ブレイクスルー4 -3-

 世界的サッカー選手がなんだ、おれだって取材や撮影に付き合って、吉本若手芸人や、近畿限定タレントなら会ったことあるんだぞ…!今をときめくヤツにだって…!もっとも、まだ売れてない頃だから、
「誰?」
って感じでマッタク興味持てなく、勿論サインしてもらうワケもなく、忘れた頃に売れててびっくりするけど。
 別に原田の件に関して、峰岸さんをそんなに意識してるつもりはないけど、…でもこんなこと考えるってのは、それは強がりでやっぱり意識してるんだろう…といらいら、もやもやしてると
「赤城さん?」
と声をかけられる。
 そして我に返る。
「あ、すみません、」
 おれは自分の前に広げられている、取材用の資料を今更のように触る。
 ここは、代理店通してじゃない、直の仕事を受けているクライアントの企画・広報部の応接スペース。広報課の人と今度の季刊の情報誌の取材旅行の打ち合わせ中だったのだ。自社ビルで、6階のここは明るく広くいかにも会社、って感じでそんなデカイ真っ当な会社に勤めたことのないおれはいつ来ても身が引き締まる。よくあるガラス張りの空調の集中管理されてるような…その分残業の多いこの部署は、夏場の夜は地獄らしい…雑居ビルで、そんな立派な設備もないウチにはない悩みだ。
 そもそも今日珍しくスーツを着てきたのは、ここに打ち合わせに来るためだ。あの代理店のためじゃない。あそこなら別にジーンズでもかまやしない。でもおれの横には、ラフにTシャツにアースカラーのシャツ、濃いグレーのジーンズをはいた男が座っていた。頬杖ついた横顔が、鼻が高く彫りが深め、そして仕事柄か浅黒く締まっている。彼は、カメラマンの土井さん。土井さんは今日午前はどこか撮影に行っていて、直で来たらしく、カメラバッグを肩から下げ、ラフなスタイルで現れた。
「赤城さん、温泉か名物料理に意識行ってたんでしょ、」
と向かいに座ってるロングヘアー、スーツの女性が微笑みかける。フリーのコピーライター、斉木さん。年はおれよりちょっと上。結婚してるけど、子供はいないらしい。コピーライターは他にも何人か知っているが、女性が多い。
「いえそんな、」
 そう言うと、
「じゃ、さっきの続きですけど、」
 クライアントの担当者、川久保さんが言う。川久保さんも女性である。この会社は男はスーツだが、女性社員は制服。なので彼女も制服を着ていた。
 そして打ち合わせに集中する。川久保さんは担当者だが、責任者は彼女の上司なので彼女を交えてする打ち合わせは、集合時間、スケジュール、取材対象の取材内容の確認、時間、宿や切符の手配くらいだ。勿論ラフ案を持ってきてるから、それを見ながらの意見や注文なんかも入る。
 今回の旅行先は金沢周辺だった。クライアントはいわゆる外郭団体なので、地方自治体の取り組みなんかをメインに、名所・名物を紹介する特集をトップに、あとはここの扱ってるイベントや諸々の紹介…という内容で16ページ、売り物ではなく、あちこちに無料配布のシロモノ。しかしここは金払いがよく、仕事もゆとりあり、しっかりしてるので、良いお客さん。
「夜になったら、どこに遊びに行ける?」
 打ち合わせはまだ終わってないのに、コピーライター斉木さんがシビレを切らしたように言う。
「あんまり遊ぶとこないなー。花街行っても私らでは金がないし、……いい感じの飲むとこ探しときましょうか、」
 川久保さんが笑顔で答える。この2人、気が合うらしく、いつもこうやって取材の話となると、その先での遊ぶ相談になる。川久保さんが担当になっているのは、多分取材旅行で斉木さんを女性1人にしないためだ。

