バレンタイン残業

「ちょっと、赤城さん、これ直ってませんで」
 高階クンがピラピラA3の紙を手に寄ってくる。ネクタイはぐるっと一周して後ろに回して腕まくり。
「うー。直しといてよ、」
 おれはいい加減ネットリしてきた頭を掻きながら、まだまだ残る校正紙を見ながら訂正してる。
 室内はボンヤリ煙ったい感じで、目が痛い。なんか焦点も合わなくなってきてるし。遠近感がおかしい。睡眠不足だからかな。いや違う。このモヤ~ッと蔓延してるタバコの煙のせいだ。
 世間の禁煙の流れに逆らい、ここは猛烈な勢いでスモーカーどもが煙を吐きまくる。かつておれもその1人だったワケだが、吸わなくても平気になって数年。ちょっとの匂いにも敏感になっている。それでなくても人の煙は嫌なものなのだ。
「……ケホ」
「おい、ちょっとは我慢せえや。おれの赤が、咳き込んでるやん。肺ガンになったらどないすん、」
 原田はそう言い、…自分も銜えタバコなヘビーなスモーカーということを都合良く忘れた感じで、煙のニコチンとエアコンの温風で空気までネットリ淀んでる2月の夜中の事務所の窓をガラッと勢いよく開ける。
「クシュッ、」
 すると中央辺り、寒風直撃の机の辺りからくしゃみが聞こえる。
「おい、イキナリ開けんなや。こっちは二晩徹夜で寒気してんねんで。殺す気か、」
 そうタバコのせいか寒気のせいかでガラガラな声を出すのは潮崎さん。明日の朝イチ納品の4色カラー、紙もインクも刷りもこだわってる、とあるカタログのラフの直しの真っ最中。お手伝いに来て頂いている。
「あんたは多少のことあっても大丈夫、男やろ」
「それを言うなら赤城君かって男やん」
「男は男やけど男とちゃう。おれが大事に守ったらな、赤の肺と、お肌と、」
 ガクリ。
「原田。いらんこと言うな。ただでさえイライラしてんのに、男とちゃうとは何事やねん」
「赤城君、おれが熱出したらこの男の責任取って暖めてな」
「おい、ええかげんにせえ。まだそんなこと言うとんか。高階、ロッカーから毛布持ってきて上からかけてやれ。赤が見えへんようにな」
「ああもう、あんたらエエ加減にして下さいよ。そんな揉めてるヒマあったら手ェ動かして下さいや」
 そういう本人は、これまた旨そうにタバコをふかして、いよいよネクタイを外して。椅子に浅く腰掛けて電車の中で嫌われるガニ股座りで。
「……高階クン。直してくれるて言うたやん」
「……え?へへ。ちょっと一休みくらいエエですやん…もう校正のしすぎで目が疲れましたわ」
「オマエさっきまでそこで校正してる振りして寝てたやろ。おれの目はごまかされへんで」
 という原田もさっき窓を開けに立ってから窓辺で凭れてタバコをふかすばかりでちっとも自分の席に寄りつかない。
 どうにも、徹夜で皆大分集中力が切れているのか散漫、仕事が進まない。おれだけじゃないのか。ずっとまじめにやってんのは。……潮崎さんも喉が痛いと言いながら相変わらずセブンスターなんかバリバリ吸ってるし……今も皆旨そうに吸いやがって。
 イライラしてきた。眠いのに眠れない、風呂に入りたいのに入れない今のおれはちょっとしたことでもキーキーと噛みついてしまうのだ。腹立った。
 でも、怒ると余計目眩がする。疲れる。こういうときは、気晴らしだ。
「……おれ、コンビニ行ってくる」
 すると皆が、おれを一斉に見る。思わずびびる。
「な、何?」
「もう12時過ぎてますねぇ」
「あー。ほんまや」
「赤城さん、チョコ買って来て下さい」
「おれもおれも」
「お前らなー、……まぁそのくらい、許したるか」
「?」
 疲れたから甘いものが欲しくなったんかな?
「どんなんでもええ?」
 すると2人、高階クンと潮崎さんはウンウンと頷く。
「チロルでも買ってきてやれ。それかお徳用袋」
「それはあかん……ちゃんと1人一つずつ買うてきてや。チロルでもええけど」
「ウン……あとは?ビールと柿ピーでええ?」
 おれはなんか変だなーと思いつつコートとサイフとケータイを手にドアの方へ行く。
「あっおれも行くわ」
と原田が寄ってくるのに、さすがに残りの2人は文句は言わない。
 夜中のビジネス街、暗くて、車も少ない通りを2人で歩いて行った。コンビニまで行って、表の張り紙やPOPにおれは思い出す。あっ、今日は……
 ここ2、3日シュラバで朝夜は高階クン、昼ご飯は美奈ちゃんに行って貰っていたおれは、世間の行事を忘れていた。
思わず原田を見上げる。原田は口元を微かに歪め、中にさっさと入り、そして自分で買い物かごを取ると、先に立ちビールにつまみにチョコをぽいぽいと入れていった。そしてレジへ行き、とっとと会計を済ませる。モチロンレシートは忘れずに。
 ぼけーと後ろにいたおれにニコッと振り向くと、おれの後ろのキレイにエンド陳列されている棚から
「これ買ってよ」
と一つを指さす。
「オマエ……」
「お前が買うのんはおれにだけでええの。配るのくらいは許したる。福利厚生やと思てな。でも、お前が買ってくれるのはおれにだけでエエ」
 なんかひどいと思いつつ、きゅんとしてしまった。そんなに……そう思いながら見上げていると、原田が顔を逸らす。
「そんな顔してんと、さ……早く」
 言われるままに、おれは一個だけラッピングされてるやつをフラフラ買う。寝不足だからだ。なんかボーっとしてる、顔が熱い。
 帰り道、暗い細いゴミ箱なんかのある路地に引っ張り込まれ、
「あんなカワイイ顔、してくれるなよ……」
と言われて、抱き締められてキスをした。
 そして素知らぬ顔で事務所に戻り、チョコを配る。
「うわー赤城さんからのチョコ、初めてもろたわぁー」
「えー。長い付き合いやのに、初めてなん?」
 そういう潮崎さんも、ニコニコで…裸の100円の板チョコなのに、物凄く喜ばれてしまって恐縮してしまった。
「皆さんのおかげです。いつもありがとう」
 そう言って頭を下げるおれ。ちらりと見ると原田はニヤニヤしてまたタバコふかしてた。
「よっしゃ、もうちょい、頑張るかぁー」 となんだか気合いの入った皆さん。それから朝まで頑張って、仕事はどうにか終わった。そのままみんな、毛布を抱え倒れるように椅子やソファ、床に転がった。
「ああ最悪のバレンタイン……」
 おれがポソリと言えば、
「いや最高やで」
「悪ないわ」
 そんな声がやっぱりポソリと聞こえてきて、カッとなって目が冴えて…でも、おれも悪くないバレンタインかなぁ、って思った。



END

突発的にネタ思いつき、あれよあれよと書きましたよ。まぁ小ネタも小ネタですしね…去年の内容と矛盾がある気も…まぁまぁ。いやいや。去年もコンビニバレンタインネタ入ってたなぁ…心が貧しい私(汗)見逃してよー。っと。もうちょっと、高階クンとか潮崎さんに今日の夜の予定とかも話させたかったのですが、しんどなりました…すんません。皆様好きに補って下さい。ではでは。よいバレンタインを!なお、この作品はあくまでフィクションです。

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