ブレイクスルー 3 -7-

「お前会社でも赤て呼ばれてんねんな」
とその日の夜、フロの中で手を這わし言う。おれも腕を回し、
「お前が言うたからやで。…潮崎さんが真似して、」
「一緒にメシ食ってる版下のやつがあれか」
「そう……」
「普通のヤツ?」
「うん。めっちゃ。奥さんの友達紹介してよーが口癖」
「奥さん?」
「おれ、内縁の妻有」
「夫ちゃうんけ」
「そんなこと言うか……んっ」
と声を詰まらせる。胸元をいじられる。
「ちょっとムカついたけど、友達は多いに越したことはないからな」
 その友達が(注)マークで、ホモダチと皆?にもてあそばれているとは、知る由もないであろう。勿論おれは言わない。言ったらすぐに、転職だ。
「でもあいつちゃうんけ、ションベンしとってコーフンする相手は」
 よく覚えてるなあ。
「……まだ、覚えとったん?」
「忘れへんよ。あんなバクダン発言」
「気に入ってるだけやん。…そういうんじゃなしに。でも、なかなかいい男やろ?」
「おれとどっちがエエ?」
「そんなん、訊くまでもないやん。……お前」
 それにウソはないけど、潮崎さんにちと悪いような、なんか気にかかる心持ちでそう答える。タイプは微妙に異なるが、どっちも甲乙付けがたい気がする。

「赤城さん、あの原田さんて人、彼女いはるの?」
 次の朝、吉川さんが訊いてきた。
 いつの間にか、名前までしっかり覚えてる。
「うん。残念ながら。彼の左手、見いひんかった…?」
「ホントー?気付けへんかったわ。……そーか、なーんだ」
「田辺さん?」
と探りを入れれば、
「いいやん。……そーやけど」
 ホントに指輪は効くなあ。女には。
 問題は、男にどこまで効くのか…だ。高階クンの、もといかつての高階クンのような、いけない輩もいるワケだけど。
 次の日、会社の人殆どで飲み会があった。
 カラオケで、おれはユニコーンを歌いまくり。だって唯野さんがリクエストするのだ。特に、「抱けるあの娘」が気に入ったらしい。
 ♪パーイオツ天国……だもんな。
 受けたぜ。
「赤城さんて、そんな人とは思わへんかったわー」
と吉川さんに言われれば、曽根さんも、
「幾ら何でも、おれはよう歌わんわ」
 おれに歌わせる唯野さん本人はなかなか上手く、今流行りのやつから、なかなかいい選曲の懐メロまでレパートリーが広い。皆のリクエストにも答えて、色んなやつを歌う。
 潮崎さんは存外ヘタで、よせばいいのにミスチルなんか歌う。
「やるわ、これ」
と高くてつらくなると、おれにマイクを突きつけた。
 しまいの方で、唯野さんと横山さんが「ロック幸せ」を歌えと言う。
「えー」
と渋りながらも、わざわざ立って、こないだよりは普通に二人で歌うと、
「よっ、ホモダチ!」
と唯野さんが……やだなあ。
「うるさいわ、唯野君。おれらの友情にヒビが入るようなこと言わんといてくれ」
 潮崎さんは唯野さんを目を丸くして見て言う。
「赤、早く女紹介してや」
と今度はおれを見て言う。
「えー。……どんなのが好みなんです」
「赤みたいなのがええんちゃう」
とあくまで唯野さんが言えば、皆受ける。
「マジで早く紹介してよ」
 潮崎さんが、店を出て駅へ向かう道すがら言う。
「早よせなホンマ襲われるで」
とまたも唯野さんが…おれって、やっぱりそういうのがにじみ出てるのかな、とイヤになってしまう。
「でも潮崎はええけど、赤城君は可哀想やで。奥さんいてるのに」
と横山さんが言ってくれる。するとすかさず唯野さんも、
「そうや、♪パーイオツ天国~、やもんな」
 ちょっと、カクッ。
「おれはええけど、てどういう意味やそれ、」
「そういう意味や」
 笑って唯野さんが言うと、潮崎さんはムッとして唯野さんを見る。
「早よ紹介してよ」
またも言われる。しつこい。おれの周りにそんなに女が居ると思ってるのか。
「鈴木さんなんてどうです、」
「誰それ、」
「前会ったでしょ。メシ時に」
「あーあの年上の人……」
と途切れる。
 それから何日か経ったある日、おれが一人で小用を足していると、真横に電算主任がやってきた。
