ブレイクスルー2 -9-

 初日はあっという間に過ぎ、2日目の朝は、あっという間にやってきた。
 何故と言うに、早くに叩き起こされたからだ。6時。
「こない早よ行かんでもいいんちゃん、」
 眠い目をこすり言うと、
「ビギナーめ。早よ行って並ばな出だし躓いて後まで響くで」
と、さっさっと服を着る原田。なんて元気な、ヤツだろう。
「並ぶの、おれはすかん」
 裸の身体を気持ちよい布団にくるませていると、ガバッとはぎ取られた。
「うだうだ言うな。今日が何の日か、忘れてへんやろな」
「何だっけ。ただの平日だし……」
「わざとらしい」
 彼は昨日と同じ出で立ちで、シャツだけ夕べおれが着たやつを着て腰に手を当ておれを見下ろしている。おれは頭を起こし、顔を向け、照れ笑いを押さえきれないままに、
「ハッピー、バースディ……」
と言えば抱き寄せる。で直ぐに、
「早よ用意せい」

 全く人は、どこからこうも湧いて来るのだろう。
 それは近畿のどこに行っても、平日に行っても思うことだが、田舎では平日に買い物に行っても客に出くわさないと言っても差し支えない程なのに、平日でもおばさんばかりでなく若いやつもうようよ、驚くが、ここはまた、それを感じさせる。
 こことは、浦安、デ○○ニー・ランド。ああ恥ずかしい。回りはカップル、女同士の連れ、親子、ガキに学校休ませるなんてウチでは考えられんぞという位のもあり、幼稚園位までのガキもあり、しか目に入らんよーな気がする。あまり顔を上げたくない。
「もーだるなってきた」
 しゃがむな、原田。
「お前が早よ行かな言うてんで。お前がだるなってどうすんねん、」
「横でずっと寝とったくせに。…お前はほんまに、寝るのが好きやなあ」
 しゃがんだまま両頬を手のひらで支えて、意味ありげにニヤニヤ見上げる。
「それは何のことでしょか」
「決まったある。『真夜中は別の顔』byシドニィ・シェルダン(注:時代を…以下略)」
 上から拳骨を振り下ろす。ただでさえ、人の視線を感じるのに、普段と同じ大きさの声で、何を言うやら。しかもベタベタの関西弁で。黙っとれ。黙っとったら十人並以上にかっこいいから。
 開門すればどよどよと押し寄せ、血相変えて走って行く。どうなんだろう、多いんだろうか。それとも年がら年中、こんなもの?原田もさっきまでのだるさも何処へやら、走っていく。
 こいつは足が速い。というのを実感する。コートをひらめかせ、前を行く。
 足の遅そうな前述の人達の間をさっと縫い、追い越して行く。おれは、見失わない程度に付いていく。つくづく、行動的なヤツだなあ。おれはそこまで、パワーはない。
 最果てまで走って行くと、一つの高山が見えた。という程のことはない。
これが噂に名高い、スプラッシュ・マウンテン。ぐいぐいと分け入り、殆ど山の中に入りそうなとこで平然と立っている彼の横で息をつく。
 山の中に入ったからとて、すぐに乗れるワケではないことを知る。ここからがまた長そう。
 しかし退屈しないように出来てるなあ。小学生の時に見た「眠りの森の美女」の絵本を思い出す。そうだ、あれはディ○ニーだった。ちょっと奇っ怪な岩や建物が、好みだった。この洞穴は、良くできている。完成度が高い、と思う。センスがいい。ここは、ガキの来るところじゃないかも知れない。というのは大人の思い上がりか。
「この感じ、好きだなあ」
 造り物の木の根の下を行きながら言うと、
「なっ、来て良かったろ。お前はモローやなんかが好きやから、ここは絶対気に入ると思てん」
 いつの間におれの持ってる画集なんか見たんだろう。
「……見たん。どやった?」
「眩くて、限りなくエロチック。そしてはかなく、透明。不安定。……お前に、似とる」
 そして、あ、といい、
「はかなくて、はボツな。お前に限り、」
「原田は、飲み込みがいいなあ…絵見るのなんか、好きそーじゃ全然、ないのに」
「そんな事はないよ。じっくりとはよう見んけど。美しいものは、好きだし」
