甘い毒薬と口約束

「なにそれ?」
 おれは宅急便で届けられた箱の中から、一際小さい包みを見ながら言った。
 ここ、おれこと赤城耕作と、おれの彼、背が高くて男前で10年近く付き合ってても見惚れてしまう原田の経営する超零細デザイン事務所――零細も零細、社員はおれ、原田、そして営業兼作業者兼経理兼…まぁマルチというか雑用というかの3つ年下、メガネで童顔で細っこいけどいつも不敵な雰囲気の高階クンと事務のバイト美奈ちゃんの4人しかいない――には、お歳暮や中元なんかより、今日の方が物が届く数が多い。まぁ、おれらがそういう虚礼廃止を標榜しているので、だけど。
 だけど一般の虚礼には当たらないらしい今日、取引先から業者さんから、同業者、あと友人、知り合いまで、色々贈って来てくださる。
 また逆で、クライアントさんから、
「ゼッタイ頂戴ね、赤城君」
と念を押されているところもある。これも付き合いだし、こっちが弱い立場なのでイヤとも言えず、しかし自分で買うのはイヤなので美奈ちゃんに買ってきて貰い、イヤイヤながらも渡すこともある。美奈ちゃんは、最初の年こそ怪訝そうな顔をし、首を傾げつつ買ってきてくれたが、最近では、
「大変ですよね、赤城さん」
と軽く笑って付け加える。
 なんか、オレって遙か年下の彼女にまでなめられつつあるのかも知れない、とそういう時は鬱になる。
 ま、誕生日で言えば、この中で一番早いおれではあるが、一番ヘタレなのもおれだ。会社は実質、おれの彼氏、原田が代表だし、原田と2人で独立して会社を興す前、原田と同じ会社の仲良い後輩だった高階クンにも、言葉こそ敬語だがいいように翻弄されてしまう。ま、高階クンとは昔色々あった仲だけど。今はきれいさっぱり、良い友達だ。……のはずだ。

 でまあ、そういうところ、くれと五月蠅いクライアントは、必ず今日打ち合わせを入れてくる…
 そう、納品、打ち合わせもやたらに入れられる、もしかして一年で一番忙しいかもしれない日が、今日だ。
 とにかく、おれがそう言うと、打ち合わせ用のテーブルの上に無造作に乗ってる箱たちをやっぱりほけっと見ていた高階クンが、こっちを見てニヤリとし、
「何って、分かってんでしょ。…峰岸さん。さっすが、気の利いた高そうなモン贈ってきてんちゃう?」
 クリスマスもめいっぱい玉砕したはずなのに、あの女…とか言っちゃいかんな。大事な大口クラ様だ。
 事務の美奈ちゃんは、
「そろそろお茶にしましょうか?」
と隠しきれない笑みを浮かべ、言う。原田はタバコのみらしく甘いモンは好きじゃない。高階クンも、以下同文。おれも珍しいやつなんか、洋酒チョコなんかには食指が湧くものの、それほどでもないし、数もいらない。というわけで、大体届けられる普段お目にかからないような高級チョコ、珍しいチョコの類は、美奈ちゃんのものになる。
「美奈ちゃん、太らへんよーに、気ぃつけや」
とおれがちょっと口元を歪め、言うと、
「やーだ。赤城さんのいじわるぅ」
と頬脹らませ、軽く腕を振りながら言う。
 原田には悪いけど、こういうの見ると、女の子もかわいいなぁ、と正直思います。
 てゆうか、美奈ちゃんかわいいや。顔は特別かわいいワケじゃないし、スタイルも普通だけど。とにかく性格がいい。彼女の採用を決めたのは原田だが、さすがに女を見る目は、おれよりあるらしい。おれは別のも少しカワイイ、あか抜けた女の子の方がイイと思ってたんだけど。

