ブレイクスルー 3 -4-

 もうすぐ、今度はおれの誕生日がやってくる。一体何をおねだりして、どういう風に過ごすかな。
 付き合い始めて、もう半年も経ったのか。
 その前に、G・Wだな。今年は原田とおれの共通の友達、同じ会社だったときの連れとキャンプに行く予定。原田がアウトドア派なので、インドア派だったおれの生活も随分変わってきたものだ。
「赤。G・Wはどないすんの?奥さんと旅行?」
と潮崎さんが給料日の次の日、おれの席まで来て写植のバラ打ちを頼みついでに訊いてきた。
「てゆうか、キャンプ…」
「おれ、唯野君と曽根君と、春スキーに行くねんけど、良かったら来えへん?」
 また直前な。でもそれだけ親しくなったのも最近だしな。しかしなんだか春スキーってカッコイイ。
「楽しそうですね」
「楽しいぜ……。なっ、曽根君」
と、彼は隣の曽根さんの方を向く。曽根さんは黙ってニッコリ笑う。
「でもおれ、スキーヘタですし、」
とおれが言えば、
「そーいう風には見えへんな。何でも出来そう」
と曽根さんが言う。曽根さんは、どう言うわけか随分おれを買ってくれている。おれの方が写植歴が長いせいで彼より知識はあるからだろうか。
「おだてなや。ホンマにヘタやったら、可哀想やで」
と潮崎さんは言った後、おれを見、
「前半の休みだけど、…どう?もう遅い?」
「あー、だめです。一緒。また何か誘ってください」
「何かあったらマジで誘うで。ちゃんと来いや」
 おれは笑み
「ハイ」
と返事した。
「奥さんの友達も早く紹介してよ」
 それを捨てゼリフに、潮崎さんは去って行った。

 次の夜、十一時頃、家に一人でいると、電話が鳴った。
 取って、胸がざわつく。高階クンだったのだ。
「一体何の用?原田が帰って来たら、困る、」
 すると彼はゆったりした口調で、
「心配いらないよ。原田さん、まだここに居てるもの。あの様子じゃ、今日もタクシーか徹夜でしょ」
 連休前の進行で、ここんとこ原田はむちゃくちゃ遅い。うちの会社も遅いし、おれも遅くなるけど、おれは終電までには帰れる。
「会社から……?仕事、ちゃんとしろよ」
「あと、納品だけ。上がり待ちでヒマやから」
「暇潰しならよそにしてよ、さいなら、」
「待ってよ…。声を、聞かしてよ。二人っきりで、しゃべらしてよ」
「声ならお昼にでも、聞けるやろ」
「二人でしか出来ない、話しようや……」
「またおれを、口説く気?」
「そうなるわな。それと、こないだの続き」
「口説きはいらんよ。あのな、君は確かに気に入ってるけど、原田と比べたら原田には負けるわ。すぐ捨てられそうやし、…おれは君とは、合わへんで。絶対」
「まーおれも原田さんには勝たれへん思たから引いたけどさ。……そんなこと、付き合ってみないと分からへん。おれは今、凄くあんたが欲しいもの」
「じゃ、もう一つ……そんな言うても、君はおれ一人では我慢出来へんで。きっと……。今までが今までやもの。そして別れた時、おれはどうしたらいい?……また原田と依りが戻せるか?それが見えるから、おれはハナから君のことは考えてへんねん。君は、おれに今のぼせて欲しがってるけど、楽しいことばかり想像して、男と付き合うという、リスクの面を、考えてへんのちゃう…?おれと原田はな、色々覚悟もしてるの。面白くないことも考えてるの。……君は、友達に、おれをなんて紹介する気…?コソコソして、世間的に取り繕った二人だけの秘め事なんて、楽しいのは初めのうちだけやで。分かってる……?ぼく」
 彼は沈黙する。
