ブレイクスルー4 -10-

 タオルを干しついでに、テラス、というのか縁側といった方がいいのかよく分からないが、旅館につきもののそこに置いてあるテーブルセットに座ってポカリを飲み、外を見ていると土井さんも紙パックの牛乳とカメラバッグを手にやってくる。
 そして向かいに座って今日撮ったフィルムの整理をしたり、機材の手入れを始めた。その指先が、色っぽかった。
 俯いた顔も、かっこよかった。撮る側はともかく、撮られる側に回っても充分いけそうだ。何となく見ながら、おれも持ってきたMACでも開いて、何か仕事しないとな…今日の土井さんのデジタルデータでも吸い上げてみようか…と思っていると、土井さんが持ってきているうちの小さめのカメラを取り、寄ってくる。ライカだった。
 何?と思い見上げると、彼もおれを見下ろし、微かに笑んで
「カメラのテストに付き合って下さいよ」
「いやですよ」
 おれも笑って見上げ、答える。
「何で?…雑誌のモニター原稿、締切間近なんですよ。赤城さんが協力してくれなきゃ、」
と頭を掻く。
「仕事熱心だなァ土井さん…感心するわ。もう仕事は忘れたら?おれ雑誌になんか絶対載りませんよ?しかもこんなカッコで。…さっきみたいな、いやらしい写真撮られたら困るし、」
「あんなのは、もう撮りませんから…、おれだけの宝物にしますから。さっきの赤城さん、すげえ可愛かった。記録に残したいからあの顔してくださいよ。テストったって、撮りたいもん撮るのと適当にとるのじゃ、結果が随分違うから、」
「宝物……、さっきっていつよ、」
「脱衣場で、おれのことニヤニヤして見上げてたでしょう。ちょっと小馬鹿にした感じで。あのいたずらっぽいキラキラした目が、すげぇ可愛かったんですよね。もう愛くるしい、子犬みたい、」
 ね、と土井さんは少し首を傾げる。そして、
「お兄さん、お願い」
と付け加える。
「オッサンでいいっつったでしょ…オッサンの不気味に可愛い様なんか撮らない方がいいって、」
「不気味なんてとんでもない。おれは絶対欲しい」
「でも、あの顔しろって言ったって、…また土井さんに面白おかしくコケてでももらわないと、出来そうにない」
「じゃおれコケますから」
「そこまで出来るの?」
「欲しい絵のためには、おれ意外と何でも出来るんですよ」
「そうやって女の子もゲット……、いや、なんでもないっす」
「ああ、可愛い赤城さんが撮りて~~」
 今度は目を閉じすねるように言う。なんかだだっ子みたいだ。
「もうすげぇ撮りてー。撮らねーと一生の後悔になる~~」
「何だだっ子みたいに…そんなに甘えたってダメですよ」
「赤城さんお兄さんだって分かったから、おれ断然甘えてねだり倒しちゃいますよ」
「土井さんてこんな性格だったんだ、」
 びっくりだ。物静かで他人と一定の距離を保つクールな男だと思ってたのに。でも、なんとなく納得も出来てしまう。欲しい物は欲しいと押すときは押しまくる。それでこそ撮りたいものを、満足いくものを撮ることが出来るんだろう。
 クールからそこへのスイッチがどこにあるのか分からないが。
「ねだったってダメ。……土井さんもプロカメラマンなら、その欲しい表情を引き出してみれば?コケるなりなんなり、」
「よし。……もう、頂いたぜ、赤城さん」
 そう言ってニカッ、て感じで笑う。そしてカメラを覗き込み、目盛を調節する。
 気が早いのか自信家か。なんだか無邪気な気がして、土井さんの方が子犬みたいじゃないか、と少し笑ってしまう。
 と、早速一枚撮られた。さっき使ってた一眼と違い、静かな音だ。自然体で撮られそう…って、何だかペースに乗せられそうだ。
「原稿って、何の原稿です?新製品のモニター?」