「フーン。赤城君は、並いうかカワイイ位やな」
と、おれをのぞき込み言う。いかにもこの人らしい馴れ馴れしさだなあ…と思いつつ、おれもヒョイと見返し、
「主任さんは、デカイですね。奥さん喜ぶでしょ」
と言った。彼は、見ても全然平気だ。
「うん。…なんてね。でもHはモノの大小やないで。並で充分やで」
というから、おれもうなずき、
「おれの彼も、並ですよ……」
と口走ってしまって、しまったと思い彼を見た。
 主任さんは、口を空けてボーゼンと見てた。ちょっと冗談ではかわせない雰囲気。第一おれは、うろたえすぎた。
「あのっ、今のは聞かなかったことにして下さい……」
と嘆願すれば、主任さんは、少しひっかかったような調子で、引きつりつつも、
「君、マジなん……」
 もうしょうがない。口止めの代わりに、ホントのこと言うしかない。
「黙ってて貰えますか……おれ、別に誰でも、って言うワケちゃいますし」
「おれのは?見てもコーフンせえへんの?」
 おれは笑って、
「全然。対象外やから」
「嬉しいような、悲しい気分。…ピアス空けたり、せえへんの?」
「別にホンモノのつもりはないし…わざわざそんな。アクセサリーとかチャラチャラしたもん、キライやし…おれは当たり前の男のつもりなんですけど、やっぱ変ですよね。気色いでしょ」
「でももう君知ってるしな。初めのうちやったら、そーいう先入観で君を見てしまったと思うけど…そーか。なんかその方が分かるわ」
 二人で並んで手を洗い、
「相手は、……誰?」
と訊くから、黙ってると、
「あのチーフ?」
 おれは頷いた。
 主任さんは先に立ちドアを開けながら、
「でも、言うてもええんちゃう、君いい子やもの。偉いいい男掴まえとるな」
「いいえ、言わないで下さい……興味本位で、近づかれても困りますし、」
「潮崎さんとか?」
「まさか……彼は、友達ですよ。向こうもそう思ってるやろうし、失礼ですよ」
 そして会社のドアを開け、もうその話は終わり。何事も無かったかのように、仕事する。
 残業時間にスキを見て、おれは主任さんに訊いてみた。
「でも、皆あーやって冷やかすのは、……やっぱおれがそういう雰囲気がにじみ出てるから、なんですかね」
「そんなことないよ。…冗談やん。本気で思ってたら、言われへんよ。それに、潮崎さんが君のこと気に入ってるし、君結構きれいやからちゃう?」
「でもフクザツですよ、おれは」
「気にせんとき」


 土曜日は、おれのバースディ・イブ。二人で休みを合わせ、白浜に行った。
 チケットやら捨ててしまったので、忘れてしまったが、ラクガキのいっぱい彫ってある海の岩場へまず行き、車の中でねだって出してもらった一眼レフで写真を撮る。
 やっぱり、カメラというのは、一眼に限るぜ。おれはアートを愛する男なのだ。
 そしてまあ、通り一遍の観光コースを巡ってですね…
「お前、食い過ぎやで」
とめいっぱい心配された。でも、言いながらも原田も食うんだぜ。
 巨大なアサリ、サザエの壺焼き、この二つは十個くらい食いたかった。
 アイスも食ったし、とうきびも食ったし、色々食ったけど、サザエの壺焼きでワンカップ、これが一番良かった。
 泊まったホテルは、テレビCMでおなじみのあそこ。
 ではなく、その側のキタナイ、と言っては悪い。フツーの旅館だった。部屋も普通 。でもテラスからは、海が見える。
 浴場は共同なので、原田に連れられ早々に行った。
 よくよくおれのハダカを他人に見せるのがイヤらしい。おれが慰安旅行に行くとき、生理中の女みたいに部屋のフロを使えって言うんだろな。
 もう、思い出のサウナへ行くこともないのではなかろうか。
 さて、書くほどのことはないのだ。プレゼントはもう奪っちゃったし、原田の誕生日や、クリスマスのようなドラマティックな展開や感慨もない。
「二十六かー。二十六。またおれより年上になったな」
と改めて彼は言う。
 丸半年ほど違う誕生日。
「そうやー。おれの方がエライんやで。年上やもの」