「そう言われたら、そうやけど、…抱くんやなかったよな。ホント。赤城さん、おれ毎晩メシ食わしてもらってますよ。あなたに。あんたの肌を思い出して、そこに舌を這わして、悶える表情を想像して、喘ぎを思い出して、……すぐに本物が欲しくなるわ」
「やめてくれ、そんなやらしいこと言うの、」
「可愛い声やったよな。しまいには、あん、あん、て……」
「やめて!君やっぱガキやな、歯止めきかないんだな、」
「そうかも……、だっておれ、若いもの」
 おれの身内も煽られて、熱く、ゾクゾクと、あそこが充血してるような気がする。彼も、充分熱くなってるだろう。
「もういいわ。……それで、口説いてるつもり?怒らせたいのか?」
「いいえ。……でも一度、言ってやりたかったことは、やりたかったですよ。あなたがどう、可愛かったか……興奮してきたから、もうこの話やめるわ。……でもね、おれは、あんたのこと、好き。それは変わらへんよ。なのに、……手に入らへん、このつらさ、あなたに分かる…?好きな人と、いつも一緒のあなたに……」
「君も、彼女いてるやろ。彼女と幸せになったらいいやん、」
 するとまた少し黙り、
「最近会ってへん…。比べてしまうもの。赤城さんと」
「………。おれの、どこがええん、」
「何もかも。顔も雰囲気も、しゃべり方も、表情も、……性格も。赤城さんに思いっきり甘えてみたい。わがまま言ってみたい」
「もう言うてるやん。こうやって、言わしてやってるやん」
「それが、ダメなんだよね……!あなたのいいところであり、スキってのは、それですよ。切ったらさすがに可哀想って思ってるでしょ」
「じゃ、切るよ、」
「切らないで……。お願いだから、切らないで。おれにも時間、分けて下さいよ」
「支離滅裂やな、君、」
「好きなんだ…愛してる。絶対。ね、オレじゃダメ?」
「ダメ。……友達に、戻ってよ…。おれ、友達としては、君大好きよ」
 すると彼は喉の奥でくっくっと笑い、
「おれがいつからあなたを狙ってたか、言ってあげましょうか……?勿論それは、Hしてみたい、犯してやりたい、っていう狙いやけどね。おれはすぐピンときましたよ。初めて一緒に飲みに行ったときにね。原田さんとあなたは、デキているって。……絶対抱いてやるって決めたのは、あなたの送別会ですけどね」
 彼は、どういうわけか原田と共に前のおれの会社の、おれの送別会に参加していた。そのときうちの会社の一番カワイイ娘にさかんに絡んでいた。そして、遅くなったからとおれと原田を、車(社用車)で家まで送ってくれたのだ。
「怖いな……。君はやっぱ、怖いわ。……あの日、家送ってくれるの、イヤな顔せえへんかったのは、…家覚えるため?ネは優しい、いい子やと思とったのに」
「全くその通り。おれはあの時、決めてん。絶対チャンスが回ってくるはずやから、逃さんとこーと思って…。それがこんなに、ハマるとは、思てへんかったけど、」
「……イヤんなるわ」
「おれのこと?そう思てると思うわ」
「いや、おれの人生が。こんな調子じゃ、もうこのあと気に入った男の友達出来へんのちゃう…?」
「気に入って、気に入られたら、その内半分は溺れるでしょうね」
「おれは……何?男では、ない訳?」
「しょーがないでしょ…もう、そういう身体やから。…男を惹き付ける、フェロモンがあるんちゃいます?原田さんのための、……」
「そうや。…訊こうと思とったことがあんねん。うちの会社にも、ちょっとハマりそうなアブナイ感じの人がいてんねんけど、その人は何となくおれを気に入ってくれてて、友達と思ってくれてるし、おれも思ってんねんけど、知らん間におれにくっついたり、抱いたりされて、…本人も全然意識してないみたいやねんけど、どう思う?」
「ムカつくわ。同じ会社て、ええもんやな」