「あの2人と打ち合わせだと、話が進まないなー」
 打ち合わせ終了し、連れだって企画部の部屋を出たところで土井さんが頭をかきながら言った。原田より長目の髪は、完全に目を隠していた。
「まあ……。あれだけ楽しみにしてるんだから…。あ、土井さん、メールありがとうございました……」
 まだ祝って貰ってメールの返信をしてなかった。そう思ってエレベーターを待つ間、彼を見、そう言うと、彼は前髪の間からおれを見、そして口の端を上げ、
「いえいえ別に……。おれもあの2人に負けないくらい、楽しみにしてるんで」
 斉木さんと川久保さんとは日帰り、一泊とも何回か一緒に仕事しているが、土井さんとは泊まり掛けは初めてだ。彼がカメラを担当するようになって今までは日帰りばかりだった。
 そしてふいっと身を寄せ、
「ネクタイ、曲がってますよ」
と手を伸ばされる。おれはびくっとし、条件反射で身を引いていた。
「……あ、すみません。おれ、あまり触られるの慣れてないんで……」
 本当はいつもの原田の手の動きを覚えてしまっているからだ。
 一度開発されてしまった感覚は、それを予感させることだけでもその後を身体が描いてしまい、感覚が先走る。今も、肌の感覚が尖り、鼓動が早くなった。
 おれの身体って、今更だけど後戻りできなくなってる。達っちゃんに抱かれているウチは、充分後戻りできたと思う。エレベーターの扉が開き、2人乗り込む。
「こっちこそ急に失礼でしたね」
 土井さんがふっと笑う。おれは「いいえ」と答え、自分で直す。
「あまりスーツって着ないんで、……」
「でも似合ってますよ…おれなんかもっと着ませんからね」
「土井さんの方が、かっこよく似合いそうですけど……」
「いやいや……赤城さんのスーツは、素敵ですよ…カワイイって言った方がいいのかな…?」
「おれ、新入社員な年じゃないですよ?…そんな年じゃ、」
「また失礼なこと言ったみたいですね……でも赤城さんは、ほんとにいいですよ。今度写真撮らせてくれませんか?」
「えっ、おれ……?」
「前カメラに興味あるって言ってたでしょ。色々コツとかテクとか教えますから、」
 写真撮らせて、とか言われるとグラビアみたいな写真を思い描いてしまい、また身体が熱くなった。彼はそういうグラビアも撮っていたはずだ。1階に着き、エレベーターが開く。
「え……と、あの、おれはそんな対象には……」
「ヘンな写真は撮りませんから。じゃ……」
 自動ドアの玄関を抜けたところで、土井さんはそう笑って言い、手を振って別れる。
 そう言われてもおれの身体は妙に疼き、…これって期待に溢れてるのか?とにかく妙にソワソワしながら、事務所に戻った。
 今日は打ち合わせ2本も行ったから、殆ど作業が進んでいない。しかもさっき出されたラフの直しを入れて、取材のスケジュールや要点をもう一度纏めて…今日も、遅くなりそう。
 残業を終えて、途中で原田と2人、メシ食って、家に帰るともう11時だった。
「だんだん年金やら雇用保険やら掛け金増えてくなー。搾り取るだけ、搾り取りやがって…高階正社員でなくてもエエ、言うとったよな」
 今日の帰り道の話題は、売り上げと給料だった。
「今更何言うとん…それやと彼の将来が不安言うたん、お前のくせ。……」
「ちょっと言うてみただけ……それよりお前だけでも、社員にしとけば良かったかなーと思てる。高階1人なんて、正社員が、それに先行き不安やし、」
「おれは、ええって……充分給料取れてるし、売り上げもそんなに落ちてるワケちゃうし、それにお前の下で働くのは、ゴメンやから、」
 そう言うと、おれを見て笑う。おれも笑い、
「それより美奈ちゃん、もう何年もなるのに、いつまでもバイトでええんかなー……」
「確かにあの子、続くな。…社員にしたるか?」
 原田はそう言い、ドアの前まで着くと、タバコを点けた。
 うちは美奈ちゃんは時給のバイト、でもちゃんと賞与を上げている。彼女は自宅からなので、まだ20代前半だったのでバイトでもこちらも気楽に雇用していたが、居心地よさげでまだまだ居てくれそうだし、それにお肌の曲がり角ならぬ転職の曲がり角?25にそろそろなる…。
 ドアを開け、灯りを点けながらリビングまで進んでいくと、原田は台所へ行き、冷蔵庫からビールを出してテレビを付け、ソファに掛けて飲み始める。おれは、ほーっと息付き、ジャケットを脱ぐ。と彼がこちらに目線を移す。
「ここ、来いや」
 彼が自分の横のスペースを叩く。
「何する気?」
「何かすると思てんの?」
「じゃ、何もせえへん?」
 胡散臭げにちょっと離れたところから彼を見れば、彼は上目に笑い、
「何て、何されると思てんの?」
「……それは、色々、」
「色々って、どんなこと?」
 ニヤニヤと楽しそうに言う。意地悪にもどうしても言わせたいらしい。
「それは、……」
 言いよどんでいると、更に楽しそうだ。おれは顔を外し、
「それより、おれシャワー浴びる……」
とネクタイに指をかけたら、
「こら。勝手に脱ぎなや。…おれの楽しみ、奪うと……」
と凄まれる。ハイハイ、またなんか軽くしんどい目に合わされるわけね…とおれはイヤイヤながらも寄っていき、溜息付きながら横に座った。
 彼は早速ネクタイに指をかけ、ついでにその辺を撫でながら、
「あれ、どこやった?」
と訊く。あれ、ってのは多分、高階クンのプレゼントのことだ。
 おれは彼が思い出さないウチに、その日のウチにポケットからまず見つからないところに隠した。
「内緒……」
「お前もそういうとこは抜け目ないよな。あんなに良かったのに、」
「別にあんなの無くてもエエやん。あのあとどんだけしんどかったか……」
「あの気怠げなんも良かったなー……折角楽しいアイテムもろたのに、」
「……お前さあ、お前、そういうモンないと、あかんの……?スーツとか、」
「は?」
「いつもとちゃうモンがないと、燃えへんわけ……?」
「イキナリ何言うとん…そんなことないけど、いつもとちゃうモンあったらそりゃ新鮮で楽しいやん。……お前こそ、そんなこと思てんの?」
 少し険のある声で言った後、ぐいーっと玩んでいたネクタイを引っ張られた。首が引かれて前に出る。と、唇を塞がれた。
「ん………」
 そのままソファに押し倒される。きつく舌を吸われながら、感じてくる。彼の手が脱がしにかかる。
「なんか気にイランから、あれの代わりにネクタイで縛ったろかなー……」
「いや……!」
 でもおれの身体は、その言葉にネクタイによる拘束感を体感し、更なる反応を示したのを感じた。