「いや、クラシック。いい雰囲気の写真撮れますよ」
「へえー…」
「こっち向いて」
 土井さんが上から言う。思い切り見上げる形になる。
「ちょっと首突きだして欲しいなぁ…赤城さん、ほら、コレ見て、」
と土井さんは犬や猫にするように、人差し指をおれの目の前にかざし、ちらちらと動かす。反射的につられて見入ると、またさっと動かす。追っていると、ハエを顔で追う猫の気分だ。
「イイ。かわいい。…反則的」
 そう言って彼は連写する。あまりにも型にはまったような撮影の構図になんだかくすぐったく、おかしくて笑いそうになり、でもかみ殺せば、
「それ!」
と更に撮られた。
「ちょっと魚眼っぽい絵で、思い通りに撮れそうですよ。ほんと犬みてえ、」
「犬犬言わないでくれますか?」
「だって可愛いんですよ……毛並みも良さそうだし」
 そう言ってカメラを下ろすと、彼は顔を寄せてくる。間近でおれは顔を背けた。するとその晒された首の付け根に寄せる。おれは首をすくめて、隅に身を寄せて、拒む。でも逃げ場がない。
「やめ、……」
「ほんと反則的だよ…」
 息が首筋にかかる。感じてしまう。
「ダメ、…絶対ダメ、」
「勿体ねえよ。こんな可愛いのにさ、奥さんだけだったら、」
 頬に、顎に唇を寄せられる。その度にびくっ、びくっと身をすくませてしまう。
 彼は椅子の肘掛けと背もたれに手をかけ、おれの足の間に身体を割り入れ、椅子に取り込むような形になる。ほんとに逃げ場がない。おれは彼の肩を掴み、身体を突っ張り押しやろうとした。
「いや、……」
 首筋から、彼の唇が胸元を開きながら下へと肌を辿り、胸の突起を舌で押された。そして強く吸い付く。もの凄い痺れが走った。
「いや…やめて、土井さん、」
「我慢できねー…可愛すぎ」
「ダメだって、約束だから、」
 すると彼はおれに身を預けるような感じで顔を上げ、
「約束?……じゃ、おれも約束…我慢してあげる……から、もっと撮らせて」
「土井さん、……」
 おれは疼きと困惑で、眉間に皺を寄せながら彼を見、言う。
「土井さんて、そういう人……?」
「そういう人って?」
「男が好きな、……」
「いや別に。かわいくてキレイな人が好きだから、」
「………」
 そして身を離し、彼は立ち上がる。どうしても股間に目がいく。そこは確かに脹らんでいた。
「可愛い赤城さん、色っぽい赤城さん、……これで明日スーツ姿のかっこいい赤城さん撮ったら、コンプリートだ」
「土井さん……じゃ、ちゃんと約束して下さい。H過ぎる写真は撮らないで。ヌードは禁止」
「了解。そんなもん撮っちゃ、我慢なんて絶対できませんから、自制もしますよ」
 そう言って満足げに頭上で笑う土井さん。そのとき扉をノックする音がした。布団は風呂に行っている間に敷いてあったし、仲居さんではない。
 椅子から立ち上がれないおれを後目に、土井さんがドアの方に行く。居たのは斉木さんと川久保さん、2人だった。
「飲みにいきません?」
 斉木さんがそう言っている。土井さんは
「あ、赤城さんやっぱちょっと具合悪そうなんで、…やめときます」
「え。大丈夫ですか……?私が調子に乗って飲ませちゃったからかな?」
 不安げに斉木さんが。
「イヤイヤ…そんなことないと思いますよ。でも念のため。おれも置いていけないし、」
「そう…じや、大事にして下さいね」
 そしてドアが閉まる。土井さんはそこで振り向き、笑った。

またも短くて…(笑)この次が4書くこと決めたときから撮りたかった(笑)シロモン。なんだかんだと長いぞ。そして余計な?フォトセッションが増えていく!

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