「そうじゃなしに……!この人、危ないと思う?」
「そらー危ないでしょ。どいつです。今度行ったら、おれ注意して見たる」
「版下の人……」
「原田さんに言いました?」
「いいや。言わへん。あいつ凄い妬きもち妬きやから…」
 彼は受話器の向こうで笑う。
「嬉しいわ。おれだけに打ち明けてくれて」
「だって、…この間飲みに行ったときも、知らん間に腰抱かれてて、気持ち悪いからやめて、て言うたら、いいやん、って言われて、もっとぐっと抱かれて、……どーしよーと思って。君にどう反応したらいいのか聞いておけば良かったと、」
「そうですね、……おれにやったら、ちょっと怯えてみせて下さい。他の人には、……全く平静にしてれば?」
「ありがと。もう話すことないわ。さいなら」
「喜んでやったらいけませんよ。きっとクラッときますから、……あ、うん、」
 と受話器の向こうでしゃべる声。版下が上がったに違いない。
「それじゃまたね。バイバイ」
と彼は電話を切った。

 明日から楽しいG・Wという日の午前中、会社で仕事をしていたら、原稿に書き込まれている指示のおかしいところがある。明らかに指示通りでは予定のスペースに文字が入りきらない。こんなのは、四六時中だ。おれは立って、版下の方へ文字原稿とラフを持って行く。そのラフは、潮崎さん作成。おれは版下の島に行き、潮崎さんの後ろに立ち、
「すいません、潮崎さん、」
と少しかがんで机にへばってカッターでせっせと切ったり貼ったり仕事をしている彼を呼べば、彼は顔をおれの方ににしゃくり、
「何だい、赤城君」
と言う。
 こういう時は、「赤」でなくエラソウに「赤城君」とくる。大体おれが赴くときはクレームか指示漏れだったりして、しまいには、
「ごめん」
というハメになるくせに……。
 彼は満面の笑でもって、とにかくそう言った。
「ここ、級数(文字の大きさの単位)デカすぎるんですけど、」
とレイアウトと書体やら級数やら指示の書き込んである文字原稿を彼の机の上に乗せ、指さす。彼はのぞき込み、
「えーそんなはずないんちゃん、」
と電卓をパチパチ叩き出す。おれはじっと見ていられず、「ちょっとすみません、」と彼の電卓を取り、「いいですか、」と文字の入るスペースの左右(の長さ)と級数と文字数で計算する。
「ホラ、長4でも入らない。詰めてもムリですよ」
 おれがそう言うと、彼は「うーん」と頭をかき、唸る。
 文字を細らせるのが長体。平べったくするのが平体。1~4はそれぞれ文字幅が90%~60%。長4より細い字は写植では打てない。
 ちょっと可哀想かな。こんなに沢山、指示するだけでも大変だし、版下はしなきゃいけないし。
「級数下げます?長4でもデカイ級数が良ければ、……(と電卓を叩き)この位左右広げれば、入りますけど?」
 おれは、優しい、ゆっくりした口調で言う。
「いっぺん向こう(クライアント)に訊いてみないと分からへん…。ちょっと待っといて」
と彼は自分のデスクの受話器を取る。おれは慌てて、
「あ…潮崎さん、も一個あるんです。ちょっと待って、」
と遮り、こっちを向いたところで、「ここ、」と指し、
「予定の行数では、ムリなんですけど、」
と言えば、
「ちゃんと長体かけてる……?」
といぶかしがられる。おれは「わ、」と言い、その原稿を手に取る。
「すいません……。見落としてました」
 おれは消え入りそうな声で言った。実は、こんなこともしょっちゅうだ。
 彼は、包み込むような優しい笑顔で(でも内心は勝ったと思ってること請け合いの勝ち誇った笑顔でもある)
「いいって、いいって。……」
 そして顔をいたずらっぽくゆがめ、
