3倍返し 2

 はらはらと濃い色のビロードのような花びらが一枚、床へ舞い落ちていく。押し出された空気の揺れに、強く甘い芳香が立ち上る。
「赤城さん。兄貴よりおれの方が将来性も安定してると思うけど……やっぱ人に使われてる男より兄貴みたいな方が魅力ある?」
 そう言って肩に顔を埋め、息苦しい程ぎゅっと抱き締める。花束を包んでいるビニールがガサガサと音を立て、より強くむせ返るような花の匂いが鼻孔をくすぐる。
「折角の花が潰れる……あかん、道隆クン、」
 言いも終わらぬうち、唇を塞がれた。彼の舌が唇を舐め回し、入り込もうと歯列をくすぐる。つい綻び、息を吐く間に舌が侵入してき、強く絡められる。上手いキス。
 心臓がバクバクする。おれが付き合ってるのは、彼の血の繋がったお兄さんだ。こんなこと、絶対に良くない。ぬめる舌の感触を残しながら、彼の温かい舌や、吐息、そして柔らかい唇が離れていく。
「赤城さん…………凄い綺麗。上げて良かった……」
「振られてさみしいのは分かるけど……、あかんて。どうしたん、」
「そんなんはどうでもええねん……前から、兄貴の恋人やって気付いたときから多分好きやった」
「道隆クン……!あの、おれ男やけど、」
「男でも兄貴とは恋人でしょ。……最初は何で兄貴は男と付き合ってんねん、理解できひん、て不思議に思わんでもなかったけど…全然気持ち悪くは感じひんかった…ていうか、直ぐに兄貴がうらやましなった。昔おれにお年玉くれようとしたことありましたよね。今のおれなら、金なんかいらん。むしろ上げる。不自由しないくらい上げるから、そんなもんで比べられへんもの、下さい」
「あかんて……あっ」
 抱き締めた彼の手が、セーターの裾から滑り込み、素肌を冷たく這い回る。
「お願い一度だけ。おれ今度出張なんですよ。その餞別に」
「出張くらいでそんな……」
「海外やし。多分そのあとそっちに転勤になると思う。これから長いこと赤城さんに会われへん。可哀想と思いません?飛行機で事故ったら二度と会われへんし、テロとかで死ぬかも。せやから一回だけ。一度だけ抱かせて」
「あのな……、あかん。絶対あかん」
「こんな夜も二度とないか知れへん」
 いつになく落ち着いてると思ったら沈んでいたのか?確かになんだか元気づけて上げたいけど、それとこれは別だ。
 でも、きつく抱く彼の手が……最初ひゃっこかった手が、おれの肌に温められ、馴染んで蠢き続ける。…感じる。息が浅く短く、立ってるのがつらくなり、少し腰が揺れた。
「あっ……だめ、」
「そんな言うても色っぽいだけですよ…?ずっと羨ましかった……つらかったわ。ほんまにおれのこと、可哀想やと思いません?」
「あかんって……!」
 拒むために、両手で彼の肩を押し戻した。その拍子に、おれの手を離れ花束が床へガサリと音を立てて落ちる。花びらが、散る。
「あっ……」
 せっかくの花が……そっちに気を取られた隙に、彼の右手が、股間へと滑り入ってきた。
 きつくグニグニと揉み込まれて、反発力が増していくのが分かる。目覚め始めた身体に彼も煽られるのか、熱い息を吐き、クイと押しつけられた股間が硬かった。
「………、」
 声もなく、顔をしかめ逸らす。するとその耳元に彼が囁く。
「ごめんね赤城さん。……どうしても欲しいから」
 そういうと彼はおれを抱え上げ、自分の部屋へと移動しはじめた。

