ブレイクスルー4 -16-

 野々垣さんは白いTシャツに太いジーンズ、そして相変わらずのアクセサリーといった出で立ちで、午後2時頃フラッと現れた。
「いらっしゃいませ」
と美奈ちゃんが愛想良く言い、お茶を出す。なんとなく彼女には居て欲しくなかったので、すぐにおれは銀行と簡単な納品を頼んだ。
「こんにちは」
 そう言って彼の向かいに座ると、野々垣さんは軽く見回し、
「どうも……こんにちは」
と頭を下げる。原田がいるかどうか、いや、居ないのを確認したのか。
 テーブルの上に肘着き、組む指にはリング、右手にはごっつい腕時計と、ブレス。それが微かな音を立てる。長く細い、でも華奢ではない指の先には、左の親指だけネイルアートが施してあった。
 その視線に気付いたのか、親指だけ振り、
「ああ、これ……友達と遊んでやっちゃったんですよ」
と笑う。その模様は、黒地に黄色でバカボンのパパだった。しかも上手い。
 さっすがイラストレーター、と思いつつその友達ってやっぱゲイ関係の友達かな。と思う。
「面白いことしますね。さすがクリエーター…」
「赤城さんたちだって、クリエーターでしょ?」
「まぁ、そう言って言えないこともないけど、どっちかといや職人かな。おれは……」
 すると笑い、
「かわいい顔して、職人…あ、すみません。なんか生意気なこと言って、」
「いえ、別に。でもかわいいってのは、複雑ですけどね……今日はわざわざすみません。…で、描いて欲しいイラストですが、」
 おれはテーブルに置いた資料に触れ、開き、こんな感じで、という見本を渡して説明した。
 明らかに年下、高階クンよりずっと下、道隆クンとどっこいどっこい位の子にまで、こんな言われよう。なんか舐められてる気がして、決して気分良いものではなかった。
「分かりました。では、今週中、出来れば明日の夕方にでも送ります」
 説明が終わると、野々垣さんは落ち着いた声で資料を纏め、確認しながら言う。
 何か言わなければ。早く話を展開しなければ、帰ってしまう。そう内心焦りながら、一息入れるためにお茶を飲む。
「なんか、原田とはかなり盛り上がったらしいですね」
「ああ……」
 野々垣さんも茶に手をつけ、少しすすると、
「ちょっと趣味が、共通点があったもんで、」
 おれはチラと高階クンを伺う。原田は高階クンにはビデオの話はしたくなさそうだった。ヘタするとこのまま野々垣さんはその話に突入するかも知れない。高階クンにそれを聞かせる訳には、いかない。
 でも美奈ちゃんのように、追い払う気にはなれなかった。そこに居て欲しかった。居てくれるだけで、妙に心強かったのだ。
「ああ、それは聞きました……でもここでその趣味の話は、ちょっと、……」
「そうですね」
「原田、大変だったでしょ。弱いクセに飲みたがりで、絡み屋で、」
「そうですね」
 そして下を向き、彼はくすりと笑う。それが何だか秘密めいていて、ちりっと胸を焼いた。少し、頬が引きつった気がした。
 すると野々垣さんは目を伏せフッと笑い、組んだ指の上に顎を乗せる。
「赤城さんて、きれいですよね」
「えっ、……」
 落ち着いた声で言われ、熱くなる。多分ポーッと紅潮してるだろう。するとまたくすりと笑われる。
「そしてかわいい。…原田さんが言ってた通りの人ですね。赤城さん」
「は……原田がなんて……」
「原田さん、他の話しててもいつの間にか赤城さんの話になってるんですよ。仕事が心配やとか、なんだか危なっかしい、フラフラしてて心配やとか、今日はおれの車持って取材いきやがって、壊さへんか心配やとか、」
 ニヤニヤ言われ、ちょっと憮然とし、
「その話も、聞きました」
と早口に言えば、
「原田さんて、赤城さんのことほんまに大事に思てはるんやなって、いやってほど思い知らされましたよ」
と笑う。
「だ……大事やなんて…心配してるとか言いつつ、おれのこと単なるボケやと舐められてるとしか、」
