バレンタイン残業 おまけ小ネタ この2人でベタネタです。

「う、ううー。うう、」
 潮崎が自室のベッドの上で唸っている。
 昨日のバレンタイン、ムリを押してプチ打ち上げに飲みに行った。かなり遅くなって、ムリにムリを重ねて、今日の休み、風邪の熱と悪寒と、2日酔いの吐き気で唸らずにはおれない状態だった。
 また、この部屋が寒かった。薄いプレハブの小屋。いくら暖房しても四方の壁からじわじわと冷気が染み込んでいた。2階建て4DKの狭い実家には去年彼の兄が嫁と子供を連れて戻ってきていたので、潮崎は田舎なので敷地だけはある庭の片隅に100万円出してプレハブ小屋を建てた。夏は暑くて冬は寒いが、女を連れ込むのにも気を使わずに済むので、不満はなかった。
 しかし今は不満タラタラだった。寒すぎる。ちっとも暖まらない。トイレに立つ気にもなれない。枕元のエアコンのリモコンを取り、ピッピッと鳴らして温度を上げる。
 とそこに誰かがガチャガチャとドアのノブを回し、入ってくる。
「ちわっすー」
「うわぁあぁ、なんでお前がここにいてんねん、カギは、」
「空いてましたよ。開けてあったんじゃないんですか?」
 野々垣だった。ダウン着て、長いマフラーをぐるぐる巻いて、ニットキャップで手にはスーパーの袋。
 そうだった、昨日倒れるように寝てカギをかけそこねていた。
「な、何しにきてん、」
「お見舞いに決まってるやないですか。ひどい風邪引いてるて聞いたから」
「別に来ていらんわ、余計悪なる、」
「そんなひどい声で、なんか震えて…しかもムチャクチャ寒いですねここ。ほっとけませんね。看病したりますよ」
「うわー、いらん!震えてんのはお前のせいや、お前が帰ったらようなるわ、」
「またまた。ひどい言われようですね。……熱、計りました?」
 にや~り、野々垣が笑って潮崎を見る。ダウンのデカイポケットから細長い体温計ケースを出す。
「は、はかった、」
「何度でした?」
「え……と、……」
「計ってないでしょ。ほんとは。体温計って、薬飲んで栄養付けないと、」
 ベッドへ寄ってくる。潮崎は恐怖で焦る。
「口で計りますか?」
「口荒れて喉痛い」
「じゃ……(と楽しそうに)お尻?」
「うわー…げほっごほっ、それだけは、カンベンしろ!」
「ふふ……じゃ、スタンダードに脇の下」
「うっうん……」
 今の体力と悪寒じゃ逆らってもムダと潮崎は頷く。そして手を出すとその手を握手よろしく握られる。
 そして掴まえたとばかり引き寄せ、野々垣は口を使って器用に体温計をケースから出すと、ぶるってる潮崎のセーターの裾から手を入れ脇へと体温計を持っていく。ひやっとした体温計と手の感触。そして恐怖……
「うわーどさくさに紛れて何してんねん、寒気する、」
「まぁまぁ」
 野々垣の手が脇の下の温かい所に潜り込んでき、帰っていく手の親指の腹で寒さと緊張に硬くなった震える粒を撫で上げる。
「うわぁああ」
 くすっ、と野々垣が笑う。
「いいな~。役得」
「何が楽しいんじゃコラ、」
 はあはあ息切れる潮崎。ピッとなって布団の中に遠慮なく伸ばされる手を制して潮崎は自分で体温計を抜き取る。38度。
「じゃ、次は薬飲みましょか…寝てると飲みにくいから口移しでいきましょうか?」
 実に楽しそうに野々垣が言う。少し身を起こし、震えて咳き込みながら、
「いい、自分で飲む、」
 潮崎はどうにか自力で出された錠剤を野々垣の持ってきたスポーツドリンクで飲む。
「しかしここほんま寒いですね。潮崎さんこんなとこで寝てたら余計悪くなるんちゃいます?」
「ええねん。体力には自信あるし。寒いんやったらほんまおれは1人で寝てる方がリラックスするから、帰れ」
「イヤですって。居たいんです。居させてください」
「お前も調子ええよな……ゲホッ」
「そういやお腹空いてません?」
 ビニール袋をガサガサとする野々垣。
「別に。吐き気する」
「何か食べなあきませんよ。…潮崎さん、こっち向いて。これ食べて下さい」
 その声に振り向くと野々垣がバナナの皮を剥いていた。潮崎は「………」と言葉をなくす。
「なんで…バナナ……」
「栄養あって消化にいいらしいっすよ。あ、やっぱ風邪のときは桃缶、ですかね。桃缶もありますよ」
と袋に手を突っ込む野々垣。
「べ、別に食べたくないと……」
「それじゃあかんってば。さあ」
 手渡さず、目の前に反ったバナナの先っぽを差し出す野々垣。仕方なく手を出すと、はらわれさらに口元に突きつけて「さあ、」と言う。
 楽しまれている……恥ずかしさと悔しさと悪寒で目眩がする潮崎。
「ほら。……食べて。潮崎さん。直りませんよ」
「うー。くそ、」
 大口開けてがぶっと一口、食いちぎって直ぐに頭から布団に潜り込む潮崎。なんだか身体が、あの辺がぴーんと神経が走りつつあった。
 野々垣はくっくっと笑っている。
「かわい。マジで役得やわぁ」
「もう薬も飲んだし食うもんも食ったし、寝るからお前も帰れよ」
 そして、う、と唸る。そう言えば、さっきから行きたかったけど行きたくなくて、行けなくて唸っていたんだった…トイレ行きたい。
「………」
「潮崎さん?」
 ふとんを撫でられる。揺さぶられて余計行きたくなってくる。
「うー。お前が代わりにトイレ行ってくれたらな……」
「何?オシッコしたいん?」
「イヤ別に」
「トイレ行きたくないんですね…(ときょろきょろし)この部屋には付いてないみたいですもんね。母屋まで?……いいですよ。おれが代わりに、っていうかこれに出してくれても(とガサガサとビニール袋を空ける)。おれが捨ててきて上げますから。さあ、」
 声が更に楽しそうだ。うう、最悪……、
「いい、自分で、……あ、」
 その時枕元の潮崎の携帯がなる。出ると急な仕事の電話。今日は日曜なのに。
「ごめん。おれの代わりに打ち合わせ行ってくれへん……?」
 するとフッと笑い、
「いいですよ」
と野々垣。それから潮崎の代わりに、野々垣も知ってるクライアントのところへ出かけて行った。
 潮崎は、やっとホッとしてトイレに出るためベッドを出た。緊張したりヒヤヒヤしたりしてるうちに、少しは良くなったようだった。薬とバナナのお陰かも知れない、と思って首をブンブン振る潮崎だった。



END

更に突発的に思いつき、……よくある風邪で寝込みネタを、メイン2人のカップルでなくこっちで考えてしまった…楽しかった。だってスリリングな気がしたんだもん。お相手が赤城君でなくてごめんちょ。

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