ブレイクスルー4 -38-

「……っ、」
 高階クンの二の腕を、両手で押し返す。
「なんで……」
 なんでこうなってしまうのだ?ひどく今更なことを、それでも思わずにはいられない。
 うん。おれが悪い。全て自分で招いた結果。分かってるけど、…おれを大事にしたいとか、何もしないとか言った舌の根も乾かないうちに、平然と逆の行為に及ぶ彼の思考はどうなってるのだ。
「何が?」
 高階クンが、すっかり固いだろう胸の粒から口を離し、おれを見上げ言う。落ち着いた、しっかりとした声。
「何もしないって言うから、やっと安心して眠れそうな気がしたのに、」
 すると青に染まった空気の中、彼が笑む。
「だからですよ」
「だから……?」
「さっきの深い溜息……あれを聞いたら、たまらなくなって……あなたがおれを疑って警戒すれば、原田さんに負けへんように、どうにかして緊張を解いてくつろいで欲しいと思うし、あなたがおれの側で無防備にしてれば、おれの前でそんな安心してるあなたが我慢出来なくて、こうなっちゃう」
「あっ……迷惑な、」
「おれはあなたに全てを常に与えたいみたいです。安心も、怯えも……常に、一緒くたに。だから……受けてください」
 ぎゅっと、指のかかったままだった乳首に側面から親指と中指で力が加えられ、人差し指の爪先で軽くひっかかれた。
「ああっ!」
 背をのけぞらせ、足を突っ張り、声を漏らす。
 しかし彼に押さえ込まれた胸から上はベッドから離れることなく、却って腰が持ち上がる。いやらしい動き。それだけで疼きを逃すことが出来ず、更に腰が押しつけるように揺れていた。
「だから赤城さんも、赤城さんの全てをおれに見せて……」
「……、っ、でも、そんなじゃ、君にはいっこだけ、どうしても上げられへん、見せられへん面が、残るよ……、っあ、」
 彼の唇が皮膚の上を這う。神経が震えると、体がこわばりまた自然と腰が高く持ち上げられる。まるで押しつけてるように、強請ってるように。いやだ……
 でも、神経が完全に逆立っているので、僅かな刺激にも鋭敏に反応してしまい、下腹も、張りつめつつあった。
 生理的な現象だ。
「あ、ん、」
 浮いた腰から、片手で躊躇なくパジャマのズボンと下着が纏めて下ろされる。抗議の声を出そうと喉を開くと、すっぽりと湿った柔らかなもので塞がれた。彼の唇。差し込まれる舌。喉奥まで。
「………、」
 一応声にならなくても、それでも喚いてはいるつもりなのだけど。舌を強く吸い上げられて、ぼうっとしてしまう。
 感じて、唾液が、口内に溢れてくるのを感じる。
「ん……ふ」
 声が、鼻から抜けた。腹をさまよっていた彼の手のひらが、固くなりはじめたそこに絡みつくのを感じたからだ。おれは腰を引き、それから逃れようとする。でもしっかり掴まれ、逃げ切れず、擦り上げられる。
 ずるい男。
 何もしないなんて、大事にするって……翻弄されるうねりに逆らうように、バカの一つ覚えみたいにそれだけを呪文のように頭の中で繰り返す。
 バカなマネしたって、正気に戻って余所へ行こうとしたのに、上手いこと言って、原田をタテにとって、いや本当にここを出ようとしたらそれこそこの身体に深くツメを立ててでも阻止したのかも知れないけど。思い込みじゃない。ウヌボレじゃない。
 なのに、そんなおれを、出してくれなかったのに。それと引き換えに安全な夜を提供してくれると信じようとしたのに。
 ひどい男。悪い男。
 でも、おれも悪い。
 高階クンの二枚舌、真逆にいきたがる性向を知ってるくせに、その気持ちを利用して。こんなことになることなんか、分かり切ってるはずだのに、結局こうやって、逃れようもなくベッドインしてて、原田には知られたくないって。あんなことを言い合った舌の根も乾かないうちに。結局、一番ひどいのは、おれ。
 その瞬間。そう思った瞬間。腰の中心から、身体から血が、体温が引いていくのが分かった。
 生理的であり、心理的な現象だけど、意志ではどうにもできない、どうにも制御不能な困った物体。
「………」
 高階クンは、突然のことに呆然と、というより硬直した感じだった。信じられない、という顔で、
「赤城さん、これ……」
「………」
 おれも決まり悪く無言で見上げる。
「もしかして……原田さんとのぎくしゃくの原因て、これ……?」
 わずかに、彼の表情がくしゃりと崩れているような気がする。
 無言で、おれは俯く。それは、肯定に他ならないリアクションだった。
「………」
 高階クンも声をなくす。そしてややあって、喉にひっかかったような調子で、
「……やっぱり、寝ましょう。……おやすみなさい、」
 早口で言うと、高階クンはおれの上から退き、ライトを消し、横になった。
 後に残るのは、静寂と暗闇のみ。雨はもう上がっているようだった。
 おれは長く息を吐き出し、剥がれた寝間着を整えて、彼と逆の方向を向いて寝た。
 疲れていた。眠りは直ぐに訪れる気がした。

えー肩すかしー。とか思われるかな。それより、「短いよー」ですね……エヘ(最近笑ってごまかしすぎ

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