 するとまた野々垣さんは俯き、口元を歪め、
「赤城さん、原田さんと付き合ってるんでしょ」
「なんで……」
 すると指さし、
「指輪」
「あっ……」
「うらやましいですよね。そういう風に言い合える、思い合える人とそうやって、……それ結構、重い指輪ですよね。そして半端じゃない繋がりというか、深さを感じますよね。付き合いも長そうで、」
「あの……」
 彼は背もたれに背を預け、ちょっと上を向き、
「ああー…うらやましー…おれにもそんな人、欲しいですよ。ほんとにうらやましいですね」
「野々垣さん…今、付き合ってる人は?」
 すると首を振り、
「今はいません。なんかね、長くて1年なんですよ。今んとこ」
「そっか……でも野々垣さん、若いしかっこいいし、おれよりきれいな感じだし」
「でも原田さんてあなたしか見てないじゃないですか。おれなんてそんなもんですよ。うらやましい」
「何?野々垣さん原田さんのこと好きなん?」
 突然声がし、見上げると高階クンが缶コーヒーを飲みながらテーブル横に立っていた。
「た……、高階クン、」
 焦って言うと、彼はおれに目をくれ、直ぐに野々垣さんの方に視線を戻し、
「好きなんやったらさ、我慢せんと迫ってくれていいですよ。頑張って落としたって下さいよ」
「高階クン、ヘンな口出し、せんといてや、」
「そうですよイキナリそんなこと言われても……、赤城さんに悪い、」
 すると高階クンは手を振り、
「かまへんて。赤城さんは、おれが狙てるから。おれが充分幸せにしたる」
 野々垣さんは一瞬丸く目を瞠り、直ぐに相好を崩す。
「スゲーな。赤城さんモテまくり。ちょっと分けて欲しいですよマジで、」
「あのな、」
 そう言いかけると、高階クンが、
「せやから遠慮せえへんかってもええ、言うてんやん。おれも応援するわ。でも野々垣さんが原田さんに抱かれたい風には、みえへんけどな」
「おれ、どっちでもいいんですよ。ていうかどっちも好きっていうかね、別にそんなんなくても、色々気持ちいいことできるし、」
「フーン。ホンモノの人って皆そうなん?幾ら好きでも、おれ赤城さんにヤラレたくはないわ」
「そうでしょうね。赤城さんは見るからにネコって感じですもんね」
「あのな……!おれかって男やねんけど、男ヤリたくはないけど、今でも女やったらヤッてみたいわ!」
 すると高階クンがおれの頭を撫で、
「まぁまぁムリせんと、」
と笑う。
「野々垣さんも彼氏いてへんのやったら夜寂しいやろ、せやから、」
「まぁその辺はそれなりに色々、」
 ハッテン場で遊んでいるのか。そうなのか。野々垣さんはまたくすりと笑う。
「でもそんなんあとで寂しいやろ?病気気にならへん?」
「あのな、どの口がそんなこと言うてんねん、高階クンその言葉そっくり君に言いたいわおれは、」
 高階クンはおれに向き、
「前から言うてますやん。おれがそんななんは、赤城さんが手に入らへん寂しさからやから、」
「エエ加減なこと言うな、おれと知り合う前からの君のビョーキやん、」
 野々垣さんは俯き、笑いを噛み殺し続けてる。
「高階クン、もうあっち行ってや。君と野々垣さんが付き合えば?その方が丸く収まると思うけど、」
 ちょっとムカついて言うと、
「おれは高階さんでもいいですよ」
 野々垣さんが高階クンを少し首を傾げ、見上げて笑いかけながら言う。高階クンはちらりと野々垣さんを見、
「ごめんな。おれゲイとちゃうから、ノンケやから赤城さんが好きやねん」
 すると野々垣さんもふんふんと頷き、
「あー。成る程ね。よう分かりました」
と言う。
「なんで頷くねん……!だからおれは、女とちゃう、女っぽくはないはずや、なよってないー、」
 おれはつい大声を出していた。すると高階クンがまた頭を撫でる。
「まぁまぁ。ヨシヨシ」
「赤城さん、女みたいなんて、そんなことないすよ。だけど、赤城さんはきれいで、かわいいし。それにゲイの中にはめっちゃ亭主関白っぽいのもおって、おれに着いてこい、家事はお前の仕事、カンペキにやれ、夜は大人しくやらせとけ、っていうのもいますからね」