 やがて原田が打ち合わせから帰って来ると、美奈ちゃんはコーヒーカップを追加し、全員の分、4人分のコーヒーをそれぞれのデスクの上に配ってくれる。
「じゃあ、峰岸さんのを開けますか」
と薄ら笑いを浮かべ、高階クンが箱を取る。
 きれいな箱から現れたのは、雪だるまを彷彿とさせるような、とはいえやたらに上品なトリュフチョコが、3つだけ。峰岸さんは、ウチの従業員数を知ってるはずなのに、…
「あーこれ知ってるー。めっちゃ美味しいって雑誌とかにも紹介されてましたよー。東京方面でしか売ってないの、シャンパントリュフー。おいしそーう!」
 美奈ちゃんがハリのある声で言う。原田は、おれに
「お前好きやろ、高級洋酒チョコ。おれはエエから、お前ら食っとけ」
とブラックのコーヒーをすすりながら、見もせず言う。
「峰岸さんは、お前に贈ってきたと思うんだけど…、」
 なんでおれっていつも心にもないこんなこと、言っちゃうんだろうな。好きなのに冷たくされる、峰岸さんがさすがに哀れに思うんだろうか。それとも自分がそんな風に言われたら…と思うのかな。
 ウチにしては大口クラの会社の人、峰岸さんは、ある広告代理店の部長代理。颯爽としたキャリアウーマンだ。学歴も華々しい。留学経験もあって、英語もペラペラ。そんな人、会社となんで関わりがあるかというと、彼女が大阪転勤になったときに、仕事で知り合った。それ以来原田が気に入ったらしく(原田程度の男なんて、彼女の回りにはいっぱいいそうなんだけど、案外学歴の低いのと態度のデカイのが受けたのかも知れない。あと外見)、東京へ戻っても仕事を頼んで下さる。今の時代はメールでやりとり、納品なんかも出来るので、それも可能だ。
 ウワサによると、一旦惚れたら一途、積極的で、不倫なんかもしたことあるらしい…だからこうやって、くるんだな。
「おれはお前から貰えたら、それでいいし」
 原田はそう笑って言う。
「おれがお前にやると思うのか?」
「今年くらいは、くれるやろ?おれもやるからさ、」
 そう言い、彼は上着の胸ポケットからきれいにラッピングされた包みを出した。
「それ、○○さんからだろ」
 つい今しがたまで打ち合わせに行ってたとこから貰ったやつに決まってる。でもありがたく受け取りながら、おれも打ち合わせテーブルまで足を伸ばし、一番上に載ってる箱を取ると、おれにとっては最高ににこやかに、「ハイ」と渡した。


 そう、おれは付き合ってこの方、バレンタインにチョコを渡したことはない。
 最初の年こそ、原田も「くれくれ」としつこかったが、なんか女扱いされてるみたいで不愉快になり、
「お前もくれんだろ?」
と聞いたら「なんでオレが」とあっさり返され、それからちょっと、なぜかある賭け、というか意地の張り合いのようなゲームが始まり、ちょっとあって、それ以来、そういうことになっている。
 そのことは、取りあえず置いておいて、バレンタインにチョコ…、原田には渡したことがないが、達っちゃんには、あった。
ということを、手にした包みで思い出す。
 達っちゃんは、原田と付き合う前…というかおれが原田に寝取られる前に付き合っていたおれの元彼、最初のオトコだ。原田とおれと達っちゃんは、元は同じ会社の同僚だった。そして最初に原田が転職し、おれと達っちゃんは親友を続けていたのだが、ある年の夏の初めにおれはクビになってしまった。そしてその夏のお盆も過ぎたある日、初めて泊まりにいった達っちゃん家で、おれは達っちゃんに告白され、イキナリ初Hをし、付き合うことになったのだけど…
 あれは、原田はもう転職していなかった頃のあの会社の帰り道。
 いつもの如く、残業しての駅までの暗い帰り道、達っちゃんがうつむいて、
「今日も残業かー。別に義理以外でチョコくれる人もいないし、マジでどうでもいい日だよな」
と溜息ついて言うから、おれはくわえタバコで、
「じゃあ達っちゃん、おれあげる」
とか言ったのだ。おれはほんとに彼には、彼にだけは甘いヤツだったので、女みたいとかそんなの全く関係なく、彼の願いは可能な限り聞き入れ、叶えてやろうと努力していた。原田のことは愛してても、こんな心境にはならないのだから、好きとか愛とかって、不思議な気がする。
 そう言ったときの彼の顔は忘れられない。
 はにかんだような、とまどったような、でもまっすぐおれを見上げ、見つめ…
 でもそのときのおれは、男にこんなこと言われて嬉しいやつはいないよなーと困惑してると受け取り、笑って
「いらない?…よね」
 すると彼は首を振り、
「いや、そんなことない、…ありがたく貰うよ」
とか言うから、駅までの途中のコンビニに寄り、まだ売ってるラッピング済みのやつを一個買って、渡した。
 彼は戸惑いがちに、受け取り、おれから目を外し、「悪いな」とボソリと言うとくるりと振り返り、さっさっと歩き出した。おれは慌てて付いていき、
「なんの…。あんまり嬉しくはないかもしんないけど。おれとじゃ色気ないけど、これから飲んで帰る?」
と笑って語りかけたのだけど、彼はうつむき、歩く速度をゆるめず、
「イヤ、今日は、……また、明日にでも、飲みに行こうな。お礼するよ」
と。そして駅で別れたが、今から思うと、多分彼はあの時からおれが好きだったとすると、速攻帰っておれをおかずに1人エッチに励んだに違いない。
 と思うのは、失礼なことだよな。ごめん、達っちゃん。