「コラ!赤、ちゃんと見ろや、」
と言われる。でも、おれはもう神妙にしたりしない。顎に手をつかね、じっと彼を見、
「タケちゃん……。おれ、タケちゃんて呼ぼうかな……」
と言えば、潮崎さんの向かいに座っている唯野さんが噴き出す。
「お前にタケちゃん呼ばわりされる筋合いはないわ!」
と潮崎さんに手に持ったままのカッターを振られる。おっと、とおれは身を引く。
 潮崎さんのフルネームは潮崎武志なのだ。おれはずっと思ってた。
 何で誰もタケちゃんて呼ばないのかなあ、と。
 そうそう、高階クンのフルネームは高階和宏クンだ。いかにもの軽そうな名前だろ。同期の子や、それから彼女なんかも、彼のことを「カズ」と呼んでるらしい。おれは、呼びたくない。馴れ馴れしすぎる。第一、原田も呼んでないのに…、原田と言えば、おれは愛称で呼んでもらってるが、おれは一生、頼まれても下の名前で呼ぶ気はない。こっちは高階クンと違って気恥ずかしいし、そんなのなんだか女臭いし、それは原田じゃない人のような気がして。…今、下の名前で呼んでるところをイメージしたら、なんかムズムズしてちょっとしこりそうになってしまった。いつか遊びで呼ばされそうでイヤだなあ…なんていいながら、実はそんなイヤでもないような…まずい、またのろけに走りそう。
「いいやん、いいやん、おれも呼ぼ……、な、タケちゃん」
 と少し版下から顔を上げ、唯野さんが言う。
「唯野君。おれ、タケちゃんてイメージちゃうやろ?」
と、また、そっちに向かってカッターを振る潮崎さん。潮崎さんは、話しながらカッターを振る癖のある危ない人らしい。
「いやー。合うてるわ、合いすぎ、」
「いいでしょ、カワイくて」
 唯野さんとおれは二人でニコニコして言い合う。
「ええかげんにせいよ、お前ら、」
と、どう見ても照れ隠しに怒って見せる、彼。
「タケちゃん、早よ、電話して下さいよ」
 おれが手で勧めながら言うと、
「この、……!」
と言って、彼は受話器を取る。
 ドアの開く音がした。目を向けると、「カズ」がやってきた。
 知らん振りして潮崎さんの電話してる横に立ってると、ウチの営業に挨拶して、そのままこっちにやって来る。
 ニコニコしながらやって来る。
「赤城、さん」
と後ろに立ち、呼ばれて、初めて気付いたように、
「ああ、高階クン、いらっしゃいませ」
と振り返れば、
「今日ウチ飲み会ありますから、……」
と彼は口を開く。続きは聞かんでも分かってる。原田さん遅くなりますよ、だ。みなまで言わせずおれは彼の口を塞ぐ。
「そう。おれは遠慮しとくよ」
と言って、彼の口を押さえたままおれは耳打ちする。
「おれ、内縁の妻有り、っていうことになってるから、原田と住んでるようなこと匂わすこと、言わんといてくれる?」
 彼は口を押さえられたまま、頷く。
「赤、」
とぶっきらぼうに呼ばれる。振り向くと、少し睨み付けるような調子で、潮崎さんがおれを見上げている。
「これ……」
と彼は原稿を指す。
「長4でもいいから、そのまんまで、って。とにかく天地のデカイ字が欲しいらしいから、後でおれが紙焼きする」
「ハイ。分かりました」
 おれは彼の手から原稿を貰う。
「君、百人切り、やねんろ?」
 向かいの唯野さんがニヤニヤして高階クンを見る。「えっ」というような顔で、少し顎を出す、高階クン。
「そこの潮崎と、いい勝負ちゃう?」
 今度は潮崎さんを見て、唯野さんが言う。そこで初めて、この二人、潮崎さんと高階クンは互いを見合う。
「唯野君、いい加減なウワサしゃべらんといてくれ、おれ百人もしてへんで」
 潮崎さんはすぐに唯野さんの方に向き、くってかかる。
