ捨て、地下足袋で丁寧に揉み消すと、潮崎は耳に挟んだ2本目を口にくわえる。
「潮崎さん、」
 野々垣が声をかけると、歩き出した潮崎が振り向く。野々垣はまた、ライターで火を点ける。
「サンキュ」
「じゃ、いい写真撮らせて下さいよ。もう一枚」
「バーカ」
 野々垣がカメラを構えると、そう笑いながらも去りかける潮崎は、振り向いてハラリと片肌脱いだ。艶やかで良く締まった筋肉に覆われた、背中が露わになる。一瞬撮ることも忘れ、見とれそうになる自分を叱咤し、野々垣はファインダーを覗きシャッターを押す。
「サンキュ」
 そう笑いかけ、あっという間にその背中はまた法被に覆われる。
「今日はもう、会えません?」
「明日もあるからな。疲れてるし、」
「そのまんまの格好で夜会って下さいよ。潮崎さん、……マジ色っぽい、めっちゃ触りたいですよ。触らせて、抱きつかせてください、その背中に」
「アホウ。サービスせんといたら良かったわ。……ま、良かったら夜もゆっくり楽しんでってや……」
 そう言いながらも、野々垣を振り返る潮崎の顔に浮かぶ表情は、嫌悪感は微塵もなかった。
 野々垣は手を振る。潮崎も応えて片手を挙げた。そのまま祭の喧噪の中に戻っていく。
 1人残され、妙な静けさと、今まで感じなかった辺りの暗さを感じながら、しゃがんで潰された吸い殻を拾うと、野々垣は手持ちの携帯灰皿に納め、自分も歩き出した。




END

潮崎さんは南の方の人、というのはバクゼンと決めてたのですが、岸和田の人にするつもりはなかったんだけどねえ~~。私の書く物なんて、行き当たりバッタリですよ(笑)
で、裏も取れてないし、またもフィーリングで、しかもある意味ひっじょ~にベタい話なので、てゆうか何のストーリーもないので、実は半端品として一周年記念品の中に押し込む(笑)予定だったのですが……しかも夜じゃない(汗)
でも、タバコ吸う潮崎さんが書きたかったんですよね……それだけ。あとののちゃんと潮崎さんの妙な?関係をちょっと書いてみたい欲が出たというか。またもハズカシイの極致なものですが、お納め下さいませ……

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