 彼の部屋はキッチンからまた玄関への扉を抜け、短い廊下の突き当たりにある。北向きに2つ並んで、その部屋の手前の部屋は、原田の部屋。
 その原田の部屋の前を通り過ぎ、ギッと暗い廊下を鳴らしながら、彼が歩く。そして立ち止まり、ドアを開く。部屋の中はさっきぬいぐるみを取りに来たとき付けっぱなしにしたのだろう蛍光灯が点いている。
 初めて入る彼の部屋。狭い6畳の和室には存在感あるベッド、窓際に木の机、その上にはパソコン類、そしてテレビやビデオのオーディオが壁際に並んでおり、季節柄ボードやウェアが出しっぱなしになっており、床には乱雑に週刊マンガ雑誌が散っている。
「急で片づけてなくて……ごめん。隣の部屋いこか。片づいてるし」
「それはイヤ!」
 おれは声を張り上げていた。彼が目を見開いておれの顔を覗き込む。
 そのまま近づいてきて、再び視界が暗くなった。息ごと吸われる。
 その間に、彼のベッドに寝かされ、かれも覆い被さっていた。ギシギシと鳴るパイプベッド。
「……はっ……」
 唇を解放され、喉をのけぞらす。セーターの中、彼の左手が既に硬く尖っている突起を弄る。おれの身体が跳ねる。
「あっ……」
 声を漏らすと、道隆クンも静かに熱い息を吐く。布越しの身体も熱い。おれに興奮している。
「赤城さんの喘ぎ……やっとおれの腕の中で聞ける……おれのせいの喘ぎが……」
 そして円を描くように先端を撫でていた左手の親指の腹で、ぎゅっと潰されてまた声を上げた。
「道隆クン……や・め・て・や。……」
「声が甘いよ……赤城さん……」
 彼の右手が股間を離れジーンズと下着をケツを撫でながら一気に押し下げていく。そのときまたぴりっと乳首を摘まれ反射的に背がしなり、彼の体重のかかっていない左足が持ち上がった。そのすきを逃さず脱がされる。手際よく下半身だけ素っ裸にされる。
 こういうとき、どうして下から脱がしてしまうんだろう。と昔の高階クンのことを思い出していた。
 やっぱり逃げられないようにするためだろうか。上だけだったら、隙があったらドアを開けて飛び出すかも知れないが、下だとさすがに躊躇する。

 結局おれは彼に抱かれてしまっていた。今、ベッドに起き直り背後から抱かれ、深く刺し貫かれている。
 執拗に這い回る手、背中から聞こえる低く抑えた喘ぎ、そして、身体の中を蠢く、欲望の証。あ、その存在の違和感を、今意識レベルで強烈に感じてしまった。思わずぎゅっと引き絞る。
「うっ……」
 道隆クンが、声を出す。なんだか色っぽくて、益々ぎゅうぎゅうと締め付けてしまった。
「あっ……あかぎさん……すごいわ……もうダメ……」

 あの後、下半身を素っ裸にされた後、彼は少し身を起こしおれをしげしげと見下ろした。おれの下半身はもう大分形を変えていて、彼の目を釘付けにしている。恥ずかしい……と身を捩り、股間を閉じようとすると、それを許さず、彼が身体を詰めてくる。
「赤城さん……」
 それからまた手が伸びてき、おれを煽り立てる。はあはあと荒い彼の息遣い。怖いくらい興奮してる。
 いつもボケッと、のんびりした感じの道隆クンが……
「あ、あ、……っ」
 堪えられない羞恥心に、喘いでしまう。
 震える指でセーターとTシャツをはぎ取られ、蛍光灯の下生まれたままの姿になったおれに、道隆クンが食らいつき、舌が、唇が這い回る。
「赤城さん……夢みたい。でも我慢出来ひんから、もう入れていい?」
「ダメ……」
「ゴメン。聞いてあげられへん」
 彼はそれからおれを俯せにひっくり返すと、膝を立てさせ彼に穴を突き出す形を取らされた。暫くそのまま。彼の視線を感じる。穴が、視線で焦げ付くように感じて、自然にヒクヒクと収縮させ籠もった熱を発散させようとする。
「……」
 彼が息を飲む。そして尻たぶを鷲掴みにし、ぴちゃりと舌が窪みに触れてきた。今度はおれが息を飲む。前で揺れてる物が、震える。
 やめさせたいのに、ダメなのに、身体はこのままだとツライとこにきていた。
 でも彼が、おれのそんなとこを舐めてるなんて。背徳感。
 ぼーっとした頭、耳を掠るように背後からシュッと音がし、ベッドが微かに軋み、彼が服を脱ぐ気配がする。中を舐め尽くすように蠢く舌がねっとりと出ていき、ひんやりしたローションが軽く塗り込まれ、腰を掴んで彼が押し入ってきた。
 ずっ、と一気に押し込まれる。潤滑剤を使っていても、その粘膜を引き攣れさせるような動きに、つい悲鳴を上げる。
 道隆クンがおれの中にいる。
 それから背後に彼の荒い吐息を聞きながら、割と直ぐにお互いイッて……。息切れする間に、また仰向けにされ、うっとりと眩しげに見下ろす道隆クン。
 似てる。やっぱり似てる。細める目。額にかかる長いサラサラな前髪、艶のある褐色の肌。程良く付いた肩の筋肉……
 土井さんが系統的に似てる、というのとは根本的に違う、濃い血の生み出す相似性。姿形だけでなく、表情や所作…似ているからこそ、羞恥心と背徳感は増すばかりだ。心臓が皮膚を破って出てきそうだ。
 よく似た形の唇が微かに笑みを型作り、近寄ってくる。肩の肉の隆起を見せ、それが見えなくなるころ唇が柔らかく温かなものに覆われ、身体も覚えある拘束力に強く抱き締められる。
「イヤ……道隆クン、もうお願いやめて……」
「今夜…一度きりだけやから」