 それは良かったのだけど、乗り物自体は怖かった。おれは、好かんのだ。怖いのも。
 滝に落ちた後は放心状態できれいな造り物、虹色のビラビラも楽しめたけど、怖い思いは、したくない。原田はニヤニヤしてる。こいつは平然としてた。
「お前は、絶叫マシーンの類いが好かんのやな」
「痛い怖いつらい関係のものは、一切好かん」
 それから、色々乗った。しかし、好みなとこだ。ホーンテッドマンションとか、ジャングルクルーズとか、……スペースマウンテンは、全然好みじゃない。目も開けられなかったし。
 メシを食った後、原田はイエローページで手当たり次第にホテルに電話をかけた。取れるわきゃないのにと思いつつ、おれもしてたんだが、こいつは、何処までずうずうしい、もといラッキーなやつ。
 一件だけあったのだ。相当高かったが、原田の誕生日だし…と、取る。これはもう、一眼レフに望遠レンズ付きだ。3日で幾ら使うのか、怖くなってきた。安月給なのに……
 さすがの原田も、午後に入り、めぼしいものに粗方乗った後、眠気を催す。ビールなんか、飲むからだと思う。
「もー並びたない」
「どっかで寝りゃいいのにな」
 ベンチにぼーっと座ってポカポカ陽気の中、お城を眺めていると、ホントに眠くなってくる。
 こいつはどうか知らんが、木、金、土、日とここのとこずっと寝不足だ。夕べだって……
 適当なとこでやめりゃいいのに。
「ぬいぐるみを掴まえて、ビデオを撮ったらもう寝に行こう」
「恥ずかしい。いい年こいた男が、ぬいぐるみと無邪気に戯れられるか」
とかナントカ言いながら、結局ワールドバザールで、人の入ってないぬいぐるみ、商品と戯れ、手に取りニッコリとポーズを取って映した後、買わずにすたすたと出て行った。
 再入場のスタンプをしっかり押してもらって、ホテルに向かう。
 ホテルは、ビジネスホテルとは雲泥の差だった。広いし、調度もヨーロピアンて、悪くない。そしてツインなのに、ベッドが、デカイ。贅沢すぎる。たかが原田の誕生日に。
 でもおれたちは、直ぐに倒れ込み、寝た。ただ、眠った。
 日が暮れたらまた戻り、パレードを見るつもりだったのに、二人してバクスイしてしまい、起きたらもう10時。
 起きた後、レストランでメシを食おうかと原田が言ったが、おれは思い切って、というかもうヤケクソで、ルームサービスを取ることを勧めた。その方が、プレゼントも渡しやすいし、……程々のシャンパンと、お肉と、クラブサンドイッチと、……
 なんとかなるさ。2人の月給合わせて大体手取り40~45万、月々4万の家賃に1万の駐車場、光熱費が1万位 だろ、あと定期券が2人で2万5千円位だから、31万5千円、あと保険に入ってるから、2人で1万ずつ、29万5千円、貯金5万ずつで、19万5千円が食費込みの2人のお小遣いなんだから。でもそれは、今月25日からの話なんだけど。
 文化で、小汚い暮らしのおれたちに合わぬ,小市民らしくない、今日の贅沢さ、ハイソさ。
 窓際の繊細な感じの細工の入ったテーブルで、少し灯りを落とし乾杯する。
「お誕生日、おめでとう」
「ありがとう」
 彼は見つめたまま、少し口元をほころばせ、泡の立つ黄金色の液体をかざす。
 カッコイイ。いい雰囲気。何か気の利いた言葉はないかな。
「……こういう風に、誕生日が迎えられるなんて、思ってなかった。おれは、幸せだよ……」
 しみじみと目を閉じ原田が言う。心を打つ。殺すなあ。
「おれもさ。こうやって、祝えることを幸せに思ってる。何もかも、今日はあなたのために……」
「予定としては、今頃お前はまだおれ1人のものじゃなかった。お前こそが、ホントは最大のプレゼントだよ」
「おれは、お前のものだよ。全部。……その事に感謝して、今日は額ずいて奉仕するよ」
「身に余る光栄だ」
「少しも。足りないくらいさ」
 くさいと思わないで頂きたい。雰囲気に酔ってるとはいえ、本気で言ってるから。
 しかし何故か、標準語である。酔いつつも、いつ原田が素に戻るかヒヤヒヤしてた。
