ブレイクスルー4 -8-

 車で30分ほど走ると、宿へ着いた。
 広い庭園が自慢というだけあり、緑の中に悠然と立っていた。
「ウワー」
と車の中で、2人はどよめく。土井さんも軽く口笛吹く。
 新館は鉄筋のちょい古めのビル造りだが、手前のロビーのある本館は、時代の付いた色の木造の歴史もありますな外から見ても素敵な旅館だった。
 町はいかにも地方の温泉町って感じで、素朴な、静かな感じだった。
 そんな中、暗くなった辺りに、木立の奥から漏れる旅館の灯りがえもいわれぬ風情だ。
 原田と来たい。仕事じゃなく、2人でゆっくりと。すぐにそう思った。
 確かここには露天風呂付きの部屋があったはず。風呂の貸し切りもできたはず。普通のときは贅沢なので、今年の原田の誕生日とか…とぼーっと考えて、ちょっとがっかりする。
 なんでいつも、おれの誕生日はお手軽で原田の誕生日だけスペシャル感が漂うのだろう…記述のない年の誕生日だって、なんとなく似たりよったりなのだ。
 でも、あと一年待っておれの誕生日に…なんて待ちきれない、多分。
 川久保さんがチェックインを済ませ、部屋に通される。部屋は新館の方だった。でも、広々としてちょっとした次の間付きである。襖は金彩がキレイだし、テラスからはライトアップされた綺麗な庭が見える。
 もう夕食な時間になっているので、仲居さんは
「お食事はいつお持ちしましょうか?」
とお茶を淹れてくれながら訊いてくる。食事は部屋食で、おれたちの部屋で皆で食べることになっている。土井さんが、
「あ、もう運んで貰って結構です」
と答える。
 仲居さんが引っ込むと、彼はおれの方に振り向き、
「じゃ、早速浴衣に着替えてもらいましょうか」
と笑って言う。
「貰う…って、着替えましょうか、じゃないんですか?」
 おれ1人だけ、着替えさせるつもりか。そう思ってしまった。
 そして警戒してしまった。
 少し笑いを含んで言ったつもりだったが、それが伝わったのだろう、土井さんは、
「ああ、…ついクセで。勿論おれも着替えますけどね。料理が、撮影が終わってからかな?」
と笑う。
「折角だから、料理写真に赤城さんの浴衣姿も撮りたいかな?」
 上着を脱ぎ、ネクタイを解いていると彼がそう言う。おれは彼に振り向き、
「おれよりも、女の子の方がいいでしょう?」
 実際、川久保さんも普通にかわいいが、斉木さんはスタイルも良く結構きれいだ。
 すると彼は言う。
「赤城さんは、おれに、プロに撮って欲しくないですか?」
「あ、その件は、……」
 断らなければ、今断らなければタイミングを逃す、そう思った時だった。
「お邪魔しまーす」
 2人が楽な服に着替えて入って来た。着替えるタイミングも、断るタイミングも逃した。

 目にも美しい料理が、次々と黒光りする紫檀の座卓に並べられる。
 固唾を呑んでそれを見ていたおれたちは、わざわざ女将さんが「どうぞ」と声をかけ、おひつを開けたのと同時に側に寄り、カメラの用意をする土井さん以外の手が伸び、携帯を構える。殆ど同時に小さなシャッター音が響いた。
「そんなことやってないで、撮って上げますから、撮影の手伝いして下さい」
 土井さんが凛とした声で言う。
 普通撮影はイキナリ撮らず、ディレクターや担当(今回の場合おれ)にポラ(インスタント写真)を撮って構図やアングルの確認、モデルを使う場合は意図の伝達を行う。しかし今回土井さんはポラロイドは持ってこなかった。もう余り使わないつもりなんだと言う。その変わり使っているのは、デジタルカメラだ。
 デジカメと言っても、高解像度のデジタル一眼レフ。それで普通に撮影も出来る。昼間も、普通のカメラとデジタル一眼、両方で撮っていた。まだデジカメの感触は銀塩に比べて手探りらしい。