「こうやって殆ど毎日ヤッたってるのに、何が不満なん」
 シャツとネクタイと黒ストッキングを残し、脱がされヤられた後、身を離し彼が言う。
 おれはだるい身体でまだ喘ぐように息していたが、その一言で急に我に返る。
「ヤッたってるて、何なん、それ……おれこそ、」
「何や。おれに付き合ってくれてる言うつもりか。…さっきもほんまイヤそうにソファに座ったもんな…」
「それは……、」
 なんかいつにない突き放した口調に、一瞬胸が締め付けられた。
 でもあのときイヤだったのは事実なので、…ナゼとは分からないけど、否定の言葉が紡げない。
「原田……、」
「もうシャワー浴びて寝るか。明日も一杯仕事あるし」
「は、……」
 彼が、立ち上がり着替えを取りに寝室へ行く。何でか分からないけど、おれは後を追えず、そのままソファに身を預けたまま。
 それは多分、その時の彼の顔が何年ぶりかに見る位の、他人の顔だったから。
 彼はおれに目をくれず、横をすり抜け風呂場に行った。

あらイキナリの展開ですね…フフこのあとどうなるんでしょう…私も大体の大まかプロット以外は、風任せ、きゃつら任せですよ(汗)それから仕事の進め方とかは会社によって違うだろうし、あくまでフィクションなので…それにしても、短いですね!すみません。

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