「て、」
とおれは顔をしかめ、腰を引く。きゅっと口を一文字につむり、おれを睨んで高階クンがおれのアソコを掴んだから。
 唖然として、潮崎さんもこっちを見る。
「言ったんですね……口が軽いね、赤城さん」
「別にええやん君の自慢のタネやろ」
「ケツなら幾ら軽くても構わないけどね」
 ニヤリと言う、彼。こっちはヒヤリとするだろ、とさっと周りを伺う。
「キモつまんねー冗談言うな、バカ」
 そう言ってると、
「赤城君。早く仕事してよ」
 遙か彼方、でもないけどウチの主任の背中が言う。まずい。しゃべりすぎだ。
 怒らせないうちに、神妙に仕事に戻ろう。おれは「ハイ」と返事し、席に戻りかける。
 すると高階クンが、さっとささやく。
「あとで、出て来て下さい。感想述べますから」
 彼を見直すと、ニッと笑う。
 すぐに目を外し、潮崎さんに目をくれ、…彼もおれを見ていた。また、磁力でもあるように互いの目が、視線がくっついたのを感じた。ひゅっと、ペタッと。まるで、目でキスした感じ。
 それはもう、昼前すぐのことだった。
 仕事をしながらも、高階クンの方に気を配っていると、彼は
「ありがとうございました」
とドアを開けて出ていく。
 あと、二、三分でお昼である。主任に睨まれるし、昼になってから出よう。
 十二時になった。昼だ、と思うと
「赤」
と呼ばれる。今日は潮崎さんたちとゴハンを食べる日なのだ。
「あ、…すいません、今日オレ、いいですわ」
 おれは振り向き、ある程度の危険を承知で言った。
 ヘタしたらヤられる。
 やっぱりおれは甘いな……と思う。
 それとも、深層心理でそれを望んでいるのだろうか。ゾッとする。おれは、そんなに危険な情事が好きなのか。一人で我慢できない、インラン者なのか。
 気分が悪くなって、軽く頭を振る。
「そう、…」
と言って、潮崎さんたちは出て行った。
 ドアを出るのが、イヤだなあ。
 それでもサイフを掴み、立ち上がった。茶色のピーチスキンのようなののジャケットを引っかけ、外へ出る。白い綿の開襟シャツに、ストレートジーンズ、黒いショートブーツ、それがその日のおれのスタイル。
 ドアを開けると、彼は見あたらない。出てこないから行っちゃったのかな…と思いつつ非常階段のとこに行ってみると、彼は壁にもたれてタバコを吸っていた。
 おれを見ると、笑う。
「おれと一緒に、メシ食ってくれんの……?」
「君が望むなら」
「望みますよ。……サービス、いいですね」
「但し、何もしないでくれ」
「それは、ムリ。と思いません?」
と、手に持つタバコを突きつけられる。おれは身を引く。
「代償は払ってもらわな、感想は述べられません…」
と早速壁に取り込まれ、顔が近づいてくる。
 キスされた。柔らかい唇の触れ合う感触から、少しざらつく舌のからみつく感触へ。
 しん、とした中、時が止まったように、身じろぎせず口付けを続ける彼。
「ん……」
 おれは少し声を漏らし、手を動かした。彼の右手が、さっきのような冗談でなく大事な物、を慈しむように、ゆるく、股間をなぜる。感じる。
 その手を掴み、動きを止ませるために、おれは手を動かした。甘酸っぱいような、ジクジクとした感覚が全身を刺す。舌が痺れて、息が荒くなって、舌が引っ込み、喉を開けば、彼は更に深く深く貪る。
 彼の手が、ファスナーを下ろす。それだけは、絶対困る。おれは強く彼の手首を握った。彼が唇を離す。じっと見られる。おれは肩で息し、見返す。
「いい顔、してますよ。赤城さん」
 ニッ、と笑われる。
「誘うような、ゾクゾクしますね」
「メシ、食おうや。……これ以上は、死んでも困る」