 料理写真は殆どお任せのつもりだったが、何枚か撮る料理の写真の構図をデジカメのモニタで確認すると、土井さんは用意しておいたカメラをセッティングする。夜間の室内、静止物だから当然ブレないように三脚とレリーズ使用。
 そして白いレフ板を持たされた。レフ板(光の反射板)係は、はっきり言ってしんどい。楽な姿勢だったらいいけど、ストロボの拡散具合がいい角度ってのは、大抵斜めか上だ。そんな角度を保持して平たい、広いもんを持ってるのは、どうかすると腕が攣りそうになる。
「きつい…」
 そう言うと、ファインダーを覗いてた土井さんが顔を離し、
「いい写真撮りたいでしょ?焦っていい写真は撮れない」
 そしてストロボが光り、シャッター音が響く。
 その間、斉木さんはカセットを傍らに女将を相手に料理の話、宿の話を訊いている。
「私だけ仕事してないなぁ」
 川久保さんがそう言うと、
「じや、浴衣に着替えて、料理をおいしそうに食べて下さい」
 川久保さんはたじろぎ、
「えっ、私が、イヤやわ~」
「斉木さんと2人ならいいですか?」
 土井さんはニコニコと、有無を言わさぬ口調で言う。
「まあ、それなら……、」
 と結局川久保さんと斉木さんは浴衣に着替え、美味しそうに箸持ってニッコリとカメラに収まった。
 土井さんがいい男だからか、「いいですね」とか言われて2人は凄い嬉しそうだった。
「赤城さんも。撮って上げますよ」
 女将さんの写真を何枚か撮り終え、土井さんが言う。
「いえおれは、……それにレフ板が、」
「無くても結構撮れると思いますよ。それに記念写真だから、」
「いいえ…、そんなことより、食べましょ、」
 そう言うと、彼はフッと苦く笑い、
「……じゃ、頂きますか」
とカメラを片しはじめた。
 まずは今日の仕事をねぎらい、ビールでカンパイする。そして刺身に舌鼓を打っていると、美味しい日本酒が欲しくなる。でも日本酒は回りやすい、アブナイ酒だ。原田のことが思い出され、日本酒はやめとこう、と思ってると斉木さんが熱燗を注文する。
「赤城さんも日本酒好きでしょ」
と、それを知ってる斉木さんは銚子を持っておれに薦める。
「いやおれは、…」
「あたしの酒が飲めないっていうの?」
 軽く凄まれ、ウワバミな彼女のお相伴をするハメになってしまったおれだった。
 料理は、美味しいけども余りのボリュームで、とても食べきれそうにはなかった。勿体ないけど、残してしまった。すると仲居さんが夜食にとおひつに残ったゴハンでおにぎりを作ってくれた。
 そんなお食事タイムは味わいつつ、おしゃべりしつつ、飲みつつ…やってたらこれまた結構な時間になってしまったので、食事が済むと女性2人は温泉へと直ぐに部屋を出て行った。
「じゃおれたちも行きましょう温泉」
 頭上から土井さんの声が響く。なんだかほろ酔いでジワーッと身体が痺れてて、横になってると動きたくなかった。温泉には入りたかったけど、原田もああ言ってたし、朝入ればいいや…
「いやおれはいいっす。なんか悪酔いしそうで、朝入ります」
「酔い覚ましにも露天はいいと思うけど…赤城さん、おれのこと警戒してます?」
「えっ、」
 思わず目を開け、彼を見る。彼はゆったりと笑っておれを見下ろしてた。その表情を見て、ほんとに土井さんと原田は似てるなあ、似たタイプの男だなあ、と思う。誰だってそう思うだろ?人間の外見には系統があって、この人とこの人は同じカテゴリに入るとかあるだろ?そういう括りで、2人は似ている。骨格や、髪の質、顔の造作、全体のバランス。
 だけど、物腰のせいか2人の印象ってのは全く違う。土井さんの物静かでスマートな感じは、原田には無いものでドキドキさせる。原田の使った言葉で言うと、どうしてもときめいてしまう。そんなところが少しでも原田にあれば、原田もあれだけカッコイイんだからぽーっとなるいい男になるに違いない。