「単なるオッサンや」
「何……!」
と言えば、彼は笑い、あまり人気のないそこで抱き寄せキスしてくれた。


「よ、オッサン」
というのが、翌日の潮崎さんの言いようであった。そう言って肩を叩いた。
 彼の誕生日は、おれより後らしい。
「ハイ」
と手を出すと、よりにもよって、
「バーカ」
と顔を歪ませ去って行った。
 潮崎さんは相変わらずである。
 その日、残業して八時頃会社を出ると、後ろからキイッとドアの開く音がした。もしかして……と振り向くと、おれをじっと見て潮崎さんが立っていた。
 手に、茶色いポーチのカバンを持っている。
 おれは口元に笑みを浮かべ、彼を見る。すると彼も口元にだけ笑みを浮かべた。
「今、帰り?」
と側に来て彼が言う。
「ええ……」
「飲み行かへん?」
と誘われる。
「今度の土曜、早く終わったらボーリング行こう言うてんねんけど、来るやろ?」
 別に何の予定もない。
 この会社はなかなかレクレーションが多い気がする。雰囲気もいいし、辞めたくないなー。
「いいですよ……。でもおれ、ヘタだからちょっとイヤかな」
「いいよ。思いっきり笑ったるから」
「チェッ……。潮崎さんは、上手そうですよね」
「まーな。今度の目標は、二百の大台」
と目を輝かせ言う。
「スゲ…原田より、上かも」
 そう言うと、彼は少しだけ険しい顔した。
 駅前の落ち着いた店で、カウンターの隅っこに座った。
「早く奥さんの友達紹介してよ」
 早速言われる。
「また……。おれあんまり、女の知り合いいないですよ」
「オマエの友達紹介しろなんて言うてへんやん。奥さんかって、友達いてるやろ」
と呆れ顔で言われる。
 原田の友達でも紹介してもらうかな……と目を泳がせていると、
「奥さんて……何て名前?」
と、水割りを手に彼が言う。グラスをゆらゆら揺らして、その中に目を落としながら。
「エ……別にいいですやん、」
「名前くらい、いいやん……オマエ、絶対言わへんよな。藤田君なんか、訊かへんかってもしゃべってくるやん。それに比べて、赤は」
 なんか、追いつめられたような心地。ヒヤリとする。
 彼はおれをチラと見、フッと笑うと、
「そんな顔、しなや…いいよ。言いたないんなら。……でも、どうしても、分からへん。…奥さん、居てんねんな」
「いますよ。……残念ながら」
と笑って言うと、彼は少し怖い顔した。
「あのな、唯野君の言うこと、マに受けんといてくれる?」
「分かってますよ。冗談でしょ。本気で思ってたら、あんなこと言われへんでしょ」
「でもちょっと聞かせてよ。奥さんどうHなん?前言うとったやろ」
 また……ヒヤリとする。
「だから、……いいですやん。何でそんなに聞きたいの?」
「お前が隠すからやん。…なんかナゾがありそうやん」
 しょうがない。少しだけ言う。おれは、ウソはヘタなので、
「その、……舐めまくられる、っていうか、」
 エ、と彼は目を丸くする。
「アレ?」
 恥ずかしくなって、俯く。
「フェラ、好きなん」
 ああ、直截な表現。恥ずかしくなる。
「ハア……」
「うらやましいな。あんなん好きなやつ、そうそうおらへんで」
 実はおれも好き……なんて言えないな。
「他には?」
「別に……これと言って、」
「へー。君の奥さんが。へー。…赤、思いっきり喘いどったりして、」
「そらもう、思いっきり泣かされて、」
と少し思い出し軽く目を閉じ言うと、彼は暫く押し黙り、
「……ヘエ。……やめよか、この話」
「潮崎さんは?経験豊富なんでしょ、」
「違うって言うてるやん」
と困惑したように言う。おれは片手を開き、
「五十人位?三十人?二十人?……それとも、やっぱり百人?」
と五、三、二、一を出すと、
「まぁ正直言って二十人位は……」
「フケツ!」
とおれは身を引く。
「でもあのガキかって百人もいってんねんろ、おれはこの年で二十人、近くやで。あのガキには負けるわ。あのガキは懐かしといて、おれはフケツかよ」
「高階クンは、悪魔クンだもの」
と肩肘つき笑って言うと、