 でも彼も、この雰囲気に浸っていたいらしく、素に戻る気はなさそうである。
「本当に、この目に入る全てが、最上の物だ。こんなに美しい……」
とおれを見据えて言う。もう、ダメだ。本当に幾らでも奉仕したくなってきた。
 食事もそこそこに、おれは立ち真向かいの彼の元に行き、口づけた。
 長々と口づけると、彼を誘いベッドへ上がった。
 彼を下に取り込むと、暫し見下ろし見つめ合った後、また唇を塞ぐ。
 少しずつ脱がせながら、おれは愛撫していく。おれの愛撫を受けながら、彼は黙っておれを脱がせていく。彼の熱い吐息を聞きながら、身体が疼いていく。
 首、胸、腹部、腰……ベルトを外し、ボタンを外し、腰に腕を絡ませてチェックパンツを、下着を脱がせる。おれは目を閉じ、口にくわえる。
 おれが色っぽいって?少しずつ激しくなる彼の吐息が、おれの身体を沸き立たせる。
 原田は、こんなにも色っぽい。のけぞる喉元。
 彼は、無言でおれを下にし、味わい始める。
「上等だ…上等だよ、お前は」
 ささやかれる。交わした言葉は、それきりだった。
 愛されて、幸せ。愛して、幸せ。すみませんね、幸せで。
 彼は、一旦波が去っても、おれを抱いて放さない。いつまでも、いつまでも、するでもなく、抱き続ける。おれの肩に顔を埋め、指先だけを動かし、いつまでも。
「……おれが、手に入れたもの……」
 ポツリと呟かれる。身体が熱くなる。
 しかしおれ如きで、こうも感慨を新たにされちゃ、プレゼントが渡しづらい。
 だからおれをやるって、言ったのに……なぞと、思ってしまう。
「明日にならないウチに、プレゼントを貰ってよ」
「ん、ああ、そうか。もう十分満たされちゃって、」
「原田、お前は素敵だよ。……おれなんかで喜んでくれる」
「色々あったからな。でもおれは、どんどんお前を手放せなくなる。少しも飽きる気がしない。不思議だ。一ヶ月後、おれは勝負をかけるぜ」
「何……のこと?おれはとっくに、お前のものだぜ?」
「ナイショ。でも、待ち遠しい」
 身を起こしガウンを着ると、おれは箱を出した。灯りを元に戻し、
「ハイ。つまらぬ物ですが」
「お前そのものに比べちゃ、何だってつまらないけどね」
と少し笑って箱を受け取る彼。
「もう殺し文句はその位にしたら……?おれはほんとに、心臓マヒに、なるよ」
「だって本当のことだもん。……でも、死なれちゃ困る。今開けて、いい?」
「どうぞ」
 ガサガサと音を立てて包みを破る。実は、もう一品、タグホイヤーの文字盤が黒くて艶消しのシルバーとゴールドのコンビの金属ベルトのやつが似合いそうだなあと、欲しかったんだけど、安く買えても6万円、買わなくて良かったとまた頭の隅で収支決算をするおれであった。
 箱を開ける一瞬、緊張する。もっと凝ったものを考えれば良かった。
「手編み?」
 夜色の少し襟の広い、ゆったりとした丸首のモールセーター。それがおれが選んだ物。それを上に両手で引きずり出しながら、彼が言う。
「そう。おれが夜なべして」
「よう言うわ。……お前の肌色に、似合いそう」
「原田に似合うと思って買うてんで。…その、深い青色が。きっとセクシーやで。モールは素肌に着ても、気持ちいいよ」
「その言葉そっくり返すわ。お前にも、めちゃ合いそう」
「勿論おれも着るつもり」
「50%以上は、それが目的だろ」
 彼はおれのジーンズに足を通すと、おれにはゆるい位だから、原田には丁度だ。セーターに袖を通 した。やっぱり似合う。首筋が引き立つ。
 それから立ってロッカー?の内側を開けると、面一杯の鏡をまじまじと見てる。
「おれっていい男だな。何着ても似合う」
「よう言う。最近めちゃおれの服着とるくせに。おれのセンスを、褒めんかい」
「お前はおしゃれさんだもんな。ありがとう」
 ガウンでベッドに腹這いになってるおれの前に立つと、するすると脱ぎ、
「着てみて」
と言う。受け取りガウンを脱いで着ると、柔らかいモールの肌触り。身体が泳ぐ位 の大きさ。