 さて原田とのゲームだけど、実にクダラナイ。でもあのころ、って今もかも知れないけど、おれと彼ってつまんないことでの意地の張り合いって、結構多い。
 2月のある夜、こたつに入って二人でぼけっと情報番組を見ていたら、時節柄チョコ特集が始まった。
 その中程で、原田はおれに向き、
「チョコ、頂戴な」
とニヤついて言った。
「なんでおれが。お前、チョコ好きか?」
「別に」
「じゃ、欲しがりなや」
「そういう問題ちゃうやろ。これは、愛してる人に、愛のシルシとして、渡すもんでしょ」
「……じゃ、お前、おれに頂戴な」
 すると、
「なんでおれが」
と同じ言葉を返す。
「愛のシルシ、ちゃうんか」
「おれが上げるのは、ヘンやろ?」
「なんでそうなる。じゃあおれが渡すのんは、ヘンちゃうんか。…おれは、女じゃないから、」
「お前は意地っぱりやなー。チョコのいっこくらい、そんな大層なモンちゃうでしょ、」
「じゃーお前こそ大層なモンちゃうかったら、おれにくれりゃ~いいんちゃん、」
 それから1分間、おれたちは無言でにらみ合った。多分、バックにはベタフラッシュでも良かったと思う。
「……おれは、より愛してる方が、愛する人に、渡せばいいんちゃう?と思うけど?」
 ツマラナイ意地でもなんでもいい、おれは絶対に渡す側になりたくなかったので、ぼっとしてるといつの間にかその側に回されそうな気がしたので、あることを思いつき、そう言った。
「より愛してる方?」
「そう」
 それからおれは意地悪く笑って彼を見据え、
「先にH誘った方がより愛してる方」
 彼は口をへの字に曲げておれを見る。おれはその顔を見ただけで顔がにやつき、止まらない。
 おれはこの賭には絶対の自信があった。だって、おれから誘いをかけたのは、それまでどう思い出しても2度か3度しかなかったからだ。
 おれは、お前みたいにがっついて盛ってないから、1日2日、いや3日くらいはゼンゼン平気さ…
「モチロン押し倒しもナシ。あからさまな挑発もナシ」
「…フーン。お前おれが、あっさり負けると思てんやろ。ええで。のったっても」
 そのとき風呂のタイマーがピピ…となった。おれはおもむろに立ち上がり、
「じゃ、風呂も別な。おれ先に入るわ」
と着ていたシャツの袖口のボタンを外しはじめた。もちろんわざと。少し意味深に、ゆっくりと。そして襟元に手を伸ばすと、
「それ、挑発ちゃう?」
と思った通り、クレームが入る。
「風呂に入るのに、脱ぐのがなんで挑発なん」
「いや、それは挑発や。お前の顔が、そう言うとる。ハイ、お前の負けー。チョコ頂戴な」
「じゃあ~お前はおれに服着たまま風呂に入れ言うんか?服着たまま寝れ言うんか?毎日同じ服着て会社行けっつーんか?」
「そんくらいキタナイ方が、変な虫寄ってこーへんでおれは安心かもしらんなー。…でもまぁ、その位、許したるわ。どうせ、こういうのは、言い出しっぺが負ける、と相場が決まってるもんやし、」
と原田も妙に余裕ありげに笑っておれを見る。
「そんな暗示に、のらんわい」

なんとなく、昨日('03.2/15)の通勤中に、電車の中で浮かんだネタ。しかし全部は考えきれていない…。昨日のウチにあげれたら、1日遅れ程度だったのに、2日遅れのバレンタインネタですか…。しかもなんか練りきれてないうちに書き出してるから、イマイチ、イマニ、イマサンくらいですよ!
そして頭の中にあるモン全部入れ込んだから、時間軸が分かりにくいったらありゃしないし、話飛びすぎ!でもさー、来年も、あると思うな、って心境なんで、悔いの残らないように打つのみですよ。でもね、続きは、ホワイトディあたりにしときます…。ごべんね。
タイトルなんか、意味なさすぎ。語呂だけです。タイトル付けるのも、内容考えるのも、書くのも今までで一番苦労。

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