ブレイクスルー4 -29-

 張さんに言われたように洗濯して、掃除して、日の射すダイニングで、ゆっくり軽く食事を摂って…確かにそうしてると、気分が晴れてくのを感じた。
 そして相変わらず、今のことから芋蔓式に、ダラダラと昔のことを思い出す。
 潮崎さんに本気で惚れかけたけど、彼とは一回切りでその後全く後引くことはなかった。まぁ、彼の気っぷの良さ、というか潔さもあると思うけど。でも思いの外ダメージも少なかった。今じゃほんとに、思い出化。
 引き換え、高階クンとは回を重ねた。惚れる心配が、乗り換える心配がなかったから、と思ってたけど、結果から言えば相当に心乱された。乗り換えはしなかったとしても、だ。今印象に深いのは断然高階クンとの思い出なワケで、ずるずると重ねてしまったののウチには、深情けみたいなものもあって、あのころからずっと、随分おれの懐深いところに入れてると思う。…いや、身近にいすぎてるからか、最近また不穏だからか、今のおれには、全てが生々しく、思い出として眺められない。
 なんにせよ、昨日のことは、脅されたから…それ以外におれにとって、理由なんか、ない。
「………」
 そこでぐるぐる考えるのを止めた。そういうことは、考えても意味がない。おれはコーヒーを飲みきると立ち上がり、遅い昼食の後かたづけにかかった。
 電話はかかってこない。仕事は順調に進んでいるんだろうか。
 昼間っからボケーとテレビを見、あまり内容は頭に入ってきてなかったけど、いつまでも家でダラダラしててもとスーパーに買い出しにでも行って、ちょっとはこましな料理でもして原田をねぎらうか、とソファから腰を上げると、携帯にメールが入ってきた。
 取って、心臓が不規則に脈を打つ。手が、少し痺れる。
 高階クンだった。
 開けるのに、戸惑う。怖くてなかなか開けられない。
 目を閉じて、思い切って開く。
 ――赤城さん、大丈夫ですか?今日休んだのは昨日のせいですか?すみませんオレ頭に血が昇っちゃってて見境なくあんなことしちゃって。謝りたいので、月曜少し時間を下さい。画像も目の前で消します。オレ、本気で赤城さんのこと好きですから、それだけは、信じて下さい。
 心乱される。速読すると、さっとメールを削除し、元に戻す。
 どこまで信じていいのだろう。疑いたくはないけど、身体が恐怖に竦む。2人の時間を作って、その時間をどう利用されるのだろう。
 いや、彼だってそこまで非道じゃない…はず…そんなに疑うことしか出来ない自分にも、いらつく。
 せっかく出かけようと思っていたのに、いつの間にかまた座ってしまっていた竦んでしまった足は動いてくれず、それから30分ばかりの時間を要した。
 もう、夕方に近い時間だった。
 自転車で近くに行く気になれなかった。車のキーを取ると、少し遠い、郊外の店まで気張らしにいくことにした。

 台所でこの時期にはしんどくなる熱気を多少なりとも換気扇から逃しながら、一心不乱に料理していると、ドアがカチャリと開く音がする。もうすっかり日暮れた、夜8時過ぎ。
「……おかえり」
 対面型のキッチンから声をかけると、そのとき丁度姿を現した原田が、テーブルにカバンを投げながら、
「ああ」
と返事する。そしてふーと息を吐き、着ているシャツの襟元を緩める。
 そのまま椅子に座り、タバコに火を点ける。
「……今日はどうやった?終わった?」
 まずは気になっていることを訊ねると、ふーっと深く息を吐き出しながら、
「……ああ。8割方……月曜早めに行って、残りやれば、」
「持って帰らへんかったん?」
「それほどの量じゃない。休みと仕事、けじめはきっちりつけたいし」
「ごめんな。……わがまま聞いてくれて、ありがとう」
 今日のメニューは、そろそろさっぱりしたものが食べたい昨今、おれ自身もあまり食が進むとも思えないし、前に学生時代の友達だった菅野の嫁さんに作ってもらったトマトの冷製パスタを見よう見まねと、晒しタマネギメインのサラダと、たまに食べたくなるオレ開発品の甘鯛のオレンジソースがけ。付け合わせに、大量のフライドポテト(冷凍食品)
 それらの最後、甘鯛のソテーを皿に盛り、ソースをかけて、原田の目の前におけば、夕食の用意は完成。原田が皿の動きにつられるように目を泳がせる間に、冷蔵庫からビールを出して、おれも向かいに座った。
「まぁ、しんどいときはムリせんほうが」
 ぱん、と手を合わせ、原田は早速魚に手を付ける。
「ん……」
 実は夕べは、一回しかHをしてない。したくなかったけど、会社であんなこと言ったから…でも、その一回もひどくおれが散漫で、いつになく感度も鈍く、というか熱くなりきれず、原田に遅れること数分、どうにか一回達すると、なんかしんどいからといってそのまま寝てしまったのだ。原田はどう思ってるんだろう。素直にそれを聞き入れてくれたけど。
 大体それだけならまだしも、会社であんな醜態を晒した。ナニも思ってないはずがない。
 しかし、原田はおれが切り出すのを待ってるのか、決してその辺に触れてこない。ありがたいと思う反面、疑心暗鬼も生む。
 でも、今それを問いただしたくない。準備が出来てない。
「……高階クンは?驚いてなかった?」
「ん?ああ……」
 となぜかそこで溜め、ビールをぐびりと喉をならして飲み、
「『え~赤城さんおれへんのですか。2人で出来るのんか心配やわー』って」
「そう……で2人で黙々と?」
「まあな……殆どおれやけどな。所詮アイツは、戦力には乏しい」
 その言葉に、ちょっとだけ心がゆるんで、笑いが漏れた。