 彼は顎に手を当て、じっと見てる。そしてセーターごと抱き取り、抱きしめる。
「凄く、ぞっとする位、いいよ」
「んじゃ、貰い」
「あほぬかせ。早よ返せ」
 原田はもう一度着ると、タバコを吸い始めた。絵になるなあ。
「……タグホイヤーも買いたかってんけどね」
 再び腹這いで原田を指さし言う。彼はおれを見、
「買ってくれたらいいのに。おれ欲しがっとったやん」
「今回は赤字になりそーだから、クリスマスにでも、やるわ」
 2人っきりでいちゃいちゃするのも悪くないのだが、折角だからと、残った食事を平らげたあと、さっとシャワーを浴び、服を着込み、最上階のバーへ行った。
 遠く夜景の見渡せるバーには、いかにもの落ち着いた人達がグラスを傾けている。やかましいヤツは、いない。
 いるとすれば、これからの原田に決まってる。そろそろ崩れてもおかしくない頃合いだし、人のいるとこに来ると、嬉しいのかうるさくなるヤツだからだ。
 第一今までケンカらしいケンカをしていないのが、奇跡だ。別にいいけどさ。したくは、ないし。
 原田は、アメリカ好みなヤツだ。タバコもあれだし、バーボンを頼む。
 おれは、スコッチ。原田は、崩れない。余程感慨が深いんだろう。今こうして、2人でいることに。カウンターの下で、おれの手を掴んで放さない。今夜の原田は、カッコよすぎる。なんて素敵な、バースディ。
 殆ど言葉も交わさず、手だけで意志疎通を図りながら飲んでいると、若い女が、やって来た。おれたちと同じ位の年頃の、おれたち、というか少なくともおれには縁のないOL風のワンレンとソバージュの女同士の連れ。
 それが、原田の横に座る。おれは、大方原田の計らいだと思うが隅っこに座ってる。
 黙々と飲んでる原田は、ただひたすらに、近寄りがたい程、カッコいい。
「赤、すまん、タバコ一本いい?」
「あ、うん。一本だけにしてくれ」
 彼はおれから手を放し、ポケットからタバコを出す。フーッと煙を吐くと、例の2人が、
「2人で来てるんですか?」
と目を輝かせ声をかける。原田が少し顔を向けると、笑顔を向ける。
「ああ」
 ああ、だって。よそ様相手にまで、この調子。もう関西弁は使わないつもりだろうか。
「私たちもなの。お友達?」
「いや……、」
 また良からぬことを言うんじゃないだろうな。と思っていると、
「こいつは下僕」
ときたもんだ。女は、受ける。
「下僕って何だよ、おれとお前は、対等だろ?」
 すると原田はやや戻りかけの表情で、
「さっき奉仕するって言ったじゃないか」
「残念。もうタイムリミットは過ぎたぜ。12時過ぎてる」
と腕時計を指す。
「何の話?」
 女が訊く。原田が
「おれの誕生日」
「あらっ、おめでとう。男の人には、年を訊いても失礼じゃないわよね」
「もう40」
「やーだ。20代でしょ?」
「ねえ、友達で誕生日にこんなとこにいるってことは、2人ともカノジョいないの?」
 原田が何か下らんこと言う前に言っちゃおう。
「そーなんです」
「2人とも素敵なのに?どこから来たの?」
「地元民ですよ」
と原田が言えば、
「ねえ、じゃあ明日案内してくれない?」
「今からでも、部屋に遊びに来ない?」
 こーいう女は、積極的だな。旅の恥は掻き捨て型だろうか。
「赤。許してくれる?うんと言ってくれ」
 急に言う原田。
「え…、何を、」
「いいから、」
「……うん」
 原田のやつ、何をしたと思う。公衆の面前でキスしてきやがった。女は、「キャー」でなく、「ギャー」と言った。おれもギャーと言いたい。
「ばっ、このアホウ、何すんねん、」
「赤、おれは我慢出来ひんねん。フリーのふりして、お前を世間に野放しにすんのが。こーいうハイエナに、食いつかれたない。分かったってくれる?おれの気持ち」
「食いつかしとんのは、お前やで」
「カノジョおらへん言うたのは、お前やで」
 引きつってる女に、原田は振り向き、
「カノジョはいてへんのやけど、彼はいてんねん。すんまへんどしたな」
