ブレイクスルー4 -31-

「原田さんはそう思てても、赤城さんはどうか分からへんでしょ」
 相変わらず、軽い調子で高階クンが言う。原田はもう一度タバコを吸い、チロリと睨み付け、
「なんやお前、おれにケンカ売る気か……おれは前から赤に言うてる。絶対に離さへんから、覚悟しとけと。赤かって、……おれ程のヤツ、そうそうおらへんのは分かってるから、おれから今まで離れようとしたことは、一度たりとないで。なあ」
 今度はおれを見て皮肉にニヤッと笑う。目の端に美奈ちゃんが映る。彼女は校正を頼まれてしていたが、一瞬顔を上げこちらを見た。カーッと頬が熱くなる。
「バ、バカ……!仕事中に変な話すなと、いつも言うてるやろ、」
「話はぐらかすなや。こいつの前で、はっきり言うてやれや……それとも、そうは言われへん?言いたくない?」
「なんでそんなこと、こんなとこで言わなあかんの……?高階クンも適当なこと言うて、原田挑発すんのやめてくれへん?2人が変な波風立てて仕事にも差し支えると困るし、」
「………黙っておればええちゅうモンでもないんちゃう?」
 そう言うと、下から探るように原田に見つめられる。いや、多分に睨む。高階クンはフッと笑い、
「原田さん……。はいはい、おれがスミマセンでした…じゃ赤城さん、頼んます」
「分かれば、ええねん」
 高階クンはまだ謎の微笑を浮かべたまま、自分の席に戻っていく。
 それを見送る原田の細めた目。なんだろうこの雰囲気。
 何か、凄くイヤな気分だ。

 次の日、またフラリと野々垣さんがやってきた。
「ちょっと近くまで来たんで、請求書……」
と請求書の入ってる封筒を高階クンに渡している。高階クンは応接用のテーブルの上で、立ったまま受け取り、
「わざわざどうも……。こないだはおもろかったな」
と言っている。「おもろかった」という表現におれは1人モニタに向かいながらカッと熱くなる。
 どうせあれは、おれはおもろい見せ物だったろう。忘れてたのに…忘れたかったのに、否が応でも鮮明に思い出し、いたたまれない気分になる。
「あ、ののちゃん、」
 原田もそう首を回し、呼びかける。「どうも」と野々垣さんが答える。
「今日やったん……あれ、良かったわー……こっち、けえへん?」
「いいですか?じゃあ……」
 野々垣さんは寄ってくる。美奈ちゃんはいなかったので、高階クンがコーヒーをいれにいく。
 野々垣さんは、おれと原田の間に立つと、おれに挨拶をした。おれも軽く返しておく。
「こないだはごちそうさま」
と付け加えて。
「えっ、あれののちゃんの奢りちゃうかったん?」
「でも赤城さんが帰り際出してくれて……高階さんにもいいからいいからって言われて……却ってすみませんでした」
 彼はおれに頭を下げる。
「なんやー赤、大人しく奢られとけばええのに、」
「そんなこと出来るかよ、あれだけ迷惑もかけておいて、」
「おれは全然迷惑とは思いませんでしたよ。むしろ役得と言うか儲けモンというか…あれで奢ってまで貰って、ラッキー過ぎ」
 悪びれなくニヤニヤという野々垣さん。
「なぁ。おれ何したん?」
 まだ記憶の甦らない原田は眉間にしわ寄せおれに聞く。おれは、首を振る。
「原田さんの酒癖…つーか弱さは天下一品ですね。羨ましいくらいの都合良さ、」
 そう言ってくすくすと笑う。
「赤城さんまだ言うてへんの?」
 高階クンも野々垣さんにコーヒーを置きながら、言う。
「かわいいな」
 そして彼もくすっと笑う。熱くなる。おれが妬いて言わないと思ってる……明らかにそういう声。
「そんなことない……恥ずかしいからやん。あんな恥ずかしいことの連続、おれ自分の口ではよう言わんわ」
「そこまで言われるとめっちゃ気になるわ~……なぁて、いい加減教えろや、気になって酒飲まれへんやろ?」
「飲まんでええねん……ゲロ吐いた、」
 投げやりに言うと、
「なんや、ゲロ?そんなんいつものことやん……あ、もしかしてののちゃんにおれぶちまけた?」
 今度は野々垣さんは声を上げて噴き出した。
「なんでそれが儲けモンになりますか……ちゃうもんなら、ぶちまけて貰えると嬉しいてしゃあないですけどね~」
「ちゃうモンて、あれかいや」
「そう、アレ」
 にこにこ。野々垣さんは言う。
「ぶちまけるて腹ん中?」
 原田が言うと、高階クンが自分の席から
「ののちゃんは、原田さんの中にぶちまけたいらしいですよ」
と笑って言う。原田はひくりと顔を引きつらせ、大げさに自分の肩を抱くと、
「えっ、うそやん、ののちゃんそっちなん?おれ困るわ、」
「あーあ……大丈夫ですよ。おれはどっちでもいいんです…色っぽい原田さんが見れたら、」
 その優しく言い聞かせるような口調に、原田は情けない声を上げた。