 月曜日、高階クンはごく普通に出勤し、仕事をこなしていた。もちろん、おれも。でもいつか時間を取らないといけないのか…とそれがひっかかって、時間の過ぎるのが妙に遅く感じられた。
 昼時、いつもの如くコンビニ弁当を早めに食べ終わると、
「午後イチやから」
と原田は出かけて行った。
 美奈ちゃんもいない、絶好の機会。でも怖い。逃げ出したい気持ちを抑え、
「高階クン、こないだのメール……」
と言い出せば、フッと軽くメガネの奥で笑い、
「ああ。ほんとにすみません…ダメだダメだと思ってるのに、オレ赤城さんを怖がらせるばかりで…こんなんじゃ嫌われますよね」
「……」
 何も言えない。否定できない。なので沈黙してしまった。彼はまたフッと自嘲的に笑う。
「でも赤城さん達も悪いですよ。こないだも言うたけどね。おれの性格、知ってるはずやのにあんなことしたらあかん」
「……おれは、何もしてへんやんか。やられてるだけで……」
 流されてるだけで。そう思ってしまい、自分に嫌悪沸く。そうだ、毅然と対することに決めたんだった。
「イキナリやけど。早く消して。テープもよこせ。おれが好きなんやったらな」
「ええ。……」
 そう言って口をぐんにゃりと、にまーっと歪ませると、彼はスーツのジャケットの内ポケットからシルバーの二つ折りのそれを出した。そして目の前であの画面を表示し……おれは思わず目をつむる。
「ホラ、ね。消しました。あなたが好きだから、あなたを不必要に苦しめるうよなことはしません……」
「そんなこと言うて、ほんとはもうパソコンに落としてるやろ」
 するとじっと見つめられた。
「おれ、そこまで信用ないですか?そこまで腐ったヒドイ男に見えます?」
「………」
 またも返事出来ず、見つめてくる目に堪えきれず、目をそらした。
「……テープは?」
「ああ、あれ」
 彼はデスクの引き出しからそれを出すと、
「ハイ」
とおれの手を取り、載せた。
「……ダビング、……」
「してませんって」
 彼がまた苦笑する。でも直ぐにまたニヤッと楽しげに笑い、
「そもそもそれ、入ってませんから……赤城さんも、簡単に人を信じたらあきませんで。そんな空テープで脅されて身体奪われてちゃ。心配ですねマジで」
と言う。
 物凄いショックだった。おれは、確かに迂闊だった。
 ホンモノかどうかも分からないものでウマウマと身体を奪われた。「そんなもん信用できない」と突っぱね、中味を確認してからでも遅くはなかったはずだった。でも動転してたから…それにしても、おれは迂闊過ぎた。
 この空テープ(まだ聞いてないので確証はない)による誘導で、ウマウマと身体を奪われ、土井さんにどうされたのかも言ってしまい、挙げ句写真を撮られた……
 吐き気がする。
 おれが手で口を押さえたからだろう。
「まぁまぁ、おれも頭に血ィ上ってたし、もう反省してるし……ね?」
 そう高階クンが優しく、でも勝ち誇ったような楽しげな口調で言う。
「あなたが好きやから、あんな強姦まがいのことは後味悪い…二度としませんから」
 その言葉、二度としないって昔何度も聞いた気がする。何か言ってやりたい。でも何を言っていいのか分からない。
 そう思ってると、美奈ちゃんが食事から帰ってくる。

原田君は何を思ってるのか……どうなんでしょ~~ね(笑)ふー、案外難産だったなぁ。いつまでもぐるぐるしてる赤城君、しかもシリーズ重ねるごとに昔の記憶(というか過去の男共への思い)が変わってんですけど、大丈夫ですかねこの男。いつでも自分に都合のいいように解釈しちゃってェ~…人間てそんなものですよね。え?違う?ところで台所を対面キッチンにしたのですけど、私前に違うこと書いたりしてませんかね。確認するのも面倒なんで。もし間違った記述がございましたら、ご一報頂けると助かります。

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