 野々垣さんがそう言うと、高階クンはコーヒーを一口飲んで、
「いややなァ。男のくせに男にそんなこと言うヤツ。……赤城さん、おれはそんな男ちゃいますからね」
「高階クン、悪ふざけはその辺に、」
「ほんと赤城さんうらやましいですね。むしろ妬ましいですね。ノンケにこんなに愛され、」
 そう笑う野々垣さん。
「せやからな、……」
と高階クン。エンドレス。
 このままだと原田や美奈ちゃんが戻ってきてしまう。
「野々垣さん。今日はありがとうございました。こんなたわごとは流してもらって、仕事の方よろしくお願いします」
 おれはそう言うと、席を立った。
 野々垣さんは笑いながら、というかニヤニヤしながら席を立ち、出ていった。疲れた。おれはテーブルに手を着き、うなだれ溜息をつく。
「そーかァ。野々垣さんが…原田さんと一緒に寝て、何事もなく済んでんのかな。我慢出来たんかな。……」
「高階クン……」
 少し顔を上げ、彼を見て言いかけたとき、彼もおれをさっと見、缶をテーブルに置き素早い動きでおれを抱き締め、テーブル横の壁に押しつけられた。心臓がばくばくと暴れ出す。
「な、……」
「赤城さん」
 何年ぶりだろう、彼は少し眉間に皺を寄せ、切なげに、眩しげにおれを見ると、ゆっくりした動きで唇を塞ぐ。
「ん――……、」
 心臓が喉を破り、口から出てきそうだ。苦しくて、少し口を緩めたら、逃さず舌が入り込んでくる。そして口内を犯しにかかる。ゆっくりと、激しくなく、味わうように、くすぐるように。その刺激に逆立った皮膚がぞくぞくと痺れる。彼の右手が、股間に触れ、少し撫で回される。おれは彼の肩を掴み、逃れようと身を捩る。でもそのせいで、自分から腰を動かした感じになって、もの凄くいやらしいことした気がした。より甘く、あそこも痺れた。
 でも、こんな危険なこと……!昔もこんなことあった。そう思いながら彼の手首を掴んだ。強く。
 早くやめて。でないと帰ってきてしまう。そして、…どんどん感じて、たかまっていってしまう。
 さすがに彼もそこまで向こう見ずではなかったか、ゆっくりと口を離し、手も外し、またおれを見下ろす。
「高階クン……、」
「赤城さん……ごめん我慢出来なくて、」
 彼は頭を寄せ、耳元で囁く。おれは彼を押す。
「でもマジやで。おれは赤城さんさえいてくれたら、……」
「もうその話は、……」
「一度でいい、おれのもんになって欲しい。……そしたら分かってもらえるはずやのに、」
「あ……」
 ゾクゾクした。甘く疼いた。少し背もしなった。その背を彼が抱き寄せる。
「そんな声出して、そんな顔して……誘ってるとしか思われへんな……」
 彼の吐息も熱い。抱き締める腕に力が入る。身体も熱い。早く放してほしい。こんなこと、見られたくない。
「放して……放して。帰ってくる、」
「……そやな。まだ、」
 そしてパッと放し、
「……仕事中、やしな。……野々垣さん、頑張ってくれへんかなァ。楽しみやわ……」
 そう明るく言い、くるりと向こうを向き、彼は自分の席に戻って行った。おれは暫く壁に背を預け、荒い息をなだめた。
 ここにはヘンな空気が漂ってる。風を通して、入れ替えてさわやかな風を入れなければ。
 ひときわ大きく息をつき、おれは背を壁から離し、窓までいって勢いよく開けた。振り向くと、無表情、というより憮然とした感じで高階クンは仕事に戻っていた。

今回はちょいと量は多めなのですが、シーンは一場しかない。どういうことだ~~。
久々に攻める高階のシーンだぁぁ…ととっても書きたくて(笑)世陸見ながら頑張りました(笑)長編てマラソンよね~とか思いながら。エロマラソン……(呆)

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