「じゃ、行きましょ。デートに」
と手を繋がれ、彼に引かれながら、階段を下りていく。歩きながら片手でおれはファスナーを上げた。
「メシよりも、赤城さんを食っちゃいたいな……」
と呟く。また、ジクジクと何かが身体を刺す。おれは掴まれている手を振りほどく。
「ダメやって。まだ仕事せなあかんもの。ハラ減ったら、イライラして仕事できひん」
「おれがイヤな訳じゃないんですね」
 彼がおれを振り返る。
「君も日本人やろ。曖昧な。ハッキリ言わな分からへんのか。イヤだ」
 彼の口元が少し歪む。
 原田とも、潮崎さんたちとも出会わないように、全然入ったことのない茶店へ入る。ピラフやカレーしかないような所。でも、食が進みそうにないので、丁度いい。奥の席に、向かい合わせに座る。
 彼は早速タバコを出し、火を点けながら上目遣いにおれを見た。
「あれですか」
 おれは軽く頷く。
「なんかムカついたわ。オレより付き合い浅いくせに、赤と呼びよる」
 煙を吐き出しながら、そう言う。
「君は年下。彼はタメ。そして、先輩やもの……」
「それもムカついたわ。赤城さんがあんな素直に、しおらしくハイ、なんて言うてんのを、ヘーゼンと聞きよる……」
「そんなことより、どう思う…?」
「聞きたいですか」
 据えた目を向けられる。
「何のために、身の危険を冒してまで、おれが君とメシ食うと思てんの。充分すぎる位、代償払たやろ」
「おれはそんな危ない奴ですかね。原田さんと比べて」
「だって君は悪魔クンだもの」
 おれが頬杖付き、彼を見て言えば、彼は一瞬呆気に取られ、噴き出した。
「おれ、悪魔?……あんたは、魔物ですよ」
「どうせおれは化け物さ」
「人間じゃない者同士、仲良くしましょね」
と彼は煙吐く。冗談じゃない。
 注文の品がやってくる。彼はカレーセット。カレーに、サラダに、コーヒー。おれはツナピラフのセット。飲み物は、ミルクティー。
 意外と味は良かった。食べていると、視線を感じる。
「何」
と問えば、
「食べる姿って、Hですよね」
とマジで言う。おれは吹きそうになった。
「その、スプーンが口に入る時なんて特に……」
「ヘンな目で見なや。食べられへんようになったじゃないか、」
 おれは口を押さえて言った。彼は笑い、
「安心して下さい。赤城さんがエロチックなのは、殆どですから」
 おれは怖ぞ気が立った。
「エロチック……!おれは、普段は色気出さんようにしてるつもりだけど、」
「でもおれにはそう見えるもん」
「それは君がそーいう目でしか、おれを見いひんからや。おれは悪くない、絶対ちゃんと男してるわ、」
「はよ、食って下さいよ」
と手で勧められる。当の本人は、いつの間にやら食い終わっていた。
 おれは上目で睨み、片手で口元を覆いながら残りを食った。せっかく、美味かったのに。
 おれが食い終わるのを待ち、彼はタバコに火を点ける。
 絞り出すように吐き出すと、彼はおもむろに口を開いた。
「今日の飲み会ですけどね……」
 カクッ、となる。肩すかしを食らわしやがって。
「今日突然決まったんですよ。明日からG・Wでしょ。大分片づきましたからね。……ジゴクでしたよね。G・Wは、どこか行くんすか?」
「聞いてへん?前半の金・土・日は友達と一緒にキャンプ。後半の火・水・木は予定ナシ。…二人でごろごろ、してるかも……。高階クンは?」
「おれ?前半は予定ナシ、後半は彼女と旅行ですよ」
「へー。どこ行くん」
「宮崎。シーガイア。CMに釣られて彼女が行きたがって、」
「リッチやな。…あんなワンルームに住んで、車も持って、割高で混んでんのに、G・Wに旅行……」
