ブレイクスルー4 -23-

「…向こうの家にも、スタジオがあるんですか?」
 サッシから入る日差しも強くなって、だんだん暑い気候になってきた。喉を滑る冷たい麦茶の心地よさにゴクゴク音を鳴らして飲み干してしまうと、…何て言うんだっけ、コレ、ガラスの麦茶入れ…とは言わないのではないかと思うけど、ウチにもあるけど、なガラスの容器ごと土井さんがさっと席を立ち冷蔵庫から麦茶を持ってきてくれ、注いでくれる。
「す、すみません……」
 土井さんはなみなみと注ぎ、にこにこ笑うと
「いえいえ。そういう風に美味しそうに飲んでもらうと…どんどん飲んでやって下さい。今日は暑いですもんね」
「ええ……」
 そう言われて外の暑さを思い出し、つい襟元のシャツのボタンを一つ二つ、と外してぱたぱたとやる。
 するとソファが揺れ、土井さんが少しだけにじり寄ってくる。なんか、ヤバイですか?それとも自意識過剰なだけですか?何となく慌てて一つだけボタンを留め、麦茶を飲む。
「…あっちには、ないです」
「は?」
「スタジオ…向こうではレンタルか用意してあるとこに出かけるかで、ないです。家は普通のマンションで、まぁ出来ないこともないんですけどね。所詮狭いし…こっちはホテルやウィークリーも勿体ないし、向こうに比べりゃ安いんで、家借りるならスタジオも付けちゃえと思ってね」
「はぁぁ…」
 そんなもんかぁ?住居用と違ってこんな事務所、結構な値段だと思うんだけど、部屋と事務所、2つ借りると思えばこっちの方が楽で安上がりなんだろうか。
「ここではどんな撮影を?」
「んー…モデル使ったカタログやポスター用の写真とか、商品写真とか、」
「じゃあ~、そのモデルさんたちそのままここで、泊めてったりしてんじゃないですか?」
 つい、口元歪め、土井さんの方を向いてニヤ~ッと言ってしまう。
「まさか!」
と短く言い、でもすぐに
「まぁそんなことも、全くないかと言えば…」
「やっぱり…、」
 やってんのかぁ~。妙に感慨深い。
「……大阪の女の子、ってどうです?」
「ああ。……まぁ言われるほど、東京の子と違わないですけどね。…モデルだからかな?…赤城さんは、あまり関西の人、って感じしませんね。言葉も普通だし、」
 なんか照れて、おれは髪をゆるくかきながら答えた。
「ああ、おれ…基本的にこっちの人じゃないんで」
「成る程…」
「でも、こっちの人とはちゃんとそれなりに関西弁でしゃべってますよ?」
「でも違う…その辺がいい雰囲気なのかも…」
「いい雰囲気?」

「おれはここで毎晩、………。赤城さんは、どうですか?」
 突然言われて「?」となる。つい目を丸くして見てしまう。すると彼は目を伏せ、渋い笑みを見せる。…なんともカッコイイ。溜息でそう。
「どうって…?」
「大阪の女の子、ですよ」
「ああ、……」
「奥さん、こっちの人でしょ?」
「そ、そうやね……、」
 暑いのに、思わず冷や汗が背筋を伝う。もし土井さんに相手が男だと言ったら、どうなるだろう。
「彼女のどこが良かったの?」
「どこって言われても……、なんだろな…」
 強引なとこ。かっこいいとこ。なんて言えないし。どんな女だと更に突っ込まれるに決まってる。
「赤城さんていかにも尻に敷かれてそうだなあ。絶対そうでしょ。峰竜太かヤワラちゃんの婚約者か、って感じで、」
 ムカ。そう早口に決めつけられて、なんかムカつく。
「そっ、そんなことないわ、」
「そうですかぁ?」
「そうやで」
「でも赤城さんが亭主関白やおれに付いてこいなとこ、想像つかないですよ?大体いつも優柔不断で、流され易そうだし…」
「あのなぁ…」
「そうやってすぐムキになって、余裕がないし可愛いし、」
「あの…っ、…へ?」
 また可愛いだ?しかし抗議するには間が抜けた。土井さんもすぐに
「失礼」
と麦茶飲む。
「あっ……土井さんて、ちゃんと写真学科出てんですね、」
 なんか妙な空気が漂いはじめ、肌がちりちりしてきたので、おれは話を逸らすためにテーブルに置きっぱなしのカンプを手に取った。モニタ原稿のゲラだ。
 そこには、彼の顔写真とプロフィールが簡単に載っていた。おれの話じゃない、彼の話しようぜ。どうしておれの話になるんだよすぐ…焦る。
「写真は昔から好きだったんですか?」
 守りに入るから流されるんだ。おれが、攻めていけば、スキなく攻めていけばいいのだ、急に気付いた。
「ええ……中学、いや小学校かな。バアサンの古いカメラ貰って、」
「え、バアサン?お父さんやお爺さんじゃなく?」
「うん、バアサン…バアサン女学校出のハイカラだったからさ、粋がって買ったらしい。……で、そのカメラを形見に貰ってね……」
「………」
 なんだなんだ。湿っぽいぞイキナリ。
「昔のカメラじゃん?バカチョンじゃない…でも絞りとかピントとか上手くいかないのが楽しくてさ、…でも上手くいくと、バカチョンじゃ考えられないくらい出来が良くってさ、どんどんはまったなぁ」
 誰聞かす風でもなく語る彼の昔を追う表情が、妙に少年ぽかった。
「……なんですか。そんな顔して……」
 土井さんがちょっと頬染めておれを見る。おれは頬杖付いて、ついニコニコと彼を見ていた。
「いや、なんか可愛く思えちゃって」
 するとフンと鼻を鳴らし、
「おれは可愛くなくていい。可愛いのは赤城さんだけでいいんですよ」
「だからなんでそうなるんだよ、第一おれは君よりオッサン、」
「………。それもアリか。可愛いくせに、オッサンぶりたがるなら……」
「うわ!」
 土井さんはイキナリ俯き、縋り付くように抱きついてきた。
 なのにおれを抱き込むと、ぎゅっと腕に力を入れて締める。
「ど、土井さん……、」
 柔らかく沈むクッションに揺らされながら、土井さんの身体がおれの足の間にすっぽりはまる。急に身体がカーッと熱くなり、心臓がうるさいくらいドキドキする。その心臓の上には、土井さんのサラサラした髪に覆われた、頭が押しつけられていて……見下ろしていると、彼が顔を上げ、ニッと笑った。目が合って更にドキドキする。
「何、…イキナリ、」
「赤城さんに可愛がって貰おうと思って。甘えてみた」
「ふ、ふざけんな、」
 すると彼は笑みを引っ込め、
「ふざけてないよ……本気だぜ。って言ったら?」
「土井さん、……」
 ど、どうしよう……とても緊急事態のような。この手慣れた感じ、やはりこの質の良いソファはそういう目的もありなんだな、焦ってきた。
 結局、またも攻められて、守りに入ってる自分が情けない。

何が書きたいのだ私。アレを書きたいだけじゃなかったのか私。でもなかなかそこに着地していかないし、ちょっとはドキドキしたいし~(汗)(03.12.27)

Copyright 2005 Lovehappy All Rights Reserved.