 面白くない。それから2人はビデオの話に夢中になった。あれに出ていた何番目のモデルが可愛かっただの(これは原田)、いや1対4でやってた中の大人しそうで可愛いけど筋肉のきれいに付いてた一番映らなかったタチの子のおしりが良かった(これは野々垣さん)などと熱く盛り上がり……
 おれは溜息つき、席を立ち、トイレに行くことにした。
 なんだかぐずぐずトイレで過ごし、直ぐに戻る気にもなれず、廊下の窓に凭れてビルに挟まれ狭い空を見上げていた。
 そろそろじめじめとする季節。だけど空梅雨なのかきれいに晴れ上がっている。
「赤城さん……」
 ぼけっとしていると、後ろから声がかかる。振り向くと野々垣さんが柔らかく笑って立っていた。
「あ、もう帰るん……?もっとゆっくりしてけば、」
「いえちょっと寄っただけですし。それに……」
とそこで切り、おれを見直すと、
「おれがいると、いやでしょう?赤城さん……」
「……」
 図星を指されて熱くなる。いい年して、そんなことも抑えられないなんて。
「それにしても、原田さんの忘れっぷりはスゴイですよね……おれにキスしたことも、カンペキに忘れてんやろな」
 苦笑が彼から漏れる。
「ああ……いっつもあんなやからな。おれ心配やねん」
「記憶ぶっ飛んで、どこで何してるか心配でしょうね、赤城さん。偲ばれます……」
 野々垣さんはおれが凭れている窓枠に、背を向け凭れる。おれと長く話をするつもりなのだろうか。
 なんか、苦手な雰囲気。
「あ、仕事……」
「そんなおれを避けなくてもええでしょう……おれ赤城さんとも、2人で話したかってんから」
「2人で……?」
「原田さんてほんとステキですよね。スゴイ普通の人やのに、おれと話が合う。そういう話で盛り上がれる、赤城さん、マジでうらやましいですわ」
「……ありがとう」
「おれ基本的にノンケ好きなんで、ああいうタイプたまらないです」
「……」
 だから?そんなことおれに言ってどうしたいんだ?そんなこと、原田に面と向かって言えばいいだけだろう?
「おれに言われても……、原田に言えば、」
「赤城さんに言いたくてね」
「……」
「赤城さんをこんなに羨んでる……妬んでる人間が居ることを知ってほしくてね。そして自分がどんだけ幸せか思い知ってもらおうと、」
「思い知るて……、噛みしめるとか」
 普通言うもんじゃないか?思い知らせるってのは、穏やかな表現じゃない。口ではそんなことを言いながら、相変わらず野々垣さんは優しく笑いかけている。でもなんか、落ち着かない。どうしたいのだ……やっぱりおれに挑戦でもしてくる気なのか?
「原田さん、あの夜のことも覚えてないでしょ」
「ああ……」
「こないだもキスまでして、赤城さんにあんなことして覚えてへんのに、あの夜も何も無かったと思てます……?信じてます?」
「でも原田が、ナンもないて言うてたから、」
「あんな人やのに?マジで信じてるんですかそんなこと」
 そこで目を上げ、おれの目を見つめてくる。切れ長の目が強く光る。おれは堪えきれず、思わず目を伏せる。胸がざわつく。信じてる、というより信じたい。あのベッドで、そんなことしてないと。
「でも入れられたら後で分かるもんやろ?特に原田は初めてやから、」
 すると噴き出す。ムカツク。
「別に入れなくても…、それとも入れてへんかったら、赤城さんには許容範囲?」
「……、許容なんて……、もう、いいやん。おれ、聞きたないわ……」
 堪えきれない。何を言い出すのか。
「知りたくないんですか現実を」
「おれにとっての現実は原田の方や。記憶にないことは、どうでもええ、」
「ふーん。信じてるんですね。彼のこと…彼の気持ち?」
 おれは頷く。
「……なんかラブラブすぎて、ちょっと意地悪したなるなあ。フフ」
とそこで切り、思わせぶりに少し間を置くと、
「やりましたよ」
と目を外し彼が言う。心臓がドクンと大きく打ち、皮膚が凍り付いたように強ばる。
「え……?」
「キスして、愛撫して……」
「き、聞きたくない、」
 おれは顔を逸らす。すると後ろでまたフッと笑う気配がする。
「まぁええか……あまりいじめたら、可哀想やし。じゃあ……」
 窓から離れ、野々垣さんはエレベーターに向かって歩いていく。
 何だ?何を言った?
 原田と野々垣さんが……何をしたって?
 信じない。いや、気にしない。
 でも、膝は笑って動けない。動悸も収まらなかった。

久々に野々垣さん登場……。どういう風に展開させよかな~と悩んだけど、結構スイスイ書けました。もっとががーんとドラマティックに告白&動揺させたかったんですけど、どう書いたらいいんでしょうね…どうにも淡々としか書けなくて(汗)ではでは。原田君は実は何をしてたんでしょう~?では!

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