「ごめんな。さっき何の話してたっけ」
おれを抱き寄せ、原田がそう言う。足下もふらついてないけど、声もろれってないけど、酔っぱらってんのは、おれには分かる。大体、彼はこれでも(?)常識人で…というか、さっきトイレで言ったようなことは充分分かってる男だから、素面で高階クンの前で、こんな挑発するようなマネ、したことない。
「原田…離して、」
腰を掴み、撫で回す腕を叩く。でも彼はおれの言うことなど全く耳に入ってない風だ。
「原田さん。見せつけてくれますね…」
そして高階クンが、口元だけで、ヒヤリとするような笑みを浮かべる。
「ええやん。おれら付き合うてんねんから…このくらい。ののちゃんは、どんなHしてんの?どの辺が感じんの?赤はこの辺やけど」
原田の手は、そう言うとそのまま脇腹のラインを緩いタッチで撫で上げる。ぞくっ、としたものが身体を走り、まだ身体にくすぶる熱に火を点けようとする。それを逃すために、微かに身じろぎする。野々垣さんは、そんな原田にも動じずタバコをふかしていたが、そう訊ねられてニヤリとすると、
「そーですねェェ…おれはそこまで感じやすないから、ダイレクトにあそこかなぁ…」
すると、
「あ、ここ?」
と手が滑っていく。遠慮ない、よどみない動きで。
触れられて、びくっと身体が揺れたのを、前の2人は気付いてないことはないだろう。恥ずかしい。
「原田、マジでエエ加減に…や、……」
その手が蠢く。そこが熱を持ち、痺れてくる。その痺れが、全身に回る毒のように、動きを封じてくる。
「そーですねェ…そんな感じかな。あとやっぱ首筋にキスされると気持ちエエし…」
手の動きは強く大きくなり、野々垣さんの言葉に応えるように、原田はおれに覆い被さる。そして首筋に、顔を埋めてくる。
「も…バカ、見えたら、恥ずかしいやん、…」
抱き締める腕を叩き身を捩る。でもその動きが、2人にどう見られてるのか気になって、…感じてるみたいな動きじゃなく、足をバタつかせてみる。でも原田のヤツ、首筋を吸いまくる。
「大丈夫、ここやと見えへんて…」
そう、囁かれる。おれたちの座ったボックスはそもそもカウンターや他の席から死角になっているが、特におれたちの座った側は後ろが壁と観葉植物で店の中央を背にしている。だけど、ここはトイレの側だ。
「あほぅ、誰かトイレに立ったら…、」
さっきの女の子はおれが腰を抱かれているときに横を通ってカウンターに戻って行った。一瞥をくれて。カウンターに戻って連れの子に話しているかもしれない。
くすっ、と笑う声がした。高階クンだ。と思う。
「も、ヤ……誰か止めたって、」
「ええやん、」
と、原田。すると、
「まぁ目の毒ですけどね」
「目の保養でもあるけどね」
と高階クンと野々垣さんが…見せ物にされてるみたいで、凄くイヤだ。原田はいいだろうけど、痴態を晒すおれは…、
「おれはさァ…されるんも悪ないけど、…こないだも言いましたけど、覚えてへんかも知れへんけどね、ヤル方がやっぱ好きですね。原田さん」
微妙に笑いを含んだような声で、野々垣さんが言う。
「そうなん?」
原田がおれの耳元で言う。
「えーまさかほんじゃののちゃんは実は原田さんもヤッたりたいという…」
「そ、」
高階クンの問いに、野々垣さんは短く強く答える。
「チャレンジャーやなあ。何処が楽しいん。原田さん、そういう目で見られてまっせ」
「ちょっとヤラれんのはカンベンやで。おれはこうする方が、好きやもん」
「原田さんとなら、互いにヤッてヤラれて50・50が楽しそうかなぁ」
「でも本音はヤリたいんやろ。ののちゃん」
野々垣さんは高階クンの問いに頷いたらしく、密やかな笑い声が響いてくる。でもその声が、浅ましいおれの姿に向けられている気がして、身体が火のように熱くなった。
「あ……っ」
股間を撫で回す手が、ファスナーに指をかけた。身体が強ばる。こんなとこでそんなとこまで見せたくない。
指先が、侵入してくる。恥ずかしくてもなんでもいい。おれは強く身体を揺らし、抵抗した。
「いや…いや、」
「ええやん。大人しくしとけて」
「絶対イヤ…!」
腕を掴み、強く握り爪を立て、むちゃくちゃに暴れる。
「なんやお前、……そんなにおれがイヤか」
ムッとしたのか、緩慢にそう言うと、原田は更にバカ力でもって抱き締め動きを封じる。
「いややって、お前酔ってる、」
「酔ってへんわ、」
「ウソや、後で恥かくのはおれやねんで、今のお前は、絶対イヤ、」
「なんやカワイないな…」
中に入りこんだ指が、薄い布越しにこするように刺激する。これ以上は、いや…今までも充分イヤだけど。
「いや…!止めて、助けて、高階クン、」
そう言った途端、原田の動きが止まる。そしてゆっくり身を離し、力が抜けてソファに背を預けるおれを見下ろし、
「ふぅ~ん、……高階、かよ。……」
と不満げに言う。今の状況なんて良く分かってないに違いない。原田でなく、高階クンに救いを求めたことにだけ、反応してる。
「あの、…だから、……」
「フーン……分かった。よう分かったわ」
そして目をそばめゆらり、と上半身を揺らし離れていく原田。そして彼は正面、高階クンや野々垣さんの方を見た。
「ののちゃん」
「ハイ?」
少し首を傾げ、微笑んで答える野々垣さん。
その野々垣さんの首に手をかけ引き寄せると、原田は顔を寄せ、口づけた。