 2人はただボーゼンと、
「あっ、そう」
「早よ部屋帰ろ。やっぱ人と話しとってもおもんない。お前と2人がえーわ、」
「原田、お前よう恥ずかしないな。おれは二度と許さへんで、」
 なんか予想外のことで、うるさいヤツになってしまった。カーッとなったので、関西弁しか出てこない。
「もうこいつらとは二度と会わへんわ。こんなえーホテルにも二度と泊まられへんし、でもな、言うとくわ。もうおれは、止まらへんで」
「何のこっちゃ、」
「あああと1ヶ月も待たれへん。……でも、その位は、待たな」
「訳分からんヤツ。でもおれは、いやじゃ。ここはまだえーけど、帰ってもやっとったら、速攻別 れるで」
と言い置き、立ち上がりサイフを出していると、また抱きすくめられ、口づける。
 あーきっと、店中の人の視線が、痛くて痛くていい気持ち。「男?女?」と言ってる声が聞こえる。女と思っていてくれたら、易いもんだが。
 舌を入れようとする。おれはヤツの背中に腕を回した。それに応え更に強く抱きしめようとするのを、おれはためらわず急所蹴りを食らわしてやった。
 ヤツは「つ……」と言って前屈みになる。
 また一つ、新しいことをしてしまった。
 女と思ってくれてる人のために、一言も発さず金を払っておれはすたすたと出て行った。ちらりと丸くなった原田の背中に目を走らせ、女2人に目を走らせ……女2人は、信じられないものを見たという風な、唖然とした顔でおれを見てた。
 原田のやつ、おれと正反対のことを考えてるらしいことは、もう分かった。
 おれは、別に分かって欲しくない。2人が分かってて、愛し合ってることが確認出来れば、回りのヤツに、世間のヤツになんて、白い目で見られたり、したくない。そんなつらいに決まってること、したくない。
 だけど原田は、公表したいのかも知れない。そして邪魔者を、余計な虫を近づけたくないみたい。おれはお手つきだということを、知らしめたいのかも知れない。
 怖いもの知らず。それがいいことだろうことは分かってるけど。ヤツは自分にウソのつけない、演技なんてさらさら出来ないヤツだから。そういう彼だからこそ、好きになったのだとは思うけど。あのオープンさに惹かれたのだとは思うけど。
 おれは1ヶ月後のクリスマスが怖くなってきた。
 部屋に戻っていると、原田がドアを開けた。じっと佇み…怖い目してる。
 ゆっくりとした足取りで近づいて来ると、おれをベッドに押し倒す。
「いや……!」
「何が。よくも蹴りやがったな」
「お前が悪いねん、あんなところであんなして、」
 身も竦む、襲われそうな恐怖に、初めての夜を思い出す。
「原田、おれは2人だけ納得出来ればいいと思ってる。でもお前は、もしかして、……」
「並じゃないからって、友達なんかにも公認になられへんのは、おれはいややで。余計なウソは、つきたない。不自然になるからな。色んなことが。おれは祝福されたいで」
「お前は怖ないんか。世間の評価が」
「おれは何も間違ったことしてるとは思てへん。だからこそこそせんでええと思てる」
「朱美さんには言わへんかったくせに、」
「あのあと凄い後味悪かったわ。はっきり言って。……もう、あんな思いはしたないねん。お前は、嫌か。そんなに……お前は、隠すのなんか、何とも思えへんヤツやからな。お前は、そんな自分が嫌やったんちゃうんか」
 それはそうだけど。原田がおれを脱がせていく。
「原田、……でも、あれはあかんと思うやろ。あんなとこでしたら、ホンマ怒るで、おれは。ねぇ…他のことは、楽しい休みが終わってから、ゆっくり話そ。な。……やっぱ2人で、ずっといちゃいちゃしてれば良かったな」
 あんなに素敵な気分だったのに。至福の夜だったのに。なんとなく出来た心の溝は、夜の行為にまで分け入ってくる。離したくないのに。好きなのに……こんなに。
「……悪かった。はいはい。でもそない怒らんでもいいやろ。……そーいうとこが、また可愛いけどさ」
「お前が、おかしいねん」