「赤城さん確か地元ですよね。一緒に行きません?ダブルデート」
「行かないよ。それにおれ、宮崎と鹿児島には足踏み入れたことない」
「やめとこ。彼女に妬かれたら困るし。原田さんにも感づかれるやろうし。赤城さんの水着姿なんか拝んじゃおれの自制心が、」
「分からないな。おれに好きとか言いながら、彼女と旅行、出来るとは」
 すると彼は苦く笑い、煙を吐く。
 おれは時計を見る。もう四十分だ。
「早く感想、言うてよ、」
 イラついて言うと、
「そうですね。……感想は……」
と勿体ぶり、
「赤城さん自身は、どう思うんです」
と振る。
「おれは、……そんなこと、自分の口で言えるかい」
「おれは、妬きましたよ。あの男、ムカつくわ」
「そういう感想はいらんねん」
「あの人のこと、好きですか?」
と彼は目を丸く、口を突きだして言う。焦らしやがって……。イライラする。
「好きやよ。タケちゃんて呼んでるし、友達やもの」
 おれはミルクティーをすする。
「おれもカズと呼んでよ」
「いややよ……!原田も呼んでへんのに、何でおれが、」
「おれとあんま変わらへんように思うけど、おれよりどこがええん、」
「誰も君より好きやとか言うてへんやん。友達として、二人は同じくらい気に入ってるで。でも、潮崎さんは君より誠実味があってへたれなとこあるからな。君より好感持てるかも」
「フーン。でもおれは、おれなりに誠実だぜ」
「だから、君の話はええねん。あの人どう思う?」
 彼は少し眉を下げ、フッと笑った。
「意外と固いな…。赤城さん。……これ以上怒らせても可哀想やから、言いますよ。おれが思うに……」
とそこで切り、コーヒーをすすって、ゆったりと煙を吐く。
「思うに……?」
 おれは先を促す。
「思うに……。同類ですよ。おれと。だってアイツもおれに嫉妬しとったもの。互いにそうやから、ピッと来ましたよ。今日は、思いっきり実験材料あったから、分かり易かったな。あなたがおれに耳打ちしてたときのツラ、睨んでましたよ。おれを。そして、おれがあなたのを掴んだ時も、びびった後、目が据わってましたもん」
 おれは少し沈黙し、
「でも、自覚症状、なさそうやろ」
「ないですね。気付くかな。気付けへんウチに襲っとったりしそう」
「そんなことせえへんやろ。絶対せえへんわ」
「ほっといたら?」
「今まで通り、友達付き合いしてても大丈夫?」
 彼は頷いた。

 午後の仕事をしていると、「赤」と呼ばれた。潮崎さんだ。
「ごめん。バラ文字ちょっと打って、」
と原稿手に言う。おれは困惑し、
「すいません。主任さんに言って貰えますか」
と言った。幾らオレがやってる仕事でも、所詮下っ端、おれのスケジュールはガッチリ主任が握ってる。でも、潮崎さんは、いつもいつも直でオレの所に、何度そう言っても、持ってくる。
「藤田君、いい?」
とそこから潮崎さんは主任を呼ぶ。すると主任は、
「ハイ」
と返事する。潮崎さんはおれの横に立ち、原稿を置いて、上げて欲しい時間を言う。
「あの子と、良すぎる位仲良いな」
「あの子がなつっこいだけですよ」
「そういう感じする。…でもえらい懐かれようやん」
「おれのこと好きみたいですよ」
と笑みを含み言うと、彼は心なしか引きつったように見えた。

この話には原田君が出てこない…仕事が忙しいって、ほんとにヤバイことだなあとか思ってしまった私。なんちゃって。家で時間がなくても昼飯は食ってるハズですからねえ。この話に原田君だしたら長くなりすぎ。しかし高階クン出すぎ?

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