「な、……」
おれが唖然として絶句すると、おれの真向かいの高階クンはまた冷ややかに笑う。
「あーあ、……原田さんほんま酔うてるみたいですね」
「幾ら酔うてると言っても……」
嫉妬してると言っても!ちょっとざわつく。しかも野々垣さんは拒む風もなく、ゆっくりと目を閉じると、自分の首に回る手に、自分の手を添え、それから原田の頭に手を回し、どーも舌まで入れてやがる。
「ちょっと……!」
イラついて原田の服を引くと、やっと口を離す。原田は前髪が長いから、さっぱり表情が見えない。野々垣さんは、凄く楽しそうにニヤッとし、目を伏せて身を引く。
「キモ……」
原田がボソッとそう言う。
おれははっとする。
「ヤバイ、野々垣さん、何か吐くもの、」
「おっちゃん、袋くれ、」
「ハイハイ」
カウンターから勢いよく畳んだ黒ビニールが投げられる。キャッチした野々垣さんはさっと広げると、原田は顔を埋めてオエーとやる。
「ひどいですね原田さんおれとキスして吐くなんて、」
笑みを堪えて言う野々垣さんの、でも相変わらず楽しそうな風情はなんだか癪に触った。
原田は吐き終わると、こてんと何か切れたようにテーブルにつっぷする。
「……!」
「原田さん、酔ってる強みでしたい放題やな」
そう呟く高階クンに目を向けると、彼と目が合う。唇が上がり、笑みを型作る。でも目は射るような目だ。その目に見据えられ、ぞくっと寒気がする。
高階クンに、やっぱり火を点けてしまった。そのかぎろいが、目に点っている。勿論本人は自分が燃え立っているとは気付いてないはずだ。
昔本で読んだ。自分が燃えていると感じているうちは、本当に燃えてはいないのだと。本当に燃えている者は、そんな雑念の入る余地もなく、灼けつくような純粋な炎の燃焼をするのだと。高階クンは、まさにそういう燃え方をする男だ。
彼はあんな乱れた、というかフリーな関係を展開してしまう男だけど、恋愛観は意外と乙女チック…というか、女の子みたいに記念日を大事にしたり、プレゼントにこだわってみたり、デートのコースを考えたりするのが好きな男なのだが、それはどうもこうありたいという憧れの部分みたいだから、結局は本能、というか本来の姿のあんな関係が出てしまうようだ。そして、本来の怖い…というかえげつないほどの狩る者の姿が出てくる。だけど自分ではそういう風になっていると気付かず行動に移しているから、あんなに自分が怖いと自覚が足りない。
高温で燃焼する炎は青いというけど、高階クンはそういう炎だと思う。自分ではそれと知らず、一見冷ややかに見えるほど、でも静かに高温で燃え盛る。原田は違う。暖かい黄色い炎って気がする。あれで高階クンのように忘我の境地にまで燃え盛ることはない。常に雑味というか、理性みたいなもんが残ってる。
だからおれは安心して、その暖かさに包まれていることが出来る。その日溜まりみたいな原田の温もりにくるまれている心地よさに全てを委ねてきたけど。
「もう、帰るわ。…おい、帰るで、原田、」
おれは寝ちゃった原田をゆすり、起こそうとするけど起きてくれない。
「そうですね」
「ごめんな…、また明日、」
「ええ。また明日…赤城さん」
高階クンが落ち着いた声で言う。寒気する。
原田のヤツ、自分だけしたい放題やりやがって…どうせこいつは明日になったら全然覚えてない。いい気なもんだ。だけど全く酔ってない高階クンも、おれも覚えている。この気まずさをどうしてくれるのだろう…
明日がイヤ。高階クンに会うのが、話すのが怖い。
飲みに行くのにあんまり気が進まなかったけど、こんなにとんでもない展開になるなんて。野々垣さんとまで…
「……野々垣さん、すみません…こんな迷惑かけて、」
「いえいえ、」
と彼は手をひらひらさせ、
「なんか凄いご馳走になって、ありがとうございました」
と笑って言う。なんだか凄くひっかかるけど、大したことじゃないと流して。
「……じゃ、悪いけど、これで…」
おれはサイフから全額分くらい金を出すと、高階クンに渡し、原田を伴い店を出た。タクシーだ。
「……うー。頭いた。気持ちわるー」
次の日の朝、寝室から起き出してくると眉間にしわ寄せ、さも気持ち悪そうに原田が言う。
「ほんまお前にはムカツクわ……」
「何怒っとん。…おれ、何かした?」
マジで訊ねられてガクッとくる。
「ほんまお前はええよなァ。幸せやわ…」
「なーに。何してん。そんな含み持たせんと、はっきり言えや」
「………」
そう正面切って言われると、言いにくい。てか、言いたくない。つい溜息が大仰に出た。
「……ええわ。お前は幸せに忘れとけ。その方が平和やわ」
「なんやムカツクなー」
そう言って洗面所に歯を磨きに行く原田。
おれや高階クンは覚えてて気まずくても、原田だけでも忘れてくれてた方が、風通しは良いだろう。
高階クンに会いやすいだろう。溜息付きながら、一足先に起きてたおれは、淹れていたコーヒーを口に含んだ。
おわー。なんかまた短くなりそうだどうしよう…と思ってたら、意外や長くなったんちゃーう。びっくりです。しかしなんちゅう展開じゃー。お、面白いですか?納得できますか?ドキドキ……
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