「あのガキは悪魔、おれはフケツ、お前は?」
「オレ?魔物か化け物って言われてますよ」
 ふと、試したくなって、よせばいいのにおれは上目にじっと見つめた。
 自分でも、これは誘いの目だ、と思ったが、少し酒が回ってて、ついやってしまった。
 彼の瞳孔が開き、彼は息を飲む。おれは目を伏せ、笑い、
「ウソ、ウソ……おれは三人しか知らへんような、おぼこいヤツですよ」
「三人しか、ってイヤミやな」
「潮崎さんの話を聞かせてよ。オレは言ったから」
 頬に手を付き彼をニヤニヤ見る。まずい。オレ、回ってきた。しなって、からみに入ってきてしまった。
 実は、原田には負けるものの、おれも結構からみ屋なのである。
 彼は戸惑ってる。いかん。もっとからみたい。
「ネエー。二十人、もおったら、一晩中でもしゃべれるでしょ」
と今度はカウンターに手をつき、顔を埋め彼にいたずらっぽい目を向ける。
「初めの相手は……?十五の時の、」
「お前もよう覚えてるやん」
「もうやめよ。やらしい話は……今日は、早かったんですね。版下の人って、遅いですよね。何時くらいまでやってるんです?」
 彼は、ほっとしたように見えた。タバコをくわえる。その銘柄は、セブンスター。
「きついの吸ってるんですね」
と手を伸ばし、箱を取る。
「旨いもん。……赤は、知らんと思うけど、おれたち最終までやってるで。最近」
「だっておれ、新入社員だから仕事あまり出来ひんもの」
「それは違ってるで。奥さんおるから早く帰して貰ってんねんで」
「気を遣わんでいいのに……おれの相手も、もっと遅いから」
「その言い方、気になるよな」
「じゃ、つれあい。……そうだ、これからつれあいって言お」
 おれは下向き自嘲的に笑った。そんなおれを見て、潮崎さんは、
「何かオマエって、面白くていいヤツやねんけど、他人に踏み込ませへん、ナゾめいたとこあるよな」
と言う。おれは「……」と力無くグラスを見、
「誰だって、踏み込ませない領域は持ってるでしょ。……潮崎さんだって、そんなにしてても、言いたないこと、あるでしょ?」
と、呟くように言った。
 おれは、鈴木さんの言った言葉を思い出した。
「何処へ行っても、似たようなトラブル起こるんちゃう?だったらうちにいれば、」
という言葉を。
 人に言えないことがあるから、不自然になる。深く付き合おうとすればするほど、不自然さは増し、溝は深まっていく。でも、言えない。
 このままでは、切り崩されるか、おれが切ってしまうかだ。
 じわじわと、崖っぷちに立たされていく心地がする。
「言いたくても、……言われへんことはあるよな」
と呟くように、彼は言った。
「もう、やめよ……何かお前が暗くなるから。誕生日は、何してたん?」
 おれはホッとし、
「つれあいと、旅行に、」
 おれたちが行ったところには慰安旅行で行ったことがあるらしく、観光名所の話で盛り上がった。その時の会社の人の話など聞かせてくれる。
 さっきの緊迫感はどこへやら、おれも潮崎さんも調子のいいヤツになってしゃべり合う。
「今日は、誕生日だから、おごっといたるわ」
と彼が立つ。
「ありがとう。先輩」
と会釈して目を向ける。彼がおれを振り向いた時、また、吸い付けられるように目がくっついたのを感じた。ゾクゾク……と身体を何かが瞬時に走った。
 互いに、目をさっと外した。  

いよいよ潮崎さんの出番ですなー。原田君と潮崎さんのガチンコ見たいなー(人事)。しかしこうやって読んでみると、赤城君、潮崎さんを揺さぶり過ぎです、そりゃヤバイって!自業自得です。それにしてもエロがねえ…このシリーズ始めた頃の動機は、「キャラなんぞどーでもいいからエロ追求」だったとは思えん…
この後のラインナップ見ても分かりますが、原田君の誕生日は大体まともなネタが浮かんで記念日らしい仕上がりになるのに、赤城君の誕生日って、いつもなんか適当またはひどい仕上がりででごめんって感じ(笑)

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