 じゃ、原田はかっこよくないか?って考えると、ううんカッコイイ。おれはあのちょっと外したところが大好きだから。
 かっこいいと思ってるから。2人は似てても、かっこよさの質が全く違う。
 そう思ってると、一瞬、強くストロボが光った。びくっとする。
「な……、」
「いい顔、してたから」
 おれは仰向けになってた身体を横にした。目を閉じる。
「好きな人のこと、考えてた?」
「………土井さんは、好きな人は?」
「今は特にいないです。赤城さんの相手ってどんな人かな?指輪してますよね。結婚?」
「……ええおれ、してます……」
 右手で左手の薬指を撫でながら、答えた。
「土井さんは、どんな人が好みなんですか?…斉木さんみたいな、美人とか、」
 いやその前に、男と女、どっちが好きなのか。そう訊いてみたかった。土井さんはスマートだが、あんまり女性にクール過ぎるような気がする。いやそれは「写真撮らせて」以来の彼に対する色眼鏡が入っているのかもしれないが。
「好みねえ…かわいくてキレイな人、かな」
「モデルとか知ってたら沢山いるでしょ」
「かわいい子はいるけどね…おれの好みが、写真に撮られたくない、控えめな子なんで、」
「………」
「風呂の撮影もしないと。夜の写真欲しいから…でも今だとオッサン山盛りかな?」
 ふうと溜息つき、彼が言う。あっ、そうだ風呂は貸し切りじゃないんだ…むしろ、入るなら今かも?夜景に滲む露天の湯気。頭を冴えさす夜風。入りたい…それとは別に朝風呂にも入りたい。
 それに、こういうのってなんだか気まずいだろ…
「あ、おれも行きます」
 おれは跳ね起き、タオルと着替えとカメラの入った袋を持った土井さんに言った。彼は振り返り、にこりと笑う。
 気まずさに耐えられなくなるおれはダメなやつだ。そう思いつつ、ポケットから携帯を取り出し、
「あ、先行っててください」
と言えば、彼はドアに手をかけ、
「妬けちゃいますね。奥さんに?」
「ええ。そう」
 さっき撮った料理の写真を添付し、おれは原田にメールを打った。
 ――とてもステキな旅館です。料理も凄いだろ。じゃ、おやすみ。早く帰れよ
 すると着替えの用意をしていると彼から返信が来る。
 ――見せびらかすなや。おれももう帰るわ。寝るときは1人で、ちゃんと服を着て寝るように。浴衣は、あかん。また夜電話したるからな。覚悟しとけ。
 ああ、やっぱり…?ごめん、じゃ寝るときだけ持ってきたスウェットに着替えるよ…寝相にも自信がないし。
 露天風呂は、外が見渡せる広々とした大浴場のガラスの向こうに、組まれた岩、植えられた松を煙らせていた。大浴場には4、 5人のオッサン方。土井さんは…と脱いでタオルを腰に巻き、脱衣場の扉を薄く開けきょろきょろすると、大浴場で洗っていた。
 重い機材を担いで移動する仕事だからか、かいま見る彼の身体はよく締まって筋肉がきれいに付いていた。

温泉にも長いこと行ってないな~…行きてえぇ。自分で書いておいてなんなのですが、中盤の「きつい…」って妙にエロいよぉ赤城君…
 で、1日経って更に写真雑誌をさらさら~と見て、料理写真、赤城君にレフ板持たしたいばかりにあんなシーンになってしまいましたが、安定した柔らかな光が欲しかったらディフューザを使うのが有効では…いやそもそも夜間室内の料理写真を撮ることが分かってれば、プロなんだから傘付き照明セットくらい持ってくるだろう…とか悩んでしまいましたが、所詮あたしは基本の「き」のガイドナンバーもF値もISOも理解できないあっぱらぱ~ですから!分かる人は失笑してくれい。雰囲気出しだよ!雰囲気出し!土井さんも赤城君の「きつい…」が見たかったんだよ!すると彼は結構Sですね!S上等!

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