 ほっぺたを引っ張ると、原田は目をくりくりさせて
「ようあることやん」
「おれは、見たことないわ」
「飲みに行ったりすると、夜中になるとそーいうヤツおるて。君はまだままだウブだから、知らんのやな。さて、明日は何しよか。都庁にでも、行く?いー加減大阪帰る?」
 こいつは、深く考えるとか、落ち込むとかいうことを知らんのか。おれの感じた心の溝は、あっさりと埋め立てられて行く。
「土産買わなあかん」
「おれは買うたで。社内用。お前なんで買えへんかってん」
「阪神の地下で、田舎の土産買わなあかん。アリバイ作りはカンペキにせなあかん」
「何やそれ」
「おれの休みは、田舎の両親が出てきて一緒に過ごすことに当てられてんねん」
「ウソツキ。お前昔もよう休みの理由には事欠かんかったもんな。遅刻が込むと、いっそ休んどったよな。鈴木のおネーさんにチクったろかな」
「やめてくれ、」
 脱がしかけた胸元に、原田が顔を埋める。吸い付かれ、だんだんといい気持ち。
「昨日撮らんと、今日撮れば良かったよな」
「……ビデオのこと?」
「ピンポン。こんなえー部屋に泊まれると分かっとったら」
「もうせん言うたやろ。いいねん、あれで。部屋に人が負けるて、」
「おれは負けへんけどな」
「じゃ、お前の分だけ撮り直す?」
「お前も、負けへんで。……マジで、キレイやった。お前の裸は、きれい……でも、おれだけのもの。誰にも見ささへん」
 また、殺し文句が……死にそう。卒倒しそう。
「じゃーもーおれたち大浴場なんかには行かれへんな。おれは温泉行きたいけど。露天風呂も入ってみたいけど。海水浴はどーなるん、」
「全く理屈っぽいヤツやなー。そうそう、日には焼けたらあかんで。ちゃんと日焼け止め塗ってね。少なくとも、達には二度と見せたらん」
「まだ、そんなに、達っちゃんのこと……こだわってるん、」
「当たり前や。未だにキスしてくるようなヤツ、信用出来へんわ。……あいつにも土産、買うたらなあかんな。2人の楽しい旅行の記念に」
「イヤミ……」
 まるで犬のように、喉元を、胸元を舐め回す。また達っちゃんのことに煽られて、熱くなってる証拠だ。
 張さんのことを、ふっと思い出した。
「原田、あのな……おれ張さんに、話したわ」
「何やお前もしゃべりたいヤツやったんやないか」
「しゃーないねん。見られてもーたから。達っちゃんにされたキスを……トイレで。おれって、トイレのセックスに、縁がありすぎるわ」
「お前1人でトイレに行かさんようにせなあかんな」
「殆どお前じゃ。トイレ好きなヤツは」
「思い出すな。お前とのファースト・キスを。我ながら凄いことしたと思う」
「おれは信じられへんかったわ。あんなことするヤツ。色気もへったくれもない、」
「いや、この上なくいやらしい、淫らやと思うわ。あのつれないお前も懐かしい……、」
 今思い出しても超恥ずかしい、忘れようにも忘れられない、一生忘れられない原田との初キッスは、ウチのトイレで、おれが小用を足しながらだものなあ。スゴすぎる。こんなヤツ、世に2人といないと思う。
 素敵な部屋で、ビデオを回す。ストリップじゃない。服じゃない。ガウン一枚であっちへうろうろ、こっちへうろうろ。観光ビデオの一環として。

やー原田君お誕生日おめでと~~!(笑)って、全然季節違うやないかい!(1人ツッコミ)
誕生日らしくも?ベタてんこ盛りですねー。バーでの展開は、我ながら非現実的と思います。原田君私もそんなやつ見たことないよ…(汗)でもなんか書いちゃった。そして後の流れが良すぎて、カットできないよ(泣)
おせっかいですが、モローの絵を見てみたい方はいらっしゃいますかね。なんといっても代表的なのは「出現」です。…あと大原美術館蔵の「雅歌」とか。 他にも素敵な絵一杯で大好きです。あと、好きなのは月岡芳年。川鍋暁斎、鏑木清方とか。傾向が伺えますねー。

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