 ぐっ、と中の道隆クンがおれの奥をこねるように突いてくる。彼の硬さとは裏腹に、おれの身体はどこもかしこもぐにゃぐにゃに熱く、彼に絡みつき、支えてもらっている。
 おれが、おれの身体が彼に乗っ取られ、彼に内からいいように操縦され、支配されている。おれの身体だけどおれのじゃない、そんな感覚に支配される。
 でなけりゃ、こんなこと甘受してるなんておかしい。


 あれから何度精を解放しただろう、彼の口にも吸い取られたが、おれの前も、身体の中も液に溢れている。切れる息を収めながら、道隆クンがおれを抱き寄せ、息苦しいほど締め付けた。
「今夜はこのまま、寝てもいい?」
「……あかん、てゆうたら……?」
「聞かへん」
 そう言って頬を擦り寄せてくる。
「原田……」
 電話してきてるだろうな。バイブ設定だから、分からない。
「何?」
 わざとらしく、道隆クンが返事した。

「……赤……」
 そう呼ばれた気がして、うっすらと目を開けた。明るい。朝……
 気配が動き、頬に冷たいサラサラとした髪が触れた。反射的に抱き寄せる。
「原田……」
「……何……?」
 そっと、伺うように低い声が響く。
「ん………」
 すぐそばに感じる彼の頭を抱き寄せ、口づける。潜り込んでくる舌の動き。それに覚醒していく頭。そして、はっきりと思い出す。
「!!」
 ムリヤリ唇を離すと、朝日の中、精悍な、でも原田よりはちょっと華奢な道隆クンの裸の上半身とはにかむような、でもニヤリとした顔がそこにあった。
「ごちそうさま」
「道隆クン……」
「そんな顔しないで。おれウソはつきません。二度とこんなことしませんから。赤城さんの幸せ祈ってます。嬉しかったです……シャワー、浴びて下さい」
 シャワーしましょ、じゃないのか。とか思ってしまう。それが顔に出たか、彼はおれに背を向け、
「決心ぐらつくから……朝から一緒におれ、シャワー出来ひんからさ。どうぞ」
 そういや彼の身体は湿り気を帯びていた。先に済ませたのか。
 風呂へ向かう途中、台所を通りテーブルに赤い花束が乗せてあった。まだ、ふんわりと芳香が漂っていた。
 この花束を、どう処遇したものだろう……そんな悩みが、頭をよぎった。



END

ふーやっと終わりました……。書きたいことは全て書き込めたのだろうか。何か足りない気もするが……あれだ。道隆クン視点で、「あれからずっと頭を離れなかった赤城さんの身体が、おれの下で震えている」みたいなもん…でも入れるとこがないのよね。後半は道隆クン視点で行こうかとも思ったんだけどね。
予定と違って全然ヘタレ攻になってない気がしますがいくら道隆クンがヘタレ系とはいえ、やっちゃうことになるとほんとにヘタレだと出来ずに終わりそうだったから……なんかまた言い訳かましてますな(汗)しかしMVPといい意外と彼の需要が高いのが謎であるw「曙紅」があれなんかね。 ではでは。

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